Magic game   作:暁楓

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 追憶編ラスト。かなり短いです。


第八十七話

「……………」

 

 目が覚めて、視界に広がるのはいつものアースラの医務室だった。

 あの頃の夢の余韻を脳内に残したまま、上体を起こす。夢の途中で覚めてしまった頭は、自然とその続きを思い出していた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 会社の金を横領した疑いで逮捕された父さんは、当然無実を主張した。

 出世欲が強いとはいえ、横領のような不正をする人ではない。父さんが恨みを買いがちなことを考えると、恨みを持っていた人間による父さんを陥れるための工作だと思いたいが、今となってはもうわからない。

 結局、父さんは主張もかなわず裁判で有罪判決を受け、会社からも追われることになった。

 その影響は当然こちらにも及び、父さんが逮捕されてすぐリリとの許嫁の話は取り消され、それ以降俺は彼女と会うことができなくなった。

 いや、一度だけ会った。正確には、遠目で見かけただけなのだが。

 リリのことを諦めきれなかった俺は、東上院家の近くまで何度も立ち寄った。警備があるため、リリに迷惑かけないためにも忍び込むような真似はしなかったが。

 その時に一度だけ、リリの姿を見つけたのだ。そしてその隣には、知らない少年の姿があった。

 ……新しい許嫁だと、すぐ理解できた。

 新しい許嫁の少年は、まるでリリがもう自分のものであるかのような態度だった。それはかつて彼女が嫌いだと言っていた、すでに勝ち誇ったような態度をとる男のそれだった。

 対するリリは……リリは――。

 ……そこからは、あまり覚えていない。気がつくと、息を切らして家に帰っていた。全身の、特に脚の疲労感から走ったのだと思う。膝などには転んだとみられる擦り傷が幾つかあった。

 俺は、あの場から逃げたのだ。

 ただとにかく、惨めだった。そして自分自身に失望した。

 あんな奴がリリの隣にいること。リリの前に立ち、声をかけることができなかったこと。逃げ出したこと。

 そして、約束を守れなかったこと。

 十日間の東上院家での暮らしの後も、時折リリからの誘いで東上院家に訪れては鍛錬をすることもあった。その頃に一つ、約束をしたのだ。

 

『何にも負けず、君を守る』

 

 その約束も、もう果たせない。俺から逃げ出したのだ。

 子供の約束と言われるかもしれない。四六時中守るなんてそもそも無理な話だ。

 しかしそれらを引き起こした自分の弱さが ひどく惨めで、自分の不甲斐なさに絶望し、失望し、後悔した。

 もう彼女には会えない。その現実に打ちひしがれ、ぐにゃりと歪んだ視界も直さず、ただ嗚咽を漏らし続けていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

(あの時の後悔が俺をこの世界に呼び寄せた……)

 

 しかし、もうそれを気にしてはいられない。ここはもう彼女のいる世界ではないのだ。

 加えて、こちらにはやり遂げなければならないことがある。

 このデスゲームを始めた神に反逆し、神殺しを果たさなければならない。

 もう、あの時のように立ち止まっている訳にはいかないのだ。

 『砕け得ぬ闇事件』から三ヶ月。もう傷は癒えた。

 患者服から私服に着替え、新しく作られた『左腕』を取り付け、ネックレスとなっている『レイピア』を首にさげる。眼帯のズレもない。

 

「綾! 調子はどうだ?」

 

「おっ、もう準備できてるな! やっとこれで進めるぞ〜!」

 

「綾さん、お引越しの準備はできてますよ!」

 

 もう地球に来ることはないだろうから、仲間達に引き払う準備はさせた。新しい住居も、リンディさんのおかげですでに準備は整っている。

 すでに才は向こうへ行き、訓練校に入校している。他にも転生者の幾らかはもう現地入りしているはずだ。俺達も出遅れないよう、次の試験目指してやることは多くある。

 

「行こう――ミッドチルダへ」

 

 仲間とともに、俺は新たな舞台(ステージ)へ向かう。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ミッドチルダのとある時空管理局武装隊訓練校。

 

「……………」

 

「どうしたんすかぁ、そんな不機嫌そうな顔で。今朝からずっとその調子っすよ?」

 

 やや長い廊下を一組の男女が歩いている。訓練校では訓練生を二人一組で教導することが多く、ここも例外ではないが、この二人はそういったコンビの関係ではない。

 ではなぜ共に行動しているかと言えばそれは単純で、入校前から関わりがあったからである。

 少年に不機嫌面だと言われた少女は話し相手の少年と同じ十五歳前後。大人と呼ぶにはまだ幼いながらも整った顔と容姿は、誰からも美少女と呼ばれるであろうものである。二人の関係を恋人と見たのか、すれ違った同期から少年に対する嫉妬の視線をもらうが、それに対して二人は無視と決め込んでいた。

 少女が口を開く。

 

「別に、不機嫌ではありませんわ。ただ懐かしい夢を見まして」

 

「まーたその手の夢ですか?よく見るんっすねぇ」

 

「……そうですわね」

 

 少女は少年に対して適当にそう答えた。

 その夢は彼女にとって不愉快なものであった。故に、不機嫌ではないと言った彼女だが、実際には不愉快であった。

 あるものを失った夢。それが彼女の心を今でも縛り付ける。

 彼女にとって、失う夢はもう沢山なのだ。

 

「……この話はもういいですわ。早く次の座学の教室へ向かいましょう」

 

「うーっす」

 

 二人は廊下を歩く足を速めた。

 

 九年後――新暦○○七五年に向け、転生者達の足は止まらない。




 追憶編はひとまずここまで。綾と瑠璃々の約束の詳細についてはまた今度、ということになります。
 では、前回の後書きで言った通り次章予告です。










 スターチップを失えば消滅。世界からも存在を消される。
 俺達は、そんなデスゲームの中で生きてきた。





 新暦○○六五年、砕け得ぬ闇事件終了時に生存した転生者は二十人。これまで転生された者二百人の、僅か一割。

 新暦○○七一年、新たに三百人もの転生者がミッドチルダに降り立つ。

 新暦○○七五年、生存者は、半数以下の百三十四人となっていた。





 管理局となり任務に紛れて指令を遂行する者、およそ三十四人(約二十六パーセント)。

 傭兵などフリーの魔導師として独自に動く者、およそ十六人(約十二パーセント)。

 反政府組織に身を置き邪魔者を排除しようとする者、およそ五十一人(約三十八パーセント)。

 S級犯罪者ジェイル・スカリエッティの下に降り暴れることだけを望む者、およそ一人(一パーセント未満)。

 不明、三十二人。





 新暦○○七五年四月――
 激戦(StrikerS)、開幕。



「機動六課に入れれば、勝ち組だ!」



「ゴーストの君達は、勝つことだけを考えろ」



「機兵隊が動きを見せている……」



「我々リリーサーは、管理局の圧力には屈しない!」



 組織が入り乱れ、思惑が交錯する。
 目的は一つ、――勝つ。ただそのために。



 第五章『魔法都市争乱編』、次回より開始。





 注、台詞や用語については変更の可能性があります。

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