ほんの数ミリ普通だったら   作:ぞんぞりもす

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聞き専のお姫様

 何かの重みから逃れるように、ミカ様のボランティアを手伝った。怪我は治ってきたが、私の謹慎は終わっていなくて。それでもどうにかして償おうとして出てきた行動がこれだった。

 

 イチカの名声とか評判のおかげで多少はミカ様の評判も上がったようだ。

 

 ボランティアのとき、草むしりとかでもいいかも。これ、いい日焼け止めなんですけど、貸しますよ。

 

 ミカ様が自慢げに髪飾りを見せる。

ポニーテールだった。

 

 これ、コハルちゃんが燃え残ったボロ切れを集めてくれたもので作ったの! 初めてだけどなかなか上手にできたと思わない!?

 

コハルちゃんってすごくいい子だよね。私あんなことしたのにさ、まだ私の味方してくれて。集めてくれて。優しいんだろうな。

 重いですよ。無償の愛って。

 

 

 私はコハルちゃんに助けてもらった分、報いたいんだ。あなたは違うの?

 違います、諦めって最も幸福に近づける道じゃないですか。

 

 なにそれ、分かんない。コハルちゃんのことを否定するの?

違いますよ。愛を向け合えるのならば向け合えばいいと思います。世の中にはそれを苦手とする人もいるってことです。

ミカ様とは、その日それ以上の会話をすることはなかった。

 

 これ、コハルちゃんにプレゼントしたいんだけどな。

渡せばいいじゃないですか。

 渡せないよ。私には。私と関わったらきっとコハルちゃんも嫌われちゃうもん。そうだ!

 カアナちゃんが渡してよ!

私が渡して、ミカ様の気持ちは伝わりますか? 私は人の気持ちを橋渡しできるほど気持ちを受け取ることができませんよ。

 

 

誰かの願いを叶えることで、善行を積んで何かを期待したかったのかもしれない。だとすれば滑稽だ。

 

モンハンとか誘ってみたらどうですか。一緒にゲームやると必然的に一緒にいる時間長くなりますし話をする時間も増えますよ。

 私の大切な人はそうやって私と関わってくれました。ミカ様、行動力あるじゃないですか。やってみたらどうですか?

 コハルを誘うのは私からイチカに事情を説明して頼むので。 

 

 

 そして自分にとって不透明な動機が周囲から察されることはなかった。人間は所詮、社会性のある自己中心的な生き物のように思う。

 

 

聞き専のミカ様。屋根裏部屋のお姫様はなかなか話すことができなかった。なんならいきなり通話が切られることも合った。寮長に見つかったことも合った。それでも私たちのボランティアのおかげでなんとか首の皮一枚繋がっているゲーム環境らしい。

……………………………………

 

 

 

 私はあのあと、イチカに何も話さなかった。話せる状態じゃないと判断したらしいイチカは、私を家まで送って一緒に眠ってくれた。

 

 そして、なあなあで流れた。

 

 私はイチカに何度も話そうとしたし、何度も謝ろうとしたけれど、意味もなく口を開閉させるだけになった。

 イチカはアリウス分校の殲滅作戦に従事したから、私の両親を傷つけた可能性に行き当たってほしくない。そんなふうに真実を塗装してごまかした。

 

「イチカ。いつか必ず話します。あの夜にどんなことを話して、どうして私が黙ったままなのか」

 

 イチカは真摯に頷いてくれた。

 私は意図的に言葉を省いた。えずいた理由を話すとは言わなかった。イチカを嫌いたくないし、イチカに嫌われたくないから。

 

 胡座に収まるミズタキの体温は心地よく、毛並みを整えていると私の心まで整っていく気がする。

 リビングには、ルイが洗い物をする音だけが響き続けた。

 

 

 私の謹慎は長かった。イチカは小隊をまとめる技量を買われ、どんどんいろんなことを任されるようになっていった。

 

 両親の話を聞いた日を境に、私はタガが外れたように駄目になった。

 学校を休みがちになりながらも、ミカ様のボランティアを手伝った。

 

 体を酷使することで何かの重みから逃れるように、私は寒空にさらされ続ける。そして夢も見ないほど深く沈む。

 正直なところ、意識を沈めるほど水圧みたいなものがかかって気だるくなったけれど、強迫観念に追い詰められて潜った。

 

 怪我をしているのだからと私を止めたハスミさんやイチカ、ミカ様が何も言わなくなるまで、時間はそれほどかからなかった。

 

「そういえば聞いてよカアナちゃん! ボランティアの時間がね、二人でやった分だけ二倍の速さで減っていくの! カアナちゃん様さまだね☆」

 

 顔に土をつけながら、ミカ様は無邪気に笑う。側頭部でロールになっている髪はぴったりと結ばれていて、はみ出た髪がまったくない。加えて言えば、下ろしたらさらさらだ。時間をかけて毎日丁寧にケアしているのだろう。

 最近手入れが疎かになってしまった私とは大違いだ。

 

「でもあんまり無理しちゃダメだよ☆ 私のことだから。また少し痩せたんじゃない?」

 

 ミカ様は軍手を外して私の頬に触れる。もしかすれば軍手よりも白い手だった。

 じっとり覗きこみ、私が何も言わないでいると彼女は小首を傾げた。仕草の一つひとつがかわいらしさと上品さを持ち合わせていた。

 

「贖罪で言えば私だって謹慎中ですからね。それに私が手伝っていることでミカ様の評判だって上がっているじゃないですか。いいことですよ」

 

 すべてイチカの名声とか評判のおかげだ。

 私とイチカの噂はまことしやかに囁かれ、広がり、あれだけちゃんとしたイチカの好きな人なんだから、と私は不思議な立ち位置になっている。そして意外とちゃんとしているかもしれない私が手伝うことで、ミカ様もやはりそれだけの人物なのだろうと囁かれる。

 

 都合のいい正義を、私は侮蔑と羨望まじりに聞いた。私がもう少し普通だったら、感情を受け止める器をもっと大きくできたのに。

 波風が立たないように、誰にも何も言わなかった。

 

 

「カアナちゃーん!」

 

 まったく終わりの見えなかった運動場の草むしりが八割ほど終わったある日、ミカ様はぶんぶんと手を振りながらとてとて駆けてきた。よく晴れた放課後のことだった。

 丈の短い草が土で汚れた運動靴に踏まれる。踏まれなかった場所は気の早い凍て風にそよいだ。

 

 私が顔を上げるのと、ミカ様が手を差し出したのは同時だった。

 

「じゃじゃーん☆ 見てこれ! コハルちゃんが拾ってくれたものを繋げて作ったんだ! 意外とかわいく仕上がったから見てほしくて☆」

 

 私には縁遠いシュシュが華奢な手首についている。パステルカラーのグラデーションみたいになっていて、これが焼け残りだとはとても思えない。

 

「すごい……きれいですね」

「きれい? きれいかな、これ。あーでもカアナちゃんってちょっと変だもんね☆ うん、かわいくてきれい!」

 

 あなたたちの心が、とてもきれい。

 伝わらなくてもいいかと思い直して、私はシュシュから顔を上げた。ミカ様を見てやわらかく笑う。後戻りすることのできない罪人が女神にひざまずくみたいに、私の笑みは歪んでいたかもしれない。

 

「重くは、ないんですか?」

「重い……? なにそれ、どういうこと?」

 

 ミカ様の雰囲気が一気に険しくなる。

 

「コハルちゃんのことを否定するの?」

「違う、違います、違うんですよ。ごめんなさい、忘れてください」

 

 諦めは、幸福と不幸を最も遠ざける道だと思う。私はそういう何も感じない狭間に閉じこもりたかった。

 

「コハル、いい子ですもんね」

「……、ね☆」

 

 ミカ様は怪訝そうな顔をしたあと、私の笑みに笑顔を返してくれた。

 

 日焼け止めを取るために木陰へと歩く。

 ほんの少し歩くだけなのに、ミカ様はお年玉を封筒から透かすみたいに何度も片腕を掲げた。太陽にきらめいて見えた。私はそっと目をそらす。

 

 リュックからいい日焼け止めを取り出してミカ様に渡した。代わりにミカ様が私にシュシュを手渡す。

 

「これ、私持ってたら、その……あれだからさ、少しの間カアナちゃんのリュックに入れててもいい?」

「構いませんよ」

 

『コハルちゃんってすごくいい子だよね。私はあんなことしたのに、私のことを庇ってくれて、物まで集めてくれて』

 ミカ様はしょっちゅう私に言い聞かせた。だから、聞いてみた。

 

「コハルには渡さないんですか? せっかく作ったんですし」

 

 ミカ様は日焼け止めを塗り拡げる手を止めて、目を伏せる。

 

「プレゼントしたいけど、ダメだよ。私と関わったらきっとコハルちゃんも嫌われちゃうもん」

「じゃあ、表では関わらなかったらいいんじゃないですか?」

 

 愛を向け合える人たちは、愛を向け合えばいいんだよ。

 

 

 人のために働き、善行を積むことで、私は重みから目をそらしたかったのかもしれない。行動の指針が明らかに変わったのに、私はそれからも目をそらした。振り返ったところで足跡が見えないことは、振り返る前から分かりきっている。

 

 私はその日のうちにミカ様と一緒にSwitchとモニターを買いに行って、屋根裏部屋に忍びこんで配線を整えた。イチカに、コハルちゃんをゲームに誘ってほしいと頼んだ。

 ミカ様の消灯時間を考慮して集まり、いつもより早い時間にゲームをつけた。

 

『えーと……本当にやるの?』

『こっちは準備オッケーっすよ~』

「ミカ様はキャラメイクしていたらどうですか? 今作はめちゃめちゃキャラメイク凝ってるので、たぶん時間かかりますよ?」

 

 イチカ以外の声がスマホから聞こえてくるなんて新鮮だ。

 私とイチカは何も言わずにロビーに集まり、ミカ様のキャラメイクとコハルを待つ。傀異錬成ガチャを回していた。

 

『え、えっと……イチカ先輩とカアナ先輩……? あの、コハル、です……』

 

 少し遅れてやってきたコハルはどうやら配線に苦労したらしい。それを話している最中にミカ様に気がついたらしく、かなりテンパって話を途切れさせた。

 一度通話を抜けたが、三人してモモトークを送って呼び戻した。

 

 結局、コハルとミカ様では、ミカ様のほうがキャラメイクに時間をかけた。

 

 いざみんなで狩りに行くと――私とイチカは初期装備を準備した――てんやわんやとなった。

 

 私たちは初期モンスになんてほとんど行かないから行動パターンを覚えていないし、装備も貧弱だしで思う通りに動けない。

 コントローラーを握ったことのミカ様はだいぶゲームセンスがあれらしく、しょっちゅう違うボタンを押しては「ちがーう!」と叫び、よく分からない動きをする。

 コハルもプロコンは初めて触ると言っていて、ときおりボタンを確認するように呟いてアバターが立ち止まった。

 

 初めてのフルパは、怒鳴りこんできた寮長の声で終了となった。

 

 

 この事件以降、聞き専となったミカ様はコハルとよくモモトークをするようになったらしい。そのうち一緒に出かけたいとも言っていた。

 

 イチカは正義実現委員会とトリニティモンハン部。

 コハルは補習授業部とトリニティモンハン部。

 ミカ様はティーパーティや先生との交流とトリニティモンハン部。

 

 みんながみんな、居場所を増やした。

 

 私は重みから多少は逃れることができて、人としての生活リズムを取り戻していった。イチカが私の家に来るペースが落ちて、私を気遣う素振りを見せる回数も減った。

 でも、そうかんたんにはよくならなくて。

 

 体力をゼロにしてはベッドに倒れこみ、翌日分の体力を最低値だけ回復させるような、ぎりぎりの、よくいえば増えも減りもしない停滞を保つ。

 日常で躓いた私のせいでイチカは少しずつ原型を失っていたから、それが止められただけでも嬉しかった。

 

 どうかしていた私のおかげで、私を取り囲む世界は少しだけ形を変えた。

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