Magic game   作:暁楓

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 シグナム&ザフィーラ戦、終了です。
 ……ここからどうしよう?


第三十三話

 ドガッ! という鈍い音が響く。

 

「ぶげっ!!」

 

 殴られた氷室が地面を転がる。

 開始からすでに十分近く。元からほぼ一方的だった氷室対ザフィーラであったが、あの一撃以降、より一層酷くなっていた。

 すぐに立ち上がり、逃走を続行する。しかし、ダメージが大きいのか走る速度は明らかに遅くなっていた。

 

(設置されてる花火を上げればそれを辿って来るって話だけど、いつ来るんだよ!?)

 

 未だ来る気配のない助っ人に焦りを感じる。

 事前に作戦会議として、綾ができるだけ素早くシグナムのバッジを奪い、こちらに来て二対一でザフィーラに勝つシナリオだった。シグナムに勝った後綾は、氷室があらかじめ設置された花火を打ち上げていき、それを辿って来るそうだ。シグナムに速攻で勝てるのか疑問だが、かといってザフィーラに勝つ算段がない氷室はそれに頷いた。

 しかし今言った通り、綾が速攻でシグナムに勝てるとは思いづらい。それどころか、最悪シグナムに負ける可能性があるし、ぶっちゃけその確率の方が高い。

 

「うおっ!? ……くそったれ!」

 

 棘を寸前でよけ、適当に後ろに魔力弾を放って牽制する。

 最悪の状況が脳裏に浮かびつつも、氷室は綾を信じるしかなかった。念話は自分の座標を綾が正確に知らないから綾の現状を知ることができないというのもあるが、何より自分達の現状である。

 氷室他、『インテリ不良』は今のところ守護騎士一人にも勝てていない。

 戦闘以外の勝利でもカウントされるのはすでに知ってはいたが、自分含めてチームにいる人は皆ガラが良いとは言えず、綾達のようにヴィータやシャマルに勝負を挑めなかったのだ。

 ここで勝てなければ仲間が失格に、という優しい考えではない。ここでスターチップを獲得できなくても自分は生き残れる。しかし、今後を考えるとチップ数がゼロになるのはどうしても避けたいのである。

 

(……お、花火みっけ。さっさと打ち上げるか)

 

 次の打ち上げ花火を見つけた氷室が、着火作業を取りかかる。

 ……が。

 

「オオオオオッ!」

 

「いぃっ!?」

 

 拳を構えたザフィーラが接近してきた。咄嗟に氷室は右腕で防ぐ。

 ボキッ! という、嫌な音が聞こえた。

 

「がぁっ!?」

 

 勢いは止まらず腹に拳を受けた氷室は吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 止まって右腕を見ると、やはりというか右腕が完全に折れてしまっていた。

 

「げほっ、ごふっ……こ、こいつは……マジでやべえなぁ……」

 

 杖は吹っ飛ばされた衝撃で手放してしまい、離れたところに転がってしまった。手を伸ばしても届かない。立ち上がろうにも今までのダメージや骨折の痛みが大きい。

 そして、予期していた最悪な展開がやってきた。

 

「ザフィーラ」

 

(げっ……!)

 

 シグナムが来た。

 所々、甲冑や身体に傷や焼けた跡があるが、そこまで大きなものじゃない。そして何より、バッジが付いている。

 バッジ付きで、彼女がここにいる。それが意味するものは、氷室には一つしか思い浮かぶことがなかった。

 

 綾が、負けた。

 

「シグナムか……」

 

「終わったから来てみたが……私が来るには遅かったか?」

 

「ああ……今終わるところだ……」

 

 言って、ザフィーラが近づいてきた。

 ヤバい、ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 

「こんのっ……!」

 

 急いで立ち上がり、左手に魔力を付与させて殴りかかる。

 だが氷室の火事場の攻撃はあっさりと掴まれ……

 

「ふんっ!」

 

「がはっ!!」

 

 そのまま地面叩きつけられた。

 全身に鈍痛が響く。特に骨折している右腕の痛みは尋常ではなく、今度こそ痛みで起き上がれなくなった。

 右腕を押さえて動かなくなった氷室から、ザフィーラはバッジを奪い取った。

 

「ところで何か臭うが、ザフィーラも何か朝霧の策にやられたのか?」

 

 ザフィーラが氷室のバッジを奪ってから、シグナムがそう言った。

 ザフィーラは「臭う」という言葉に若干苛立ちを持ったようだが、気を持ち直して頷く。

 

「……そんなところだ。シグナムもか?」

 

「ああ。おかげでいくらか食らってしまった。だがなかなか手が込んでいて敵ながら面白いものだった。

 しかし、そうか……………

 

 

 

 

 

 ならよかったぜ」

 

「っ!?」

 

 ビリィッ!

 

 シグナムの豹変に気づいて動いたザフィーラより早く、シグナム――否、シグナムの姿をした者がザフィーラのバッジを掠め取った。

 そしてすぐに距離を離し、シグナムだった化けの皮が灰色の光となって剥がれ落ちた。

 

「残念だったな。二つとも、取らせてもらったぜ」

 

 擬態していたシグナムの姿よりボロボロで、己の血で血まみれになっている綾が笑みを浮かべた。

 

「綾!」

 

「悪いな氷室、苦労させちまった。擬態してザフィーラに近づくには、どうしてもこいつの鼻を潰す必要があったんだ。変身魔法も、匂いまでは騙せないからな」

 

「くっ……!」

 

 言われて、ザフィーラはようやく合点がいった。あの酷いにおいの汁は気を散らせる目的ではなく、嗅ぎ分けることを妨害するためのものだと。

 氷室もようやく納得した。氷室は作戦の概要を全て聞かせてくれなかったのだが、その理由がここにあったのだ。敵を騙すにはまず味方から、とはよく言ったものである。

 

「シグナムのバッジもこの通りだし、俺達の勝ちだ」

 

 疲労もピークに達したのか肩で息をしながら、綾は勝利宣言をした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 綾の勝利宣言を、離れた家の塀に肘を置いて見ている者がいた。

 ギル・グレアムを主とする猫素体の使い魔、リーゼロッテである。今は変身魔法で姿を偽っているだけでなく迷彩魔法も行使しているため誰にも気づかれていない。

 

(ふ〜ん。限定条件とは言え守護騎士に勝つなんて、やるじゃんあいつ)

 

 勝利条件が『相手を倒す』ではなく『相手のバッジを奪うか破壊する』だったとはいえ、戦闘込みの勝負で彼らが勝つのは予想外だった。

 そしてその勝負に勝てるよう策を組んだ綾という奴もなかなかできる奴だ。策の一部には、実戦で通用しうるものもある。

 だがその頭脳が有能だと感じる反面、今の自分達にとっての弊害になるかもしれないとも感じた。

 

(でも、あの頭脳を自由にさせてたら、いずれ父様の計画の邪魔、最悪は計画がバレる可能性も、少なからずともありえるわね……ここは、早いとこ摘み取って縛っておくか)

 

 計画……闇の書の負の連鎖を終わらせるためにも、できるだけ弊害となる存在は消さなければならない。

 殺す必要はない。さすがに闇の書に関係のない者を殺してしまっては主が悲しむだろう。昏倒させて、何もできないよう拘束、監禁してしまえば十分だ。二人とも魔力持ちだから、蒐集もさせよう。

 塀から道路に出る。できるだけ音を立てぬよう注意を払って、弾丸のように速く駆け出した。

 

 すでに対策をとられているという事実を知るのは、すぐ後のことである。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ザフィーラに敗北を認めさせた俺は、結界の解除をさせる前に、次のある作業に取りかかっていた。

 携帯を取り出して、あるものが保存されているフォルダを開く。

 

「ザフィーラ、耳塞いだ方がいいぞ。すごく嫌な音を流すから」

 

「む?」

 

「氷室も、急げ」

 

「え? おう」

 

 二人に注意を促し、事前の操作も終わった俺は、手元の携帯の決定キー……『再生』ボタンを、押した。

 

「むぅっ」

 

「ぐあっ!?」

 

「うおっ? おいこれ、モスキート音か? どんだけデカくしてんだよ!?」

 

 氷室の言った通り、今流しているのは通称モスキート音。正確には高周波と言い、年齢や普段の音の環境などによって聞こえる人と聞こえない人に差がある。俺には聞こえない周波数なのだが、氷室や元が狼のザフィーラには聞こえているらしい。音量はMAXである。かなりの大音量だろう。

 モスキート音は主に夜間に若者の迷惑行為を防いだり、野良猫の糞尿対策などで使われる。

 そして氷室にザフィーラの嗅覚を潰させた理由のように、変身魔法で変えられるのは見た目だけであり体質を変えられる訳ではない。

 即ち。

 

「せっかく隠れていたのに、声でバレバレだぜ……ってなぁ!」

 

 振り返って、俺達のものではない苦悶の声を上げた方向に魔力弾を乱射する。

 数発、何もないはずの場所で魔力弾が弾けた。そこか!

 

「シグナム!」

 

「はああっ!!」

 

「っ! チィッ!」

 

 近くで待機してもらっていた彼女の名を呼ぶ。呼ばれたシグナムが出てきて魔力弾が弾けた場所を斬るが、先に避けられてしまった。

 遅れて、魔法の迷彩が解け、仮面の男が正体を現した。

 

「貴様、何者だ」

 

「……………」

 

 シグナムが問う。しかし当然ながら、仮面の男は何も答えない。

 

「まあシグナム。相手が何者とかはどうでもいいじゃないか。どっちにしろあんたの敵だろ」

 

「綾?」

 

「だけど俺は正直もう疲れた。これ以上被害は食らいたくないし、あんたはもう引いてくれや」

 

「……それで、引き下がると思っているのか」

 

「この不快音を聞きながらシグナムと張り合えるのか? そんなだっせえ仮面着けてるってことは、顔を見られることですらタブーなんだろ?」

 

 まあ俺達転生者は皆、顔どころか正体知ってる訳だけど。

 

「……………チッ」

 

 仮面の男は舌打ちをして、静かに姿を暗闇に消していった。

 気配がなくなったのを感じ取ってから、俺はモスキート音を消して携帯を閉じる。

 

「……まっ、こんなもんだろ」

 

「すまない、綾」

 

 いきなりシグナムが謝ってきた。

 

「何を謝ってんだか」

 

「見て感じたが、奴の実力は生半可なものではなかった。私一人では退けることができなかったかもしれん」

 

「俺は自己防衛で動いただけだ。感謝するのはこっちの方さ」

 

「そうか。ところで、どうして奴の存在に気づけた?」

 

「まあ、あれだ。前にも襲われたことがあってな。予防線にかかっただけだよ」

 

 当然だが、思いっきり嘘である。まあ、これぐらい無問題だろ。

 

「さ、勝負の約束だ。何も取らずに引いてくれ」

 

「ああ。もう管理局も結界の外に来ているだろう。ここで引き上げだ。ザフィーラ、行くぞ」

 

「ああ」

 

 結界が解かれ、二人は素早く離脱していった。残ったのは、俺と氷室だけになった。

 緊張が解け、二人揃って溜め息を吐く。

 

「しっかし、お前だったんなら俺のバッジ取られる前に動いてくれよ」

 

「ザフィーラを完全に騙すためだったんだ。あれくらい我慢しろ……俺だって大怪我したんだぞ」

 

 何はともあれ、これで一安心……後はアースラの戦闘員が来て安全に家へ……あ。

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「リンディさんへの言い訳……話す内容忘れちまった……それあっても説教来るし……」

 

「……あーあ。俺知ーらねっと」

 

「何言ってんだ。お前も説教確定だよ」

 

「あ」

 

 ……締まらないなあ。

 

 

 

 チーム反逆者とチームインテリ不良、シグナムとザフィーラに勝利。

 攻略者、朝霧綾と烏間氷室。




 という訳で、攻略完了です。ついでにリーゼ姉妹対策を公開しました。
 高周波が猫の糞尿対策に使われているというのは、比較的最近の『零』で出ていました。犬……狼にも聞こえるかどうかは知らないです。犬も猫も同じとだろ適当に書きました。
 臭い汁を使用した理由も公開しました。ダメージを与える訳ではなく、騙しやすくするためでした。
 ちなみにですが、ザフィーラのその後の苦労については書きません。だって主人公は綾ですし。においが完全に取れるまでの間、隠蔽用の魔法ではやてにだけはバレないようすごく頑張った、とだけ書かせていただきます。
 さて、リーゼロッテ変装バージョン(笑)が登場して綾達の緊張度も上がってるのですが、ひょっとしたらこれで『リーゼ姉妹の』出番が終わりになるかもです。次回それっぽい理由が明らかになります。いや、ホントに。ガセになるかもしれないけど……ね。
 主役に出番がなく、何気に原作キャラの中でリンディさんの出番が一番多いのが本小説のクオリティー。仕方ないね。九歳児にはあまりよろしくない暗さと影での動きが基本の小説ですから。舞台裏の行動が基本ですから。
 さて、蒼い狼さんや猫Aさんに殺されないうちに退散しようと思います。
 ではでは。

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