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予定外であった連絡を終えて外に出た時には既に時刻は深夜を過ぎていた。白く染まり始めていた空をぼうっと眺めていると、ぶるりと身体が震える。館内では気になるほどでもなかったが、この時間帯は流石に肌寒い。そんな私を見てどこからともなく薄手の外套を取り出して羽織らせてくれる不知火。彼女にありがとう、と感謝しつつそっちは寒くないのか、と問うと艦娘ですので、と返された。そういえば氷の海へ遠征に向かった時も彼女はこの服装だったな。未だ謎の多い艦娘達である。そんなこともあるのだろう、と私は納得した。
さて、話は変わるが提督が鎮守府を離れる場合、基本的に移動する手段は自前のものを用意することになっている。幾つかあるが、前線で多いのは人員は船舶に乗り、艦娘は護衛として周囲を哨戒させながら移動する方法だろう。前線で絶対にやってはいけないのは、提督一人の移動ならと秘書艦に横抱きにされて移動することだ。後方勤務の提督はよくこの方法を取るが、前線では自殺行為とされていた。理由は言わずもがな、数十の深海棲艦に囲まれて嬲られるからである。研究の結果、殆んどの深海棲艦は考える知能を持たないとされている。しかしそれが脅威ならない理由になるかと言うとそうではない。やつらは”狩りの仕方”をよく知っているのだ。追い詰め、包囲し、数で蹂躙する。深海棲艦が現れた当時、”知能ナシ、危険度低”と判断された結果、多くの人命と船舶が海へと還ることになった。
とはいえ、かく言う私も秘書艦である不知火に横抱きにされての移動は何度か経験している。危険性さえ考慮しなければ僅かな燃料と少ない移動時間で済むし、何より足回りがいい。移動先で補給を繰り返す必要もなければ、船の整備を待って足止めを食らうこともない。もっとも、一度痛い目を見てからは二度と前線では行わないと堅く心に誓ったが。
……あれは岸辺提督が作戦に参加した報酬として本部から試作機が送られてきたから見に来ないか、誘ってきた日の帰りだった。ちょうど移動に使っていた船舶の炉の調子が悪く、整備に時間がかかるとのことで不知火に頼んで二人で岸辺提督の鎮守府まで移動した。試験飛行が終わって岸辺提督と試作機についてああだのこうだの言い合っていたら気が付けば時刻は夜。時間も遅いから止まっていけ、との言葉に翌日には他提督との演習があるから、と返して夜の海へ出ようとする。岸辺提督もそれなら途中まで送らせる、と食い下がったのだが最終的に私は断わった。
当時、西の海で敗戦が続いていたせいで本部から送られてくる資材の供給量が減っていたのだ。そのためそちらに多く資材が回されて、東の海であるこっちの鎮守府では何処も資材不足だったのである。岸辺提督も本来なら作戦の報酬は試作機ではなく、資材が送られてくる予定だったらしい。それを先程本人から聞いていたばかりの私は、余計な負担はかけたくないから、と断わりを入れた。
不知火に横抱きにされ、出港したのは風もない静かな海だった。月明かりが雲間から差し込み、ある種の神聖的な雰囲気さえ感じられるほどだ。これなら楽に帰れそうだな、と不知火に身体を預けている内に私は微睡みに落ちていく。
……ひゅいい、と何やら風を切るような音で目が醒めた。気が付けば熟睡してしまっていたらしい。すまん眠っていた、と不知火にかけた謝罪の声は、音にもならず瞬く間に掻き消された。その原因は異様な速度だった。私が眠っていた間に何かあったのか、不知火は恐らく全速力と言っても過言では無いほどの速度を出して海上を駆け抜けている。彼女も私が起きたことに気が付いたのか、何か口を開いていたが聞き取ることはできず、先程と同じく音が後ろに流れていってしまったようだった。僅かな風切り音以外まったく音が聞こえない速度。戦闘機で似たような現象があると聞いた程度の知識しかない私だったが、不知火がこれほどの速度を出せるとは知らなかった。
書類上の性能もアテにならないものだな、と私が考えていると不知火が徐々に速度を落とし始める。前を見ると進行方向に何やらぽつぽつと光のようなものが見えた。何か、ゆらゆらと揺れているような……
「司令、不知火の不手際です。逃げ切るのに失敗しました」
ある程度光から離れた場所で停止した彼女が、珍しく落ち込んだような声色でそう言った。見れば本当に落ち込んだ顔で申し訳なさそうにしている。どうやら囲まれてしまったらしく、突破するために交戦許可を求めているようだった。
「そうか。交戦を許可する。任せたぞ」
言外に私は何もできないからな、と含ませた私の言葉に彼女は不知火にお任せを、と実に頼もしい返事で答えてくれる。そしてどこからともなく幾つもの砲台と砲塔が現れて、彼女の背後に展開していった。
私は今まで演習や海戦で一度も彼女が被弾した姿を見たことがない。小柄な体躯で果敢に切り込んで例え戦艦相手でも懐に潜り込み、砲撃を叩き込んでいく。だからだろうか。そんな彼女の高い技量を何度も目にしていた私は、多少深海棲艦に囲まれていたとしても突破は出来るだろうと言う信頼があった。ただ一つの不安要素と言えば、お荷物である自分の存在か。
彼女が砲撃戦の用意をしているのを見ていると、不意に辺りが完全な闇に包まれてしまった。どうやら月が雲の中へと隠れてしまったらしい。これならこちらに分があるかもしれん、と考えていた私の目に飛び込んできたのは”絶景”だった。
想像して見て欲しい。延々と続く闇の中、深海棲艦共が放つ鬼火が水平線の彼方まで無数に揺らめき燃えている。言葉を失うほどのその数は、絶望的でありながらも幻想的で筆舌に尽くし難い海の上の星空。私の中でもう二度と見たくない光景のひとつである。
思わず死を覚悟した私だったが、不知火はそれを見ても顔色ひとつ変えることなどなかった。耳当てを取り出して私に装着させると、私を安堵させるかのようにぎこちない笑みを浮かべたのだ。
「怖いのなら目を閉じていても構いませんよ、司令。不知火は期待に応えてみせます」
彼女はそう言って周囲に浮かんでいた砲塔の向きを正面へと揃えると、徐々に近寄りつつあった鬼火達の中央へ砲撃を叩き込んだ。直撃したのか、海上に爆炎があがる。
「第十八駆逐隊、不知火、出る」
直撃した深海棲艦は炎を上げて動きを止めていた。その炎に照らされて姿が露わになった他の深海棲艦へと、彼女は接近していく。
「沈め」
不知火の姿に気がついた深海棲艦は回避行動を取ろうとしたが、不知火がそれを許すはずもなかった。避ける間もなく接近し、近距離から魚雷を叩き込む。恐らく重巡級と予想される深海棲艦は悲鳴と共に爆発に呑まれて炎に消えた。それに続くように不知火の機銃が金切り声をあげて、周囲で爆音がなり響く。どうやら空母級が発艦させてきた艦載機を不知火が撃墜した音らしい。がこん、と装填音がして不知火は再び魚雷を発射した。今度は先程よりも一際派手な爆炎だった。どうやら空母級か、戦艦級辺りの大きい艦船に着弾したようだった。爆発を繰り返しているのを見るところでは戦艦級の弾薬庫にでも当たったか。
ぐんっ、と不知火が加速する。途端近距離で連続して着弾音。どうやら今ので連中もこちらの位置に気がついたらしい。周囲の深海棲艦が一斉に砲撃を開始し、瞬く間に砲火で海上が染まる。それでも彼女は怯むことすらなかった。
不知火は砲台を左右に移動させ、自らの砲撃の反動を利用して降り注ぐ敵艦の砲撃を回避。機銃が焼け付くのも構わないとばかりに撃ちっぱなしで次々と迫り来る魚雷と艦載機を迎撃し、進路上に深海棲艦がいれば加速して突っ込み、魚雷を避けることのできない距離から急所に直撃させる。さながら英雄譚の如く軽々と包囲を食い破って突き進む姿は北欧の神話で語られる戦乙女のようであった。
……一部始終を見ていたかのように語っておいて恥ずかしい話なのだが、私は不知火の滅茶苦茶な戦闘機動によって途中から気絶していた。起こされた時には鎮守府にある自室の寝の上で、ちょっと煤のついた不知火が司令の負担を考えていませんでした、と申し訳なさそうにしていて艦娘って凄いんだな、と感心してしまったほどだ。この後他の艦娘達にこの話をしても作り話か何かだと思われたが。
5
随分と話がずれたが、今向かっているのは鎮守府から乗ってきた船だ。護衛である艦娘の少女がもう一人、船の中で留守番をしているはずだった。予定時刻を大幅に過ぎているので確実に文句を言われるだろうな、と考えつつ辺りを見渡しているとふと一隻の船が目に止まる。旧式の駆逐艦だろうか。誰かが移動するために此処に乗ってきたきたのだろう艦船は未だ薄暗い空の下、凄まじい存在感を放っていた。私と不知火も思わず足を止めてその旧式の駆逐艦を眺めてしまったほどである。なんと言えばいいのだろうか。ええと、そう、こんな感じの色合いをしているものを指す言葉を最近岸辺提督に教えてもらったな。
からふる、だったか。
様々な色が入り混じって雲やら葉っぱっぽいものやら水玉やら、ただ様々な色の絵の具をぶちまけたようにさえ見える、混沌とした存在が其処にあった。というかあれは本当に軍艦なのだろうか。軍艦としての尊厳をこの上なく踏み躙っていると思うのだが。砲塔の色がそれぞれ違う砲台なんかを見ていると軍艦ではなく子供向けの玩具か何かに見えてくるから不思議だった。
私は思わずこれは酷い、と呟いたが、不知火が何を思ったのか良い改造ですね、と横で呟く。本気で言ってるのか、それとも皮肉なのか非常に返答に困る。艦娘とは時によくわからない感性をしていることを、私は長い付き合いで知っていた。
一体誰がこんなものに乗って来たというのか。興味を惹かれる反面、私の本能がじりじりとうるさく警鐘を鳴らしているのも気になる。
私は実に平凡な提督である。岩波提督のように単身で深海棲艦を仕留めてしまうような化物とは違うし、岸辺提督のように指揮能力に長けているというわけでもない。事務能力も秘書艦である不知火が私に回ってくる前に全て処理してしまうので、私は椅子に座って私の許可が必要な数枚こ書類に判子を押すだけ。正直、いくら秘書である不知火や他の艦娘が優秀であったとしても、前線に駆り出されて長生き出来るような存在ではないだろう。
そんな私が生き残ってきたのは常人よりも臆病だからだと思っている。本能が近寄るべきではないと判断したものを、私は全て避けて生きてきた。例えば着任当初に声をかけてきた他の提督であったり、新規に補充として回されて来た艦娘、本部からの呼び出しなどだ。そのせいで問題は多々あったが、結果的に良い方に転がることがほとんどだった。
その私の臆病さが、今すぐこの場から離れてこの船とは関わるべきではないと訴えている。これはよくない兆候だろう。今回も近寄るべきではないな。そう判断して不知火へと声をかけようとした私の視界をふと何かが横切った。甲板の上に誰かがいる。それに気が付いた瞬間、私の中で稲妻が駆け巡っていった。
あれを見るなと本能が叫んでいる
今すぐ瞳を閉じろ
あれに目を奪われるな
ああ、だめだ、だめなんだ
私は一度目を向けてしまった
その存在に気が付いてしまった
あれが瞳に映ったその瞬間から私は狂ってしまった
あれはだめだ
きっとあれが私のたいようなのだろう
目を向ければ瞳を焼かれ、近付こうとすれば身体は燃え尽きてしまう
それでも、あれが欲しい
私以外の誰かに奪われるくらいなら壊したいほどに
甲板上の人物は一目で艦娘とわかる出で立ちであった。桜の散らされた亜麻色の長い髪が風に揺られてたなびいている。何処か人間離れした美しさをもった顔は、決意を秘めた瞳で高い空を見上げていた。何よりも目についたのは赤い傘。大事そうに抱えたそれは、普通の傘よりも小さく、奇妙な形をしていた。砲台や砲塔が展開されていれば口径や装備から艦種まで割り出せたかもしれないが、常時展開しているはずも無い。だが、その背丈から考えて正規空母か戦艦辺りが妥当なところだろうか。
「……司令?」
寒さによる震えも忘れて甲板上の存在へと心を奪われていた私は、文字通り微動だにしていなかったらしい。不知火に呼びかけられて漸く身体が外気の冷たさを思い出し、身体が震えだしたほどだ。
何かありましたか、と言わんばかりに不思議そうな顔をしている不知火へと目を向けて、すまない、行こうとだけ告げる。ちらりともう一度甲板を覗き見てみるが、既に其処にあの艦娘の姿はなかった。
さて、困ったことにあの稲妻が駆け巡った瞬間から、私の胸の内ではひとつの欲望が確かな形をもって鎌首をもたげている。
あれを手に入れるか、壊したい
先ずは名前を知ることからだな、と私は鎮守府に帰ってからの予定を静かに決めた。
艦娘に横抱きにされて夜の海デートってのは提督なら一度は考えたがあるんじゃないかな?
戦闘シーンの不知火さんはネクストっぽい動きをイメージしたが表現が難しい……
というか書きたかったの5から先の部分で不知火さん暴れさせる予定なかったんだよなあ。
因みに彼女の戦闘シーンを考えるのに八時間くらいかかりました。しにたい。
最後に出てきたのはみんな大好きあの艦娘。
彼女を建造するために血を吐いた提督もいるかと思います。