Magic game   作:暁楓

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第八十六話

 突きが来る。

 当然回避。回避に竹刀を持つ右腕を引いて構える動作を織り込む。

 距離は……ここからなら充分だ。

 腕だけでなく、脚に腰、できるだけ全身のバネを使って東上院に向けて突きを放つ。

 

 東上流刺突剣術『壱型』

 

 用途に合わせて幾つかの型がある東上流。その技名ともいうべきものは簡素に番号とした。理由は「あまりに凝った名前は後々使ってて恥ずかしくなるんじゃないか」と俺が忠告したからだ。自分に名付けにセンスはないと思っているし、東上院もそんなことやったことがないらしいため、最終的にそれで落ち着いた。

 『壱型』はその若い番号が示す通り、東上流刺突剣術の基本型である。その場で相手を狙う突き。単純だが、だからこそ本人の腕の程度が露わになる。

 竹刀の切っ先は東上院を捉えるにはかなわなかった。回避した東上院はすでに竹刀を持った腕を引っ込め、もう一度突きの構えを取っている。回避するには少し間に合わない。

 点の攻撃である突きに対して防御は難しい。だがやる必要があった。負けないために、勝つために。

 

(そのためには――)

 

 東上院からの『壱型』が放たれる。俺はその瞬間に突き出していた竹刀を素早く引き戻し、東上院の竹刀の腹を押し上げた。軌道を逸らされ、竹刀は耳元を通過する。かなりの速度で通過した竹刀を見て、若干冷や汗のようなものを感じた。

 少しの間拮抗し、竹刀を弾いて距離を取る。

 すぐにまた突きの態勢に移っ――

 

「――く、っぉ!!」

 

 目の前の相手の動きを見て咄嗟の判断で竹刀を盾にする。ほぼ同時に竹刀同士の乾いた音が響いた。

 かなり無理な受け方をしたせいで押し合いはこちらが明らかに不利となっていた。その上、女の力も馬鹿にはできない。

 程なくして、押し合いに負けて床に倒れこんだ。

 

「勝負ありですわね」

 

 顔に若干汗を滲ませた東上院は、俺を見下ろしながらそう宣言した。

 メイドから東上院のことを聞いた翌日、いつものように俺と東上院は稽古をして、それから試合をした。結果はこの通り、俺の負けだ。

 

「……まだ勝てそうにないな」

 

「当然ですわ。同じ流派なら練度の差が大きいんですもの。むしろその上達の早さは褒められるべきですわよ」

 

 呟いた声を聞かれたのか、東上院がそんなことを言ってくるが……ここまで実感を感じられないのは何年ぶり――いや、初めてかもしれない。

 ずっと負け知らずだったのが、東上院との勝負ではずっと黒星だ。いやでも劣等感を感じざるを得ない。

 だが、同時に楽しくもある。今まで負けなしでつまらなかったところもあったのだ。

 

「フフッ♪」

 

 そんなことを考えていると、東上院が急に笑い出した。

 昨日、パーティーから帰ってきた彼女はどこか不機嫌のようだった。今朝もそれが若干残っているようだったのだが、今ではむしろご機嫌のようだ。一体なんでだ?

 

「さ、汗を流しに行きましょう。その後はまたいつもの、いいですわね?」

 

「……ええ」

 

 昨日のと合わせて疑問に感じつつも、俺は汗を流すべく立ち上がった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「スペードのロイヤルストレートフラッシュ」

 

「……………」

 

 汗を流し終えて、俺と東上院は娯楽室にいた。

 娯楽室の今いるここはトランプやダーツ、ルーレットなどカジノものを集めた部屋だ。俺と彼女はそこでポーカーをやっていた。

 ただし、普通のポーカーではない。やっているのは、それぞれが五十四枚の山札を持って勝負する『五十四の二倍ポーカー』だ。

 ただのルールで勝負しても面白くないと言う東上院は、少し前から既存ルールに多少の手を加えたオリジナルルールで行うようになっていった。

 ルールを作っては勝負し、勝負してはルールを見直し、そうやってゲームを作っていく。

 今勝負がついた『五十四の二倍ポーカー』もそうやって開発している勝負の一つだ。

 

「……俺の負けです」

 

 ため息をつき、俺は手に持っている札を伏せる。

 

「やはり、山札を各自所持というルールがいけないのでは?ある種のイカサマ公認ルールでは、こうなるのが当然ですわ」

 

「……それにしたって、お嬢様のロイヤルストレートフラッシュを揃える速度は異常だと思うのですが」

 

 『五十四の二倍ポーカー』は“自分の山札”を持ち、“自分”でシャッフルすという、イカサマを事実上認めた作りとなっている。当然、最初からガン(カードにつける目印)をつけたら勝負にならないため、勝負する時には新品のトランプで行っている訳なのだが、それでも彼女は五巡目以内に最強の手役を出してくる。勝てた試しが一度もない。仮にも複雑にシャッフルしている以上、運の要素も関わるはずなのだが……。

 

「それは、わたくしは持っていて朝霧さまは持っていないということなのでは? ……まあいいですわ、次の勝負でもしましょう。今朝考えたものなのですが……朝霧さま?」

 

「はい?」

 

 気が付くと、東上院がこちらを覗き込むように見つめていた。

 

「どうかしましたの? 考え事ですか?」

 

「それは……」

 

 少し、悩む。そして、訊くなら早い内がいいと思い、肯定する。

 

「……そうですね。質問してもよろしいでしょうか?」

 

「ええ」

 

 許可をもらったので、昨日から――いや、それより前から思っていて昨日より強くなった疑問を打ち明けることにした。

 

「……昨日、メイドからお嬢様のことを聞きました」

 

「メイドから?」

 

「お嬢様は他人に感情的になる方ではないと言っていました。しかし、俺が見る限りではそのような様子は見られなかった。メイド達の言うことが本当ならば、俺はお嬢様にとって感情を露わにするほどの何かがあるということになる」

 

「……………」

 

「その何かとはなんなのか……それをお聴きしたいのですが」

 

 俺の言葉が終わり、静寂に包まれる。

 東上院はしばらく考えているような様子を見せ、それから彼女は語り始めた。

 

「……わたくしの周りにいる方々は、二種類しかいませんでした」

 

「……………」

 

「『わたくしにとって逆らえない人』と『わたくしに逆らおうとしない人』。その二種類が全てでした。時折、わたくしを自分のものとして扱おうとする方もいますが、そんな方はお父様やお母様によってすぐ弾かれますから、周りにいたのは本当にそれぐらいでした。前者はまだいいですが、後者には本当に飽きていましたの。皆わたくしの顔色を伺って、不快にさせないようにと持ち上げてばっかり。見合いではそんな相手しかいませんでしたわ」

 

 まあ、そりゃあそうだと俺は思った。

 彼女曰く、東上院の見合いに出されたのは社長と親しい間柄である幹部の息子達ばかりだったそうだ。社長と幹部となれば、東上院の機嫌を損ねたらマズいと保身に走るのはおかしくない。

 保身でなくとも口説くために彼女を持ち上げたとも考えられるが、どちらにせよ東上院にとって印象のいいものではなかったようだ。

 

「けれど、そんな時に朝霧さま、あなたがやってきましたの。最初会った瞬間はやる気のなさそうな方と思いましたけど、一度勝負して気が変わりましたわ。今までは皆接待プレイなんかでわざと負けてはおだててくる連中でしたのに、あなたは違った。勝つために本気で歯向かってきた。わたくしには及ばないとはいえ、十分以上の腕前も見せてくれましたし、いい印象を持つには充分でしたわ」

 

「……つまり、新しい玩具を見つけたようなものだと」

 

「口が悪いですわよ。わたくしの弱点を見つけようとするし、いちいち意見してくる方ですけど、わたくしはあなたに良い評価をしています。それに、玩具だと思うならあなたに朝起こしてもらおうとも、一緒に剣の腕を磨こうとも考えませんわ。そう、わたくしは……」

 

 そこで一度途切れる。東上院は顔を赤らめ、若干恥ずかしそうに、しかしそれでもしっかりとした意思を込めて言った。

 

「わたくしは、あなたと友達になりたいって……そう思いましたの」

 

 呆気にとられた。

 恥ずかしがりながらも微笑むその顔に、そして言葉に。

 だって、その台詞は……

 

「……こ、これで質問の回答はお終い! それで! そういうあなたはどうなんですの!?」

 

 本格的に恥ずかしくなったのか、そう打ち切ってこちらに質問を返してきた。

 勢いよく指を向けられ、俺は、

 

「……俺にとって、見合いの話は最初からどうでもいいものでした」

 

 自然に、口が開く。

 

「同年代の人と仲良くなろうと思わなかった俺は、その見合いについても適当に終わらせることばかり考えていました。でも、あなたと勝負して、本気を出して負けたとき、衝撃だったんです。それからここにきて何度も勝負して、未だに勝てないというのは悔しくて……同時に、それだけのものを持っているあなたが羨ましかった。一体どうすればそれだけの域に辿り着けるのだろうって。……まあ、蓋を開ければ朝は弱い上に勝手に言ってはそれに意見すると逆上してくる、特に特別でもない年頃の女の子だとわかった訳ですが」

 

「ちょっと怒ってもいいのかしら」

 

「でも、そんな女の子に、俺はいつの間にか惹かれていた」

 

 そこで区切って、息を吐き、吸い込む。きっと、俺の顔には恥ずかしさがでていることだろう。それでも俺は、しっかりと意思を込めて、言った。

 

「俺は、あなたと友達になりたいと……そう思いました」

 

 それが俺の気持ちだった。

 今度は逆に東上院が呆気にとられていた。しかし、すぐに我に帰った東上院は、今の言葉を受け止めて徐々に破顔していく。

 

「じゃあ……友達になってくれますか?」

 

「はい。俺からお願いします」

 

「ええ、ええ! それでは、わたくし達は友達ですわ! ――あ、そうだっ」

 

「どうしましたか?」

 

「親しい方とはあだ名で呼び合うと聞きましたわ。是非ともわたくしにあだ名をつけてくださる? さすがに人前ではいけないとして、二人きりの時に呼び合う名前ですわ」

 

 若干彼女の知識が偏ってるんじゃないかと思ったが、悪くないので考えてみることにする。

 あだ名となると、名前を弄るのが普通だが、彼女の名前は瑠璃々(るりり)……ルリは安直すぎる気がする。となると……。

 考えながらふと彼女を見て、白い髪が目に付いた。白……白百合……そうだ。

 

「……リリ、でどうでしょうか」

 

「リリ……ええ、悪くないですわね! それで、今度はあなたの番なのですけど……」

 

「はい」

 

「……綾という名前では、略しようがないですわね。綾と呼ばせていただいてもよろしいですか?」

 

「あー、……ええ、構いませんよ」

 

「ありがとうございます、綾。友達なんですし、楽な言葉遣いで構いませんよ。二人きりの時に限りますけど」

 

「……わかったよ、おじょ――リリ」

 

「ええ」

 

 こうして俺は東上院、もといリリと友達になった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 リリと友達になり、メイド達の前ではお嬢様と執事、二人きりの時には友達として、剣道の鍛錬やゲームの開発といった日々を送り……リリの執事となって九日目の夜となった。

 明日で執事として従事する約束は終わりだ。

 こうして見ると、なんだか短かった気がする。もう少し一緒にいたかったと思わない訳でもない。

 そんな夜に、リリが声をかけてきた。

 

「綾、今日テレビで映画が放送されるとのことですが、よかったら一緒に観ませんか?」

 

「映画?」

 

「ええ、このタイトルの映画なのですが……」

 

 そう言ってリリが見せたタイトルに俺は眉を顰めた。

 だってこれ……

 

「……リリ、これのメインビジュアルとか、宣伝は見た?」

 

「? いえ、全く」

 

「……これ、ホラー映画だぞ? 平気なのか?」

 

「……ホラー?」

 

「それも、結構グロテスクだと当時有名だった」

 

 タイトルだけではホラーとは察しづらい映画であるため、タイトルだけで知らずに見ようとしていたのだろう。セレブは外界の情報には疎いと聞くし、庶民の映画を知らないのも無理はない。

 確認するようにリリの顔を見ると表情は固まり、身体はカタカタと小刻みに震えていた。だいたい察した。

 

「リリ?」

 

「はい? わたくしは平気ですわよ? ホラーなんて所詮怪奇現象だとかぬるい非科学的ものを合成編集で見せているだけでしょう問題ありませんわ」

 

「……ああ」

 

 震えたまま雄弁に語る強がりな少女に、俺は何も言えなかった。せめて必要になったら手を握ってやった方がいいだろうか……と思いながらリリの後をついていった。

 

 二時間後。

 

「………………」

 

「………………」

 

 映画のエンディングが流れているが、俺はどうしたものかと困っていた。

 俺の右隣にいるリリだが、震えは余計酷くなり、表情もより固くなっただけでなく目尻に涙が溜まっていた。タイミングを見計らって手を握ろうかと思っていたが、リリの方から掴んできて今も俺の手を握りしめている。それでも最後まで観賞を続けたのは、彼女なりの負けず嫌いなのだろう。

 まあ、それほどの映画だったということだ。正直、俺もこれについては心臓に悪いという感想を抱いている。

 とりあえず、震えているリリをどうにかしなければならない。

 

「リリ?」

 

「な、なんですの?」

 

 リリの声が涙声で若干上ずっている。

 安易に慰めの言葉を使っても逆効果だ。なので俺はこう尋ねる。

 

「何か、してほしいことはある?」

 

「……………」

 

 リリは少し俯いて、それからおずおずと上目遣いでこちらを見た。

 

「……じゃあ、抱きしめてくださる?」

 

「え? ……ああ」

 

 言われた通り、俺はリリを優しく抱きしめた。

 

「……こうか?」

 

「……もっと強く」

 

「えっと、こう?」

 

 より強く抱きしめると、リリがこちらの背中に手を回して強く抱き返してきた。

 程なくしてすすり泣く声が聞こえる。

 

「……大丈夫か?」

 

「何も言わないで……」

 

「はいはい……」

 

 それからしばらく、互いに一言も発することなく抱き合う。

 そうしてしばらく経って、ようやく落ち着いたのかリリからの力が弱まったのを感じてこちらもリリを解放する。

 

「……ありがとう。まさかあそこまでとは思いませんでしたわ」

 

「評判は聞いていたけど、これはさすがに予想外だったな」

 

 はあ、と二人してため息を吐く。

 タイミングが合ったのがおかしかったのか、互いに互いの顔を見合わせた後、プッと吹き出した。

 それから、互いに感想を言い合った。これが印象的だった、あれが怖かった。途中で最大の恐怖シーンを思い出して互いに硬直したこともあった。

 あと、その途中で先ほどの抱きしめることの意味も教えてもらった。

 

「しっかり抱きしめることによって相手に体温や心臓の鼓動を伝えて、それで落ち着きやすくなりますの。これはお母様から教えてもらったのですが、おそらく原理は赤ちゃんが一番落ち着くのは母親の体温と鼓動という話からきているのでしょうね」

 

「……まあ、おかげで俺たち二人とも落ち着けたという訳だ」

 

「そうですわね。……さて、そろそろおやすみとしましょう」

 

「そうだな」

 

 もう夜もそこそこだ。俺とリリはそれぞれの寝室へ向かうため、ソファから立ち上がる。

 

「あ、そうだ」

 

 リリは思い出したようにそう言うと、くるりとこちらに振り向く。

 そして素早く近づくと、そのまま俺の頬にキスをした。

 

「……え?」

 

「……フフッ、今回のお礼ですわ」

 

 リリはそう悪戯っぽく微笑むと、サッと部屋を後にした。

 俺は棒立ちになったまま、キスされた頬をさする。まだ柔らかい感触が残っているような気がした。

 まだ、俺達は友達になったばかりだ。許嫁と呼ぶには、言葉としては理解していてもわかっていないのが現実だろう。

 でも、彼女とこのまま良好な関係を築けるのであれば……それは悪くないのかもしれない。

 

 

 

 そう……思っていたのに……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、一ヶ月後。

 

 

 

 父さんが逮捕された。




 友達となった二人。だが……。
 本編中にあったものがいくつか出てきました。ここまでで刺突剣術『東上流』、『五十四の二倍ポーカー』、それから東上院流慰め術。それほど綾は瑠璃々の存在に影響されています。
 追憶編は次回で終わりです。次回の後書きではまた次章の予告を出そうかな。

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