ようこそポケモンバトル至上主義の教室へ 作:せご曇(せごどん)
春。それは新しい生命の伊吹を感じる光の季節。
そして、多くの者にとっては新たな門出となる出会いの季節。
4月1日、この「バトルアカデミア」に128人の若き雄士たちが集った。
既に数千年と続くポケモンバトルの世界。日々新しい戦法が研究され、日々これまでの戦法が錬磨される。
ポケモンの数だけ、人間の数だけバトルがある。そして、その数多の人間たち、ポケモンたちの頂点に立つ者が、この世界では「チャンピオン」と呼ばれる傑物であった。
全地方において、10歳の少年少女たちに聞く「将来の夢ランキング」は、男女共に「ポケモンチャンピオン」が1位。それ程までに、バトルの世界は熱く、人々の希望が詰まっていた。
彼らが目指す先には何があるのか。彼らは目指す先へと進むことが出来るのか。
これから先の未来は、まだ誰にも分からない。
私──────スズネは、カナズミシティにあるカナズミ国際空港からカントー地方にあるタマムシ国際空港へと飛行機で移動する。
空の旅にはもう慣れている。何度も地方を飛んで、ジムバッジを集めた。そして、ポケモンリーグに挑戦してきた。
もう珍しくもなんともない飛行機の椅子に座りながら、私は「バトルアカデミア」のパンフレットに目を通す。
『最先端のバトル設備により、生徒たちのバトル力向上を全力でアシストします』
そういう文句と共に、ポケモンバトルに関する様々な設備が写真で紹介されている。
重量トレーニングマシーンや瞑想室、水中バトルを想定した水場、草ポケモン用の森林地帯など、まず一介の15歳では利用出来ないような最新鋭の設備の数々。
これらを無料で使えるのね。そう考えると、環境による言い訳は封じられることになる。
後は自分の向上心だけが鍵。私はこの学校に通って、チャンピオンになる。それが小さい頃からの夢。私は、絶対に勝ち上がってみせる。
タマムシ国際空港にやって来た私は、足早に空港を抜けてバスターミナルへと向かう。
そこには、「バトルアカデミア行」の専用の観光バスが停まっていて、私たち他地方からの新入生はそれに乗り込むことになっていた。
「新入生のスズネです」
私はバスの中にいる学校職員の人にポケモン図鑑を見せて身分確認を済ませると、バスの好きな座席に座って良いと言われる。
中程まで歩いて、適当な窓側の座席に座る。出来れば窓側の席が良いと思ったから、希望はすんなりと通った。
その後、しばらくの間はスマホで過去のポケモンリーグの戦いを見てバトルの研究をする。そうしている内に徐々に人が集まってきて、席も埋まってきた。
出来れば私の隣には誰も座らないで欲しい────そう思ったのも束の間、気付けば私の隣の座席の前に、1人の男子がやって来た。
「ここ、良いか」
「……………………」
茶髪の男子。表情は真顔で、何を考えているのかよく分からないというのが第一印象。
「あの………」
「後ろの席に空きがあるわ。ここではなくそっちに座ったらどうかしら」
私はそう言って、彼を遠ざけようとした。
「いや………その空いている席なんだが」
男子が視線を後方の座席へと持っていったので、私もそれに従って後ろを見てみる。
「ん〜………素晴らしい。今日も私は美しいねぇ」
金髪の男子生徒が、隣の座席に足を置いて優雅?に髪を整えていた。
「あれに話しかけるのは流石に避けたい」
「………………………」
正直、この男子がどうなろうとも私には関係が無い。だから、このまま無視しようと思ったのだけれど………。
「あの………身分確認を………」
「あぁ? 何だてめぇ」
「ですから、身分確認を………」
明らかにガラの悪そうな、身長180センチを超える大男がバスに乗り込んできた。
もしあの男が隣に座り込んできたら…………非常に不愉快な旅路になりそうね。
「…………座るなら早く座りなさい」
「良いのか」
「二度は言わないわ」
そう言って彼をひと睨みすると、彼はそのまま私の隣に座った。
これは仕方が無いこと。あの大男の隣にならないための必要経費。
私はこの学校で、誰とも群れる気は無い。それはこの男子も例外ではない。今までの甘さを全て捨てて、本気でチャンピオンを目指す。
「そういえば名前を聞いていなかったな。教えてくれないか」
「…………………………」
「あの」
「そういう時は自分から名乗るのが筋ではないの?」
話し掛けられて鬱陶しいと思った私は、彼に配慮せずに言葉を投げ掛ける。
「……それもそうだな。オレはキヨタカ。シンオウ地方から来た」
キヨタカ………キヨタカ……………シンオウ地方のキヨタカ……………。
特に名前に聞き覚えは無いわね。公式大会で上位成績を残してきたという生徒では無いと思われる。
学校側がどういう基準で生徒を選んでいるのか、分からない。
「……………スズネよ」
そうとだけ短く答えた。これでお互い最低限の情報は知れたし、もう会話は必要無いわね。
「そうか。スズネ、ありがとう」
「……………………」
それから1時間。アラゾメシティまではバスで移動したけれど、その間にキヨタカくんが私に話し掛けてくることは一度も無かった。
余計な会話が無かったことだけは褒めてあげても良いわね。
そして、ついにアラゾメシティに到着した。
私はバスから下りると、足早にその場から移動する。もう誰ともくっつきたくはない。
大きな校門を抜けて、私は「バトルアカデミア」の中に足を踏み入れた。
この「アラゾメシティ」は、バトルアカデミアのために創られた学園都市。シティ内の全域が、バトルアカデミアの設備となっている。広さは200万平米となっていて、非常に広大な敷地と言える。
まずはクラス。どこのクラスに振り分けられたかは、学校近くの掲示板に貼り出されているという。
それにしても…………桜の花が凄い勢いで散っていくわ。綺麗ではあるんだけど、何だか儚くもある。
掲示板前に着いた私は、自分の名前がどこにあるかを確認した。
「1年…………Dクラス…………」
AクラスからDクラスまで、4クラス合わせて128人。1クラスあたり32人が在籍している。
有名なトレーナーがいないか、他クラスも含めてチェックしてみた。
「…………!! 1年Aクラス………アリス…………」
名前が同じ別人でないのなら……………私はこの生徒を知っている。忘れもしない、カロスリーグの準々決勝で…………やめましょう。
そんなことを今思い出してもしょうがないわ。
何だか惨めな気持ちになってしまったので、私はそれ以上深く掲示板を見ることはしなかった。
スズネはバスを足早に下りていき、オレとの距離は離れていった。
なんとも、神経質そうな女子生徒のようだ。随分と気張っているようだが、疲れたりしないのだろうか。
まぁ、オレには関係無いか。オレのやることは既に決まっている。
だが同時に、久々にあの施設から外へ出たので、外界への興味、関心もあるにはある。その意味では、最初の観察対象としては悪くない相手だったかもしれない。
それにしても、この赤いブレザー。白い服しか着ていなかったあの施設とは似ても似つかない。新鮮な感覚を悪くないとオレは思っていた。
「見に行くか」
オレは掲示板までゆっくりと歩くことにした。
掲示板で確認したオレのクラスは「B」。1年Bクラス。念の為スズネのクラスも見てみたが、彼女は1年Dクラス。オレとは別のクラスだったようだ。
だが、そう遠くない内にまた顔を合わせることになるだろう。クラス分けとはいっても、仲良し小好しの学校じゃない。クラス同士での戦いは無く、あくまでも個人でのレベルが物を言う学校とのこと。
他クラスとの
さて、遅刻はしたくないし、入学式場に向かうとするか。
入学式は厳粛な雰囲気のホールで行われるみたいね。
既に会場ではクラスごとに座る場所が決まっていて、私は指示通りにDクラスの位置のとある席に座った。
周囲を見てみると、見覚えのある顔が……………あまりいないわね。
あのキヨタカくんの姿も見えなかった。別のクラスになったのかしら。もしそれならそうで、特に気に留めることもないけど。
少しして、私の隣に誰かが腰を下ろした。
「……………あっ!」
その男子生徒は、少し大きめの声をあげる。私の顔を見て、よね。
私に見覚えでも?
「あなたは、カロスリーグで当たった………」
「え………」
私はその男子生徒を初めてちゃんと目に入れる。
「…………!! もしかして……ショータ……くん?」
「はい……! 覚えていてくれましたか……!!」
褐色で緑色の髪をしたこの男子生徒は、ベスト16の試合で私と戦ったショータくん。3vs3の試合で、私は彼に1体も倒されることなく完勝した。
「あなたも推薦されていたのね」
「はい………まだまだ未熟だと思っていたのですが、まさかポケモンリーグが見ていてくれたなんて………」
彼と私は、多分キャリアが違う。ショータくんは、1回戦2回戦共に同じような初心者トレーナーと当たって、運良く勝ち上がったという感じの対戦相手だった。
でも、ひたむきに戦術を研究しようとするその姿勢は嫌いじゃない。むしろ好感触を抱いていた。
「スズネさん、これから頑張りましょう! 僕も、入学するからにはトップを狙いますよ」
「ええ。私も負けないわ」
この学校に来て、私は初めて笑った気がする。
それからしばらくすると、入学式が始まった。ホールの壇上に現れたのは、40代ぐらいの男性。にこやかな笑みを浮かべた糸目の男性。
「ようこそバトルアカデミアへ………私はこの学校の学長を務めておりますツキシロと申す者です。以後、お見知りおきを………」
ツキシロ学長は、私たちに深々と頭を下げた。
「さて、皆さんはこの学校にポケモンバトルを学びに来ました。ポケモンバトルとは、今この世界で最も楽しまれている競技。競技人口は他のスポーツを圧倒的に凌ぎ世界1位。全世界の子供たちの将来の夢の1位にも『ポケモンチャンピオン』が堂々と名を挙げています。皆さんの中にも、チャンピオンを目指す方々は大勢いらっしゃるでしょう」
その通りね。
私も、その内の1人なのだから。
「ですが、それはつまりライバルも数多く存在するということ。何億人、何十億人という人々の中で、たった数人しかチャンピオンは存在していません。四天王ですら、世界人口から見れば全体の一体何割になるのでしょうか。皆さんが挑戦しようとするのは、そういった遥か高みにて座する、言わば『覇王』」
覇王。
その言葉に、私は息を呑んだ。
「そしてこの学校の目的は、そんな『覇王』を創り出すことにあります。皆さんには覇王となっていただくための環境、経験を惜しみなく提供するつもりです。ですが………」
ツキシロ学長の目が少しだけ見開かれた。そこからのぞかせる瞳が、私にはどこか不気味に見えてしまう。
「厳しいようですが、全員にその資格があるとは思っていません。それだけ勝負の世界は残酷なのですから………故に」
バン。
大きな音と共に、会場の出口の扉が開かれた。
「皆さんには今、選択肢を与えましょう。これから先、皆さんはもしかすると『こんな学校になど入らなければ良かった』と後悔するかもしれません。泣いて自己の選択を悔い、二度と立ち直れない程の傷を心に負うかもしれません。したがって、もしこの話を聞いて入学を躊躇する思いが欠片でもあるのならば、是非お引き取り下さい」
「…………は」
私は、間の抜けた声をあげてしまった。私だけじゃない。何人もの生徒たちが、同じような声を口から漏らす。
「私はその選択を決して軽蔑したりはしません。自己の身の丈を理解し、己に合った成長速度を顧みる。それは『賢い』選択なのですから」
ツキシロ学長はそう言ったけれど、立ち去る者は誰一人としていない。立ち上がろうとする者すらいない。
そんな事は百も承知よ。
この5年間、私が何度涙を流したと思っているの。一生分は泣いたつもりよ。
今更、そんな風に脅されたって何も響かないわ。覚悟なんて、最初から決まっているのだから。
「…………宜しい。皆さんの覚悟、しかと受け取りました」
すると、入り口の扉が閉まっていく。
「それでは歓迎いたしましょう。遥々このアラゾメの地へと足を踏み入れた猛き若人たちよ!! ようこそ、ポケモンバトル至上主義の教室へ!!!!!」
ツキシロ学長は、仰々しく両腕を大きく開いてみせた。
私たち全員に、心からの歓迎の意を示すために。
────この時の私たちには分からなかった。ツキシロ学長が言っていた言葉の、本当の意味が。
「頂点に立つ」「夢を叶える」…………それが、どれだけ難しくて、どれだけ辛くて………どれだけ苦しいことかを。
この時の私は、まるで理解していなかった。
独自設定・独自解釈
・アラゾメシティ
本作オリジナルシティ。名前の由来は退紅(あらぞめ)から。
人工島の上に創られた街であり、全域がバトルアカデミアの敷地内となる広大な学園都市。最寄りの都市はクチバシティ。
・カナズミ国際空港、タマムシ国際空港
本作オリジナル施設。
名前の通り、各地方を行き来する空港が存在している。
・スズネ
よう実のヒロイン、堀北鈴音のポケモン版。
ホウエン地方のミシロタウン出身。年齢は15歳で、10歳から5年間、様々な地方を1人で渡り歩いた。その過程で料理の腕も上達した。排他的で孤高を地で行く性格は相変わらずである。
・キキョウ
櫛田桔梗のポケモン版。
ホウエン地方のミシロタウン出身のコーディネーター。
原作同様裏表の激しい性格だが、スズネには裏の顔を知られている。幼馴染で腐れ縁のような関係だが、スズネは一応キキョウのグランドフェスティバル優勝について祝いの電話を入れているので険悪という仲ではない。
・ショータ
アニポケXYにて登場したサトシの後輩ライバル。本作では15歳となっている。
・キヨタカ
綾小路清隆のポケモン版。15歳の男性ポケモントレーナー。
「ホワイトルーム」という施設と関係がある。
・ツキシロ学長
月城理事長代理のポケモン版。本作では代理ではなく正式に学長となっている。タケシのような糸目は変わらず。