艦隊ですとらくしょん   作:名もない村人

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第一話

自分の生涯を賭してでも手に入れと思う存在を見つけた時、人間は自分の同一性を確立することができる。その結果、例え暗い水底を覗き見ることになろうとも。

 

 

-とある鎮守府外壁に残されていた文字-

 

 

 

人類が深海棲艦と戦い始めてからどれ程の月日が流れたのだろうか。

艦娘という存在が対抗手段として現れたにも関わらず、人類は既に海の半分近くを失っている。私も”提督”と呼ばれるようになったのは随分昔の話だ。だというのに人は変わらない、変わろうともしない。こんな時にまで人間同士で争っていたってなんの利益にもならないだろうに。

 

 

はあ、やってられん。と愚痴るように溜息をついた。無駄に豪華な部屋内で近くにいる何人かが咎めるような視線を送ってはくるが、内心は似たようなものなのだろう。口にだして注意してくる者は一人もいなかった。

 

 

眼前で繰り広げられてるのは結論の決っている会議だった。差異はあれども似たような服装の人間が、長机を挟んで似たような論争を繰り返している。彼らはいわゆる”派閥”に属している人間達であり、次の侵攻作戦の担当はどうだの、新規に獲得した資源の分配がどうだの、新造艦の配備先がどうだのを決めようとしている。私のような派閥に属していない人間は、椅子を壁際まで持っていって壁の花よろしく膝に肘を立てて顎を支えながら話を聞き流していた。

 

 

正直どうでもいい。いや、よくはないのだがさっきも言った通り結論はでている。侵攻作戦の担当は実績のある岩波提督と岸辺提督が共同で当たることに決まっているし、資源の分配はそれぞれの地域に応じた数値が毎月補給されるように予め定められている。新造艦にしても前線で補充の必要な提督か、後方の新米提督に送られるだろう。

 

 

目の前で言い争ってる派閥は困ったことにその殆んどが、前線を知らない連中だった。提督とは名ばかりの、秘書艦だけを引っさげた連中。後方でぬくぬくと補充物資を輸送することだけを考えてくれていればよかったのに、数人の馬鹿が協力して前線で功績をあげた新米提督を旗頭に派閥を組み上げてしまった。そしてそれに対抗するかのように似たような派閥ができるまではそう時間がかからなかった。お陰で彼らは態々前線近くの鎮守府で行なわれる定例報告会に出張ってきて、終了予定時刻を四時間も更新しているのである。

 

 

そんな部屋の中に扉を叩く音と、若い女の入室許可を求める声が響いたのはちょうど側に控えている自分の秘書艦を務める不知火へと砲弾を連中の中央にぶち込め、と指示を出そうか本気で迷い始めた頃合いだった。

 

 

2

 

 

入口近くにいた提督が許可を出すと、入ってきたのは部屋にいる連中と同じ服装をした人間。長机を挟んで議論している連中とは纏っている空気が違う、前線を経験している”女性”提督だった。

 

 

世は男尊女卑。というわけでは無いのだが、軍という環境は女には忌避されがちである。最近では深刻な人材不足故に、前線勤務限定ではあるものの女性兵士に対する優遇措置を設けてすらいる。そのお陰か徐々に数は増えつつあるが、やはり絶対数は少ない。何よりも驚いたのは彼女の服に下げられている階級だった。私より数個上。と言うよりこの場にいる数十人の提督の中でも上から数えた方が早いだろう。女性提督で佐官階級、となると思い当たる人物は一人しかいない。

 

 

手入れもしていないぼさぼさの黒い長い髪。よく焼けた褐色の肌。突き刺すような部屋の視線を受け流す不敵な笑み。そして鼻の上にちょこんと乗った愛嬌のある丸メガネ。長い髪と僅かに膨らんだ胸がなければ、男と間違えていたかもしれない。

 

 

極東の”獄長”、東郷美空。

 

 

深海棲艦の”巣”を潰した実績がある数少ない提督の一人であり、一部の提督からは君子危うきに近寄らず、と評される女性提督。

 

 

彼女は長机の前まで歩いていって値踏みでもするかのように部屋を見渡した。一瞬目があったが特に感じることはなかったらしく、直ぐに目を逸らされた。

 

 

「君が報告会に来るとは珍しいな、東郷」

 

 

疲れ気味に口を開いたのは、この既に体をなしていない報告会のまとめ役である三滝提督だった。彼はこの定例報告会の中で一番階級が高く、本人も頼まれたら断れない人種であるがために色々な厄介事を押し付けられた人物である。今だって一部提督からのお前があれの相手しろよ、と無言の圧力を受けての発言だった。

 

 

「新種が出たので仕方なくご報告に。これ資料と写真ですから後はお願いしますね、三滝提督」

 

 

とてもじゃないが上官に対する立ち振る舞いではなかった。傲岸不遜、我が道を行くと言わんばかりの態度。そしてそれを咎められる者もこの場にはいない。なるほど、彼女が報告を書類に纏めて送りつけて寄越すのは連中の不毛な話し合いを避けているからだとばかり思っていたが、これが理由か。彼女の戦果と担当海域を考えると口をだして臍を曲げられても困るといったところだろう。もっとも、彼女の腹は黒い鋼鉄で覆われてそうだけど。

 

 

何処かずれた感心を抱いている私を他所に、会議室は叫び声に包まれた。何せ新種が出現したのだ。当然の反応である。新種の深海棲艦など、此処数年は聞かなかった話だった。

 

 

艦種は、外観は、兵装は、場所は。他の鎮守府にも報告を回さないと、くそ悪魔め仕事を増やしやがって。無言でじゃらじゃらと無数の錠剤を取り出し、飲み込んで青い顔をしながら唸り始めた三滝提督を背に、東郷提督は愉快で堪らないとばかりに笑みを浮かべて部屋から出て行った。本気で資料と写真だけ渡して三滝提督に全てをぶん投げていくつもりらしい。

 

 

私は資料と写真の複製に走る三滝提督の秘書艦を眺めながら、不知火に珈琲を入れてくれ、と指示を出すことにした。それと今日は帰れなくなりそうだから鎮守府に連絡も、と。まだ日も落ち切らぬ、夕暮れ時だった。

 

 

3

 

 

あれから凡そ十八時間。その前の報告会と不毛な会議をいれて椅子に座り続けること二十五時間。ようやく連絡作業が終わりを告げた。提督という仕事柄、眠らぬことにも座って作業するということにも慣れてはいたが、流石に二十五時間は苦行である。側で控えていた不知火が立ちっぱなしでありながらも涼しい顔をして肩を揉んだり珈琲を注ぎ足してくれていなければ、私は間違いなく途中で逃げ帰っていた自信があった。派閥の連中に始めから何も期待していなかったが、彼らを除く十数人の提督達の内、最終的に会議室に残っていたのはたったの六人である。その他は会議に一区切りがつき、いざ他の鎮守府への連絡をしよう、という段階で逃げ出していった。

 

 

私もできれば彼らと同じく仕事を他の提督に押し付けて逃げたかった。ただ不幸にも私が座っていた席は三滝提督に程近く、隣に堅物で知られる岩波提督が目を光らせ、どうにか二人の目を視線を誤魔化して逃げ出そうとした矢先に、岸辺提督が出入り口を封鎖していたのだ。

 

 

岸辺提督とか普段ちゃらんぽらんの癖に、なんで仕事だけは真面目にやろうとするんだ。秘書艦にちょっと煽てられたくらいで無駄にやる気だしやがって。その内飲み物に睡眠薬混ぜてあんたんとこの第四艦隊に突き出してやるからな、覚えとけよ。

 

 

因みに岸辺提督の所の第四艦隊は艦娘で構成された艦隊ではなく、通常艦船と海兵で構成された輸送艦隊である。あそこの第四艦隊は同性愛者が多い、というのはここ周辺の鎮守府では有名な話だった。

 

 

幽鬼のような面持ちで会議室を出て行く他の提督達ではあるが、まだ後処理があるからと三滝提督と岩波提督はまだ残って仕事をするつもりらしい。未だ厳めしい表情を崩そうともしない岩波提督と、最早顔色が死人の如く土気色をしている三滝提督を置いて私は岸辺提督と外に出た。

 

 

歩くことすら億劫ではあったものの、横で岸辺提督が秘書艦といちゃこらしているのを見せ付けられれば、自然と早足にもなるというものだ。最も、背の高い岸辺提督は歩幅が広く、彼の秘書艦も背の高い娘であったが故に距離が離れることはなかったのだが。

 

 

一方私の秘書艦はというと澄まし顔で駆け足になりながらも私達の艦隊向けに新種の資料をまとめ、対策と今後出現する可能性がある予測地点を割り出している。有能過ぎて涙が出そうだった。

 

 

「あ、そういえばさ」

 

 

ふとあと少しで外だというところで、桃色空間を展開していた岸辺提督が何かを思いだしたかのように足を止めた。

 

 

「次の侵攻作戦で俺と岩波提督、共同で北の海域のお掃除するんだけどさ。つっちー、その間留守の基地頼めない?一応留守番役の提督が送られてきたけどなんか頼りなくてさー」

 

 

一応まだ軍の敷地内だというのに服を着崩したちゃらんぽらんがそんなことを言い出したのを、私は聞かなければよかったと内心愚痴った。

 

 

「様子見にくるだけでもいいから、頼むよつっちー」

 

 

つっちー、とは非常に残念ながら私のことである。土屋元春。それが私の名前だった。どこにでもいる雑多で平々凡々な提督。それが私だ。つっちーなどと気軽な呼び方をしてくるのはこのちゃらんぽらんくらいなものだが。

 

 

そして階級社会である軍において、自分より階級が上の人間の”お願い”は強制力を持つ。ここで例え嫌だと断わっても目の前のちゃらんぽらんはお願いを命令に変えて、本部を通して通達を私の元へ届けるだけだろう。お願いとして聞くだけ貸しにできるのだからそちらの方がまだ幾分かマシだった。

 

 

「……ええ、まあ構いませんが。後任の提督、そんな酷いんですか?」

 

 

彼の担当している鎮守府は南の前線、前線から一歩足を引いた場所にある私の鎮守府から遠くもなく近くもなくといった場所に存在する。正直な話、気軽に様子を見に行けるといった場所関係ではない。後任が送られてきているのだから任せられるのならば全部丸投げするのが一番だった。

 

 

「うーん、酷いというよりは新米って感じかな。こっちの第二艦隊とあっちの第一艦隊と第二艦隊で演習させても五分と持たなかったし。多分後方鎮守府周辺海域で経験積んで、数合わせに放り込まれたんだろうな」

 

 

本部も何考えてるんだか、と岸辺提督は前線の提督ならば全員が満場一致で抱いているあろう内心を吐露した。下手に誰かに聞かれていれば問題になりかねない発言である。私は慌てて周囲に人影がないか確認し、妖精が何匹か浮いてるだけなのを見て安堵した。

 

 

「人が足りないのはどこも同じですからね。それにしてもこの時期にあの海域へ新米ですか」

 

 

ともすれば厄介払いに見えなくもない。私と岸辺提督は担当している鎮守府こそ違えど、場所が隣あっているためか演習をよく行ったり、共同で遠征を行なうことが多々あった。そのせいでつっちーなどと不名誉な呼び名をつけられているのだが、まあそれはいい。問題は海域である。

 

 

結論から言ってしまえば私と岸辺提督の担当している海域の一部は被っていた。というのも他にも複数人の提督が警戒すべき海域として、それぞれが定期的に艦隊を派遣し異常がないか確認作業を行っている。本部が認定している格付けでも”星五”と評価された要注意海域。それが岸辺提督が担当している鎮守府が置かれている海域だった。正直、通常艦船でも相手ができるような深海棲艦しか出現しない後方で経験を積んだ提督がやっていける海域ではなかった。勿論、経験を積ませる目的がある可能性は否定できないが、それにしたって先任の提督が指導すればの話である。数だけ揃えたのだろう艦娘で艦隊を組ませ、指揮官となる提督が尻についた殻も取れていない雛鳥で勤務地が前線とくれば、それが例え鳳雛である可能性を考慮しても間違いなく深海棲艦に蹂躙されるだろう。

 

 

「北には第一艦隊と第二艦隊連れて行くつもりだし、第三艦隊は来週から二ヶ月くらいの遠征が決まってる。第四艦隊じゃ深海棲艦の相手は出来ないしな。定期の見回りはともかく、留守番くらいなら任せられるだろうって期待してたんだけどなあ」

 

 

あれじゃただの餌だわ、と岸辺提督は愚痴った。鎮守府自体、多少の防衛設備はあれども群れを成した深海棲艦に襲撃をかけられることを想定していない。それ以前に周辺海域を哨戒して、危険があれば排除しておくため艦隊を複数編成することが許可されているのだから。今回は哨戒を任せようものなら後任殿の艦隊は海の藻屑と消えそうである。

 

 

私は今日何度目になるかもわからない溜息をつきながら、第二艦隊にそちらの鎮守府周辺の哨戒を手伝わせます、と答えた。暫くは新規資源獲得とための調査に向かわせようと思っていただけに、溜息は深いものとなった。こうなれば代わりの資材を岸辺提督に集るしかあるまい。

 

 

幸いなことに有能な我が秘書艦である不知火は、瞬時に今回消費される資材と遠征で得られる予定だった資材を計算し、岸辺提督の元に正式な書類として突き出した。僅か一分足らずとは我が秘書艦ながら惚れ惚れするような速さである。北で資材を消費することを考えて、計算を後回しにしようとしていたのであろう岸辺提督も余りの速さに頬が引き攣っていた。いつも戦果をあげて報酬として本部から送られてくる資材を山程溜め込んでいるのだからこれくらいは是非気持ち良く払ってもらいたいものだ。もっとも、本来の数値より五割増しに近い額を彼女が素知らぬ顔で要求していたと知ったのは後の話なのだが。

 

 

少しでも額が下がらないかと奮闘していた岸辺提督ではあったが、不知火には勝てなかったようである。最初に提示された額で渋々判子を押すと、岸辺提督はどこか意気消沈した様子で隣の秘書艦に慰められながら帰っていった。多少は憂さが晴れたでしょう、司令。とニコリとも笑わずに言ってのける様は流石我が艦隊唯一無二の秘書艦様である。洋菓子に黒胡椒をぶちまけてやった気分だな、と返して私と不知火は来た道を戻ることになった。担当鎮守府に連絡をし、岸辺提督の鎮守府に資材を受け取りに行くついでにあちらの後任殿と顔合わせをしておけ、と第二艦隊に指示を出すために。




最近艦これ触ってないなあ……
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