傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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新人傭兵ファリスの初任務/第三次ヴェモニカ紛争・上

 

 

 ぺこりと頭を下げる少女……『ファリス』は、腰まで届く長い茶髪をポニーテールに纏めた快活な子であった。歳は十七で、こんな少女が傭兵稼業に勤しむのはどうかと思わせるような雰囲気が漂っていた。

 アレンも少しそう思っていたが、代表のラルフが認めているならば今更自分が彼女の傭兵稼業の是非を問う必要はない、と気にしないことにした。

 また、彼女の容姿で何よりも目を引くのが、頭から伸びる二本の獣耳だ。

 

(……獣人(ビースト)か。見た目は猿人(ヒューマン)に近いからハーフ……いやクォーターかな)

 

 六割の『猿人(ヒューマン)』、二割の『獣人(ビースト)』、一割の『魔人(デモン)』、これらの人種が人類三大種族と呼ばれており、残りは一割未満の極少数の種族たちで構成されているのが、今の人類である。

 昔ほどではないが国や地域によっては種族間の差別も存在し、戦争の火種になることもしばしば。

 

「アレンだ。よろしく」

 

 とはいえ、世界中の戦場で仕事をするアレンにとって、人種は特に気になることでもない。

 

「はいっ。よろしくお願いしますっ!」

「えーと……ラルフから俺宛に何か預かっていると思うんだが、何かないか?」

「いえ……何も。あ、でもっ、『いつもみたいな感じでよろしく』って伝えて欲しいと言われました!」

 

(あのヤロウ……!)

 

 雑用を押し付け続ける果てに伝達まで適当になりやがって、と苛立つアレンだが、文句を言いたい相手は目の前のファリスではなく、その感情を心の中に押し殺す。

 

「ラルフから聞いてると思うが、暫くは俺の仕事に同行しながら傭兵ギルドに慣れてもらう」

「はいっ! 了解です!」

「……その正規軍の新兵みたいな感じなんとかなんない? 俺らは傭兵だぜ? もっと崩した態度の方が俺的には助かるっていうか……」

 

 戦場に立ち命のやり取りをすることに迷いがない狂人か、それ以外の職がなく傭兵稼業でしか食っていけないという悲壮感が漂う常人か、アレンが研修を受け持つ新人傭兵は大体がこの二種類に分類される。

 しかし、ファリスという少女は、狂っているわけでもなく、悲壮感が漂っているわけでもない、アレンが接したことないタイプの新人であり、その生真面目な態度がアレンにとってはむず痒い気になるものだった。

 

「えっと……す、すみません……」

「あー……悪かった、俺側の問題だなこれは。そのままで良い」

「え? あ、はいっ!」

 

 とはいえ、先ほどまでピンと立っていたファリスの獣耳が自分の発言のせいでしおしおと垂れてしまった様子を見てしまえば、アレンの方が折れるものだろう。

 ドリンク代を支払ったアレンはバーカウンターを後にし、酒場の掲示板の前までファリスを連れて来る。

 

「ここに刺さってる依頼書の中で、請けたいやつをパクってあっちの受付まで持ってくんだ。条件がない依頼は基本早いもん勝ちになる」

「結構……大雑把なんですね」

「まぁな。それだけ傭兵ギルドが信頼されてるのさ。だからこそ、受注までが大雑把でも請けた後からはしっかりとお仕事に取り組むように」

「はい!」

「さて、新人連れてくのに良い感じの依頼はないもんかねぇ……」

 

 アレンは、掲示板の壁一面に貼られている依頼書たちを吟味する。

 そして、ある一枚を手に取った。

 

「『第三次ヴェモニカ紛争』……良さげな依頼があるな。コレにするか」

 

 依頼概要や報酬額からおおよその仕事の難易度を割り出した結果、アレンは新人研修にはこの依頼が最適だと判断した。

 

「あら、アレンさん。お二人ってことは、今回は『研修』ですか?」

「……またラルフのやつにね」

「ふふ、懐かしいなぁ。私も最初はアレンさんに教えてもらいましたもんね。結局前線に出るのは向いてなくて、受付に転勤しましたけど」

「あなたを傭兵から受付に勧めたことは、俺の研修歴の誇りですよ」

「またまた〜」

 

 アレンは受付嬢と談笑しながら、手続きを済ませ、依頼の受注を完了させた。

 

「……あの受付の方も、アレンさんが?」

「昔な。傭兵なんてさせてたら絶対早死にするから、ラルフの奴に言って別の働き口を用意させたんだよ。そしたら今や人気受付嬢さ」

 

 こういった面倒見の良さが、『雑業』のアレンと呼ばれるようになるほど雑務を押し付けられる原因なのだが、当のアレンはそれを理解していなかった。

 

「さて、早速今から現地入りしよう。契約期間は明後日からだけど、依頼元の正規軍や別口の傭兵たちと打ち合わせもしないといけないし、早く行くに越したことはない」

「今から……って、ヴェモニカ紛争地帯って、ものすごく放れてますよ? 移動だけで何日もかかります」

「……って、思うだろ? まぁ、付いてきな」

 

 言いながら、アレンは何食わぬ顔で集会所のドアを開け、外に出ていく。

 

「わわっ、待ってくださーい!」

 

 ドアが閉まる前にファリスも飛び出した。

 

「……え? あれ?」

 

 ドアを開け外に出た途端、ファリスは驚いて声を上げ、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「ここ……どこ?」

 

 ファリスの目の前に広がるのは、海が見える閑散とした田舎町。自分が集会所に入った帝国の中心街とは全く異なる景色だった。

 何が何だか分からないファリスは、集会所に戻ろうと後ろのドアに振り返るが……

 

「何もない……」

 

 そこに見えたのは、何もない壁だった。

 

「傭兵ギルド集会所は、何処にでもあって何処にもない異空間」

 

 獣耳をぴょこぴょこさせながら首を傾げ、何もない壁をペタペタと触るファリスに、アレンが後ろから語りかける。

 

「戻りたいなら、ギルドカードを握りながら集会所を思い浮かべて適当なドアを開けるんだ。それが、ギルド集会所の入り方さ」

「でも私、ラルフ代表に集会所の住所を渡されて、その場所のドアから入ったんですけど……」

「今度そのドアを開けたら全く違う店に入るだろうな。いや、その全く違う店が本来そこにあるって言うべきか。まぁ、ラルフの奴が適当な場所のドアを集会所に繋げてたってことだよ」

 

 ファリスはアレンの説明を聞き、数秒間考えると、獣耳をピンと立てた。

 

「なるほど! つまり私たちは、色んなドアが集会所に繋がるように、集会所から依頼地へワープしたってことなんですね! ということは、ここが私たちがお仕事するヴェモニカ紛争地帯の近くってことですか!」

「いや理解し過ぎだろ。説明しなくて済んで楽だから良いけどさ」

「では早速! 先ほど仰ってた打ち合わせに行きましょう!」

「いや、その時間までまだ早い。あえて早く現地入りしたのは理由があってな。これから紛争地帯から少し離れた街に行く」

 

 そう言ってアレンはファリスに背を向け、海が見える田舎町と真逆の方向にある少し高い建物がいくつか見える賑わっていそうな市街地へと歩き出す。

 

「理由……ですか?」

 

 ファリスの問いに、アレンは振り返り。

 

「現地でその国の郷土飯を食う。それが、俺の仕事前の楽しみなのさ」

 

 ニヤッと笑ってそう言った。

 

 

 

 

「『ヴェモニカ紛争』と呼ばれるこの戦争だが、原因となった『ヴェモニカ王国』はもう存在しない」

「はむっ、もぐもぐっ、もぎゅっ」

「かつての『ヴェモニカ王国』の属国だった二つの国、『ヴィオレ』と『ヴァイス』の領土紛争のことをヴェモニカ紛争って言うわけだ」

「あむっ、がつ、がつがつ!」

 

 ヴィオレ国の郷土飯、特産の香辛料をたっぷりと漬けて焼いた骨付き肉と根菜の紫色スープ、そして雑穀パンに舌鼓を打ちながら、大食堂の客席で仕事内容の詳細について話し合う二人……というよりは、ひたすらガツガツ食べるファリスに対し、アレンが紛争の歴史背景を説明しているだけだった。

 

「その昔、ヴェモニカ王国が同じ領土に所有権を認める条約をそれぞれ出してしまったのが発端でな。しかも、その条約同士の裁定権を持つヴェモニカ王国は、五年ほど前にヴェモニカ17世が未婚にて病死しちまって、王家の継承権を持つ血族が断絶した結果国家そのものが解体、国が事実上消滅しちまったわけだ」

「むしゃむしゃっばりばりっ」

「消滅したヴェモニカ王国は今では民主制の『ヴェモニカ共和国』になってはいるもの『裁定権はヴェモニカ王国時代のものであって今の我が国は関係ない』とその立場を放棄。そうなっちまったら、ヴィオレとヴァイスは泥沼の武力衝突を続けるしかないってわけで、今から起こるのが第三次ってことさ」

「はいっ! 美味しいでしゅっ!」

「いや飯の話をしてたわけじゃ……まぁ良いか」

 

 目を輝かせながら料理を貪るファリスを見て、アレンは表情が緩む。

 若者がモリモリと食べる姿は見ているだけで元気が貰えるな、と思っていた。

 アレンもまだ二十五歳で世間的には若者といえる年齢だが、ファリスぐらいの年齢の頃と比べると相当食事量も食欲も落ちていて、ファリスのように貪るとすぐに胃がもたれてしまう。

 

(……紛争してる国とはいえ、立派な食い物にありつけるもんなんだな)

 

 アレンは目の前の料理にがっつくことはせず、雑穀パンを小さく千切ってスープに付けてから口に入れ、卓上のナイフで骨抜き肉を器用に骨から切り離し、ひとくち大に切り分けてからこちらも千切ったパンで摘んで口に運ぶ。

 

「アレンさんっ! お代わりしてもいいでしょうか⁉︎」

「良いよ。好きなだけ食べな」

「ありがとうございますっ! 店員さーん! 骨付き肉を二本っ! 後はスープももう一杯お願いします! 後は……鮮魚盛り合わせってやつもお願いしますっ!」

 

(いや、好きなだけとは言ったけど食べ過ぎだろ)

 

「申し訳ありません、今は紛争の影響で魚は出せないんです。すみません……」

「そうなんですね! じゃあ肉三本っ!」

「かしこまりました」

「……」

 

 店員の一言を耳にしたアレンは、懐から地図を取り出し、開いて見る。

 

(……成程、地図には詳しく載ってないが、紛争地帯の海側には漁港があるのか。いや、待てよ? 今の時期ってことは、いつもは紛争地帯の漁港から魚を卸してるのか? そもそも、紛争地帯って休戦中はどういう扱いなんだ……?)

 

「店員さん! ちょっと!」

「アレンさんもお代わりですか?」

「違えよ」

「どうなさいましたか? 追加のご注文でしょうか?」

「いや、注文ではないんだ。仕事中申し訳ない、聞きたいことがいくつかあるんだけど……」

 

 アレンは、店員から普段のヴェモニカ紛争地帯について訊ねる。

 店員が言うには、ヴィオレとヴァイスが領土紛争をしている中、当の国民たちは互いに敵意を持っているわけではなく、紛争地帯も休戦中はお互いの国民が入り混じって住んでいるとのこと。

 むしろ、そこに住んでいる国民たちにとって紛争地帯がどちらの国の領土かなんてどうでも良く、紛争なんてして欲しくないらしい。

 そして、両国の正規兵もその思いである為、紛争期間になると両軍共に戦っているフリをし合う『茶番』が行われ、当然決着が付くはずもなく、第一次も第二次もお互い戦果を上げられないまま終わり、第三次に至るというわけだ。

 

「……しかし、私たちにとってそれで良くても、政府にとっては良くありません。軍と国民の間で暗黙の了解だった『茶番』が政府にバレた結果、政府は事情を知らない傭兵を雇うことで、紛争の決着を強引に狙ったんです」

「正規兵は手を抜くけど、傭兵は手を抜かないから、か」

「だと思います」

「なるほど、良い話が聞けた。ありがとう」

 

 アレンは、店員のエプロンのポケットに紙幣を一枚入れる。

 

「仕事の手を止めさせた礼だ。貰ってくれ」

「え……? あ、はい。ありがとうございます」

 

 店員が去った後、アレンは少し考え込み、ファリスの目をチラッと見た。

 

「……あげませんよ?」

「要らねーよ。まぁ、なんていうか、ヴェモニカ紛争の詳細が思ってたのとちょっと違ったな、って」

「そうですね。ちょっと戦いづらいです。国民の皆さんは、紛争自体も、決着がつくことも望んでなんていないのに……」

「ファリス」

 

 アレンは、諌めるような口調で語る。

 

「俺たちはヴィオレ政府に雇われた傭兵だ。依頼を受けた以上、今の事情を聞いても、ヴァイス側の兵……多分向こうも傭兵を雇ってくるだろうな。そいつらを薙ぎ倒してヴィオレ側を勝たせる為に尽力しなきゃいけない」

 

 ファリスは真剣な表情でアレンの話を聴きながら、骨付き肉を自分の口に運んだ。

 

(……食べる手は止めないのか)

 

 心の中でツッコミながら、アレンは話を続ける。

 

「だが、契約金を受け取らない、もしくは返還することで、この依頼そのものを無かったことにするのはできる。それが依頼の破棄ってやつさ。ま、破棄しすぎると信用を失って仕事を受けられなくなるけどな」

 

 依頼主と傭兵の間での契約内容の齟齬は珍しい話ではない。

 必要な情報の伝達ミスが起こったり、依頼を受注した傭兵に問題があったり、契約の直前に状況が変わってしまう場合は多々ある。

 その為傭兵ギルドでは、本契約の前の打ち合わせの段階で、依頼主も傭兵も契約をキャンセルできる権利があるのだ。

 

「今回の件は中々に異常事態だ。正規軍がほぼ動かず傭兵だけで戦争が行われるなんて俺でも聞いたことがない。実際依頼書にはそんな記載はなかったわけだし、そのことを依頼主に抗議すれば、信用を失わずに依頼を破棄できる可能性も高い」

「アレンさんは……どうするんですか?」

「いや? それは君に決めてもらうが」

「え゛っ」

 

 ファリスは驚いて手に持っていた骨付き肉と雑穀パンを皿の上に落とした。

 ようやくファリスの食事の手が止まったことに、アレンは軽く笑いながら言う。

 

「それもまた『研修』だ。ま、君がどんな決断を下そうと、俺は何も言わんよ。そもそも決断なんて重いもんじゃないしな。戦ってお金貰うか、戦わずお金貰わないか、その二択さ。仮に依頼を破棄しても、また次の依頼を探して受けりゃ良いだけだ」

「分かりました……どうしよう……う〜ん……」

「今すぐは決めなくてもいい。明日の打ち合わせまでに決めといてくれれば……あむっ。美味っ」

 

 悩む若者を楽しそうに眺め、アレンは食事を愉しむことに戻るのだった。

 

 





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