Magic game   作:暁楓

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 しばらくは導入部みたいなものです。陵が所属するゴーストとか、状況がいくらか変化した機動六課とか。


第八十九話

 怪奇現象の代表例として幽霊というものがある。心霊、亡霊、死霊などともいうその存在を信じるかどうかは人それぞれだ。

 しかしミッドチルダは、いや、管理世界の大体は幽霊という存在に否定的だ。

 それは管理世界では身近なものとなっている不可思議的存在、魔法が理由である。

 火となり、雷となり、鋼鉄よりも硬くなったり、傷を癒したり、質量を得たり肉体の力を増加させたり重力に逆らったりと上げればきりがない。それらを可能にするのが魔法だ。リンカーコアやレアスキルなど、未解明な部分も少なくはないが、管理世界において魔法とはもはや『科学的に存在し、証明できるもの』であり、魔法を根拠にあげる科学論文というものも少なくない。

 しかしそんな魔法を持ってしても、幽霊の正体については証明できていない。

 目に見えず、質量も存在しない幽霊は科学では証明されない。そして幽霊に魔力はない。なぜならリンカーコアは生きている生物にしか宿らず、すでに死んでいる幽霊がリンカーコアを持つことはありえない。カートリッジのような物理的に魔力を閉じ込めておけるような身体もない。よって魔力による感知もできない。

 ある種何でもありの魔法でも証明できない幽霊(それ)に対して、魔法を知る人々が否定的になるのは無理もない話だった。

 そして証明できないものは、認められない。

 例えそれが犯罪となるものであっても、証明ができず、存在が認められないものでは罰することはできない。亡霊は存在しないのだから、仮に亡霊が人を呪い殺しても認識できず証明ができないのだから罰せられることはない。

 メディアにも明かされず特務を執行する時空管理局秘匿特殊部隊『ゴースト』は、彼らを亡霊に見立てたことが部隊名の由来とされている。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 地上本部の廊下を、少しだけ速足で歩いていく。歩いている最中、度々左目だけの視界で周囲を見回しながら。

 速足なのは、廊下にいる時間を短くするため。何度も周りを見るのは、周囲に人がいないか確認し人目につかないようにするため。足音を出さないようにするのも、自分の存在を殺すため。どれももう慣れたことだ。

 自分の存在を消しながら歩いていると、目的地が目に付いた。壁から『雑務課』という文字が突き出している扉を開け、中に入る。

 部屋の中は、端的に言うなら個人経営の事務所のようだった。大して広くない部屋を応接用のテーブルと椅子が約半分占め、デスクは二つ隣接し、内一つにだけ据え置きのキーボード端末。部屋の隅には雑務課としての仕事用具が詰められたロッカーが並ぶ。この広さに最大五人の人間が勤務すると考えると、普通ならあまりに狭い空間だ。しかしこれで充分やっていけてるのだから、自分でもそれなりに驚きである。

 

「戻ったぞ」

 

「うーす、お疲れさん」

 

 銀髪をハリネズミのようにした男が言葉を返してきた。来客用のソファに踏ん反り返り、その手に持っているいわゆる『大人の本』を平然と読みふけっている。

 彼の名はセダン、苗字はない。理由は苗字の概念がない世界出身だからだ。管理世界、管理外世界を探すと、たまにそういう世界も存在する。また、彼の人格はお世辞にもいい奴とは言えない。

 

「お帰りなさい、綾さん」

 

「お疲れ様。早速だけどこれ、点検と清掃お願いしてもいいかしら」

 

「ああ」

 

 ポンと投げられたデバイスを受け取る。

 デバイスを投げてよこしてきたのは、薄い緑色の髪を生やした女。 名前はシノ・シーケット。サバサバした物言いが多い。

 それから、黒の長い前髪と青いクリアバイザーで目元を覆っているのはミユ・ダットサン。よく人見知りする少女で、『仕事』のため地球でいうところのノートパソコンにあたる、携帯用のキーボード&ディスプレイ端末を持ち歩いている。

 

「課長は……定例会議か」

 

「ええ。もう少しで帰ってくるんじゃない?」

 

 他愛のない会話をしながら、シノから受け取ったデバイスをデスクに置き技師権限で展開する。

 展開して出てきたのは一丁のスナイパーライフル。鈍い輝きを見せる黒いフレームは、管理世界において裏で扱われるような質量兵器となんら変わりない。変わらないのは外見だけでなく、実弾を込めて撃つこともできるし、威力調節機構についても近年は搭載すら規制されている生体破壊効果――要するに人を殺せる調整である――が付け加えられている。まさしく敵を撃つための兵具だ。

 パッと見た所、特に異常はない。特別変更するようなオーダーは入っていないのだし、消耗部品のチェックと内部クリーニングで済みそうだ。

 そうなれば仕事は早い。整備用のゴーグルと手袋を装着し、何年と任されて手慣れた動作でフレームを分解し、開いて、パーツ一つ一つを確認していく。

 

「そういえば、ティアナが魔導師試験受けたんだっけ。どうだったのかしら?」

 

 ふと、シノから話題が上がる。俺達が仕事をしている間に受験した知人の話だった。

 

「綾ー、なんか知らない?」

 

「試験の結果で言えば不合格。理由は試験中の危険行為」

 

「え、何かあったんですか?」

 

「Bランク試験では大型射撃スフィアが出てくるんだが、それの破壊手段が問題だったらしい。相方が注意を引いてる内にティアナが上の階でシューターボムを大量設置、爆破で天井落としてターゲットを生き埋めにしたところをフクロにしたそうだ」

 

 結構怒られたらしい。だがスバルに任せっきりにするのは不安があり、かといってティアナが近接やるのもまずいという判断からこの策をとったそうだ。大型はそこそこ硬いからティアナの射撃では通りづらかったのだろう。

 

「どの辺がわりぃんだ? 俺達だってよくやるじゃねえか」

 

「建造物の破壊方法が、自分達も巻き添えにあう危険があったからじゃないでしょうか?今回の場合は味方がいましたし、味方も生き埋めになる可能性が高かったんじゃ……?」

 

「そんなの作戦の話は通してたはずなんだし、埋められた奴が悪いでしょ。障害物破壊は誰でもやってるじゃない」

 

「ふ、普通は、自分達や周囲の安全を確保しながらが基本ですので……」

 

「普通ねぇ……つーか、ティアナも随分染まったな? こっちに入れた方がいいんじゃね?」

 

「執務官の道が消えるぞ」

 

 セダンの提案は即行で否定した。

 

「それにあいつは機動六課からの招待がきている。補習して近く再試験を受けてから相方とそこに入るそうだ」

 

「機動六課……ああ、あの身内部隊ってもっぱら言われてるところね。隊長格はみんなあんたとお知り合いってやつ」

 

 八神はやて二等陸佐を隊長として、八神の守護騎士に高町一等空尉にハラオウン執務官、技師などその他バックアップも多くが隊長達と縁がある。身内部隊と白い目で見られるのも無理はない。

 ちなみに、俺達雑務課――もとい、ゴーストの連中としてはどうでもいいの一言に尽きる。そもそもがゴーストの連中が表沙汰にできないような存在の塊なのだ。それも、現代の夜天の騎士達など眼中に入らない程の。

 そういえば、海斗と結衣もそこに異動するんだったな。末崎は呼ばれてないって聞いたが、二人はデバイスの整備をどうしようか。他人の技師に任せたくはない機構が取り付けられているから、場合によっては雑務と称して六課に潜り込むことも考えておかなくてはならないか。

 

「新人や平局員からすれば夢のオールスターチームだなぁ。そんな戦力の一局集中すりゃ白い目で見られるわな」

 

「ぶっ飛んだ戦力の集中って意味では、ある意味私達も負けてないけどね」

 

「六課についてレジアス中将や他上層部は煙たがってんだっけか?」

 

「元闇の書の主にその守護騎士と管制人格、これだけでもいい顔しないのには充分だからね」

 

 新しい声が入ってきた。俺を含め全員が顔をその方向に向ける。

 眼鏡をかけた初老の男性。彼がこの雑務課課長で、名はサイオン・レクサス。物腰の柔らかい人だが、詳しい過去などは知らない。俺だけでなく、他のメンバーも彼のことは知らない。だが別に知りたいことでもないため、皆気にしている様子もない。

 なお、サイオンを課長と言ってるがゴーストである俺達全員に正確な階級は存在しない。ゴーストに入った時点でデータは消されるのだから。しかしサイオンは俺がゴースト入りする前からこの部隊の責任者として、便宜上課長という位置付けがされている。

 

「加えて隊長格の人達は皆、本局との関わりが深い。これが海から(おか)への介入なんじゃないかという噂も立つくらいだ。海嫌いのレジアス中将はいい顔しないさ」

 

「うっす、課長」

 

「セダンさん、もっとちゃんとした挨拶してください」

 

「諦めなさい、ミユ。いつものことでしょ」

 

「ああ、いつものことだし、気にしなくていいさ。綾も作業に集中しているし」

 

「また、いつもの嫌味で?」

 

 セダンが尋ねた。返ってきたのは肯定の意だった。

 

「ああ。この前の任務でちょっとね。いつものことだから慣れっこだけどね」

 

 ああ、そうそう。とサイオンはこちらに振り向いた。

 

「綾、今日客が来るから。対応お願いね」

 

 その台詞に俺は手の動きを一瞬止めた。

 

「……また“彼女”ですか?」

 

「ああ」

 

「なんだ、お前の女か?」

 

「またって、前にも来たの?モテるわね」

 

 二人が面白がって食いつく。血生臭くてそういう話とは無縁な職場だからか、興味があったらしい。もしくは、俺をからかいたいのか。

 

「お前達が“アルバイト”でいなかった時に来たんだよ。あと、そういう関係は一切ない。……いつです?」

 

「午後二時」

 

「……了解しました。シノ、できたぞ。セダン、お前もデバイス出せ。来る前に修理する」

 

「うーす」

 

 セダンのデバイスは壊れ具合にもよるが、充分間に合うはず。待機形態に戻したシノのデバイスを投げ渡し、代わりにセダンのデバイスを受け取った俺は作業の手を早めた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ノックの音が鳴る。

 どうぞー。とサイオンは扉に答える。

 入室許可が降りて、失礼しますという言葉と共に一人の人物が入ってきた。

 その顔を見た瞬間、ミユはギョッとしてすぐデスクの影に隠れた。その様子に入ってきた人物はまず呆気にとられ、それから苦笑を漏らした。

 その人は良い意味でも悪い意味でも有名人だった。そして俺の知り合いでもある。いや、表向きには赤の他人だ(・・・・・・・・・・)

 だが、ここでは知り合いということにしておくべきか。

 

「お久しぶりです、綾さん」

 

「二週間を久し振りと言うかは人によるな」

 

 女性からの挨拶に俺は素っ気なくそう答えた。

 八神はやて、それが今回の客だった。

 サイオンに促され、八神は応接用のソファに座り、相手である俺はその正面に座った。

 

「余計なことは言わなくていい、要件を言え。大体の予想はついてるがな」

 

「ほんなら遠慮なく……私達は、綾さんを私達が設立する部隊……機動六課に迎え入れたい。そう思っています」

 

 予想通り、以前ここに来た時と同じ内容だった。

 なので、

 

「断る」

 

 即答。考える必要もなかった。一度言った答えだったからだ。

 

「前にも出した答えだ。答えの出た相手に何度も訪ねるな」

 

「いやぁ、ひょっとしたら気が変わるかもしれないと」

 

「それはない。希望的観測はやめておけ」

 

「例え条件が良くても?」

 

 しつこい女だ。まだ諦める気がないらしい。もうわかりきっているはずなのに。

 

「俺にとってはここが最高の条件だ。そもそも、お前の懐から何を出せると言うんだ」

 

 ゴーストは危険な任務を秘密裏に遂行するため、上の奴らからそれなりに多くの金が入ってくる。そもそも金だけで動くつもりはない。加えて正規の部隊と比べゴーストには制約が極端なほどに少ないため、その分好きに動きやすい。任務を遂行して証拠を残さなきゃ大体良しの部隊である。

 八神もそのことは承知しているはず。だから、それをひっくり返すほどの条件があるのかと訊いた。

 

「女ですかね」

 

 八神はやてという人物を知る者からしたら、おおよそ耳を疑うような答えが返ってきた。

 

「ブッ!」

 

「なんだよ、結局女いるじゃねえか!」

 

 バリスタで淹れたコーヒーを飲んでいたミユが噴いてむせ込んだ。セダンはヒューヒューと口笛をうるさく鳴らす。

 とりあえずセダンを黙らすため懐から魔導兵具『(ザン)』を取り出し、安全装置とキャップを外して先端から噴き出す魔力刃を本体ごとぶん投げた。俺の体によるセダンの死角から放った刃をセダンは咄嗟に回避し、『斬』はその先の壁に突き刺さって、直後魔力切れでポトリと落ちた。

 あぶねーなとか抗議するセダンは無視して、八神の話に戻る。

 

「寝ぼけてるなら叩き起こしてやるか? 頭蓋骨陥没する威力でやってやるが」

 

「起きた上で言ってますよ。綾さんに心底惚れ込んでいる人です」

 

「ぬかせ。惚れさせるほど付き合った女なんざいねぇよ」

 

「ちゃんといますよ。いくら情報を隠されても、亡霊に変えられても、人の心は変わらないんです」

 

 いつの間にか八神の顔からおちゃらけた雰囲気が消える。この目はそう、誰かを救おうと懸命になる奴の目だ。

 

「綾さん、亡霊から戻ってきてください。アインスも、私達も、みんなそれを望んでるんです。こんな部隊(ところ)で人を殺していくなんて間違ってる」

 

 純粋な奴だ。とても互いが十年も同じ組織に属している奴とは思えないぐらいに。

 彼女の言ってることは正論。法を護る組織である時空管理局が人殺しなど笑えない話だ。殺しが間違っていると言われりゃまさしくその通りだ。

 その通りだが、その純粋さは、ウザかった。

 

「いらねえよ。そんな望み(もの)

 

「陵さん……」

 

「正義だ悪だ、そんな価値観はとうに捨てた。今は好き勝手できるここの方が都合がいい」

 

 この世界に転生した当初なら、その正義感に共感して六課に入ることもあったかもしれない。

 だが、今となっては正義でどうにかなるものではないとわかっている。デスゲームの参加者達による醜い戦いを生き残るには、そんな概念も捨てて勝つ他はない。

 そのためにはまず、自由に動けることが条件なのだ。制約に縛られることなく目的遂行に動くには、そもそも認識されないゴーストであるのが都合がいい。例え結果として人を殺しても、すでに何十人と殺した俺だ、今更何も問題はない。

 ……俺も、この九年で変わったものだ。

 

「俺は別の場所に移る気はない。それにこんな仕事やってきた奴だ、無理に入れても不協和音を生み出すだけだろ」

 

「……そうですか。うん、そう言われたら無理に言えへんね」

 

 どうやら八神は諦めたようだ。八神から先ほどの険しい様子がなくなる。

 

「せやけど、アインスのことをそんな邪険に扱わないでほしいです。あの子もあの子なりに綾さんのことを想っているんですから」

 

「アインスとは誰だか知らんな」

 

「まあ、そう返すんやないかとは思うてましたよ。ほんなら、今度来る時はスカウトではなく、仕事の依頼者として来ますね」

 

「こっちも暇じゃないんだ。雑務は寄こすな」

 

「ほどほどにしときます」

 

 一礼して部屋から出ていく八神。それを確認してから、俺は小さくため息をついた。

 

「お疲れ」

 

 シノがコーヒーの入ったカップを目の前に置いた。

 

「全くだ。おかげでどっと疲れた。時間を潰して疲れて何もないって冗談じゃない」

 

「でも、接客はもうちょっとマイルドにした方が良かったんじゃないかな?」

 

「馬鹿につける薬はないってやつですよ、課長」

 

「お、チキューの格言ってやつだな」

 

「コトワザでしたっけ、正しくは」

 

 八神()がいなくなったことで雑務課の雰囲気が元に戻る。セダンはソファに座って踏ん反り返り、シノはスコープの調整を始めた。

 

「おい綾、お前とハヤテ・ヤガミの話聞いてたらお前の英雄譚を聞きたくなった。聞かせろよ」

 

「断る。そもそも英雄譚なんて持っちゃいない」

 

「いいじゃない、ここだけの話なんだし。今までにも話したでしょ?だったら今更よ」

 

「何度も話をさせられるこっちの身にもなってみやがれ」

 

「まあまあ、このメンバーの中では君のが一番英雄譚らしいんだから、話してあげなよ。かく言う私もまた聞いてみたいなぁって、ね?」

 

「課長まで……」

 

 軽い頭痛を覚えた俺はこめかみを押さえた。

 こうやって何度も繰り返し話をさせられるのが、ここでの悩みの一つだ。




 簡単な新キャラ紹介。

○セダン
 銀髪ハリネズミ。戦闘狂……というか戦争狂。
 コロコロタノシーな人。レアスキルが超チート。
 元ネタ特になし。適当に作った。名前は車のセダンから。

○シノ・シーケット
 射撃担当。
 容姿、名前の元ネタはSAOのシノンさん。容姿はGGO、名前のシーケットはALOの種族ケットシーから。
 結構重要な設定を入れているが、それが出てくるのはしばらく後になりそう。

○ミユ・ダットサン
 癒し担当? ゴーストにも弱気キャラは必要かなぁって。
 名前のダットサンは車から。レアスキルがこの世界においてチート。

○サイオン・レクサス
 課長(通称)。他と比べて出番少なめになりそう。
 サイオンもレクサスも車から。キャラの設定が一番ブレッブレな人。こいつどうすっかな……。

 全員非転生者です。チート持ちの転生者はいないです。

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