Magic game   作:暁楓

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 騎士討伐編と言ったな。あれは本当だ。
 でも諸事情で討伐は大分先の話になります。主に時期とか一部フラグの処理とか。
 今回もその一つです。


第二十三話

 六月一六日。もう指令発信から一週間。

 未だに失格者(多分自爆)のメールが連日届く中、俺達アースラ組はそんな影が来る訳もなく雑用の日々を送っていた。

 が、そんなある日俺、海斗、才のアースラ雑用組はリンディさんに呼び出された。場所は艦長室。和室だ。

 

「……で、話とは?」

 

 まずは俺から切り出した。

 

「綾さん、あなたには以前話したからわかると思うんだけど、虚数空間からあなた達が抜けてきたことで上層部からの言及が来たわ」

 

「やっぱり、それですか」

 

「え、そんな話あったの?」

 

「ああ。説教ついでに言われた。……それで、そのことについて俺達が話せと」

 

「ええ」

 

「いつ、どのような人が来るんですか?」

 

 才が尋ねた。

 その質問に答えるため、リンディさんは一つモニターを展開した。

 モニターには白い髭をたっぷりと蓄えた、『いかにも』な男性の顔写真が映し出されていた。

 

「ジェリス・コード少将。この人が明後日アースラに来て、応接室で話になるわ」

 

「三人で行かないとダメなんですか?」

 

 再び才が質問をそれは俺も訊きたかったことだ。

 

「そうするべきね」

 

「……わかりました。じゃあ、俺が先頭に立って話をします。シナリオもある程度考えているので」

 

「ええ。お願いね」

 

 さて、明後日に向けて色々準備しておくか。

 果たしてうまくいくか……やるだけやってみるしかないか。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 二日後。

 リンディを先導に、俺達三人は応接室へと向かう。

 

『いいか、俺が話を担当するから、無理に話す必要はない。話を振られた時は俺がした話に合わせること』

 

『お、おう』

 

『才は、俺が万が一話に詰まったりした場合、適当に話をでっち上げてくれ』

 

『……わかった』

 

 二人と最後の確認。二人とも俺の話に小さく頷いた。

 そうしている内に、応接室の前まで到着。

 

「……さて、入るわよ?」

 

「はい」

 

「うぃっす」

 

「……はい」

 

 俺達の返事を確認したリンディさんは自動ドアを開け、中へと入る。俺達も、後に続く。

 

「失礼します。コード少将、三人を連れてきました」

 

 リンディさんの横に立つ。それでようやく、応接室のソファに居座る人物の姿が目に映った。

 一昨日見た通り、たっぷりと蓄えられた白い髭。顔つきもそうだが、肥えて張った腹が『いかにも』な雰囲気を強くした。具体的かつ端的に言うなら、利益優先のハイエナ。一昨日からアースラ内でスタッフから聞いた噂も嘘ではなさそうだ。

 リンディさんが呼んだ通り、彼がジェリス・コード少将。金や権力のためにコネや他人のスキャンダルで少将まで上り詰めたという噂の男である。後ろには秘書だろうか。少し身体が細い女性もいる。

 

「御苦労。ふむ……、まあ座りたまえ」

 

 コード少将は品定めするような視線を俺達に向けた後、着席を促した。

 促され、コード少将の前のソファに俺だけ(・・)が座る。

 

「む? 君達も座っていいのだぞ」

 

「……いえ」

 

「俺達はいーです。話をするのは綾なので」

 

「君達からも聞きたいのだがね」

 

「僕達が話せることは彼が話す内容と同じ……それだけでなく、プレシア女史が綾だけに話したこともあるそうです」

 

「……フン。……まあいい。君から話をするにしよう」

 

 自分の指示に従わないことが気に入らないのか、鼻を鳴らして一瞥した後、コード少将はこちらを向いた。

 強制しなかったのは、俺達が管理外世界の人だからか。良心というよりは、利益になる人じゃないと判断したからだろう。

 

「私が聞きたいのは、虚数空間に落ちた君達が空間から脱出した経緯。それとプレシア事件の後、ミッドチルダの病院にてアリシアという少女が入院したという話の事実確認。これらの説明をしてもらおうか」

 

 威圧のつもりだろうか。目を細め、目尻を吊り上げ、最後の言葉には攻撃的に語調を強めた。しかし、肥えているのは腹だけでなく、雰囲気にも影響しているようで、迫力も威圧感も欠片も感じない。

 威圧感なら、病で弱っているはずのプレシアの方が圧倒的に強かった。欲に溺れた転生者の凶剣の方が恐ろしかった。

 虎の威を借る狐は、結局は弱い狐のままだ。

 

(その気になれば、今ここで潰すこともできそうだがな……)

 

 だが即興は難しいし、軽はずみな行動で俺や海斗達に何かされる訳にはいかない。

 予定を変化させることなく、脳内のシナリオを再生させる。

 

「……そうですね。長ったらしい説明は苦手ですし、そちらも好かないでしょうから、簡潔的にいかせてもらいます。……俺達は、アルハザードへ行き、そこの技術によって脱出しました。アリシアは元故人であるプレシアの娘で、これもアルハザードの技術で蘇生させたものです」

 

「……ほう?」

 

 隠すことなくさらけ出した言葉に、コード少将は予想通り食いついた。特に『アルハザードの技術』という言葉に反応していたのは、ハイエナの証明といったところか。

 

「アルハザードは実在していると、君はそう言いたいのだな?」

 

「ええ。俺達が虚数空間から抜け出したこと、そして故人であったアリシアが生き返っていること。この事実が何よりの証拠です」

 

「では、そこに存在する多数の技術も、見てきているんだな?」

 

「いえ、一つも見てません」

 

「……なんだと?」

 

 少し上機嫌だったコード少将の雰囲気がまた攻撃的なものになる。

 しかしさっきと同じく威圧感の欠片もないそれを無視し、俺は言葉を続けた。

 

「厳密に言えば、俺達は技術の『結果』を見てきました。しかし『結果』だけでは技術そのものを見てきたとは言えません。俺達は、技術構造については何一つ見ていません」

 

「なぜ見て来なかったのだ? あそこには素晴らしい技術の数々が存在すると言われているのに」

 

「まず、装置の動力が落ちていて起動すらままならない状態でした。それ自体は後に解決するのですが、アルハザードの言語を俺達は知らないというもう一つの根本的な問題がありました。幸い、プレシア女史は言語を知っていたのですが、逆を言えばプレシア女史に従う他はない状況……なので装置の運用もプレシアの指示の通りに動くしかなかったので、技術解析についてはからきしでした」

 

「なんと愚かなことを。アルハザードの技術を手にして帰って来れば、恩賞を手に入れることができたというのに」

 

「脱出が最優先事項でしたし、アルハザードの存在を知ったのがプレシア事件当日でしたし、それを抜きにしたとしてもそちらにとっての価値とかは知らないので」

 

 ドライな回答で返す。キレられるかなとは思ったけど、ぶっちゃけとうでもよかった。大したことないだろうし、リンディさんがいるところであまり軽々しく動けないだろうし。

 予想通り、コード少将は苛立ってこそいたが視界に入っているだろうリンディさんの姿を見たのか怒鳴るようなことはしなかった。

 

「役立たずが……フンッ。では少なくとも、その『結果』だけでも見せてもらうぞ」

 

 「役立たず」という言葉は、ここからなんとか聞き取れた。おそらくリンディさんには聞き取れなかっただろう。

 

「『結果』なら、ここに三人いますが」

 

 求めている『結果』が俺達ではないと知りながらも、わざとそう言ってみせる。

 

「アリシア・テスタロッサのことだ! ミッドの病院からここに移されたという調べはついている! 案内しろ!」

 

 やはりというか予想通りというか、堪えきれなくなってコード少将がキレて口調を荒げた。

 多少ふざけた回答をしたらキレると思ったが、ここまで予想通りだとなんだか必要なことなのに可哀想になってくる。いつだか転生前に海斗が言ってたが、パターンに敵を嵌めると敵が可哀想に見えてくるとか。こういうことなんだろうか。

 やれやれと思いつつ、その感情はある程度抑えて立ち上がる。

 

「わかりました……ただ、その『結果』に価値がなかったとしても、俺は責任を負いませんよ?」

 

「知ったことか。早くしろ!」

 

 ……言ったな?

 

 

 

   ◇

 

 

 

 コード少将の要求通り、俺はアリシアがいる部屋へ案内する。俺が先頭であり、コード少将と秘書がその次、あとは海斗、才、リンディさんといったところだ。

 案内の途中、リンディさんから念話が送られてきた。

 

『ねえ、綾さん?』

 

『なんです?』

 

『どこへ向かおうとしているの? アリシアちゃんの部屋はもうすぎてるわよ?』

 

 リンディさんの言う通り、いつも俺が通っている場所はすでに通過していた。だがこれも策だ。

 

『ちゃんと考えがあってのことです。リンディさんも、俺の話に合わせてください。まあ何も言わなくて結構ですので』

 

『コード少将を怒らせたりとか、もう嫌な予感ばかりなんだけど……』

 

 はぁ、と念話で溜め息をつかれた。器用なことだ。

 ……と、そうこう言ってる内についたようだ。

 

「……着きました。こちらの窓ガラスからどうぞ」

 

 俺の指示で、コード少将とその秘書だけでなく、シナリオを聞かされていない海斗や才、リンディさんもが窓ガラスの方を見た。

 そこ――アースラでもほとんど使われることがないという集中治療室の中に、アリシアの姿があった。ベッドで眠る彼女の顔には呼吸機器が取り付けられ、点滴、あとはベッドの周りを何種類もの医療器具が取り囲んでいる。部屋の傍らで、医務員が一人アリシアの様子を見ている。

 

「これが、あなたが求めていた『結果』です。コード少将」

 

 さて、これまでは嘘をほとんど使わずに進めてきたが、ここからは大嘘、ガセ、ハッタリの時間だ。

 

「アルハザードの技術によって心肺機能が蘇生されたアリシアですが、蘇生されてから今日まで一切目を覚ましていません。それどころか日に日に様態は悪化の一途を辿り、もうあと数日の命という話です。これはいくらアルハザードと言えども完璧という訳ではなく、蘇生も所詮は心臓を一時的に動かせる程度のものであるということでしょう」

 

「むぅ……」

 

 唸るコード少将にさらに追い討ち。

 

「ついでに言っておきますが、アルハザードへの渡航はもう不可能でしょう」

 

「……なぜだ。理由を言ってみろ」

 

「ジュエルシードには二十一個全て順番にシリアルナンバーが刻印されているのをご存知ですか? 存じ上げなくとも、そういう構造なんです。では、なぜシリアルナンバーがついているか、そこまで考えたことはありますでしょうか?」

 

「知らん。早く言えっ」

 

「あくまで推測ですが、二十一個存在することに意味がある、すなわち、二十一個揃って初めて安定発動する可能性がある(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、ということではないでしょうか。事実、二十一個のジュエルシードと虚数空間へ落ちて、アルハザードに辿り着いたのですからその可能性があります」

 

「……だが、我々管理局が回収したジュエルシードは十八個だぞ。残り三つはどうした」

 

「前に言った通り、アルハザードの装置の動力は落ちていたので、そこで動力源としてジュエルシードを使用し、それで三つ置き去りになってしまいました。つまりジュエルシードはもう二十一個揃うことはない。後は別の渡航手段を手にするしかないでしょうが、危険な上考えつきませんし、俺はそのような危ない船には乗りませんよ?」

 

 コード少将がこちらを見た。さっきよりも苛立った様子で、どうやら俺の最後の言葉が刃向かうような態度として頭に来たらしい。

 

「……貴様、管理外世界の余所者ごときが、私に意見するのかね」

 

「俺はあなたに従って『結果』を述べているまでです。それにあなたは俺の見せる『結果』が例え使えないものだとしても俺は責任を負わないという言葉に了承したじゃありませんか」

 

「そんな話、了承した覚えはない!」

 

「……機械は嘘をつきません」

 

 言って、俺が懐から取り出したのは一つの録音テープ。ボタンを押し、再生する。

 

『わかりました……ただ、その『結果』に価値がなかったとしても、俺は責任を負いませんよ?』

 

『知ったことか。早くしろ!』

 

 カチッ。

 

 テープを止め、山なりに投げる。落下地点にいたリンディさんは少し驚いた様子だったが難なくキャッチ。

 コード少将は今の音声を聞いて、ワナワナと拳を震わせていた。

 

「貴様……私を脅すつもりか!」

 

「正当防衛以上のことはしませんよ。これだけでは流しても意味はありません。俺の潔白を証明するだけの物……あなたは俺の注意事項に了承して話を聞いた。それだけです。脅す要素がどこにあるというのですか」

 

 しばらくの沈黙が流れる……俺は先にそれを破った。

 

「俺の話せることは以上です。これ以上の説明を求められても、俺は説明できないことは説明のしようがありません」

 

「……フンッ」

 

 コード少将は鼻を鳴らし、そっぽを向いた。

 

「つまり君は、アルハザードに行ったのにも関わらず役に立つものを持ち出すことはしなかった。それどころか犯罪者に手を貸した。そう報告しても構わないと、そう言いたいのだな」

 

「事実に変わりはありません。まあそれも含めて、執行猶予付きでこうして生活してますし」

 

「……チッ。……もういい。これで話は終わりだ」

 

 全く、余所者の罪人まがいの癖に偉そうにしおって。全くです。……という会話をしながらコード少将と秘書は去って行った。

 二人の声が聞こえなくなって、さらにそれから数秒経ってから、俺は窓ガラスを軽く叩いた。

 音に気づいた医務員が部屋から出てくる。

 

「終わりました?」

 

「ええ。ご協力ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 では片付けますね。と医務員が言って治療室に入ると、アリシアの周囲を囲む医療機器を片付け始めた。

 嘘のデータを表示していた心電図、実際は打っていない点滴、その他置いているだけの医療機器。

 身体がうまく動かないだけのアリシアも、医務員に抱えられ元の医務室へと戻ってゆく。

 

「……これ、全部あなたの計画?」

 

「ええ。変に誤魔化すよりは、使えないということを全面的に押し出してしまえば追求されることもないと思いまして」

 

 溜め息をつかれた。

 

「あなたね……報復されるかもしれないのよ?」

 

「それから身を守るためのそれですよ」

 

「実力行使で来た時にもそれが言えるの?」

 

「税金を食い散らかすハイエナに負けるつもりはありませんよ」

 

 また溜め息をつかれた。本日三度目。

 

「……で、もう一つ訊きたいんだけど」

 

「何でしょう」

 

「アリシアちゃんの命、残り数日って言ったじゃない。嘘だとバレたらどうするの?」

 

「ええ。俺もあんなこと言ってようやくそのことに気づきました。なのでアリシアを地球に逃がすことはできませんかね?」

 

 ちなみに嘘ではない。本当にうっかりだった。

 

「……あなた、アリシアちゃんはあなたをすごく頼りにしてるってこと、わかってるわよね?」

 

「はい……」

 

 リンディさんの笑顔がなんか怖い。ある意味本当の敵はリンディさんらしい。

 

「そしてあなたは今、プレシア事件での行動の処罰としてここにいるというのは?」

 

「わかっております……」

 

 沈黙が流れる。刺すような視線が痛い……。

 

「わかりました。あなたとアリシアちゃんを地球へ送ります」

 

「え? 本当ですか?」

 

 ただし、と素晴らしく怖い笑顔でリンディさんは続ける。

 

「執行猶予期間中であるということは忘れずに。魔法の無断行使はいけませんよ? アリシアちゃんに様子を報告してもらうので、デバイスはアリシアちゃんに持たせてくださいね?」

 

「はい……」

 

 やっぱり、自由に動くのはしばらく先になりそうだ……。

 

「じゃあ準備をして。私は医務員に話を通しておくから」

 

「あれ? 俺は?」

 

 そう疑問を投げかけたのは海斗だった。海斗はって、そりゃ……。

 リンディさんは俺に向けていた素晴らしい笑顔を海斗に向けた。ああ、海斗がたじろいでいる。

 

「あなたはこのままでも問題ないでしょう? 引き続き雑用仕事、お願いね?」

 

「えっ、ちょっ、お前ずるくね!?」

 

「すまん。諦めて自由になる日を待ってくれ」

 

「おいぃぃぃぃぃっ!?」

 

 いつの間にか才の姿はなくなっていた。くだらなくなったんだろうな、多分。




 綾が一足早く地球へ。
 正直、当初ではこんな予定じゃなかったんですけどねぇー……なんか成り行きでこうなりました。
 誤魔化しても追求が来るだろうと考えて敢えて晒した綾。印象悪く持たれましたが彼なら大丈夫でしょう。コード少将の出番は一生ないから多分。
 次回はアリシアと一緒に地球へ帰ります。
 

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