Magic game   作:暁楓

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 感想では最後の第五巡目に期待の声が聞かれましたが、期待に応えられそうにないため応えないことにしました。別に構いませんよね? 理論は書きましたよ。


第六十六話

 コツコツという足音がする。

 音の数は二名分。隣にいるのはつい先程勝負の重圧から解放されたためか、少し疲れた表情が残るユーノ・スクライア。何でも、ついてきているのは訊きたいことがあるからだとか。

 

「そう言えば、まだ言ってなかったな」

 

「何がですか?」

 

 歩を止めることはしない。顔を向けることもしない。

 しかし確かな感謝を込めて口にする。

 

「パートナー、お前がやってくれて助かった。おかげでこうやってここにいれる」

 

「いえ、ウレクの要求に従ってやらされたまでで、大したことはしてませんよ」

 

「カットの積み込みの時、常に最初に切って出てきたカードを掴んでくれた。おかげで逆転に成功した」

 

「一巡目は適当に取ったんですけどね。……なのは達に魔法戦では適わないですけど、洞察力や注意力ではまだ負ける気はしませんから。遺跡調査ではどんな罠があるかわかったものじゃないですし」

 

「ああ。俺もそこを信じて正解だった」

 

「でも、ウレクはどうして五巡目の勝負を投げたんですか? 二〜四巡目と同じように、なのはを誘導してしまえば、まだ引き分けてそこから延長戦とか別の勝負を仕掛けることもできたはずじゃ……」

 

 確かに、ウレクは五巡目の勝負を投げた。正確には、四分の一の確率にかけたと言った方が正しいか。なのはを言葉で誘導することなく、ただ普通に選ばせた。結果として俺は三勝二敗で勝つことができたのだが、ユーノはそれが腑に落ちないようだ。

 俺は大体の理由に検討はついていた。

 

「心理的誘導にはいくつか弱点がある」

 

「弱点ですか?」

 

「一つは確実性がないこと」

 

 当たり前の話だが、言葉による誘導は絶対ではない。ただ心理的に相手が自分の思い通りのものを選びやすくなるというだけだ。選択肢を消したはずがその消した選択肢のものを取ったというのは可能性としては当たり前に存在する。四巡目の時にウレクが俺のカードをKだと予測した理由でもある。

 

「二つ目に連続して効かせるのが難しいこと」

 

 人間は学習する生き物である。

 誘導されているという自覚がないならまだしも、ウレク自身がなのはを誘導していたという旨を伝えたのだ。警戒される。もっとも、世の中にはそれを上回る誘導というのは当然存在するのであろうが。

 だがこれら以上に、この勝負という形の場合に存在する最大の弱点がある。

 それは――

 

「そして三つ目。相手の介入によって誘導の成功率が大きく変動することだ」

 

「どういうことですか?」

 

「じゃあ例えば二巡目の話だ。あいつは与太話でデカいという言葉を多用してなのはに刷り込んだ。ここでもし俺が同じくらい小さいという言葉を使用していたら、お前はどれを選んだと思う?」

 

「え? ……う〜ん」

 

「迷うだろ? それがこの弱点だ。誘導先が簡単に変わってしまう」

 

 大きく解釈すれば、心理的誘導の全てが刷り込みであると言える。より刷り込めばそれだけ誘導はしやすくなる。しかし、他からの刷り込みを受けた場合それは中和されてしまい、誘導に失敗してしまう恐れがある。特に今回のような形式では対戦相手に自分が何を引かせたいのかが感づかれる可能性も高いため、中和どころか全く別の誘導をされる危険性もある。

 さらには前述の通りウレクは自身でなのはを誘導していたと言ったため、別の刷り込みを受ければなのはは簡単に意志を曲げられてしまう。操り糸はもうなくなっていたのだ。

 そのことも解説すると、ユーノもよく理解したように頷いた。

 

「つまり、下手に誘導を試みるよりは四分の一にかける方が確率的には良かったってことなんですね」

 

「まあ、明らかに負ける確率の方が高いし、こうしてその確率通りの結果になったんだがな――っと、着いたか」

 

 目的の扉を見つけ、そこで歩を止める。

 

「大丈夫なんですかね……」

 

「俺としては怪我の具合より、起きてすぐ歩き回って勝手に痛めてないかが心配だがな」

 

 適当にそう返し、扉を開くためにセンサーの前に立つ。

 プシュウッ、という空気音と共に扉がスライドされる。

 

「うあっ!?」

 

「おっと」

 

 バランスを崩したのか、扉の向こう側にいた人が倒れかかってきた。倒れかかる相手の肩を掴んで受け止める。

 

「す、すみません。もう大丈……って、綾!?」

 

「なーにしてんだか」

 

「リインフォースさん……」

 

 俺の顔を見て驚いている彼女――リインフォースに対して呆れた声で言ってやる。隣でユーノも呆れ顔になっている。

 ふと扉の奥に視線をやるが、誰かがいる気配はない。シャマルは取り込み中、他の医務員も闇の欠片の掃討で負傷した局員の手当てでひっきりなしに動いている。加えてなのは達もマテリアルズやユーリなどの捜索に出張っており(はやては一時リインフォースの様子が気になると言っていたが、渋々出ていった)、そうした中でリインフォースの元には誰もいなかったらしい。

 

「綾、奴は……ウレクとの交渉はどうなったのですか!?」

 

「落ち着け、今話す。……まあ、ざっと言えばお前が気絶した後、俺とウレクはそれぞれ俺と情報を賭けて勝負することになった。結果として俺が勝って、これから情報を聞き出す。ウレクは崩壊した身体の治療をするために集中治療室にいる。こんなところだ」

 

 現状はそんなところである。詳しく説明すると、勝負が終わってすぐにウレクの自動捕縛魔法を解除させ、リインフォースとウレクはそれぞれの治療に運び出された。ウレクは崩壊した身体に治療は無意味と言ったが、治療で崩壊を止めることでは無意味ではない。

 ちなみに崩壊を止めるだけなら別に医務室でもできたはずだが、リンディさんは敢えて集中治療室を選んだ辺り、リインフォースがウレクと衝突するのを避ける魂胆があったのだろう。

 

「そうだったのですか。……あの、綾」

 

「ん?」

 

 先程とは打って変わって、リインフォースは歯切れが悪そうな口調になった。

 

「その……あの時は、勝手な行動に出てしまって、申し訳ありませんでした……」

 

「……わかればいい」

 

 シュンとした声に、溜め息をつきそうになりながらもそう言っておく。今回のことで説教すべきかと思っていたが、本人は反省しているみたいだし、追い討ちをかける気にはならなかった。

 いつまでも肩を抱き止めているのも何なので、倒れかかっていた彼女を立たせて手を離してみる。しかし足の怪我が痛むのかフラついたため、やはり支えていることとなった。

 

「さて、もうそろそろウレクの治療が終わってるだろうし、話を聞きに行くんだが、リインフォースも行くか?」

 

「え? しかし……」

 

「どうせ話を聞くなら、本人から直接聞く方がいい。仮に気に障ることを言われても、その手足じゃとっさの行動はできないだろうし。それに一人ここに残して、また勝手に歩き回られて倒れたりされても困るからな」

 

 ぅ、と小さな唸り声が聞こえた。

 リインフォースは落ち込んだように少しだけ俯いて、それから気を持ち直して答えた。

 

「……わかりました。私も行きます」

 

「わかった。じゃ、さっさと行くぞ……っと!」

 

「へ……ひゃあ!?」

 

 リインフォースからは似つかわしくない悲鳴が漏れる。そして、彼女の顔が赤くなる。

 俺が何をしたのかと言うと、リインフォースを後ろに倒れさせ、実際に倒れてしまう前に膝裏と肩に手を入れて抱え上げる……まあ早い話、お姫様抱っこである。

 しかしお姫様抱っこって、古代ベルカの人でも恥ずかしいと思うのだろうか。というか、お姫様抱っこは古代ベルカの時代から存在するのか? あ、そうか。リインフォースの場合、確か非覚醒状態でも夜天の書を通してものを見ることができるから、結構近代の文化も見ているのか。記憶の完全保持はできないといっても経験的な記憶はあるのだから、お姫様抱っこが恥ずかしいという知識もあるのか。もしくは主がはやてとなってから新たに知ったのか? まあどうでもいいや。

 

「綾さん、大胆にやりますね……」

 

「つっても、足の怪我があるリインフォースを歩かせたら時間かかるだろ。おぶってやるって言っても遠慮しそうだし。だから無理やりこうして抱える方が手っ取り早いんだよ」

 

「だからって何の躊躇もなくそんな抱え方ができる人はそういませんよ」

 

 知ったことか。

 

「じゃ、このまま行くぞ」

 

「あ、あの、綾。その……重くは……」

 

「ない。仮にそうだったとしても、強化魔法使えばいい話だ」

 

 スパッと言い切って、リインフォースを抱えたまま目的地に向かって歩き始めた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 集中治療室の扉を開け、中へと入る。

 

「よぉ、お熱いねぇ。見せつけてくれるじゃないの」

 

「言ってろ。それより、椅子はないか?」

 

 ウレクのからかいを軽くあしらい、近くの椅子にリインフォースを降ろす。

 現在この部屋にいるのは、今入ってきた俺達三人を除いては海斗達チームメイト三人に才、ウレク、シャマル、リンディさん、そしてクロノ。

 

「綾、遅くなってすまなかった。任務中に海鳴市で事件発生と聞いてつい先程ようやく戻ってこれたんだ。現状がどうなっているかは艦長からすでに聞いている」

 

「そうか。俺達が来るまでの間に、ウレクは何か言ったか?」

 

 俺がそう尋ねると、クロノは首を横に振った。

 

「もうすぐ綾が来るだろうと言って、君が来るのを待っていたよ」

 

「そうか」

 

 だろうなとさらに心の中で呟く。

 あいつがここに来た目的は俺にある。なら、一番に話しておきたい相手も俺だろう。

 壁に背中を預けわ腕を組む。そうしてから視線をベッドの上にいるウレクへと向ける。

 

「気分はどうだ?」

 

 尋ねると、ウレクは左腕の肘から先だけを上げ、手のひらを上に向け、おどけたような動きをしてから答えた。

 

「あまり良くないな。結構な時間かけたせいで、かなりのデータが流失した。重要なデータは無事だが、身体能力データや、特に魔力の方はかなりの重傷だ。元はSSは下らねえはずだったんだが、今ではA……しかもニアにまで落ちてらぁ」

 

「情報は?」

 

「安心しな。それならちゃんと残ってる。お前さんも来たことだし、ちゃっちゃと話すとするか。あ、録音するならしっかり録れよ?」

 

 そう言ってからウレクは一旦黙る。録音を始める猶予を与えているといったところか。

 時間にして約十秒。そしてウレクの口が再び開かれた。

 

「さて、話す順番なんだが、俺が勝手に決めてもいいよな? というか、そうさせてもらうわ。まずはユーリの現状についてだ。最初に言っておく、今のユーリは欠陥品状態だ」

 

「欠陥品……だと?」

 

 クロノの呟きを聞いたウレクは「そうとも」と言った。

 

「あいつは、昔はちゃんと感情があったんだがなぁ。エグザミアっていう、システムU-Dの核に取り込まれて、エグザミアの暴走によって何度も世界が滅ぼしていった。メモリーが壊れてるから正確に思い出せないんだが、確か闇の書の力を使ってエグザミアを掌握しようとか考えた馬鹿がいて、それでユーリやそいつを取り巻くマテリアル達が闇の書に吸収されたんだっけか?」

 

「だが、私にはシステムU-Dのことなど記憶にない。それはどういうことだ」

 

 リインフォースが尋ねた。敵対意識はあるようだが、身構えている様子は見えないところから、多分問題ないだろうと判断する。

 

「んなの、全記録からU-Dについて抹消したからに決まってんじゃん。ついでに言えば闇の書からU-Dに繋がる道も全部潰されてた。だから闇の書が中身ぶちまけることがない限りは、本来マテリアルもU-Dも起きることなんて有り得なかったんだよ――まあ、それについてはどうでもいい」

 

 ウレクは咳払いして、逸脱してしまった話を元に戻す。

 

「起きれば自分の意志に関係なく破壊、制御はことごとく失敗、そんでもって挙げ句の果てには闇の書の深奥に隔離封印。そんなことで、絶望ばっかのあいつはとうとう自分の感情を棄てるという行動に出ちまったのさ」

 

「感情を棄てるって、そんなことができるのか?」

 

「できるぜ」

 

 ウレクは海斗にそう断言した。

 

「エグザミアに取り込まれた時点で、あいつはプログラムじゃん。ただの文字の羅列なんだから、棄てるのは簡単だぜ? なあ? お二方?」

 

「「……………」」

 

「それで? 感情がないからどうだってんだ」

 

「問題なのは感情があるかないかじゃない、欠陥があるかないかだよ。どんなものだって穴が空いてりゃ、そこからどんどん壊れてく。それが結構問題なんだよ」

 

「どういう風にだ?」

 

 また海斗が訊いた。

 

「ユーリを救出するにはエグザミアを一時停止し、そこに正常化させるプログラムを流し込む必要があるってのが俺の考えなんだが、エグザミアを一時停止させるには飽和攻撃を撃ち込むのが有効だ。だが、そんなことすりゃユーリの駆体は穴からヒビ入ってパーンだ。しかも厄介なことに、駆体は吹っ飛んでもエグザミアが壊れることはない。粉微塵となった駆体と共に拡散したエグザミアはいずれ集結して欠陥状態のユーリと共に元通り。そして無限ループだ。いや失礼、無限じゃねえや。お前らが力尽きてドボンだ」

 

「なら、どうすればいいと君は言うんだ?」

 

「穴が空いててダメだってんなら、穴を塞ぎゃあいいって話さ。穴に元の感情(部品)を組み込んで、それから飽和攻撃を撃ち込めば粉微塵になることもあるめえよ」

 

「その、ユーリの感情とやらはどこにあんだよ?」

 

 末崎の質問にウレクさニヤニヤと、ケラケラと笑った。

 

「……何が可笑しいんだよ」

 

 ウレクのその笑いが気にくわなかったようで海斗が食ってかかった。

 俺は……何も言わない。大体の予想がついてきた。

 

「……ユーリ・エーベルヴァインは自らの感情を棄てた。棄てた感情に一部データもくっ付いたが、まあそれは置いとく。棄てられた感情はしばらく闇の書の中を漂っていたが、闇の書が壊れた時にマテリアルズやU-Dと共に外へと放り出された」

 

 放り出された感情は形のないプログラムであるため、そのままでは消滅していってしまう。生き長らえるためには別のプログラム生命体の感情として組み込まれる必要があった。しかし本来の居場所であるユーリはU-Dが非起動状態であるため入れない。

 そこでその感情が目をつけたのは、同じ残骸プログラムである欠陥品……つまり、闇の欠片というところか。

 

「放り出された感情は闇の書の残骸をかき集め、ある天才を素体にして一つの個体を造り出したんだが、迂闊なことに寝ぼけてて、U-Dがまだ闇の書の中にあると勘違いしてその主と管制人格を強襲。精神的にあと一歩のところまで追い詰めはしたものの、ヴォルケンリッターによってぶっ飛ばされて消滅……しかし何の因果か、蘇って来たそいつは、目覚めたユーリに勝負を仕掛けて彼女との接続を試みるが失敗。右腕と右目を欠損する大怪我を負った」

 

 ここまで言われれば、もういい加減全員が気づくのも訳がなかった。

 そもそものことを言えば、マテリアル達でも知り得ないU-Dのことを知っている時点でわかる話だった。U-Dに一番近い立場である三人が知らずに彼が知っているとなれば、それが成り立つのは一つしかない。

 

感情(そいつ)は諦めず、ユーリに組み込まれるために必要な駒集めを始め、自分の今の身体のオリジナルとの勝負に負け、こうして今、この集中治療室にてお前らの目の前で話をしている」

 

 それは……本人であるということだ。

 自分が使う訳にはいかない名前があるとこいつは言っていた。それも今納得と理解をした。

 その名は――ユーリ・エーベルヴァイン。

 

「俺が、ユーリの部品(感情)なのさ」




 短いですが、ちょっと不遇気味のアインスに役得を与えました。これぐらいいいよね?
 やっとウレクの正体を明らかにできました。彼はユーリの感情プログラムだったのだ!
 さて、ウレクの存在意義を見事当てたら番外編を検討、と言いましたが、流石にユーリの感情というピンポイントな回答は無理があるでしょうし、ていうかそもそも参加者一人だけじゃないですかー!(というか、これってアンケートに入ってタブーになるんですかね。以後気をつけます)
 ですが目の付け所はいいところいってますし、結構近いところまで来ている考察もありました。
 なにより、こうして付き合ってくださったことが本当に嬉しい私です。
 なので、番外編を書こうと思います。
 番外編を投稿した時にはこちらの後書きにも載せておきます。

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