スターピースカンパニーの事件簿   作:あずき抹茶

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【嗅覚】トパーズの飼い犬失踪事件②

 雪の匂いがこびり付いたアスファルトは歩くたびにシャリシャリと音を立てる。

 場所によっては完全に溶けて滑りやすくなり、慎重に足を進めなければズボンや靴を汚すことになる。

 しかしコートの裾に泥水が付くことを厭わず力強い歩幅の男がいた。

 

 「先生ー!」

 公園をショートカットで横切ろうとした時、オフィスカジュアルに防寒着を羽織った女が来た。

 途中、素っ転びそうになりながらも器用に走る姿はなんとも危なっかしい。

 「いきなり、どこに行くんですか、私は、先生の仕事を、記録する責任が、あるのですが」

 膝に手をつき、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

 急いで準備したであろうアウトドア用の眼鏡は荒い呼吸に同調しながら上下に揺れていた。

 

 「別に調査のために外出したわけじゃないよ、調査するべき仕事かどうかを確かめるために街に繰り出したんだ」

 〝それは調査じゃないでしょうか〟助手から漏れた呟きを無視して男は振り返って進み始めた。

 

 「事件性があると判断したなら引き返して報告するよ、それまで僕の家で寛いで良いし、そこら辺の喫茶店で休んでいても良い、領収書を切ってくれれば出すよ」

 

 「そんなこと言って、前回の事件を忘れたわけじゃないですよね」

 「いつの前回?」

 「一月前の事件です!」

 

 確かカンパニー内の不明文書を巡る事件だったか。

 最初こそ難解で複雑な予感がしていたが、真相は単に上司の凡ミスを気を遣った新人社員が隠蔽しようとしただけだった。

 

 「何度も言うけど、あれは事件じゃないよ。誤解と横着がドミノ倒しに発生しただけ」

 「謎の解明もしてない、無自覚の下手人がいたわけじゃない、公然の秘密を紐解いただけ。その後の対応の方が時間がかかったじゃないか」

 

 「何が〝その後の対応の方が時間がかかったじゃないか〟ですか。その対応をしたのは私ですよ、もうあの地獄を見たくありません」

 深い決意を秘めた瞳だった。

 アトリエに入り浸った三日三晩の死闘は彼女にそこまでのトラウマを植え付けたようだった。

 

 「頼みますから同行させてください、邪魔しないので。もう電話の着信音でノイローゼになりたくないのです」

 「、、、君の着信音が短時間で何度も変わったのには、そんな事情があったのか」

 「、、、察して下さりありがとうございます」

 

 

 

 商店街を少し抜けて、三叉路の分岐点となる一角。

 三角形の喫茶店は美味しいアイスコーヒーを出すことで有名だった。

 

 「はい、事前調査書の記入を確認しました、本日からトパーズ氏の依頼を調査しましょう」

 まだ何も始まっていないのに、大きな問題が解決したかのような達成感を醸し出していた。

 

 「何から何までありがとう、ちょうど犬が消えた場所に近い果物屋とのアポイントが取れたよ」

 

 ピスタチオのケーキとアイスコーヒー、生ハムとトマトのサンドイッチにホットティー。

 「本当にアイスコーヒーで良かったの?これから少し冷えるよ」

 「生まれつき極度の猫舌なんです、ここは居心地がとても良いので少し残念ですが長居するわけにもいかないので」

 思い返せば彼女が作ってくれた食事は常温や冷えたものが多かった。それに同じ料理でも湯気の量が明らかに違っていた事もあった。

 

 「約束した時間まで余裕もあるし、少しぐらいゆっくりしたって良い」

 紅茶の温度を確かめてから息を吹きかけ口に含んだ、茶葉の香りは湯気と共に気管を通った。

 

 「今回は果物屋さんに聞き込みするだけで終わらせる予定だからね、特に急ぐ必要もないよ」

 「なぜ一軒の聞き込みだけで終わらせるのですか、情報は新鮮なうちに得ておくべきでは」

 「もし果物屋で欲しい情報が得られなかったら準備を整えてから調査する、得られたらこの事件は事件じゃない」

 

 アイスコーヒーにミルクを注いで疑問を浮かべた彼女はそれを口に出さなかった。

 自分で考えたいからだろう、ストローを唇から離してコップを机に置くと、眼鏡を拭き始めた。

 そして悩ましげに眼鏡を掛け直し、髪の毛をクルクル回し始めた。

 

 「衝動的な犯行か、計画された犯行か、その違いですか?」

 「多くの犬は飼い主以外に警戒心を持つものです、〝身内の〟または〝対策された〟犯行であれば計画的な可能性が高い。反対に〝他人の〟または〝突発的な〟犯行であれば犬が騒ぎ、注目を浴びる」

 唇を動かしながら思考を巡らしていた。

 「果物屋の店番に聞けば、その詳細がわかるということですね!」

 

 「少し違う」

 

 

 

 「でも大元は合ってるし、犬の特性を考慮した推理は思いつかなかった、参考にさせていただくね」

 リンゴとシナモンの香ばしい湯気は、喉を通過した後も確かに残留していた。

 半分になったサンドイッチはトマトの水気を吸い取り重みを増していた。

 

 「、、、ではどのような理屈で〝果物屋に行けば事件か否か〟が分かるのでしょう」

 助手は嫌なことを思い出すかのような表情で聞いた、その口調は次の言葉を予想しているようだった。

 「うーん」

 しかしその口調•表情の意味も解さず、目線を落として数秒考えた。

 そして「まだ確かな事じゃない」とハッキリ言い切った。 

 

 「先生はさっき〝果物屋に行けば分かる〟と仰ったじゃないですか、なのにその根拠が〝確かじゃない〟というのはどのような意味でしょうか?」

 強くなった口調にやや面食らいながら答える。

 「八百屋に行く理由が二つあるからだよ

 一つ、そもそもの話でトパーズほどの職員が散歩に行く理由を知りたい

 二つ、ボディーガードの数と身なりを知りたい」

 

 「トパーズはカンパニーの中でも上位1%に入る実力者、当たり前の話、給料も天文学的な数字になっている。

 カンパニーに恨みを持つ者など、そこら辺にいるのだから、わざわざ散歩のために襲撃されるリスクを取るなど馬鹿げている。

 土地でも買い取って散歩コースを作ればいいのだから、襲われるリスクやボディーガードの負担を鑑みれば前者の方が合理的になる。

 それほどに十の石心はカンパニーの中でも価値のある存在になっている」

 

 「もしトパーズが何かしらの目的があって故意に犬の誘拐を許したのならボディーガードは信頼を置いた者、あるいは使い捨てる前提だった者に絞られると思う。

 石心のボディーガードを務められる人材も装備もカンパニーは持て余していない」

 「そして誘拐が故意ではないのなら不自然なほどボディーガードが配置されていたはず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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