傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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エンペラドール・デ・ラ・エスパーダ/マイティス連合内乱・下

 

 

 

「お、お前は……クリング……!」

「生きていたか。流石に頑丈だな、ヴォルフ」

 

 戦争屋最高戦力(フゥイスト)第三席のクリングは、ジークの元に来る直前に回収し脇に抱えていたビナトをヴォルフに差し出す。

 

「コイツを連れて離脱しろ。奴は俺が殺す」

「な、お前……! 俺たちを助けにきてくれたのか!」

「何……?」

 

(いや……何言ってんスかヴォルフさん。どう考えても手柄横取りに来たに決まってるじゃないスか……)

 

「…………まぁ、そういうことだ」

「すまんな……! 奴は強いぞ……! 用心しろ……!」

「手負いの竜如き、俺の敵ではない」

 

 クリングは腰に携えた鞘から『天蒼剣スパウツ』を引き抜く。

 その瞬間、戦地が異様な空気に包まれる。

 クリングが立っているのは、ジークとヴォルフの激戦の影響で荒れ果てた大地である筈なのに、まるで広大な蒼穹にいるかような雰囲気を放っていた。

 それこそが『五剣』の力。たった一本で戦場を支配する卓越された武器。

 

「いくぞ」

 

 クリングは天蒼剣を軽く振る。

 すると、その剣筋が光となり、その光はまるで鳥のような形に変化し、空を舞う。そして、軌道を変えてジークに向かって降り注ぐ。

 

「……ッ‼︎」

 

 ジークが呪いの力を付与した大剣を振り回し迎撃するが、その隙に接近してきたクリングの斬撃を受け、鎧の一部が斬り砕かれる。

 ジークは反撃しようと大剣を振るが、クリングの斬撃から生み出された光の鳥たちに阻まれる。

 天蒼剣スパウツは、たった一度で凄まじい手数を生み出す、まるでその空間を支配する剣。それを剣技の達人であるクリングが使用している為、一切の隙がない。

 

「その呪いの力、振るうことを恐れずに鍛錬を積めば、このような無様な姿を晒すことはなかったろうに」

「……っ」

「貴様といい、アクナティスから聞いた『狂信』といい、何故己の力を思うがままに振るおうとしない? そんなもの、俺から言わせれば慢心だ」

 

 ジークが反撃に繰り出した呪いの殺気も、クリングの剣先から放たれた光の鳥に阻まれ霧散する。

 クリングの言うとおり、ジークが万全の状態で呪いの力を全開放していれば、天蒼剣スパウツの力にも対抗できたかもしれない。しかし、既に体力が尽きかけている今のジークでは……

 

「終わりだ、精々俺の糧となれ、防竜……!」

 

 遂に呪いの力を行使する体力すらも尽き、膝をついたジークにクリングが天蒼剣スパウツを振り下ろす。

 ────その直前。

 

「……⁉︎」

「‼︎」

 

 突如、戦地に現れた一つの気配に、ジークとクリングの動きが止まる。

 気配の正体は、一人の青年だった。

 ジークやヴォルフのように一目見ただけで強者と分かるような体格や雰囲気でなければ、クリングのように異様かつ強大な気配を放つ剣を握っているわけでもない。例えるならそこら中に何人でもいるかのような凡庸な見た目と風格の青年だった。

 

「貴様……何故ここに……!」

 

 しかし、その青年を見た途端、クリングの態度は一変する。

 ジークを相手していたときの冷めた態度から、戦慄、怨嗟、羨望……それらが入り混じった複雑な表情へと。

 

「『剣皇』……ッ!」

 

 その青年こと、世界最強の剣士『剣皇』の称号を持つ『カイン・ポースポロス』だった。

 

「……あれ?」

 

 カインが口を開く。

 その声色は、戦地に似つかわしくないほどに軽いものだった。

 

「近くで五剣の気配がしたから来たんだけど、クリングさんの天蒼剣か。所有者さえバラけていればクリングさんが持っている分には問題ないし……」

 

 カインは、満身創痍のジークに目を向ける。そして、ゆっくりと歩き、ジークとクリングの間に割って入った。

 

「久しぶりですね、クリングさん」

「……何のつもりだ?」

「傭兵ギルドは、妻が懇意にしている組織なので」

 

 クリングとカインは、かつてアスデニウス学園で共に剣技を学んだ旧知の仲であった。

 

「それに、僕の前では……誰も死なせないし殺させはしません」

「……傲慢だな」

 

 カインの言葉を鼻で笑うクリング。

 

「そうですね、妻にもよく言われます」

 

 カインは剣皇としての力を、世界の為平和の為に用いるつもりはない。ただ目の前の人の死を、自分がなんとなく見たくないと言うだけで止めるだけに過ぎない。

 妻のイリスは、クリングと同様にそれを自分勝手で傲慢だと言う。どの口が言っているのかというのはさておき。

 

「しかし、ここは退いてもらいます」

 

 しかし、誰もカインの傲慢を止めることはない。

 何故なら、カインはその傲慢を貫き通すことができるほどの実力があるからだ。

 

「言うとおりになると思うか? 俺が……ッ!」

 

 クリングは天蒼剣スパウツを握る手に力を入れ直す。

 その首筋には冷や汗がつたっていた。

 

「ですよね、だから……力ずくで帰ってもらいます」

 

 カインは腰に携えた剣に手を置く。

 カインもクリング同様五剣の所有者であり、彼が持つ剣のは『神征剣ゼエル』。名のとおり、神の権能の如く強大な力が込められた聖剣である。

 しかし。

 

「……貴様……っ! 俺を舐めているのか……ッ⁉︎」

 

 カインが抜いた剣は神征剣ゼエルではなく、どの国や街でも簡単な手に入る一般的な鋼の剣、五剣に遠く及ばない凡庸な剣だった。

 

「舐めている、ですか」

 

 激昂するクリングに、カインは諭すように呟く。

 

「剣技の真髄は、剣そのものの強さではありません」

 

 クリングが剣を振り、斬撃と共に光の鳥がカインに襲いかかる。

 

「剣術を極めれば、五剣なんて必要ないんだ」

 

 言いながら、カインは剣を構える。

 

「『空絶斬(テンペストソード)』」

 

 そして、剣を振り抜くと、斬撃から発生した衝撃波が縦横無尽に宙を舞い、天蒼剣から繰り出された光の鳥を全て相殺させる。

 

「……極めた剣術は、五剣の権能に届くんだから」

 

 直後、背後に回り込んだクリングがカインの首めがけて剣を振る。

 しかし、カインはそれよりも早く剣を振り、クリングの剣を弾く。追撃で発生する光の鳥も、ほぼ同時に斬られ消滅していた。

 カインが常人の目では追えない速度で連撃を振り続けると、クリングは天蒼剣の力を駆使して光の鳥と共に全てを防ぎ続ける。

 互角。

 だが互角であるということは、クリングにとっては受け入れ難いことであった。

 何の変哲もない鋼の剣を使うカインと、最強の剣である五剣を用いる自分が互角であるのだから。

 

『やっぱアス学最強はクリングだな!』

 

 斬り合いの最中、クリングは学生時代の記憶がフラッシュバックする。

 クリングは、百年に一人の天才、アスデニウス学園最強の剣士と言われていた。名声に興味などなかったが、最強と呼ばれるのは気分が悪くなかった。

 その数年後、ある新入生が現れた。初めは凡百の一人程度の実力しかなかったその男は、たった一年でアス学最強の自分に並んだ。

 

『やっぱ一番強いのって、あのカインとかいう奴じゃね?』

 

 ……否、追い越していった。

 その男を歴代で比類なき天才と呼ぶ者もいた。

 何度か手合わせしたこともあったが、その男の強さと才能の前では、自分すらも凡百の一人だと思い知らされた。

 かつて最強と呼ばれていた自分は、アス学を卒業する頃には何も言われなくなっていた。

 その男を超える為、あらゆる手を尽くした。やがてある男の口車に乗り、後に戦争屋と呼ばれる組織に属することになった。

 全ては、剣皇カインを倒す為。

 しかし────

 

(バカな……あの時よりも、遥かに強くなっている……っ)

 

 学生時代に感じた隔絶されたその差は、いつまでも縮まることはなかった。

 カインは剣術を極めれば剣自体の強さは然程重要でないと言う。しかし、それはカインが勝手に言っているだけであり、もしカインが用いていた剣が『神征剣ゼエル』であったならば、今頃自分は地に倒れ伏していたに違いない。クリングはそう確信してしまったのだ。

 

「この……っ」

 

 このまま続けていてもカインを退けることはできず、ジークの命を取ることも叶わないと判断せざるを得なかったクリングは、距離を取ってから剣を収める。

 

「終わり、ですか?」

「……」

「相変わらずクリングさんは流石だ。久しぶりに本気で剣を振りましたよ」

「嫌味か貴様……ッ!」

 

 カインは性格に天然が入っており全くの悪意なしでの発言なのだが、クリングからしたらそう受け取っても仕方のないことだった。

 とはいえ、そんな性格のカインだからこそあのイリスの夫をできているのかもしれないが。

 

「覚えていろ、俺は必ず貴様を殺す」

 

 クリングはそう言い、戦地から去る。

 

「ふー……強くなってたなぁクリングさん。あ、傭兵ギルドの人、大丈夫ですか?」

「……」

「えっと?」

「……」

 

(口を動かしてるから何か喋ってるんだろうけど……何も聞こえない……)

 

 こうして剣皇カインの助力もあり、ジークは任務を達成しつつ生還することができたのだった。

 

 

 





Q.「極めた剣術は、五剣の権能に届く」とカインが言っていますが、実際のところどうなんですか?

A.届きません。彼がおかしいだけです。
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