一面美しい白に染まった中に、横長の大きな建物があった。その名を(仮に)Rホテル。この地域を代表する宿泊施設の一つである。スキー、ワカサギ釣り、五色沼……大自然を満喫すべく、多くの観光客が訪れていた。
彼らは知る由も無かった。ここで人知れず恐怖の事件が没発するなんて…。
Rホテルが立地するのは福島県の裏磐梯。日本で4番目に大きい淡水湖・猪苗代湖から見て、磐梯山を挟んだ反対側の地区の総称だ。かつて磐梯山が噴火し、その溶岩が川の流れを堰き止めたことで、大小さまざまな湖や五色沼が誕生した。これらを利用し、この地域は福島県内でも有数の観光地となっている。
さて、このRホテルに、両親に連れられた、小学校に入りたてくらいのガキンチョの姿があった。幼き頃の作者……佐藤少年だ。
「温泉入りに行こ〜。」
佐藤少年は父親と共に、温泉へ歩いてゆく。
Rホテルには内風呂と露天風呂が両方備わっている。当時から温泉が好きだった佐藤少年には嬉しい限りであった。
更衣室で服を脱ぎ、雰囲気のある和風のカゴに突っ込む。
「うぇーい」
上機嫌な少年はすぐさま浴室内へ。一通り体を洗うと、まずは内風呂に飛び込む。(当時住んでいた)アパートとは比べ物にならないほど大きいお風呂を満喫する。
「だぁぁぁーーー」
気持ちいい。どっかのおじさんの真似をして、頭にタオルを乗せてそれっぽさを演出する。
余談になるが、頭にタオルを載せるのは何故なのだろうか。知っている方がいたら教えて頂きたい。
佐藤少年は勿論日本人だ。そして人類において日本人ほど温泉が大好きな種族はいないだろう。我々は古くから、自然に恵みを見出し享受してきたのだ。そしてそれはDNAレベルで体に染み付いている。たとえ幼い子供であっても温泉を満喫できるのだから。
話を戻そう。
そうしているうちに、今度は露天風呂に入りたくなってきた。一旦温泉から上がり、石畳の上をすたこら歩く。外へ出る扉を開けると、冷たい風が一気に吹き込んできた。
少年は寒さに耐えられず、すぐさま露天風呂へ。露天風呂に足を入れると、その暖かさに心を奪われる。階段を降りて肩まで浸かると、もう先ほどまでの寒さは感じない。
石で囲まれた和風な風呂。落ち葉が浮かんでいるのも風流さを醸し出している。子供でも入りやすい浅めの設計は見事であった。
白い湯気に包まれながら、少年は至福のひと時を過ごした……。
ジョボジョボジョボ……
滴り落ちる温泉の音。この温泉は滝から注いでいるようだ。
ここで、少年は気になってしまった。あの滝はどんな仕組みなのだろう、滝の上はどうなっているのだろう、と。パイプで温泉が運ばれてきているのか、はたまた滝の真下から温泉が沸いているのか。
好奇心旺盛だった筆者は、その興味に抗えなかった。
少年は露天風呂を横断し、滝のすぐ近くまで歩みを進めた。肩まで温泉に浸かって寒く無いようにしつつ、だ。
日本庭園風の人工の滝。それを見上げつつ、どうやって上を覗こうかと考える。
考えていた、その時。筆者の目に「それ」は映った。
露天風呂を囲っている岩の陰から見える「それ」。一見落ち葉の塊のようだが、違った。
茶色を基調としつつも、赤や黄色のような模様の入った長い胴体。黒くギョロリとした目。口からはみ出しチョロチョロと蠢く舌。
そう、ヘビだ。
後に調べてわかったのだが、おそらくこのヘビはヤマカガシ。日本に広く生息し、全長1〜2メートル程度の大きさになる。獲物であるヒキガエル由来の毒を持っているという。
しかし当時の佐藤少年はそんなことを知らないしそんな余裕もない。
なぜ露天風呂の脇にヘビがいるのか。なぜ冬なのにヘビがいるのか。なぜヘビは僕の前に現れたのか。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーー‼︎‼︎‼︎ヘビっっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
悲鳴をあげ、温泉の中を「走る」少年!
後ろからヘビが温泉を泳いで追いかけてきているような気がして、とても怖かった。(動物のテレビ番組をよく見ていたため、ヘビが泳げると知っていた。今にして思えば、爬虫類が温泉に入ったらすぐのぼせてしまうのは目に見えているが…。)
水の抵抗を受けつつも、ありえない速さで露天風呂の反対側まで避難する。そして勢いよく温泉から上がり、転倒の危険性など忘れて、走って露天風呂を後にした。
因みに、この時温泉内には筆者と父親しかいなかったため、この奇行を他人に見られず済んだ。
……筆者はこの日以降、露天風呂を訪れると岩の裏側をしっかり確認し、ヘビがいないか確認するようになりましたとさ。
【ヘビ視点】
俺はヤマカガシ。山の中の捕食者さ!カエルやネズミは大好物、魚だって取って食うこともあるぜ。何?すごいなぁって?そうだろ、俺はすごいんだ。
ヤマカガシは森の中を進んでいく。彼の体に風が吹きつけた。
……うぅ、寒。え、なんで冬眠してないのかって?冬眠場所を探し損ねたのだよ…。我ながらドジったぜ。早いこといい穴を見つけねぇとな。
すると彼のピット器官……ヘビが鼻先に保有する、熱を感知する器官……が、異常に暖かい場所を察知した。
なんだ?あっちの方がすごく暖かいみたいだぞ。冬眠しなくて済むかもな…行ってみよう。
彼は岩の隙間からその「暖かい場所」の様子を伺ってみた。彼はその熱が温泉由来であるなど知る由もなかった。そしてそこにニンゲンが居ることも…。
顔を出した瞬間、ヤマカガシの左目は巨大生物の姿を捉えた。ニンゲンだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーー‼︎‼︎‼︎ニンゲン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
おしまい。
このお話で何を伝えたかったのだろうか。自分でもわからなくなってきた。
舞台となった温泉にはあれから何回か行ってるが、ヘビには出会えなかった。裏磐梯はすごく自然が豊かで紅葉や雪が美しいから、機会があればこれからの季節にぜひ行ってみてほしい。
温泉シャークならぬ温泉スネーク、ちゃんとした動物パニックとして創作するのも面白いかもなぁ、などと思った今日この頃。