1988年
ある街路を歩んでいる母娘がいた。その母親は歩きながらも人目を引いている艶のある豊かな黒髪を持った美女だった。彼女の名はベラトリックス・ブラックという。
ベラトリックス・ブラック――
彼女は魔法界において最も古く「高貴で由緒正しい」純血家系の名門――ブラック家長女だ。
なおフランスの純血家系の名門レストレンジ家の分家の人間であるロドルファス・レストレンジと結婚したが、数年してから離婚している。
彼女には闇の魔法使い集団「死喰い人」の一員であるという暗い疑惑があった。元夫ロドルファスとその弟が「死喰い人」であると判明したのがその疑惑に拍車がかかったが、根拠がない為に放置されているのだ。
暗い疑惑が纏い付いているのがかえって彼女の美しい魅力が増していた。そして――
「お母様!今日もいい買い物しましたね!」
「えぇ――お前も気に入ったものを手にできたようだし」
女の子の声掛けにベラトリックスも愛しそうに見つめる。彼女にとって大切な女の子こそが――ベラトリックス・ブラックの娘デルフィーニ・ブラックだ。
彼女は母親の美しさを受け継いでいるようで容姿端麗だ。しかも髪色は銀色に光り輝いていた。
彼女はロドルファスと離婚してから1年後に産まれた。その事から普通に考えてロドルファスが父親だと思われるが……その話は別の機会に。
とにかくベラトリックスとデルフィーニはある街に買い物に訪れてて、良い買い物ができたか満足気だった。
「用は済んだから帰ろう――!?」
デルフィーニを連れて帰宅しようとしたベラトリックスは突如鋭い面構えになる。
「?お母様?」
様子が変わった母親にデルフィーニが疑問符を浮かべるも――その場に爆発音が響いていた。
「!?お母様――!」
「私の近くを離れないで!」
デルフィーニを自身の身体を抱かせるベラトリックスは周囲を見渡す。そして――
「「「ステューピファイ!!! 麻痺せよ!!!」」」
「プロデコ!!! 護れ!!!」
周囲からの赤い閃光にベラトリックスは防御呪文を唱えた。
「っつ――何者だ!?」
ベラトリックスがそう怒鳴りつけるも、その声を無視したのか再び赤い閃光が周囲から襲いかかってきた。ベラトリックスもやむを得ずに呪文を唱え返す。
そして呪文の掛け合いが続いた。歴戦の魔女であるベラトリックスによって約10人の襲撃者が倒れるも姿の見えない襲撃者からの止む事のない攻撃にベラトリックスも少しずつ焦ってしまう。やがて――
どこから光のムチがベラトリックスに抱いているデルフィーニの腰辺りに纏い付いて、彼女をベラトリックスから離れさせた。
「お母様ぁ!!」
「!しまった!!」
愛娘を奪われたベラトリックスは焦ってしまう。そしてデルフィーニの身体を光のムチで縛り付ける男に鋭い視線を向ける。
「――何者だ?」
ベラトリックスの鋭い視線に怯まないおそらく襲撃集団のリーダーであろう男は下卑た笑みを浮かべていた。
「フフ……私こそがスペイン魔法界に伝わる由緒正しきエクストラ家当主――ヘーロ・エクストラ!」
堂々と名乗り上げるへーロに目を細めるベラトリックス。
「――エクストラ家が何の用だ……ブラック家への宣戦布告と見なしていいんだな!?」
愛娘を奪われている為に危険な雰囲気を出しているベラトリックスにへーロはヘラヘラしていた。
「宣戦布告?とんでもない!我がエクストラ家がブラック家を迎え入れる為なんですよ!」
「!?――ブラック家を迎え入れる……だと?」
訝しげなベラトリックスにへーロはニターと嫌な笑みを浮かべる。
「「聖28一族」にも数えられている魔法界において最も古く「高貴で由緒正しい」純血家系の名門、ブラック家――その血筋、我がエクストラ家にふさわしい!!」
へーロの興奮しながらの言葉にベラトリックス、そしてデルフィーニも嫌悪感を見せていた。
「貴様――私を抱くつもりか」
「えぇ、えぇ――しかし、もしもあなたが断った場合は」
そう言うへーロの目がデルフィーニを見る。その嫌らしい目つきにデルフィーニは鳥肌が立った。へーロの態度から意図を察したベラトリックスは激怒した。
「貴様!デルフィーに手を出すつもりか!」
「えぇ――幼いながらも美しき姿……たまらないですね〜」
「っつ!!」
「貴様ぁ!!!」
へーロの悍ましい言葉にデルフィーニは吐き気を感じ、ベラトリックスはますます激怒した。
そんな中、へーロの顔を嫌々ながら見るデルフィーニは思案に耽けていた。
――これが純血の血筋?……なんて…なんて――
――穢らわしい。
純血の血筋とあろう者の醜悪な態度にデルフィーニは激しき嫌悪感を感じた。
自身が縛り付けている女の子の秘めている感情に気付かないへーロはベラトリックスに迫る。
「さぁ!どうします!?――ベラトリックス様!」
へーロの問いかけにベラトリックスは歯を食いしばり――杖を放そうとした。
彼女にとっては娘デルフィーニの身の安全が何よりも大切だからなのだから――
「お母様……!」
「ンフフッ……」
ベラトリックスの態度にデルフィーニは涙を流し、へーロはニャニャしていた。そんな時
「オラァ!」
「!?ギャアアア!?」
どこから飛んできた石がへーロの杖を持つ右手に当たった。その痛みで狼狽えたへーロがデルフィーニを離した。
「――今だよ!」
「!」
いつの間にか自身の近くに現れた女の子がデルフィーニの手を掴み――駆け出した。
「あなたは……?」
「それは後!あの変態から逃げよう!」
少し戸惑っているデルフィーニを連れて逃げようとしている女の子。
痛みに悶えているへーロだが、逃げ去ろうとするデルフィーニ達を目にしたへーロは部下達に命じた。
「何してる!お前達!あのガキ共を――うがぁ!?」
へーロが最後まで言わないうちに突如2人の男女の体当たりを身に受けた。吹っ飛ばされたへーロに続いての攻撃を加えようとする男女2人を部下達が抑えていた。
「クソ!離しやがれ!」
「離しなさい!あなた達!」
そう言いながら暴れている男女を見たへーロは言い放った。
「っつ――〝穢れた血〟か!!」
「あぁ!?〝穢れた血〟!?――意味が分からねぇが……ムカつく言葉だ!そりゃ!」
へーロのその言葉を耳にしたデルフィーニは目を見開く。
――〝穢れた血〟
それは魔法界の差別語だ。そしてその対象は――
自身を助けてくれたのがよりにもよって――魔法使いではなくマグルだったという事実にデルフィーニは混乱していた。
続いて立ち上がったへーロは顔を歪めながら怒鳴りつける。
「〝穢れた血〟なら――容赦はいらん!殺せ!!」
「「「はい「おい」!!」」」
へーロの指示に部下達が従おうとし――地獄の底から響いたような声に背筋を凍らせた。へーロも冷や汗かきながら顔を青くしていた。恐る恐るへーロ達が顔を向けると――
魔女王が降臨していた。
「「「ひ、ヒィィィ!!!」」」
「――貴様ら……ブラック家にケンカを売って――デルフィーに手を出そうとしたんだ……万死に値する‼」
ベラトリックスの影がかかって見えにくい顔――の両目が真っ赤に光った!
「「「う、ウワァァァァア!!!」」」
――この日、へーロ・エクストラとその部下達は恐ろしいものを見た……
●
――あれから現場に到着した魔法省の役人達が後始末に努めていた。そんな中ベラトリックスとデルフィーニ、そしてへーロに体当たりした男女とデルフィーニを助けた女の子の3人――マグル一家は会話していた。
「――しかし、魔法使いと魔女が本当にいたとはなぁ」
「本当ね!」
「うん!すごいね!」
魔法使いと魔女の実在に驚愕するマグル一家にデルフィーニとベラトリックスは微妙な表情を浮かべていた。
デルフィーニ達は純血主義、すなわち魔法族こそが尊い一方で魔法が使えないマグルを〝穢れた血〟として見下ろしてきたのだ。そんな背景だからこそ自身達を助けてくれたマグルに複雑な感情を抱えているのだ。
「……その」
「「「ん?」」」
デルフィーニの弱々しい声掛けにマグル一家は反応し、疑問符を浮かべた。そんな人達にデルフィーニは口を噛み締め――
「怖くないなんですか!?私達の事が!?」
「――私達はあなた達をバカにしていたのですよ!魔法が使えないと!」
「――なのに、なのにどうして……助けてくれたんですか……」
そう言い、俯いているデルフィーニにマグル一家は驚きの表情を浮かべ――微笑んだ。
「……魔法が使えるとか使えないとか、それ以前の話だから――かな」
「えぇ――泣いている子供を助けない訳にはいかないのでしょう」
「うん!……あんな変態を吹っ飛ばしたかったからね!――それに魔法使いと魔女なんて……素敵じゃない!」
マグル一家の態度にデルフィーニは目を見開く。
「だから子供が気にする事はないよ」
「えぇ――子供は笑顔が一番よ」
「うん!――はい!笑顔!笑顔」
マグル一家、特に女の子の言葉にデルフィーニもつい――笑顔を浮かべた。
娘のその様子を目にしたベラトリックスはマグル一家と対峙する。
「ん?」
「?」
純粋に疑問符を浮かべるマグル一家にベラトリックスは言葉を放つ。
「……あの…その…」
「……感謝する。娘を助けてくれて……」
ベラトリックスの感謝にキョトンとしたマグル一家は微笑んだ。
「……礼はいいですよ!人は――助け合いですよ!」
「えぇ――娘さんが無事で良かったです!」
「うん!――良かったね!」
マグル一家の晴れやかな笑顔にベラトリックスも息を呑み――つい笑った。
――マグル一家は国際魔法使い機密保持法により今回の件に関しての記憶を全て消された。
●
事情聴取を終えたデルフィーニとベラトリックスは家へ続く道を歩いていた。
この時の2人の雰囲気は少々暗かった。2人は考え悩んでいたのだ。やがて――
「……お母様、〝穢れた血〟――マグルに助けられましたね……」
「……えぇ」
「……本当にマグルは〝穢れた血〟なのですのか?」
「むしろ――さっきのエクストラ家こそが〝穢れた血〟なんじゃないですか?」
「純血の血筋が尊い――なんて本当に大切なんですか?」
「っつ……」
デルフィーニのその問いかけ――愛娘の純血主義を疑うような態度にベラトリックスは――しかし叱りつけるどころか言葉が出なかった。彼女もまた今まで信じ込んできた純血主義に初めて疑心を持つようになったからだ。
それ程に純血の血筋として由緒正しい筈のエクストラ家の醜悪な行為、そして――〝穢れた血〟である筈の彼らの誠実な救護――そして純粋な笑みがベラトリックスの心を確かに震わせられたのだ。
「……そうね……」
俯いている母を見てデルフィーニは今まで築かれた自身の常識を疑うようになった。
――この日からデルフィーニ・ブラックは純血主義に疑問を抱くようになる。