ほんの数ミリ普通だったら   作:ぞんぞりもす

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ガラスの靴と薄汚れたスニーカー

 正義実現委員会への復帰を目前に控えたボランティア中、空はいきなり赤くなった。

 

「なにこれ!?」

 

 天頂を見たあと、ミカ様は空の両端まで視線を走らせる。

 

「先生に連絡しなきゃ!」

 

 ミカ様は軍手を外して放り投げ、体操着のポケットからスマホを取り出した。

 私はクロアメとミカ様の銃を取りに走った。

 

 気づかぬうちに私は復調していた。心身のバランスは崩壊しているけれど、怪我がないだけで何倍も動き回れる。これなら市民の誘導に参加できるかもしれない。

 

 私がサブマシンガンを手渡すと、ミカ様は一つ頷いた。そしてスマホを耳に当てたまま、眉根を寄せて私を見る。

 

「先生に繋がらないんだけど! 何かあったってことだよね!?」

 

「おそらく」と返した私が何をすべきか思索に耽っている間、ミカ様は右往左往して「どうしよう」と言い続けた。

 

「ミカ様はコハルを探しに行ったらどうですか? 正義実現委員会の本部に行けばコハルの行動が分かるはずです」

「そっか! 行ってくる!」

 

 少し離れた場所まで瞬時に駆けたミカ様が私を振り返った。

 

「カアナちゃんはどうするの!?」

「私は市民の誘導をします。正義実現委員会ですから」

「じゃあ一緒に行こうよ! 私も戦うから! けっこうやれるの、カアナちゃんも知ってるよね?」

「本部には行きません。一応まだ復帰したわけではありませんし、指揮系統にノイズを走らせたくないですから」

「また怪我するよ!? それでもいいの……!?」

「大丈夫ですって。私、こう見えてけっこう強いんです」

 

 長袖で隠れているけれど、私は力こぶを見せつける。ミカ様の顔が引きつった。

 木陰まで歩いてリュックサックを片側の肩に背負う。もう片方にかかるスリングの感触を確かめる。

 

 戦闘は久々だ。長期戦になるかもしれない。

 

 考えるだけで全身が震えた。

 拳を握りしめて私を見つめるミカ様に別れを告げ、その場をあとにした。

 

 弱きものを守るためか、善行を積むためか、行動の理由は分からなかった。

 

 

「大丈夫!? コハルちゃん!」

 

 ミカがドアを破壊した先には、市民を守るように前に立つコハルとイチカの姿があった。正義実現委員会の本部から聖堂まで文字通り直行したかいあって、コハルに外傷があるようには見えない。

 

「よかった……!」

 

 緊急事態なのも忘れて顔が綻んだ。

 コハルは目を丸めてミカを見つめ、イチカは苦笑を浮かべる。

 

 ミカは豪奢な装飾の施された聖堂をひと通り見回して、また修繕費のことでナギちゃんに文句を言われちゃうな、と気づいた。だが、そんなの知ったことではない。コハルの命を引き換えに聖堂を守ったってしょうがないからだ。

 

 コハルに伝えたいことは山ほどあった。

 怪我はないとか、今日もモンハンしようとか、よかったら今度の休みにお出かけしないとか。言いたくてもずっと言えなくて、モモトークの文章としてすら送ることの憚られたきらめきをぐっと飲みこむ。

 

 とにかく今は、コハルを守ること。

 褒められたことではないかもれしれないが、ミカは市民よりもコハルを守るつもりでいた。市民が傷ついたらコハルが悲しむという理由で市民を守ろうとも思っていたが、一番はコハルだ。

 守りたい命に優先順位があることを、悪いことだとは思わない。

 

 敵だらけのときに救ってくれたのだ。そんな子を優先しないほうが不誠実。

 信念に従うカアナを見て、ミカは身の振り方を考えた。自分を救ってくれて、しかも一緒に遊んでくれて、リアルでもゲームでも生命の粉塵を使ってくれるような子を守るために、聖園ミカは力を振るう。

 

 

 凄絶に。妖艶に。聖園ミカはほほえむ。寸分違わず、弾丸が踊った。

 

 

 市民の避難を終わらせた三人は、顔を合わせて頷いた。コハルとミカは一度正実の本部に戻り、イチカは小隊の指揮を取ることになっている。

 別れる前に、イチカがミカを見た。それから周囲を見る。

 

「カアナと一緒にいると思ったっすけど……」

「あー……それが、カアナちゃんは市民の誘導に行っちゃった。正実の指揮下に入るとノイズになるからって、一人で」

「なっ――」

 

 イチカは言葉を失った。そしてミカから、一応は止めたこと、カアナが聞く耳を持たなかったことを聞いて、頭を抱えた。

 

「いやまぁ、思ったっすけど! ミカ様の言葉とか雰囲気とか表情とかで思ったっすけど! アホなんじゃないすか!?」

 

 呆れてしまうほどアホだな、とはミカも思うけれど。

 

 世間は、迷っている人の背を押す言葉は少ないくせに、迷っていない人を迷わせる言葉にあふれている。

 だから迷わない姿を見るとどうしても強くは言えなくて。

 

 コハルと出会わなかったら自分もイチカのようになってしまったのかもしれない、とミカは思う。

 

「どれだけ言っても聞かないだろうなって思ったから、行かせちゃった。ごめんね☆」

 

 頭が痛そうな様子でイチカはしきりに頷いた。やるせない気持ちの行き場を見失っているようだった。

 イチカが落ち着くまで、ミカは内心を言葉にして整理する。

 

 力づくで従わせようとすれば、カアナはきっと自分にも銃口を向けるだろう。そして自分はわがままで、カアナは頑固だ。

 ここでぶつかっても仕方がないと思い、身を引いた。

 

「ミカ様を引かせるって相当――」

「もうちょっと時間が必要かな☆ 錯乱してるんじゃない? イチカちゃん?」

 

 顔を引きつらせるイチカを、ミカは渾身の笑顔で黙らせる。

 ミカはカアナを傷つけたいわけではないし、信念に従うカアナをむりやり従わせたいわけでもない。信念を侮辱したいわけではないのだ。

 それはそれとして、しっかりとわがままは言った。

 

「それでね、五分ごとに自分の居場所をイチカちゃんに送ること! って約束を取りつけたんだ☆ 確認してみて。ちゃんと送られてる?」

 

 スマホを確認したイチカが頷く。焦りの浮かぶ顔色がだいぶよくなったように感じられた。

 妙な胸騒ぎをかき立てる周囲の沈黙から、イチカが少しだけでも開放されればいい。

 赤い空は得体のしれない重圧で、雲よりも、夜よりも、世界を押し潰さんとしていた。

 

「しっかり五分毎ではないですけど、確かに来てるっす。何かの間違いみたいっすね」

「――あ、いっけな~い☆」

 

 イチカの反応を確かめたあと、ミカはわざとらしく声を上げた。土や煤にまみれた服を軽く払いながら全身をチェックする。

 

「私の筆記用具とかノートとか全部カアナちゃんのリュックに入れっぱだ☆ 明日も授業あるかな? あったら大変なことになるかも」

 

「あ~あ」と心の底から残念そうに天を仰いで、折を見てイチカと目を合わせる。

 

「私の代わりに取りに行ってくれる人はいないかな☆ 私もう疲れちゃって動けな~い☆ あ、もちろんコハルちゃんはダメだよ☆」

 

 ミカはコハルの服も汚れていることに気がついて、優しく丁寧に全身を払った。コハルは事態が飲みこめていない。わたわたしながら頭を下げた。

 

 笑みを噛み殺したイチカが息を吐く。やれやれと言いたげに腰骨に手を添える。翼が大きな音で一度はためいた。

 

「仕方ないっすね。ほかでもないミカ様の頼みですから」

「私のわがままに付き合わせちゃってごめんね☆ あとで正義実現委員会の上の人には言っておくから!」

「一応私のほうからもハスミ先輩に連絡しておくっす。代わりの人員を立ててもらえると思うんで」

「じゃあ私もそのハスミちゃん? に言うね☆ 本部にいるんでしょ?」

 

 誰だろうと思いながら、なんとかなるだろうという気持ちでそう言った。大切な人を大切にしたい気持ちはミカにも分かるし、不器用な贈り物の手伝いがしたかった。

 

「絶対分かってないじゃないすか」

「たぶんあのおっきい人でしょ、知ってる知ってる! コハルちゃんの場所もその人から聞いたし!」

「それ、絶対にハスミ先輩の前で言っちゃダメですからね! コハルちゃん、ミカ様が変なことしないように見張ってて!」

「え、あ、え? 分かりました……!」

「私、こう見えてティーパーティーだったんだけどな……?」

 

 ミカの言葉に軽く三人で笑いあった。

 

 カアナがモンハンに誘ってくれなかったら、きっとこんな未来は訪れなかった。

 だからミカは、お礼がしたい。

 

 でも、誰を助けるのか選ぶ権利があるように、誰に助けられるのか選ぶ権利もきっとある。カアナの権利はきっとめちゃめちゃ面倒くさくて、自分は絶対に選ばれない。

 事実に痛みが走るけれど、いつの間にか泣き喚くことはなくなっていた。選ばれないなら、別のことで力になればいい。

 

 二人と一人に別れて、それぞれが向かうべき場所に向かった。

 

 

 私怨派と呼ばれた人たちなのだと、私はすぐに気づいた。市民の誘導をしているとき、彼女らは捨て駒同然のようなポジションで戦っていた。

 傭兵団か何かの制服を着ていたから、アリウス分校が壊滅状態になってから職を得たのだと喜んだのもつかの間、静かな絶望が私を襲う。

 

 行かなきゃ。

 

 いくら彼女たちが部隊行動に優れていても、限度がある。心よりも体が先に反応していて、私はユスティナ聖徒会を狙える位置に移動した。

 

 

 震える体を深呼吸で整えて、指先まで熱を行き渡らせる。何度も繰り返した訓練のおかげで、意識を向けた場所に即座に狙いをつけられた。

 私は強い。そして守るべきものを見失わない。(のろ)いか(まじな)いかも分からない言葉が脳内をぐるぐる回った。

 

 全員を片付けるまでそれほど時間はかからなかった。彼女らの戦闘能力の高さのおかげだ。

 

 

「あのとき、ありがとうございました」

 

 私は私怨派と思われる一人に駆け寄り、頭を下げる。

 彼女はセイア様襲撃の一件で私を襲い、調印式で私を追い詰めた人物だった。目立った外傷はなく、擦り傷程度しか見当たらない。ほっとした。

 

「……」

 

 彼女は私を横目で睨んで何も言わない。不快感が全身からもれ出ていた。でも、銃口を向けられることはない。

 周囲を見回して他の人が遠くにいることを確認し、彼女にだけ聞こえるよう囁く。

 

「調印式の日、わざと庇ってくれたんですよね」

「別に。……庇ったわけじゃない」

 

 ゲヘナとトリニティの予備戦力が接近中との通信が入ったとき、私は傷だらけにされたあげく、拉致されそうになっていた。

 しかし目の前の子は、ほっとけば死にそうなほど虫の息であること、私を担いで移動すると移動速度が落ちることを理由に、私をその場に放置した。庇ってくれたのだと思う。

 

 思い出しただけで身が竦んだ。私は深呼吸をするようにゆっくりと頭を下げる。

 

「あなたがなんと言おうとも、ありがとうございます。私は助けてもらったって勝手に思ってますから」

 

 私はごく自然にほほえむことができた。

 彼女は決まり悪そうに顔ごとそらす。

 

「よっぽど運がよくないと助からないと思っただけだ。私はあんたを失血死させようとしたんだぞ。……忘れるなよ」

「――忘れませんよ。決して」

「絶対に違うほうで忘れないって言ってるだろ……」

「ばれちゃいました? おかげで生き延びることができました」

「だから……!」

 

 私を睨みつけたあと、笑顔を向けられて無駄だと判断したのか、彼女は「もういい」と乱暴に言って踵を返した。それから少しの間、彼女はじっとしていた。

 

 冬の風は冷たかった。しかし心の温度が全身に行き渡っているような気がして、不思議と寒さは感じない。

 

「あんたのそういう頑固なところとか、死にそうになっても自分の意志を曲げないところとか、すごいよ。私は命をかけて何かに挑んだことがなくて、ずっと……痛めつけられたくないから、復讐がしたいからって理由で物事を進めてた」

 

「あんなふうに生きてみたいって思ったやつ、あんたが初めてだよ」彼女は振り返った。頬が薄赤く染まっていた。彼女ははにかんだ。

 

「相変わらずついてないし、クライアントともぶつかるし、散々だけど。楽しいもんだな」遠くを見て、しみじみ言った。「大変って、楽しいよ」

「そう、ですか……?」

「私はあんたのおかげでそれを知れたから、礼を言いたかったんだ。あんたのことを傷つけたのには変わりがないからあれだけど、ありがとな」

 

 彼女は近づいてきて、正面から私をそっと抱きしめた。頭を撫でてくれた。

 見なくても分かる、傷だらけの手だった。女の子らしさとは程遠いけれど、生きることを拒まなかった手だった。土の香りが、生きている香りがした。

 

「楽をしてるとか思ってたよ。ごめんな」

 

 私のおかげで変われた人がいるなんて知れて、嬉しかった。私もあなたに勇気をもらえた気がするよ。人は変われるんだって。

 

 ――でも、でもね。私の生き方に憧れたのなら、あなたよりも生き方の先輩である私は、その生き方を変えちゃいけないんじゃないかな。私だって変わりたいけれど、人から求められる限りは、信念を捨てない生き方に固執しなきゃいけないんじゃないかな。絶望してほしくないんだ。

 

 一つ手錠が外れたと思ったら、またしても新しい金ピカが嵌められて。どうすればいいの。私には鍵のありかが分からないよ。南京錠はもうずいぶん前に捨ててしまったから。

 

 思考に窒息しそうになっているうちに彼女は離れた。そして彼女を待っている、ガスマスクを外した集団に向かって歩を進めた。

 

「シーン」

「へ……?」

「名前。それじゃ、早く戻らないとクライアントにどやされるから」

 

 シーンに手を伸ばした。朝日に手を伸ばすみたいだった。

 

「待って! あなたたちをあんな位置に配置するような会社、やめたほうがいいですよ。まともな会社はもっとあります」

「いいや。私はもう、普通には戻れない。レールから外れちまったんだ。だったらそれなりに、地道にやってくんだよ」

 

 朗らかに笑い、ひらひらと手を振りながら彼女は歩き去った。

 

 

 私はしばらく佇んでいた。普通でない人を愛さずに受け入れてくれる施設があるのかもしれない、なんて陶酔に似た想像をしながら。

 我に返って首を激しく振った。生き方を変えない範囲で変われるのなら、私も変わりたい。

 

 現在の両親の場所を聞きたくて、先生に連絡を取ることにした。

 

 スラックスを漁った。スマホを取り出してロック画面を解除する。ロック画面にはツーショット、ホーム画面には四人で出かけたときに取ったプリクラが設定されていた。

 

「あ……」

 

 モモトークを開いて固まる。完全に連絡を忘れていた。冷や汗がどっと吹き出る。

 五○件以上の鬼電のすえに押しつけられた約束を違えてしまうなんて、ミカ様からあとで何を言われるか分かったものではない。

 

 どうしよう、と迷っているうちに遠くからイチカの声が聞こえてきた。草原からこだましてきそうな声が、私の心がどこにも行かないようにそっと抱きしめてくれる。力加減は私の望むものではないけれど、イチカにとってはきっとそれが一番いい力なんだと思う。

 

 走ってきたイチカが膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。

 

「もう、探したんすよ!? 何してたんすか!?」

「……えへへ、今、連絡しようとしていたんです」

 

 私はイチカにそっとくっついた。「汗のにおいが」と喚くイチカからも生きている香りがする。

 きっと、きっと大丈夫。もう少しあなたとくっついて安心をチャージしたら、私は両親と向き合おうと思うよ。会う前にちゃんとイチカに話すから、待っていてね。だから今だけは元気をください。

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