思想、民族、人種、領土、宗教、etc……世界各地にてあらゆる要因で戦争が起こるこの時代。
ある時、誰かがこの時代を『戦争時代』と呼び始め、その呼び名は世界中に広まった。
国内外問わず情勢が目まぐるしく変わり続けるこの世の中、経済は安定する筈もなく、あらゆる職業や商売は先行きが見えない状況だった。
しかしそんな世の中で、身体一つで手早く稼ぐことができる『傭兵稼業』が流行りを見せ始めた。何せ、職場は世界中、命さえあれば食いっぱぐれる心配などない。
その流れにいち早く便乗したある資産家兼傭兵の手によって、傭兵稼業に継続的な秩序と利益を生み出そうと『傭兵ギルド』なるものが設立された。
傭兵ギルドは、仕事が欲しい傭兵と戦力が欲しい国や組織の橋渡し役として名を揚げ、徐々にその活動規模を拡げていた。
◇
傭兵ギルド集会所のある酒場にて、カウンター席の箸でグラスの中の液体をちびちびと飲む青年が一人。
「……マスター、おかわり。葡萄酒酒抜き」
「葡萄ジュースですね」
「安いもんしか頼まなくて悪いね。下戸なもんで」
「ははは、構いませんよ」
青年の傭兵と初老のバーテンダーが談笑してるところに、傭兵の大男がドシドシと足音をたて近づいてきた。
「おい。この前の戦場ではよくもやってくれたなぁアレンさんよぉ?」
その大男は、『アレン』いうの名の青年傭兵の隣にドシンと座り、詰め寄る。
「……『戦場での禍根を外には持ち出さない』、傭兵ギルドの鉄則を忘れたか?」
「禍根じゃあねぇさ。挨拶よ、アイサツ。お互いいつ死ぬかわかんねえ仕事してんだ。知り合いに会ったら挨拶ぐらいしたくなるもんよ」
「一杯、奢ってやるよ。俺は
「コイツぅっ! じゃあ一番高いのにしてやんよ、がははっ」
初めは険悪な雰囲気のように見えたが、軽口を叩き合う程度で彼らの関係はそこそこ良好であった。
前の戦場では彼らは敵として戦ったが、別の戦場では仲間になる可能性もあり、お互いの腕を信用し合う仲でもあるのだ。
「今日は仕事の受注か?」
「そのつもりだが、良さげなのがなきゃ酒だけ飲んで帰るつもりだ。お前のせいで報酬が減ったものの、契約金は入ってるんでな。まだ懐には余裕がある。お前が奢ってくれるから尚更だ」
依頼直後の傭兵はそれなりに金があるもので、今回アレンのせいで依頼を失敗した大男であっても、半額の契約金は収入になり、それだけでも生活に余裕ができるのだ。
「お前はどうだ? 酒が好きじゃねえ割には依頼も受けず随分ここに長居してるようだが」
「ラルフに呼び出された。また面倒な仕事だろう」
傭兵ギルドに出る依頼は、全て受理されるわけではない。あまりにも低報酬なものやまず生きて帰れない案件はギルドの方で却下されるが、そのギリギリのラインを超えない程度の“割に合わない”依頼もまた数多く存在し、そういったものは傭兵からも敬遠される。
だがしかし、傭兵ギルド代表『ラルフ』と古い仲であるアレンは、傭兵ギルドの依頼受領実績の為に、度々そういった割に合わない依頼の処理を任されるのだ。
「代表直々の御指名か。良いねえコネがあるってのは」
「腐れ縁だ。コネがあるのは否定しないが、良い仕事が入ってくるわけじゃない。代わりたいなら代わってやるぞ」
「嫌だよ。命が幾つあっても足りねえや。そういうのは全部『雑業』のアレン様にお任せするぜ」
また、アレンは依頼とは関係ない傭兵ギルド運営の為の雑務を任されることもあり、いつしかアレンは「どんな仕事も請け負う傭兵」として『雑業のアレン』と呼ばれるようになった。
「何が『雑業』だよ。他の奴は『防竜』だの『狂信』だの聞こえの良い二つ名で呼ばれてるってのに」
「『防竜』と『狂信』と……『雑業』か! がはははっ! 一つだけ名前負けしてるなぁっ! ははははっ!」
「……笑われんのにも慣れたよ。それにそういう仕事でできた繋がりも利益もあるしな」
仕事を選ぶ傭兵より、仕事を選ばない傭兵の方が信用される。仕事を選ばないということは、大きな拘りや思想がないとも言えるので、契約破棄や裏切りの心配がないのだ。
「雑業ってわけで、色んなことやらされんだろ? 仕事に好き嫌いはあったりすんのか?」
「そりゃあるさ。嫌いならやらないってわけでもないけどな」
「ほぉ〜、例えば?」
「パッと出てくるのは二つ。『採集』と────」
その時、酒場のドアがバーンと音を立てて開かれ、一人の少女が入ってきた。
そしてその少女は、アレンの方へズカズカと歩いて近づき、頭を下げながら言う。
「初めまして! あなたがアレンさんですよね! ラルフ代表の紹介で来ました! 傭兵ギルドの新人『ファリス』と申します! しばらくの間、ご指導よろしくお願いします!」
少女の緊張で少し上擦った声の挨拶を聞いたアレンは、苦い顔で隣の大男に言葉を続ける。
「────『研修』だ」