傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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『殺興』のアクナティス

 

 

「何のご用件でしょうか? わたくしたち傭兵ギルドのお仕事の邪魔ならもう遅いと思いますよ? ほぼ決着と言っても差し支えのない状況ですから」

 

 傭兵ギルドと戦争屋、敵対する組織の者同士一触即発の状況。

 ルキナは溢れんばかりの殺気を向けながらも、淡々と訊ねる。

 

「それも我々の活動の内だが、今回は違う。ただの道楽さ」

「道楽……?」

「我々の最終目標は君たち傭兵ギルドの壊滅とはいえ、今すぐにやるつもりはない。戦争時代の盛り上がりに、君たち傭兵ギルドの存在が寄与しているのは事実だからね」

 

 戦争屋の仮面の男は、ルキナの殺気を特に気にすることなく、飄々とした態度で語る。

 

「君たちの最終的な目標は戦争時代の終焉だろう? 現状は逆なわけだが、その過程で傭兵ギルドの有用性示すことで、一国の兵や軍事力の価値を下げ、最終的に戦争時代そのものを下火にする。倫理と効率を天秤に掛けた上で最適解を行使する、奴の考えそうなことだ」

 

 仮面の男が言う『奴』とは、考えるまでもなくラルフのことだろう。となれば、その人物像を知るような言動をする仮面の男はラルフと知り合いなのだろうか、とルキナは考えた。

 

「……話が逸れたね。道楽、というのは、少し目で見て体験しておこうと思ったのさ。奴が作った傭兵ギルドというものを。三傑の一人である君と相対すれば、ある程度は分かるというものだろう?」

「ある程度は分かる、ですか。理解した頃にはもうあなたはこの世にいないでしょうに」

 

 いずれにせよ、ルキナにとって殺す対象であることに代わりはないが。

 その意を示すように、ルキナは大鎌を強く握り直す。

 

「"組織"改め、戦争屋最高戦力(フゥイスト)が一人、アクナティスだ。よろしく頼む」

 

 仮面の男──アクナティスは、手から魔法剣を伸ばし、構える。

 次の瞬間、音を置き去りにする速度でルキナが動き、アクナティスの首を目掛けて大鎌を振るう。

 

「焦らないでくれ。せっかくの道楽なのだから、長く楽しもうじゃないか」

 

 しかし、大鎌がアクナティスの首を刈り取ることはできなかった。

 首にすぐ横に魔法壁を展開し、ルキナの大鎌を受け止めていたのだ。

 

(手の魔法剣は全身に展開して防御にも利用可能、ですか。しかし……)

 

「その程度の薄皮で、わたくしを止められるとお思いで?」

 

 ルキナが大鎌に力を更に込め、アクナティスの魔法壁を斬り砕く。

 

「……危ない危ない」

 

 アクナティスは言動とは裏腹に、最低限の動きで危なげなくルキナの大鎌を回避する。

 そして、ルキナに劣らぬ速度で手から伸びる魔法剣を振り抜いて反撃した。

 ルキナもまたその斬撃を回避し、大鎌を水平に薙ぎ払い、その勢いのまま身体を横に回転させながら斬撃を繰り出し続ける。まるで踊るような華麗な動きではあるが、もし常人がその斬撃の前に立てば、即座に肉体が輪切りに刻まれるだろう。踊るようにゆっくりと見えるのは、ルキナの動きが早すぎて常人の目にはそう映るだけに過ぎないのだ。

 

「速いな。だが……」

 

 しかし、アクナティスは常人ではない。

 戦争屋の最高戦力(フゥイスト)、その肩書きに恥じない卓越した戦闘力を持つ。

 現に、ルキナの高速の連続回転斬りを軽く去なし続けていた。

 

「一撃一撃に精細さが欠けている……故に、脆い」

 

 そして、アクナティスが半歩距離を取り、思い切り魔法剣を振り抜くと、ルキナの回転斬りが弾かれ、その身体が吹き飛ばされた。

 

「な……っ!」

 

 ルキナは受け身を取り即座に体勢を立て直すも、その眼前にアクナティスの魔法剣が迫っていた。

 

「く……っ」

 

 咄嗟に大鎌で受けるルキナだが、すぐにアクナティスは次の斬撃が繰り出す。まるで手品のようにアクナティスは次々と斬撃を繰り出し続け、ルキナは大鎌で受け続ける。

 先ほどとは真逆な状況、しかし唯一違う点は、アクナティスの連撃からルキナは身を守るのが精一杯であること。

 

「……先程の雑な連撃とは質が違うだろう?」

「言いますね……ッ」

 

 次第にルキナの防御とアクナティスの攻撃の拮抗が崩れる。アクナティスが斬撃が、少しずつルキナの防御を乗り越え、その身体に傷を与えているのだ。

 それは軽い切り傷程度であるが、ルキナの身体に少しずつダメージが蓄積されていく。

 

「……っ!」

 

 ルキナは地面を蹴り出し、後方に跳ぶ。一先ず距離を取って仕切り直すつもりだ。

 アクナティスはその距離を詰めることはせず、ただその場に立つのみだった。自分の方が実力が優れている、という余裕の現れである。

 

「この程度なのか? 傭兵ギルドの三傑というものは」

「……お恥ずかしながら、わたくしが三傑と呼ばれる中で一番の格下であることは否定はいたしません。正面から戦えばアレン君やジークさんには勝つことができないでしょう」

 

 あらゆる戦場に適応する『雑業(アレン)』と、あらゆる生命を超越する『防竜(ジーク)』。その二人に比べ『狂信(ルキナ)』は傭兵としての経験が浅く実力も少し劣る。

 

「とはいえ、わたくしも今ので底を見せたつもりはありませんよ」

 

 しかしそれは、ルキナという"人間"の話。

 ルキナが設定として抑制した殺人衝動、彼女が"(リース)"と呼ぶもの。それを解き放つことで本来のルキナの異常性を剥き出しにした真の力を解放することができる。

 その切り替えを能動的に行えるようにする為、ラルフが協力して作り上げた術式とその詠唱が────

 

「『神格顕現(ソフティア"リース")』」

 

 ルキナの身体がガクンと揺れ、目が大きく開く。その瞳孔には今までの比ではないほどの狂気が宿っていた。

 

「……ふふ、うふふふっ、あははははッ!」

 

 そして、その狂気の瞳でアクナティスをジロリと睨み付けながら笑う。

 

「……面白い」

 

 アクナティスはルキナの変化を興味深そうに見つめていた。

 ルキナの姿が掻き消えた刹那、アクナティスは地面を強く蹴り後方に回避行動をとる。

 

「──ッ!」

 

 次の瞬間、アクナティスが立っていた地面が抉り取られていた。

 

(だが、適応できん速さでは…………む?)

 

 アクナティスの脇腹から鮮血が飛ぶ。ルキナの斬撃を回避しきれていなかったのだ。

 

(見誤ったか。ならば、私も速度を上げれば良いだけのこと……)

 

 アクナティスは魔法で作った膜で傷口を覆い出血を止めながら、常人には目で追うことすらできない神速という言葉に相応しいルキナの斬撃を、卓越した動体視力と反射神経を魔法で底上げすることで即座に対応する。

 しかし、ルキナの攻撃において上がったのは速度だけではない。一撃一撃の重さも、そして命を的確に刈り取ろうとする精細さも、先程までのルキナを超越していた。

 

「ふふっ……なるほど、恐るべき力だ。先程、脆いと言ったことは訂正しよう」

 

 だとしても、アクナティスは余裕の態度を崩さない。

 それどころか、その状況を楽しんでいるかのような様子を見せていた。

 

「しかし、その奥の手とやらの使い方は良くないな。おおかた、奴に緊急時のみ使用を認められているといったところだろうが」

 

 ルキナは、自身の大鎌による攻撃だけでなく、周りの遺体から拝借した剣や槍を次々とアクナティスに投擲する。

 

「あははははッ! それぇっ!」

 

 武器だけならまだしも、遺体そのものを投擲し、アクナティスの眼前でその遺体をバラバラに斬り裂くことで血や肉を撒き散らし、目眩しに利用する。

 

「……まぁ、この有様では使用が憚られるのも頷けはする」

 

 惨虐の限りを尽くすようなルキナの戦闘に、アクナティスも苦笑いを見せつつ、血肉に隠れた斬撃を的確に防御する。

 

「話を戻すが、使い方が良くないというのは言葉の通りだ」

 

 アクナティスは反撃に転じない。

 できない、ではなく、しない。

 

「せっかく『神格顕現(ソフティア"リース")』とやらで増した戦闘力であっても、そのように消耗した体力では十分に発揮できていない」

 

 アクナティスがわざわざ反撃をせずとも、今のルキナのコンディションでは殺人衝動(リース)を扱いきれず、消耗の果てに自滅するからだ。

 

「奥の手というものは、最初から使うべきなのだ」

 

 ルキナの斬撃は何度かアクナティスの防御を超えて身体に届いてはいる。しかし、それは軽い切り傷程度のもので、戦況を左右することはない。

 

「現に、君は私を最初に捉えた速さを既に出せてはいない」

「言いますね……っ!」

 

 次第に、ルキナの呼吸が疲労で荒れていく。

 

「……初めからその『神格顕現(ソフティア"リース")』とやらを用いていれば、私の命に手をかかったかもしれんな」

 

 そして遂に『神格顕現(ソフティア"リース")』を維持できるほどの体力が無くなる────

 

「ルキナさん! 避けないでくださいねっ!」

 

 ────その直前、ファリスの声と共に後方から射出された一本の魔法矢が、ルキナの身体に突き刺さった。

 

「……あら?」

「私の体力と魔力を捧げて放つ回復魔法です……っ! 心許ないですけど……少しぐらいは足しになると思います……!」

 

 魔法矢は光となってルキナの身体に溶けていき、矢に込められていた回復魔法が、疲れ傷いた身体を癒していく。

 

(加勢はせず、最低限の援護だけ行う……あの小娘、戦況が見れているな。あの容姿……そうか……あの小娘が例の……!)

 

「ありがとうございます、ファリスちゃん!」

 

 そして、ルキナは疲労が消えた身体で神速の斬撃を繰り出した。

 

「ちぃ……っ!」

 

 消耗したルキナの速度に慣らされていたアクナティスは、突然繰り出された万全に近い速度の斬撃に対応しきれず、胸から腹にかけて深い切り傷を負った。

 

「では、あなたの命に手をかけさせていただきましょう!」

 

 アクナティスは胸の傷を魔法で緩和し、反撃に転ずる。

 体力を取り戻したルキナの斬撃は、大鎌の範囲だけでなくそこから発生した余波までもが空間を裂く。

 

「……まぁ、そうでなくては面白くない……ッ!」

 

 様子見程度の力でしか戦っていなかったアクナティスも、ルキナの本気を受け本腰を入れた戦闘を開始する。纏う魔力の出力を上げ、身体能力や魔法剣の斬撃の威力が上昇する。

 たった二人の人間の攻防にも関わらず、その余波でゼエルパレスの大地が抉れ、地面が崩壊していく。

 

「や、やめろー! ここは聖地なのだぞっ!」

 

 真教軍隊は荒れていく聖地に嘆き、ただ戦いが終わることを祈るしかできずにいた。

 すると、突如空から二本の雷撃がルキナとアクナティスに向かって落ちた。

 

「……っ?」

「何……?」

 

 暗雲が垂れ込めているわけではない。むしろ空は快晴だ。

 にも関わらず、上空で雷が発生し、ルキナとアクナティスの戦闘を妨げるように降り注ぎ続ける。

 

「ゼエル様の裁きだ……」

 

 真教軍隊の誰かが呟いた言葉を、アクナティスの耳が拾った。

 

「……成程、ゼエルというのは御伽噺ではなく、実在する神のようだな。聖地とする場において、信徒同士の争いは許容するが、我らのような部外者が暴れることは我慢ならん訳か」

 

 降り注ぐ雷を避けたり防いだりしながらも、アクナティスは空を興味深く見上げていた。

 そして魔力を収め、ルキナに背を向ける。

 

「これではやりようがないな。せっかく興が乗ってきたところだというのに……」

「逃げるおつもりですか?」

「神にまで喧嘩を売るほど自惚れてはいないさ。傭兵ギルドの者たちよ。時が来ればまた会おう」

「逃すと……っ! く……っ!」

 

 ルキナはアクナティスを逃すまいと大鎌を振り抜くが、それを妨げるように巨大な落雷が起こり、次の瞬間にアクナティスはもう姿を消していた。

 アクナティスが姿を消すと、部外者に聖地を荒らされたゼエルの怒りが収まったのか、雷が止んだ。

 

「……ふー」

 

 戦いが終わったことを悟ったルキナは、『神格顕現(ソフティア"リース")』を解除し、大きく深呼吸をする。

 

「ルキナさんっ! 大丈夫ですか⁉︎ 後いきなり矢で刺してごめんなさい!」

「いえいえ、むしろありがとうございます。アレン君が言っていた通り、ファリスちゃんは頼りになりますね」

「そ、そんな……えへへぇ……」

 

 ルキナ(リース)とアクナティスの戦闘において、ファリスの力量では割って入れる余地などなかった。しかしファリスは、そんな自分の実力を理解した上で無理に戦闘に参加せず最適な援護だけを行なったのだ。

 

「……とはいえ、由々しき事態ですね。戦争屋の最高戦力(フゥイスト)、アクナティスと名乗ったあの男、まさか 『神格顕現(ソフティア"リース")』をしても殺しきれないどころか、あれでようやく勝負になる相手だとは……」

「あ、あのまま続いてたらきっと勝てましたよ!」

「どうでしょう? 彼は道楽と言っていました。わたくしを本気で殺す気があったかどうか。もし戦争屋に彼ほどの実力者が他に何人も存在するとしたら……傭兵ギルドは今この時点で存続の危機に立たされていることになります」

 

 戦争屋という脅威を具体的に目の当たりにした二人は、その深刻さを噛み締め、気を引き締める。

 

「……とりあえずは、聖地でこれだけ暴れてしまったことを真教軍隊の皆様に謝らないといけません。ファリスちゃん、一緒に謝ってくれますか? 一人だと心細いので」

「えっ⁉︎ 私は別に暴れてな……」

「謝ってくれますか?」

「は、はい! 一緒にごめんなさいしましょう!」

「うふふ、ありがとうございます」

 

 

 ◇

 

 

「……随分と傷だらけね」

 

 戦争屋の拠点に戻ったや否やアクナティスは、同じ戦争屋の一員の獣人の少女に冷たい口調で言い放たれた。

 

「トォトか。心配してくれるのかい?」

「別に。ただ、最高戦力(フゥイスト)第一席(グランドマスター)のあなたが死んだら、あなたが持つ面倒な肩書きや職務が第二席の私に降りてくる。それが面倒なだけ」

 

 でなければいつ死んでもいい、とでも言いたげなトォトの言葉に、アクナティスは小さく笑う。

 

「で、どうだったの? 傭兵ギルドの三傑は」

「思っていたよりはやるようだが、我々がその気になればすぐに壊滅させられるだろう。だから、今は気にしなくていい」

「そんなに傷だらけのくせに?」

「戦いというのは、ある程度互いの実力が拮抗していなければ面白くないものさ。私は仕事ではなく道楽で行ったのだからね」

「……」

 

 確かにアクナティスは傷だらけではあるが、致命傷に繋がる傷は一切無く、少しの回復魔法と自然治癒で傷痕すら残らなくなるであろうものばかりだ。

 それに気づいたトォトは、自分の言葉が嫌味にすらなっていないことを理解し、それ以上何も言わなかった。

 

「そういえば、君が言っていた例の娘に会ったよ」

「あー……いたんだ」

「確かにそこらの新人よりは使えそうではあったが、君が気にかけるような何かは特に感じられたかったな」

「……私も、今のソレには興味はない」

「ふーん」

 

 アクナティスはトォトの言葉の真意をなんとなく察したが、それをわざわざ口に出すような無粋なことはしない。

 

「そうだ、今まで"組織"としか呼んでいなかった我々の名称が決まった。奴らが我々を戦争屋と呼んでいるようだから、そう名乗ることにした」

「へー」

「そして、私も奴らのような異名を名乗ることにしたよ。そうだなぁ……生殺を興すで『殺興』、殺興のアクナティスだ。どうかな?」

「ダッサ」

「君にもつけてあげよう。えぇとねぇ……」

「やめて」

 

 

 

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