Magic game 作:暁楓
照明の落ちた部屋、私はすでに二桁の回数になる寝返りを打った。
現在十一時四十六分。いつもならすでに眠りについているというのに、まだ目が覚めている。
(……眠れない)
今日のベッドはいつもと違う……というより、ここは八神家ですらないのだが、寝心地が悪いという訳ではない。
ではなぜか。……正直、私にもよくわからない。
ただ、綾が普段使う布団に身を包まれているという事実に、恥ずかしさや緊張感がある。胸が高鳴る。
しかし逆に、ベッドについた綾の匂いに安心感を覚え、なぜだか嬉しくも感じる。
矛盾している。この気持ちは一体何なのだろう。
(……………)
さっきまでいた綾のことを思い出す。
取り乱し泣き叫んでいた私を抱き締めた綾。そっと私の涙を拭ってくれた綾。泣き出した私を受け止めてくれた綾。
泣き止んで落ち着いて、こうして思い出す程にドキドキと鼓動がうるさくなる。なんだか顔に熱さを感じてきた。
ああ、私は一体どうしてしまったのだろう。
(……水を飲もう)
キッチンに行くためにはリビングを通らなければならない。もう寝ているであろう綾がいるリビングを通り、彼を起こしてしまうかもしれないのが気が引けるが、水でも飲んでこの気持ちを落ち着かせたかった。
私は起き上がった。
◇
「よ、どうした?」
綾は起きていた。
リビングに明かりがついていたためもしやと思い、どうしたものかと踏みとどまっていたら、扉越しに私の存在に気づいたらしい綾からやってきていた。
「え、えっと、少し水を……」
ただ事実を言っているだけなのに、なぜここまで緊張するのだろう。
「ん、そうか。持ってくるか?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうか? コップの場所とかわかるっけ?」
「は、はい。なので、大丈夫です」
そっか、と綾は納得して、半開きにしていた扉を私が通れるように開放した。
なぜか綾と話すと妙に緊張する。うまく話せない。罪悪感に押し潰されていた時の方がちゃんと話せていたと思う。
とにかく目的を達成させて早く戻ろうとリビングへと足を踏み入れる。ふと、テーブルの上にあるものが目に入った。
「あれは……デバイスの設計図……ですか?」
「ん……ああ、段々形になってきてはいるんだ」
テーブルの上、展開されたディスプレイに描かれていたのは『剣』だった。
気になったので近くで見てみると、それは僅かに曲線が描かれた剣だった。設計の文字を見る限り、その刀身は将のレヴァンティンのそれよりも細く、薄い構造らしい。はっきり言って、強度は大丈夫なのだろうか。わざわざ曲線を描く必要もよくわからない。
「リインフォースって、日本刀知ってるっけ?」
「ニホントウ?」
「日本製の刀だから日本刀。薄い刀身や僅かに描いた曲線は納刀状態からの居合い斬りに最も強いってさ」
居合い斬りと言えば、将の得意とする空牙の動きのことか。もしレヴァンティンが日本刀で将が空牙を最速の域で使えばどうなるか……誰にも止められなさそうだ。
つまり、綾は居合いを主体とした戦法を取るのだろうか?
「まあ、後は見た目が綺麗だから美術品としても有名だよ。俺はある意味後者の方になるかな。日本人は日本刀に限る」
そっちだったか。しかしバリアジャケットだけでなくデバイスをも見た目重視で考える人もいないことはない。日本刀というものの性能も優秀みたいなので、あまり気にするものでもないか。
それよりもう一つ気になったことがある。
日本刀型デバイスとは別のディスプレイ。そこに描かれているもう一種の剣である。日本刀とは形状が違う。
こちらは知っている。『レイピア』だ。
突きに特化した刀身は日本刀よりさらに細く、また柄の部分には丸みを帯びた装甲がある。
この設計図も作られているということは……
「二刀流、ですか?」
「ん? ああ、それか。それも考えてるけど、そいつは試作機。まずはそれで考えたやつを試して、それから本命の日本刀を作る予定だからさ。その後でもそのレイピアは日本刀とは違う運用で使ってくよ」
「そうなんですか……」
デバイスを複数持つのはあまり一般的ではない。製作コストや二つ同時に扱う技術など、難しい面が多いからだ。
我が主のデバイス、夜天の書とシュベルトクロイツ、そして私は、夜天の書が蒐集した魔導をシュベルトクロイツが媒介となって運用。私は自身をシュベルトクロイツ同様に媒介として魔導を自分で運用したり、主と融合することで主の魔導運用の補助を行う。このように私を含めた三機は、複数で同時に運用することを前提に造られている。
また、ハラオウン執務官はS2Uとデュランダルというそれぞれ独立したデバイスを所持しているが、デュランダルが強力な反面扱いが難しいことがあってか、彼がこの二機を同時に運用することはない。
対して綾が設計したデバイスにはそういうことは特にない。試作機であることを踏まえても、純粋なデバイス二刀流という意味では珍しい。
(それにしても……)
私は思う。本当に綾は管理局入りするつもりなのだろうかと。
綾が管理局入隊を希望しているという話はちらほらと聞いたことはあった。しかし右目はともかく、片腕が義手というハンデが重いものであること、そして魔法戦の中には命懸けになることもあるということは綾が一番理解しているはずだ。そんな厳しい条件下で綾が管理局入りすることについては半信半疑だった。
しかし、この完成に近い設計図を見て確信した。彼は本気だ。本気で管理局の前線で戦うつもりでいる。
正直、行って欲しくない。彼を傷つけた私がこう思うのも変かもしれないが、綾が傷つくのをこれ以上見たくない。
それで一つ、訊いてみることにした。
「綾は、管理局員となって戦うのですか?」
「ああ、まあそんなとこだ」
「なぜ、まだ戦おうと思うのですか? 私の時みたいに、誰かを助けたいからですか?」
我が主は贖罪と同時に、自身のようにどうしようもないと苦しむ人を助けたいという思いで管理局入りを決意した。高町とテスタロッサも、魔法で誰かを助けたいと言っている。
しかし綾は、私を実際に助けた彼は、それを否定したのだった。
「いいや、俺は、自分のために戦うのさ」
「自分のため?」
「ああ、人助けはついでになる。俺はそういう奴だよ」
コトン、とテーブルにマグカップが置かれた。中にはホットミルクが入っている。
「少し甘めのホットミルク。眠れない時には水なんかよりも落ち着くぞ。寒い日には特にだ」
話をしながら、作ってくれたらしい。自分のため、と言っておきながら、こうして優しくしてくれる。
その優しさに、私は頬に少しの熱を感じた。
◇
翌朝。
あの後はホットミルクのおかげか、ちゃんと眠りにつくことができた。
ベッドのシーツを整え、それからリビングに入ると、朝食のおかずを並べている綾の姿があった。他の三人もすでにいる。
「ん、おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「あ、はい。お陰様で」
「そうか。ちょっと待っててくれ。もう少しで朝食ができるから」
そう言って、綾は台所へと入っていく。
椅子に腰掛けて待っていると、藤木海斗が話しかけてきた。
「なあリインフォース、昨日俺達がいなくなってから綾と何話した?」
「え? ……ええと」
少し言い淀む。寝室でのあの話は正直どう説明すればいいのかわからない。その後のデバイスの話をするのも、彼――いや、藤木由衣と末崎の様子からして彼らと呼ぶ方がいいか。彼らが聞きたいことではないだろう。
言い淀んでいる間に、藤木海斗は話を続けた。
「まあ、綾ならあんたを許してるんだろうけどさ」
言って藤木海斗は台所の方を見やった。物陰に遮られてしまっているが綾に視線を向けているのだろう。
「あいつはすげーよ。強くて、頭も良くて、俺達の面倒を見てくれたり、あんたのことを許してやれたりできるぐらい優しいからな」
言うと、彼は悲しそうな、羨ましそうな、悔しそうな、そんな表情をした。
「……俺にはそんな強さも、頭の良さも、優しさもねーや」
「……………」
「俺は……あんたを許せそうにない。俺にとって、いや俺達にとって、綾は命そのものなんだ」
「海斗さん……」
藤木由衣が呟いた。私は何も言わない。言う権利も余地もない。被害者の周りの人までも恨みを持つことは、この一ヶ月で経験した。
「だけど、俺達は何もしねえよ。てか、できない。権利を持ってるのは俺達じゃなくて綾だ。俺達がやってもそれは……ええと……ああもう、やっぱ難しい言い方ができねえな」
藤木海斗はむしゃくしゃしたみたいに頭を掻いた。
「あーもうあれだ、要するにだ。俺はあんたを許さない。だけど俺達は何もしない。わかったな?」
「……はい」
この方がその答えに落ち着くまでどれほど苦悩したのだろう。自分の欲求を退け、誰かのためを想った答えを導き出すのは、簡単なことではない。そしてそんな苦悩の原因は紛れもなく私だ。
綾を傷つけ、彼らに苦悩を背負わせた私は、どうしようもない大罪人だろう。
「できたぞー。さっきから何か話してたみたいだけど、何の話だ?」
「別にー。じゃ、食おうぜ」
だから、償いたい。
被害者全てに償わなければならないのはわかっている。その上で、彼に私を救ってくれた恩を返し、彼らを支えてやりたい。
そう、私は思った。
◇
朝食を取った後、綾が洗ってしっかり乾かしてくれた私の服に着替え、私は帰路に立った。
隣では綾も一緒に歩いている。今日の飯分の買い物ついでの寄り道だと言って、こうして送ってもらっている。
道中では、互いに話はほとんどない。だが息苦しさというものは全くなかった。
元々私が無口な方だからというのもあるかもしれない。しかしなにより、ただ彼がそばにいるというだけで心地よく感じている。
昨日までは、彼と会う度に強い罪悪感に捕らわれていたというのに。今では、そばにいると心が安らぐ。
「? どうした?」
「え?」
綾が尋ねてきた。目の前にはこちらに顔を向けた綾がいる。どうやらいつの間にか、私は綾に視線を送っていたらしい。
私はなぜか急に気恥ずかしくなり、慌てて視線を彼の顔から外した。
「い、いえ。何でもありません」
「そうか」
ああ、今の私は何かが変だ。
綾と接する度に、胸の鼓動がうるさく鳴り響く。体温が上がっているような感覚にみまわれる。
綾がそばにいることに安心感がある。しかしどこか切なく、胸が痛むような錯覚を起こす。
一体どうしてしまったのだろう。プログラムを写本に置き換えて二ヶ月経ち、今になって異常が出るとは考えづらい。しかし過去に組み込まれた、もしくは学習した中にこれほど複雑な感情はない。
ではこの気持ちは、感覚は、一体何なのだろうか。
わからない。けど、不思議と怖くは感じなかった。
◇
「さて、着いたぞ」
「あ、はい」
それからしばらく歩いて、八神家に辿り着いた。
なんとなく、綾と一緒に歩いたこの距離が短く感じた。考え事をしていたからだろうか。
「じゃ、もう送りもいいか」
「寄っていかないのですか?」
思わず彼を引き止める言葉が出た。別れる時が来るのは当たり前なのに、なぜかそれが嫌になっていた。
「元々買い物に行くついでだったからな。それに俺が上がっていったら、八神家の雰囲気を悪くしちまう」
「そう、ですか」
その返答に引き下がるしかなかった。
我が主や騎士達は綾を悪く思ってはいない。しかし、良く思ってもいないのが現実だ。綾は被害者であり、私達が加害者。私はともかく、主や騎士達がその後ろめたさで雰囲気を悪くするという意味だ。
「すみません……」
「なんで謝るんだか。別にどうこう言うつもりはないさ。強いて言うなら、あっちの人前でも露骨な対応されるのはよしてくれればそれでいい」
あっちとは言うまでもない。管理世界だ。綾は公式には闇の書事件には関わっていないことになっている。私のために、私達のために、己自身をなかったことにした。
綾は色々なことをしてくれているというのに、私は何もできていない。
「じゃあ、俺これで」
「……待ってください!」
歩き出す綾を呼び止める。綾は歩を止めてこちらを向いた。
「何だ?」
「……えっと」
ドキドキと心臓が高鳴る。その緊張を抑えるため、深呼吸する。
頭の中にある言葉を思い浮かべ、心の中で反芻する。
思えば彼には一度も言っていなかった、感謝を表す言葉。
「綾。ありがとうございます」
「……どういたしまして」
綾は微笑んでそう言って、それから歩き去っていった。
ああ、私は変だ。
彼のことを思うと緊張し、心が安らかになり、胸が高鳴り、熱くなる。恥ずかしくなり、嬉しくなり、時には切なくなり胸が痛む。
(だけど――)
だけど、悪くない。嫌じゃない。
私のこの気持ちの正体が明らかとなるのは、まだ先の話。
リインフォースへのフラグが正式なものになりました。当の本人はまだ気づいていない状態ですが。
作者はアインスが大好きです。大好きなんです。ええ。
あと、海斗はこの作品では『普通の人間の弱さ』を表すことが多いです。
決して強くなく、なかなか決断できずに悩み、うまく言葉を伝えられない。普通の人間臭さ。
海斗も普通の人より強いはずなのですが、天才である綾が隣にいるせいで弱く見えるんですよね。
人間の弱さはこの作品では大切なテーマだと思ってますので、これからも書いていきたいですね。