Magic game   作:暁楓

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第六十一話

 アースラの中。人数が少し多い上一部腹が減ったという発言が理由で選ばれた食堂には、ウレクを回収した俺達の他にも無事だった海斗と才、捜索組三チームも揃っていた。現在ここにいるメンバーは皆一時休憩を命じられてここにいる。

 そんな計十一人は食堂で比較的思い思いに休憩時間を過ごしている。食事をとったり、互いに捜索の結果を話し合ったりといった感じだ。

 俺もこの時間を利用して食事を取っているのだが、とある視線がちょくちょく気になる。

 感じ取った視線を辿るとリインフォースに辿り着く。リインフォースは俺と視線が合うととっさに目を逸らすが、チラチラとこちらの様子を窺っている。

 今日のウレクとの対峙の時や、そして昨日の闇の欠片の掃討から戻ってきた時もそうだったのだが、リインフォースはなんだか俺のことを過保護気味だ。

 確かに、俺の力はそこまで強くはない。闇の欠片を倒すのだって苦労するし、ウレクと戦闘するとなれば、一方的な展開が予想できる。

 ただ、

 

(心配だってことなら嬉しいけど、心配しすぎなのはなぁ……)

 

 その感情が行き過ぎて、相手からの情報引き出しを怠るとなるとさすがに容認しかねる。無事ウレクは取調室行きにはなったものの、もしあの場でリインフォースを止めなかった結果ウレクが消滅、物語に重大な支障をきたすなんてことになったら、色々マズかった。もしまた似たようなことが起きたら、その時は感情的になりすぎだという注意ぐらいはした方がいいかもしれない。

 

 閑話休題(それはいいとして)

 前述の通りウレクは取調室にいる。ダメージが深刻であることから医務室で尋問をする案もあったのだがそれはウレクが却下。それでも治療のために出張から戻ってきたシャマルもついている。

 ウレクは俺と話があると言っていたものの、ウレクの危険性に含めて、俺は嘱託魔導師でもないため尋問には立ち会えない。だからこうして取り調べが終わるのを待って、それから話をしようと思っているんだが……。

 

(尋問の結果……来るの遅くないか?)

 

 ウレクを引き渡してからすでに二時間は経過している。尋問がすぐ終わるものではないとわかってはいるが、それにしたって遅いんじゃないだろうか。これからの捜査や任務の進行にも関わるため、途中経過でも話に来るべきなんじゃないかと思うのだが……。

 それでもしばらく待っていると、数十分してようやくリンディさんが食堂に来た。シャマルもいる。

 

「綾さん。ちょっといいかしら?」

 

「はい」

 

「みんなにも聞いて欲しいから、ちょっと集まって」

 

 そう言って主要メンバーを召集すると、リンディさんは話を始めた。

 

「今、綾さん達が確保したマテリアル、ウレクの尋問をしているところなんだけどね……」

 

「あいつが口を割らない、と?」

 

 浮かない表情から簡単に察して予測を告げると、リンディさんは溜め息を吐いた。

 

「……ええ、その通り。何を訊いても、一言も答えないのよ」

 

「……質問の回答以外も、何も?」

 

 才がそう訊くと、リンディさんは首を横に振った。

 

「いいえ。『ただの取り調べには興味ない』と言った上で、『綾との交渉に限って応じる』という話。それの一点張り」

 

「治療も受けるつもりはないみたいです。ただ、綾さんと交渉できるなら考えてやると言ってまして……」

 

 でもその場に俺はいなかったから、二時間も徒労となったのか。というか、よく二時間も続ける気になったな。

 

「現在、ウレクを構築している身体は限界に差し掛かっているの。不足している砕け得ぬ闇の情報を持っている貴重な人物をこのまま消滅させる訳にはいかないわ。だからあなたにウレクとの交渉をお願いしたいの」

 

「しかし、ウレクは人格的にとても危険です。そんな彼の元に綾を引き出すのは……!」

 

 そう言ったのはリインフォースであった。リンディさんはその話を聞いて「わかってるわ」と頷いた。

 

「ウレクの手足には全部、魔力抑制用の拘束具を取り付けさせているわ。その上で、綾さんが交渉の席に着く場合には護衛も取調室に入れるつもりよ」

 

「その護衛には、私が!」

 

 真っ先に名乗りを上げたのはリインフォースであった。

 リインフォースは確かに実力がある。ウレクが本気を出した場合、まともに奴とやり合える力があるのはまず彼女で間違いない。

 ただ……今の彼女はやや感情的であるため、思いがけないミスを犯す可能性も否定できない。ここは、もう一人護衛をつけておくべきか。

 ……よし。

 

「リインフォースに加えて、フェイトも護衛に加えてもよろしいですか」

 

「え……私?」

 

 指名されたフェイトは目を丸くした。

 

「一応、理由聞かせてもらってもいいかしら?」

 

「ええ。フェイトは高速近接型、取調室の広さの関係上、不測の事態に対応できる近接型がよろしいかと。ついでに言えば、執務官は取り調べや交渉の機会もあるでしょうし、見学になるかなと」

 

 理由を聞いたリンディさんは「なるほどね」と頷いた。

 

「後半はともかく、まあ一理あるわね。フェイトさんは、それでいいかしら?」

 

「はい!」

 

 フェイトはこくりと頷く。

 

「さっきリインフォースが言ってたみたいに、彼は危険が多いわ。もし何かあったら、まず自分の身を守ることを優先すること。いいわね?」

 

「はいっ」

 

 それから、シャマルが手を挙げた。

 

「あの、私ももう一度行きます。やっぱり治療しないといけないですし」

 

 これで、メンバーは決まった。

 

「綾さん」

 

 リンディさんから声をかけられた。返事と共にリンディさんに向く。

 

「ウレクの言う交渉はあなたにお願いするけど、重要な判断まで任せる訳にはいかないわ。重要な決定については私が行います。いいわね?」

 

「はい」

 

 そこは俺もわかっていたので頷く。当然の話だ。俺にそんな権限はないし、決断について責任を持つのは艦長であるリンディさんだ。

 

「それから、こちらも尋問の様子はモニタリングしているから、場合によっては指示を与えていくわ」

 

「了解です」

 

「じゃ、お願い。くれぐれも気をつけてね」

 

 ……さて、ある意味自分との交渉だが、どのようになるかな。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 尋問員と交代してまず俺だけが部屋に入る。

 真ん中に机、それを挟むように椅子が置かれていること以外には何もない殺風景な部屋。広さもそんなになく、ここで生活というのはとてもできそうにない。

 そんな部屋の椅子にふんぞり返っているウレクは、俺の姿を見てニカリと笑っていた。

 ウレクの右肩を見る。海鳴市で見た時は右肩の少し先まで腕はあったはずだが、今では右肩が抉れたようになくなっていた。右目の崩壊も進んでいるし、机の陰に隠れている腹部の崩壊も同じく進んでいるだろう。

 

「随分やつれたな」

 

 俺は言ってウレクの向かいの椅子に座る。

 

「構築崩壊もだいぶ進んじまってな。身体能力にも影響が出始めた。見た目以上に中身は壊れてきてるんだぜ?」

 

「治療を受けないからだ」

 

「んなもんいらねぇよ」

 

 数秒の間が置かれる。

 他愛のない会話をリセットし、それから口を開く。

 

「さて、お前が望む通り、お前との交渉には俺が対応することになった」

 

「おお。嬉しいねぇ、それ」

 

「ただしそれに伴い、俺の護衛のために二名、お前の治療のために一名の魔導師をこの部屋に入れることとなった。加えて、こちら側の決定権は俺ではなく、ここの艦長、リンディ・ハラオウンが持つ。文句はないな?」

 

「まあ、お前実力的にも権力的にも弱っちいからな。それで了解してやるよ。治療のこと以外はな」

 

「いい加減、お前限界なんじゃないのか?」

 

「まだまだやれるさ。どっかで俺みたいに腕と目玉吹っ飛ばされて腹貫かれた奴とは違ってな」

 

「……………」

 

「まあもっとも、治療自体意味もねーしな」

 

「意味がない?」

 

 オウム返しで尋ねるとウレクはああ、と頷いて答えた。

 

「俺が厳密にはマテリアルではないってことは言ったよな? 交渉のこともあるんで多くは言えねーが、俺はある部品を中心に、闇の書の残骸データから駆体構築に必要なデータと魔力をかき集めてできたガラクタみたいなもんで、作りは闇の欠片に似たようなもんさ。闇の欠片は単体では非常に脆い。壊れたらどんどん崩壊して、寄せ集めデータなんで直すことも叶わない。そこは闇の欠片寄りの構築である俺も例外ではない。ここまでの説明でもういいよな」

 

「直せないから意味がないと」

 

「まあそれで納得してくれ」

 

「だが崩壊を止めるぐらいならできるんじゃないのか?」

 

「直らないと言ったが、治療は受ける気そのものがねえよ」

 

「わかった。……だが、万が一に対応できるように、部屋には入れるぞ」

 

「勝手にしろ」

 

 相手からの承諾を受けたので、扉の方を向き、三人に入るよう促す。

 リインフォース、シャマル、フェイトと入ってきて、シャマルにはウレクに治療は意味がないこと、本人に治療を受ける意志がないことを告げ、それでももしもの時にはすぐ治療に入れるよう、デバイスをいつでも展開できるようにと言っておく。

 その間に残る二人の様子をチラリと見てみるが、一番の不安材料であるリインフォースが冷静でいるようなので少しほっとした。フェイトは崩壊部分が剥き出し、加えてその状態で笑っていられるウレクにおっかなびっくりの様子だが、九歳少女の当然の反応であるため気にしないでおく。

 交渉の準備も終わり、改めてウレクと正面を向いて椅子に座る。リインフォースとフェイトは俺の後ろに、シャマルは俺の右側に立つ。

 

「……では、これより交渉を始める。この交渉はモニタリングされていることを明言しておく」

 

「了解ですどーぞー」

 

「単刀直入に訊く。お前の言う交渉の内容を説明してもらおうか」

 

「おう、いいぜ」

 

 ウレクは余計笑みを濃く浮かべる。左腕を机の上に乗せ、それを支えに身を少し乗り上げる。

 

「まあ早い話取り引きをしたいんだよ。こちらの出すカードは情報だ。ユーリ・エーベルヴァイン――ああ、システムU-Dのことだ。あいつの現在の実状、ユーリを止め、救ってやる方法、他にも知りたいことがありゃ全部。マテリアル三基も知り得ない全情報を管理局の者に開示する。これが俺の出すカードさ」

 

「で?」

 

 俺は問うた。

 

「こちらが出すカードは?」

 

「お前だよ」

 

「……あ?」

 

 言ってることの意味がよくわからず、思わず眉を顰めた。

 何の冗談かと思ったが、だがどうやら、目の前の狂人は本気らしい。ズイ、と顔をこちらに近づけてきた。

 

「お前が欲しい。正確に言うなら、お前への命令権。いついかなる時でも俺が命令したらどんな命令でも絶対に従うという権利。それが欲しい」

 

「……随分と、マニアックなものを要求してくるんだな」

 

「互いに必要なものを交換するってだけさ。本当ならディアーチェも追加したかったんだが、ここにはいないみたいなんでな。だから今回は格安、大特価、出血大サービスってことにしてやるよ。管理局では三流の駒にしかならないようなお前の身で、世界を救うのに必要な情報を買えるんだ。これ以上得な話なんてないだろ?」

 

 そう言ったウレクは、俺から視線を外した。

 いや、視線を外したんじゃない。視線を送る相手を変えた。俺の後ろにいる、こんな話を聞けば間違いなく怒りを爆発させるであろう人に。

 

「――ふざけるなっ」

 

 案の定、爆発は起きた。

 普段は控えめな性格である彼女が、普段では考えられないような怒りを露わにした。

 

「貴様に、そのようなことを言う貴様にっ、綾のことを侮辱する貴様なんかにっ――!!」

 

「リインフォース、下がれ!」

 

 俺が忠告するも、当人は怒りに任せてウレクへと近づいていく。

 怒りを誘うことは、罠に誘うことと同義だ。そのことぐらい、お前だってわかっているだろ……!

 そしてその懸念は、当然現実になる。

 

「綾を渡してたまるか……――っ!?」

 

 リインフォースの伸ばした手がウレクの胸倉を捉えようとする直前で、リインフォースの両手両足をリング状のバインドが拘束した。

 

「くっ……!?」

 

「リインフォース!?」

 

「あなた……魔力拘束具はどうした!」

 

 フェイトが睨む。睨まれたウレクはゲラゲラと盛大に笑い出した。

 

「ばぁーーか! んなもん、つける前にぶっ壊したに決まってんだろ!」

 

「リインフォース待ってて! すぐに拘束解除を……!」

 

「おおっとぉ! デバイスの展開、魔法行使、どちらもするなよ! 俺に近づくことも離れすぎてもいけないぜ! そうすりゃそこの管制人格の二の舞だ!」

 

「!?」

 

 クラールヴィントを展開しようとするシャマルをウレクが左手で制する。どうやら、こいつは随分厄介な仕掛けを作りやがったらしい。

 そんな状態でリインフォースは、力ずくで拘束から逃れようと試みる。

 

「こんなものっ……!」

 

「おっと、そちらの管制人格さんも無理にバインドを壊そうとしたら大変なことになるぜ!?」

 

「そんなハッタリが効くと……っ!」

 

 バキンッ、とリインフォースの右腕を縛るリングが破壊される。

 その次の瞬間、壊れたリングから一瞬の光、それから音。さらには強い衝撃と熱量が降りかかってきた。

 

「きゃあ!?」

 

「――っ!!」

 

 衝撃の直後にさらに大きな衝撃が上乗せされる。椅子に座っている以上踏ん張ることもできず、椅子ごと壁まで吹っ飛ばされる。今の悲鳴が誰のものだったのかはわからなかった。

 

「いたた……」

 

「……クソ、何が起きた……」

 

 煙が晴れてきたので辺りを見回す。

 障壁で防いだのか、ピクリとも動かずに鎮座している机と椅子から落ちることもなく座ったままのウレク。

 対して、反応しきれずに壁まで吹き飛ばされた俺、フェイト、シャマル。

 そして、手足に火傷を負って倒れ込んでいるリインフォースが見えた。

 

「……………ぅっ……」

 

「リインフォース!」

 

 シャマルが彼女の元へと駆け寄る。

 こちらから見る限りでは熱傷、それと爆発を受けた手足からの出血……血の流出が早い。気を失っているのは、吹き飛ばされた時に頭を打ったのだろう。リインフォースのことはシャマルに任せて、俺はフェイトの方へ寄る。

 

「フェイト、怪我はないか?」

 

「は、はい。ちょうど私のいる所は綾さんで陰になってましたから……」

 

「あーあ。だから無理にバインド壊すなっつったのに」

 

 卑屈な笑みを浮かべるウレクが、俺達を見下してそう言った。

 その口調、表情に怒りが湧いたフェイトが飛び出そうとしたので、俺が捕まえて引かせる。

 シャマルがリインフォースを抱え上げた。

 

「綾さん、交渉は一旦中止にしましょう! リインフォースの手当てをしないと!」

 

「無理だな」

 

「無理だね」

 

 同じ音程の声がハモった。

 一方の声、ウレクはもう一方の声の主である俺を見て「わかってんじゃねえか」と言って、続けた。

 

「バインドエリアの外に出ようとすりゃ、自動的に拘束されるぜ。ま、さっきも言ったけどな」

 

「特定条件で捕縛を行う自動範囲型バインドと、バインドの破壊をトリガーとする起爆式の爆弾か。……やりやがる」

 

「話を最後まで聞かなかったお前らが悪い。初回は警告の意味で爆破で死んだり手足が吹き飛ばない程度に威力を調節してやったんだから、むしろ感謝してほしいもんだね」

 

 初回は死ぬことがない威力。逆に捉えれば、次からは本気の威力を使うという現れだ。最悪死ぬ可能性がある。これでこの部屋にいる、交渉人である俺を含んだ四人は事実上人質になった。

 

「さあ、どうする俺のオリジナルよぉ。俺に服従するのかしないのか。世界を救いたい、そこの管制人格を助けたいってんなら服従がお勧めだぜ。さあさあ早く決めないと、そいつの命が危うくなってくぜぇ? ヒャハハハハハハッ!!」

 

 俺と同じ音程のふざけた笑い声が、勝利宣言ように部屋に響いた。




 リインフォースは健気に一途で頑張ってるはずなのに、こんなボロボロにしてしまっている自分の展開構成が憎い。こうなるのはウレクが鬼畜使用だから。おのれウレク……!
 そしてウレクの安定した鬼畜使用。読者のウレクへの評価が下がっていく未来が見える。
 今回は交渉の出始め。次回から頭脳戦が本格化していく予定にしていきます。どこまでクオリティが下がることなく済みますかね。

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