Magic game 作:暁楓
そんな訳で七十九話です。
「綾……話がある……」
第一陣の作戦行動開始より少し前。才は綾に声をかけていた。
「今回の作戦行動に関して……懸念事項……」
「懸念事項? ユーリ以外にか?」
綾がそう訊くと、才は無言で頷いた。
「最初のジュエルシードの取り合いは、うまく回避できた……その次の守護騎士や、その次の闇の欠片との戦いでは、争う必要がなかった……でも、今回はそうはいかない……」
「……どこかで俺達を出し抜こうとする奴らがいるかもしれない、か」
「現に、結衣の報告にあった人物の動きが捉えられてない……多分、来ると思う……そこで」
――今回の指令は、僕にとらせてくれないか……?
◇
「強化魔法発動」
魔法陣を張り、綾はそう宣言する。魔法陣が少し輝き、そして収まった。これで見た目には現れないものの綾には様々な強化が施される。
「はーっ、はぁー……っ」
しかし、強化を施してから間も無く、綾の息が荒くなっていた。すぐ後ろにいたアミタがそれについて気にしない訳がなかった。
(こちらに駆けつけた疲労……じゃない。オーバーブースト――も、今綾さんにかかってる魔力量からして負荷は酷くないはず……………まさか!)
「綾さん、あなたすでに活動に無理が!」
前回の戦闘でのオーバーブーストとオーバーアシスト。このダメージから綾は回復しきれていなかった。
アミタの声を無視し、綾は動き出した。
「ッ!」
平突きの構えでユーリに直進する。綾が得意とする、最短最速の剣術。
しかしその一撃はユーリにあっさりとよけられる。綾もよけられるのは承知済みだった。黒刀の刃の向きを変え、横薙ぎへと派生する。ユーリはそれをシールドで弾き、逸らす。
感情のないユーリだが、危機管理と学習はしていた。『敵が持つあの黒い刀には触れてはならない』と。
黒刀を完全に避けたユーリが反撃のジャブを放つ。ジャブと言えど、今のユーリが放てば、十分な破壊力を伴うものだ。ダメージが残る綾ではなおさらである。
黒刀を持たない左手でジャブを弾く。生身の肉体ではない左手で受けた場合はダメージとして判定されないのはアミタを庇った時に知ったので、迷いはなかった。
刀を振るう。しかし黒刀の攻撃を警戒しているユーリの防御は硬く、攻撃は通らない。
「セイ■ー」
小型セイバーを持ってユーリが薙いでくる。綾はローリングで回避、続けざまに来るユーリの唐竹をさらに横に転がって避ける。
「魔_弾形成、ハッ射」
十数発の魔力弾が飛んでくるのを、綾は後ろに飛び退いて避ける。
速度が上昇した突進に対し、ユーリは魄翼の腕振るった。綾の速さに合わせてあり、このままでは直撃する。
だが綾は、引かない。
ガィンッ!
プロテクションで受け止められる。弾かれるのではなく受け止め、綾の動きを封じる。
一瞬できた隙に、魄翼の腕による裏拳が直撃した。
ビキビキビキッ! と全身が破壊されるような力を受け、綾の身体が吹っ飛ばされる。吹っ飛んだ身体は窓を突き破って建物の中を転がっていった。
「綾さん!」
アミタが叫ぶ。
ユーリはアミタのことを気にも止めず、追撃に向かおうと身を乗り出す。そこに、魔力弾が三発、ユーリの身体に命中した。
「……………」
撃ったのは才であった。白杖を持ち、周囲には魔力弾をいつでも発射できる態勢で従えている。
以前ユーリにダメージを与えたことのある才を危険と判断したのか、ユーリは新しく現れた才に向かってガサガサと這い始めた。才はユーリがこちらに向かって来るのを見るや走り始める。
一方、建物内に吹っ飛ばされた綾は受けたダメージに血を吐きながら、次の手を打つべく行動を起こしていた。
「ゴボッ……………俺だ……
床に、水色の転移魔法の陣が張られる。
そして、綾はその場から転移されていった。
◇
スナイパーの少年はビルからビルへ、屋上を飛び回っていた。少女とは別行動をとっている。
少年に課せられた目的は二つ。
一つは、自分の手元にある残りのアンチプログラムカートリッジをユーリに撃ち込むこと。
そしてもう一つは、自分達の勝利を確実にするための、敵チームへの妨害工作。
つまり、敵チームのアンチプログラムカートリッジ所持者を見つけ出し、狙撃すること。
(ユーリの強さを考えりゃ、俺みたいに狙撃ができる奴が安全な場所からプログラムを撃ち込むはず)
自分がそうするように。でなければ戦闘のリスクが高すぎる。
問題はその狙撃手がいる場所だが、現在ユーリと交戦中の
「先回りして度肝抜かせてやるぜ!」
ニイッと口元を歪ませ、少年はビルを飛んだ。
◇
後ろから来る魔力弾を、一瞬だけ確認して見切り、器用に回避する。
白杖に魔力を付与させて地面を叩き、砕いたアスファルトを拡散させて飛ばす。ユーリは回避せずに受け、身体が欠けていこうとも気にせずに這ってきていた。
魄翼による砲撃を回避し、才は作戦の地点を目指す。
作戦の地点には結衣や、リーゼ姉妹がいる。そこに誘い込めばアンチプログラムを撃ち込み、さらに弱体化したユーリに綾がインストールを実行することができる。才はユーリをそこまで誘い込む役割を遂行していた。
もう少し、この道を抜けたら作戦地点に到着する。
「――機能一部回復。飛行開始」
ユーリが宙に浮いた。アンチプログラムの効力が切れたらしい。
魄翼をはためかせ、ユーリが才へと直進した。
(速い――!)
とっさに才が張ったシールドに、ユーリの蹴りが衝突した。鈍痛を感じつつ、衝撃を利用して後ろへ飛ぶ。
さらにユーリが砲撃を連射してくる。才はなんとか避けつつも、目的の地点へと急ぐ。
開けた通りへと出た。目的の場所だった。
才は仲間への合図を送ろうとするが、ユーリが襲いかかってきた。
「く……!」
魄翼の爪による猛攻。速度も威力も回復し、防ぐのに精一杯だった。
しかし次の瞬間、
パァンッ!!
何か――狙撃弾がユーリを貫いた。再びユーリの声にノイズが入る。
「ギ、ギギッ……魔力低下ヲカク認……シス■_一部■害発セイ……ギギギギッ――」
さらに才にとって面識のない少女が乱入してきた。仮面で顔を覆った少女は手に持つランスでユーリを突き飛ばすと、チラリと才を睨んだ。
勝ちは譲らない、という才への牽制だった。
(……彼女が、由衣の報告にあった人か……)
今このタイミングで出てきたのは、先ほどのアイコンタクトから察するにこちらの妨害が目的なのだろう。決してこちらの手助けが目的ではない。狙撃も彼女の仲間の可能性はそれなりに高い。だが、こちらもやるべき理由がある。
白杖を上に向け、合図である閃光弾を発射する。
後はどう動くか――才は自分のやるべきことを始めた。
◇
(才さんの合図……!)
ビルの一室から合図を確認した由衣は身を乗り出し、長杖を構えた。
長杖を掴む、震えそうになる手をぎゅっと握り締め、ユーリに狙いをつける。
そして由衣は念話を送った。
『由衣です。そちらの準備はどうですか?』
『こっちは、準備できてるよ』
『成功しようが失敗しようが、こいつを飛び出させるからな』
念話を返してきたリーゼ姉妹の言葉に、由衣の緊張が濃くなる。
能力の関係上正攻法で勝つことはできない。勝つには戦闘不能になったと思わせてからの不意打ちをしかける必要があると綾は言い、作戦はアンチプログラムを撃ち込んだ直後、ユーリの頭上から綾が不意打ちをしかけて接続させるというものだった。全プログラムを一撃で撃ち込むため、プログラムが入ったか否かを問わずに綾の不意打ちは実行するという、他の人によってまたアンチプログラムが入れられたとはいえ、博打もいいところな作戦だった。
だが、綾はこれなら成功できると言った。
だから、由衣はそれを信じることにした。
狙う。才と以前自分を助けてくれた少女と三つ巴の戦いを繰り広げているユーリを狙う。狙い続ける。
由衣には狙撃の技術などなかった。だが、それでもいいいのだ。
◇
(見っけた……っ!)
才が放った閃光弾から間も無く、少年は由衣の姿を探し当てた。
すぐさま自分のデバイスである狙撃銃を展開し、構える。いつ彼女が撃つかわからない。もたもたしている余裕などなかった。
銃口に小さな魔力弾を形成し、発射。
ガァンッという轟音、反動と共に飛び出した弾丸は見事長杖のコアを粉々にした。
よっしゃあと心中でガッツポーズを取ったのもつかの間、少年は違和感に気づいた。
(マズった――こいつ囮か!?)
「おい」
ギクゥッ!
先ほどまで誰もいなかったはずの真後ろからの声。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはすでにレヴァンティンを抜剣しているシグナムと人間形態のザフィーラがいた。非常に嬉しくない、それどころか最悪のタイミングでの出会いだった。
「こんなところで何をしている?」
「いやー、あはは……何してるんでしょうね?」
ドッと汗を浮かべて苦笑いする少年は、誰がどう見ても大ピンチだった。
◇
チーム『反逆者』と才が集めた全てのアンチプログラムを保有している才は、これを撃ち込むタイミングを見計らっていた。
最大の障害は、ユーリ以上にランス使いの少女だった。こちらの妨害が目的とあって、才もしくはユーリから一向に離れない。今も彼女はこちらの出方を伺っている。
(一瞬でいい。彼女を出し抜くことができれば……!)
由衣からの報告で、予定通り狙撃手は特定されて今頃シグナム達に捕捉されている。後は彼女の妨害をどうくぐり抜けるかだ。これ以上の混戦は作戦に支障が出る恐れがあるため、才が拒否している。
少女に向け砲撃を放つ。最小限の動きで避けられ、次の行動ができぬよう監視される。
ユーリは互いに牽制しあっている二人に対して砲撃を放つ。才は回避と同時にユーリへと接近するが、少女が割って入り才に突きを放つ。防いだものの、ユーリの元には届かない。
「……………」
言葉には出さないが、才にも少し焦りが出てきた。
現在撃ち込まれているアンチプログラムの有効時間も残り少ないはず。アンチプログラムの効果が切れると撃ち込むことが困難になるため、有効な間にどうにかしなければならない。最悪、失敗する可能性も考えるとその有効時間内に綾を動かす必要がある。
通常のカートリッジを一つ弾く。増強された魔力を
迎え撃ってくる突きを避け、白杖を振るう。よけられるがそこを蹴り、怯ませると同時にユーリへと跳ぶ。
しかし少女も速く、すぐに追いついてランスで薙いできた。白杖を盾にするも吹っ飛ばされる。才と少女の距離が空いた。
「ダン幕_展■」
二人に魔力弾の嵐が襲いかかった。ユーリからのダメージはチップの消滅に繋がるため、さすがに少女は距離を取り、防ぎ、回避する。
しかし、才にとっては最大かつ、おそらく最後のチャンスだった。引くどころか、才はユーリに突撃する。
一発、二発、三発……計四発の魔力弾を受け、チップを八個失う。それでも才はユーリのもとに辿り着き、アンチプログラムカートリッジをロードした白杖を向ける。この距離なら外さない――。
ドンッ!
「なっ……」
才の左手に突き刺さったランス。それが白杖を押し、角度を変え、
ランスの持ち主である少女は離れた場所にいたままだ。つまり、あの場所から投擲し、才の左手を突いたことになる。
思いもしなかった。杖や銃のような遠距離攻撃ならともかく、この離れた距離で、武器投擲で正確に、動く相手の手を狙ってくるなど。
結果として、外した。全てを込めた一撃を。そしてこの時点で指令の勝敗は決まった。
だが才はすぐに冷静さを取り戻した。指令の勝敗は決まった。しかし指令とは別にやるべきことが才にはある。そして僅かだがまだ時間がある。
『急げ!』
念話を飛ばす。四の五の言ってられない。時間との勝負。
まだ才が何か残してあると考え妨害をするためか、少女がこちらに走ってきた。才はランスを少女とは反対側に投げ捨て、ユーリに応戦する。
できるだけ動かない。動けば的が外れる。魄翼の爪を防ぎ、逸らす。頭上から振り下ろされるのも防ぐ。ミシミシと音が鳴る。刺された左手に力が入らない。
上空に綾の姿が見えた。ビルから飛び出し、逆手に構えた黒刀でユーリを後ろ頭上から奇襲する。
グリンと、ユーリの首が後ろを向いた。
その次には、綾が引き裂かれていた。
次回、決着。
例え勝負が決まっていようと、逃げるな。