Magic game   作:暁楓

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 勝負開始です。
 ちょっとトランプの用語がたくさんでます。
 元が零で、色んな豆知識が出てくるものと思っていただければと。


第六十四話

 責任重大。

 綾が置いたトランプを手に取ったユーノ・スクライアの頭の中はその四文字が占めていた。

 カードを引いた時点で勝敗が決する捲り勝負。鍵を握るのは当然、一番上に何が来るか……すなわち、シャッフルである。

 そのほぼ全てが自分に任されているとなれば、嫌でも責任を感じさせられる。仕方のないことだ。

 だが、その責任に押し潰される訳にはいかない。

 まず手順を整理すると、まずユーノがトランプをシャッフルする。ある程度シャッフルを行ったら綾がトランプを切り分け、それからユーノが積みをする。

 ユーノにはトランプを指定した場所に仕込むようなシャッフルの技術はない。仮にできたとしても、綾から指定を受けていないのだから仕込みようがない。完全なランダムだ。

 綾もそれは理解している。しかし負ける訳にはいかないはず。だから、どのようなシャッフルでも、どこに引きたいカード――Aがあるのかわかる仕掛けを施しているだろう。

 すなわち、

 

(カードのどこかに目印をつけている……)

 

 目印――すなわちガンカード。カードに直接、目に見える目印をつける手法は管理世界では最早古典的なイカサマ手段である。管理世界には魔法があるのだから、自分だけが認識でき、相手の目視では認識できないガンカードを作る手段は探せばいくらでもある。

 しかし実際には、こうした魔法によるイカサマは魔力計測器によって簡単に見破られしまうため、古典的イカサマの方が横行しているのだそうだ。

 それはともかく。話はズレたが、用はガンがすでに仕掛けられてあるはずだ。タイミングはおそらく、カードの確認と言ってトランプの山を手にしている時。というか、そこしかない。

 だとしたら、ユーノにはそのガンを正しく見分けることができるようにサポートするのが正しい行動だ。

 そのやり方は、

 

(カードの上下がバラバラにならないようにシャッフルする)

 

 これしかない。

 ユーノはトランプを右手で持ち、数枚ずつ左手へと落としていく。その手法は日本人が好んで行うヒンズーシャッフルと呼ばれるものに近いが違い、その切り方は地球ではオーバーハンドシャッフルと言う。違いはトランプの持つ位置がサイド(トランプの長い二辺)ではなくエンド(トランプの短い二辺)であること、親指でカードトップを押さえて滑らせることである。

 ミッドチルダにもトランプ他、カードゲームは存在する。シャッフルも種類が存在し、一部名称が違えど多くは地球と通ずるものである。

 海鳴市にいる頃はなのはとその友人がトランプで遊ぶのを目にし、ミッドでもある程度カードゲームに対する知識や経験があるユーノ。シャッフルの方法もいくらか知っている中で、彼はこの手法を選んだ。

 自分なりにやりやすいシャッフルであるというのもある。しかし最も重要なのは、カードの上下がバラバラにならないようにすることにある。

 綾がトランプにガンをつけるのであれば、おそらくAだけでなく次点のKにもつけている。引いたカードは山に戻さずに続行するというルール上、A以外のカードを引く可能性が出てくるからだ。少なくとも、第五戦までもつれ込むと確実に一度はA以外が出てくることになる。そうなった場合当然、引きたいカードは次点であるKになる。

 綾なら、AもKも見分けることが可能なように仕掛けているだろう。しかし、それはつけたガンの位置がそのままである場合の話だ。シャッフルの過程で上下や左右がバラバラになった場合、認識が困難になる可能性がある。

 それを避けるために、上下が変わってはいけないのだ。

 上下を変えず、綾が少しでも有利になるようにオーバーハンド。かつ、ベストな展開は、

 

(逆になのはがクラスターでもやって、トランプの上下をバラバラにしてくれれば、こちらが有利なんだけど……)

 

 魔法戦では拡散の意味を持つクラスターシャッフルは、地球で言うところのウォッシュシャッフル――机の上でかき混ぜる手法。スクランブルや焼きそばとも言う――のことを意味する。

 綾がやると考えた場合、間違いなくウレクもイカサマをすると考えた方がいい。人格は違えど頭脳は同じなら、イカサマをするという考えも共通するはず。

 だとしたら上下がバラバラになった場合のリスクも同じであるはずなので、なのはに期待の視線を送るが、僅か九歳のなのはにそれを察することはできなかった。そもそもユーノも半分無理だろうなとは思っていた。念話も使えない以上、なのはが自力で気づくか、気まぐれでやるしかないだろう。

 何度目かのシャッフルを終え、ユーノはトランプの山を右手に持ち直し、綾の前へと置く。それを見たなのはもウレクの前に切り終えたトランプを置いた。

 

「さて……いよいよカットだな」

 

 ウレクは狂気の笑みを浮かべ、左手の指を波のように動かして言う。

 

「今一番上になっているやつを含めて五つ、パケット(数枚のカードの束)を俺達が作る。そして積みは隣の奴に任せる。今一番上になっているカードは一番上にしちゃいけねえからな、選択肢は四つってことだ。カカカッ、パートナーにいい選択肢を与えてやれよ?」

 

「……………」

 

 言ってウレクは左手を、綾は無言のまま右手を、相方が切ったトランプへと伸ばす。

 サイド・エンドを確かめるように触り、一枚一枚慎重に、相方に選択肢を、作る。

 そうして出来上がった選択肢は、厚さが全てバラバラになった。

 当然だ。どこにあるかわからない狙ったカードを意図的に探し出しているのだから、そうなるのが自然だ。

 

「完了した」

 

「こっちも完了だ。じゃ、シュテルのオリジナルはちゃちゃっと積み込みしてくれや」

 

「あの、私、高町なのはっていう名前があるんですけど」

 

「知らねえよ。とっととやれ」

 

「ユーノ、頼む」

 

「はい」

 

 ユーノは迷わずに中央のカードの束を取った。迷いはない。迷う必要がない。

 選択肢は四つ。同一ランクのカードは四つ。つまり一巡目は、ガンの認識ミスを犯さない限りは確実にAとなるのだ。後はどのスートを選ぶか。ユーノもなのはもわからないため、完全に運頼み。迷う意味がない。

 カードを積み、一つの山に戻す。なのはも少し悩む素振りを見せた後、積み込みを完了させる。

 積み込みが完了してすぐ、綾は一番上のカードを引いた。そしてそれを、机の上に叩く。

 

「『ダイヤ』の『A』」

 

 その宣言と、表になった赤い菱形一つの札に、固唾を飲んで見守っていた観戦者の多くが沸いた。

 ユーノも自身の高揚を感じていた。行けるかもしれないと、そうも思う。

 

 しかし――

 

「……………」

 

 相手は静かに笑っていた。目の前の札を見てなお、その笑みを消さなかった。

 相手は山から一枚引き、表にして叩きつけると共に、宣言する。

 

「俺は、『スペード』の『A』だ」

 

「――!?」

 

 打ち砕かれる。

 ポーカーにおいて、ダイヤはおろか、四種の中で最強のスート・スペード。それが意図もたやすくこちらのAを飲み込む。

 

 ……誰もウレクがスペードAを引いたことを抗議しない。引く前から確信したような笑みを浮かべ、確認もせずカードを言い当てたことに文句を言わない。いや、できない。

 綾もイカサマを使っているとか以前の問題だ。取り押さえることができない。取り押さえようとすれば、ウレクのバインドが作動し、勝負以前の問題になる。ただ歯を食いしばり、見ていることしかできない。

 ルールは三本先取。次取られた場合、ウレクが勝利へリーチとなる。

 しかし綾は一敗を目にしても、表情一つ変えることはなかった。変えることもないまま、言う。

 

「次だ」

 

 ウレクも笑みを浮かべたまま言う。

 

「ああ、次だ。引いたカードは戻さず、五十一枚となった山をシャッフルする」

 

 言ってウレクは五十一枚となったトランプの山を取り、なのはに差し出した。

 

「ほぅら、早く切りな。早くしないと、管制人格が死んじゃうぜ?」

 

 憎たらしい、嫌らしい声に、なのはの表情から怒りが覗かせた。死んじゃいそうなのは誰のせいだ……と。

 しかし、触れることはある程度許されているなのはでも攻撃はできない。なのはは怒りをぐっとこらえてウレクからトランプを受け取った。

 

「ユーノ、シャッフルを頼む」

 

「はい。……でも、大丈夫なんですか? いきなり先手取られましたけど……」

 

 ウレクと同様に五十一枚の山を取って差し出した綾に、ユーノはこっそり耳打ちで尋ねた。

 

「スペードが相手だと勝ち目はないんだ。仕方ないさ。寧ろこちらのスートがハートでないのにも関わらずスペードが出たのはラッキーだ。ハートが負けることがなくなった……いいことじゃないか」

 

 返ってきた答えは、冷静な綾らしい状況を正確に認識したものだった。

 確かに、一敗した。しかし、相手のスペードのAが消えたことでこちらのハートのAが負けることはなくなったのも事実だ。勝つチャンスは、まだある。

 気を取り直し、ユーノはシャッフルを始める。一巡目と同じシャッフルを行い、右手から左手へとカードを落とす。

 ユーノとなのはがシャッフルをしている間に、ウレクが口を開いた。

 

「なあオリジナルさんよぉ。お前、夢はデカいか?」

 

「あ?」

 

「俺はデッカいの持ってるぜ。何でも、デカい方がいい。ずっといい」

 

「……………」

 

 突然、勝負とは関係ない与太話を始めるウレク。綾は黙って聞く。

 

「俺の夢はデケぇぞ? なんたって最終的に世界を救うことになるんだからな。そりゃあデカい。お前はどうよ?」

 

「……さあな」

 

「夢はデカい方がいいぜ。デカくて損することなんてねえよ」

 

 意図が全く読めない会話。

 話をしている内にシャッフルが終わって机上に置かれる。

 綾は同じように山を切り、四つの選択肢を作る。

 今回の選択肢には一枚『ハズレ』がある。その一枚はこの勝負の中では強い方Kなのであろうが、それでもハズレ。引けばほぼ間違いなく負ける。

 だが、そこまで問題ではない。味方に難しい問題を出す必要はない。最初に切って出てきたカードを掴めばいいのだ。ちゃんと目で追ってきたため、わかる。

 ユーノは迷わずカードを選ぶ。最初の束を選べば、後は適当にカードを積む。

 

「……………」

 

 綾は自分のカードが積まれる様は見ず、相手を、正確には相手の積み込みを見ていた。

 

「綾さん?」

 

「……ああ、積み込みが終わったんだな」

 

 綾は一つに纏まったカードの上から一枚引き、表にする。

 

「っ!」

 

「『クラブ』の『A』」

 

 あまり良くない。そう思ったのがユーノの正直な感想であった。

 最弱のスートであるクラブのA。相手がダイヤやハートであれば負ける。そうなればリーチだ。一気に不利が加速する。

 それは、できれば避けたい。できることなら、なのはが選んだカードが同じクラブか、もしくはA以外のカードか。二分の一の確率に賭けたい。そうユーノは願う。

 

 だが、その願いはあっさりと踏みにじられる。

 

「キキキッ! 『ハート』の『A』だっ!」

 

「くっ――!」

 

 相手が表にしたカードに描かれていたのは黒い三つ葉ではなく、赤いハートであった。

 二連敗。あと一回負ければ、綾が連れて行かれる。情報が手に入らなくなる。

 

「ちょっと綾! このままだと、あんた負けちまうよ!?」

 

「綾さん!」

 

 思わずと言ったところなのか、アルフとフェイトが叫んだ。

 それから湧き上がる、綾を心配する声。狼狽した声が部屋を包み、反響する。

 綾は答えない。誰の声にも答えず、ただ目の前の相手を見つめる。

 

「クククク!」

 

 対してその声に喜び、ウレクは笑う。狂気の笑いを上げ、この場の者の焦燥感を加速させ、蹂躙する。

 

「ケケケッ、どうだオリジナル! 勝てばいいとか言って、無様に負けていく気分はどうだよぉ! あと一勝したら俺勝つぜ? 勝っちまうぜ? お前負けちまうぜ!? え? どうすんだよぉ!!」

 

 相手の精神を蹂躙する舌剣(ぜっけん)が綾に斬りかかる。

 綾は何かを口から出すこともなく、ただ五十枚のカードをユーノへと渡した。




 クラスターシャッフルなんて名称はありません。それ以外のシャッフル名称はウィキペディア先生に訊きました。
 あと余談ですが、遊戯王でショットガンシャッフルなんて呼ばれてる、二つのパケットを反らせて弾いて噛み合わせるシャッフル。あれの正式名称はリフルシャッフル、またの名をマシンガンシャッフルと言い、ショットガンシャッフルはディールシャッフルというカードを一枚ずつ配って複数のパケットを作り、一つにまとめるシャッフル方法のことを指すのが正しいのだそうです。シャッフルの方法とイメージを重ねたら納得しますね。複数のパケットに分ける様子が散弾っぽいのでしょう。

 それと、今回もウレクは超笑顔。実は彼のカ行を使った笑い声、零のジュンコが元だったりしてます。でもコだけは絶対使わない。

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