「ふっ……あっはっはっはっ!」
「笑わないでくださいっ! 私がどんな決断をしても何も言わないって言ったじゃないですか!」
「何も言ってはいないさ。笑ってるだけだ。はっはっはっはっは!」
「もー!」
現地入りの翌日、依頼主のヴィオレ政府に対し、ファリスは依頼の受注を再度宣言。これにて、正式に契約が成立したのだが……
「……まさか、俺ら以外の仮契約だった傭兵らが全キャンセルとはな。ふっふっふ」
「笑ってる場合ですか! ヴィオレ側の傭兵は私たち二人なのに、ヴァイス側は運良く傭兵組織を丸ごと雇えたらしいってことですよ⁉︎ こんな戦力差じゃ無理ですよ〜! 死んじゃいます〜!」
「政府直属の治安隊憲兵も出るっぽいけど、戦力としては心許ないよな〜」
想定される戦力差は約五倍、開戦前から戦局は絶望的だった。
正面から戦闘になれば確実に敗北する、五倍の戦力差とはそういうものだ。
また、政府直属の治安隊憲兵は、正規軍と違って戦場のプロではない。同じように戦場のプロである傭兵組織と正面から戦っても相手にはならないだろう。
「うぅ……傭兵稼業を選んだら私自身とはいえ、こんなに早死にするなんて思いませんでした。まさか初仕事がこんなことに……」
「悲観するのはまだ早いさ。五倍の戦力差なら、だいたい俺らが一人で五人以上倒せば勝てるってことだ。そう考えると割といける気がして来ないか?」
「来ません! ……なんて、偉そうに言える立場じゃないですよね私……本当にすみませんアレンさん……私のせいで……」
獣耳をしおしおと垂らしながら項垂れるファリスに、アレンはケラケラと笑いながら言う。
「君に決めろって言ったのは俺だ。だから、笑いはするけど責めはしないさ」
「笑うのもしないで欲しいんですけど。それより、どうしてそんなに陽気なんですか……?」
「ん? まぁなんというか、俺ならそうするってことを、新人の君が同じ決断をしたから、かな?」
「え……?」
ファリスは、片耳をピンと立て、恐る恐るアレンに訊ねる。
「……アレンさんも、この依頼を受けるつもりだったってことですか? 私たち以外に、みんなキャンセルしちゃったこの依頼を……?」
「他に誰もいないなら、上手くいきゃ報酬総取りだぜ? こんな美味い話はないだろ。現に、契約金だけで他の奴らが消えた分俺たちに相当上乗せされてる」
「でも、どんなにお金を貰っても生きて帰れなきゃ……」
「帰るさ」
相変わらず陽気な態度で話すアレンだが、その一言には強い意志が込められているようにファリスは感じた。
「どんな依頼も受けて、どんな戦場からも生還する、それが俺だ。まぁそのせいで『雑業』なんていうクソ不名誉な二つ名で呼ばれるようになったんだけどな……」
アレンは仕事用の鎧服を身にまとい、愛用の剣を握る。
「研修とはいえ俺と組んで仕事する以上、君のことも必ず生還させる。そしたらまたあの店で腹が爆発するまでたくさん肉を食おう」
そして、開戦が近づく戦場の向けて、ゆっくりと歩き出した。
「……はいっ!」
アレンの言葉とその背中から感じる心強さで不安と恐怖が和らいだファリスは、愛用の弓を背負い短剣を腰に携え、戦場へと向かって行った。
その立ち振る舞いに多少は新人傭兵らしいいじらしさが感じられるが、その瞳には確かな闘志が宿っていた。
◇
ヴェモニカ紛争の戦場は、第一次も二次も普段は人が住んでいる紛争地帯の市街地である。
以前までは両軍の『茶番』だったので民間人の避難は最低限で済ませられていたが、今回の紛争では被害の予想ができない為、民間人は一人残らず街から姿を消していた。
「聞いたかよ? 向こうの傭兵ども、大半がキャンセルしたらしいぞ」
「聞いたさ。傭兵は数人残ったか残ってないかで、後は戦争の素人な治安隊憲兵だろう? 我々の勝ちさ」
ヴァイス政府に雇われた傭兵団の一員が、戦場で談笑しながら簡易拠点のテント周辺に待機していた。
「やり甲斐のない戦場だな。まぁ、楽に越したことはないか」
「こんな戦力差なら我々が出る幕もない。おそらくは前衛隊だけで敵戦力は壊滅しただろう」
傭兵団は、戦力を前衛と後衛に分け、前衛隊で敵戦力を壊滅させ、後衛隊は奇襲に備えつつ前衛隊の討ち漏らしを殲滅するという堅実な作戦を立てていた。
何せ戦力差は五倍、前衛隊だけでも三倍であり、開戦直後から既に傭兵団とヴァイス政府は勝利を確信していた。
「……ん? なんだアレ?」
談笑していた傭兵団員の一人が、戦場の前線に何かを見つける。
「何か見えたか?」
「いや、気のせいだろう。向こうから一人走ってきてる奴が見えた気がしたんだが」
「縁起でもないことを言うな。念の為しっかりと見ておこう」
もう一人の団員が、高台に立ち前線を見渡す。
すると、一人の男が、こちらに向かって戦場のど真ん中を駆けて来ていた。
「うわぁっ⁉︎ なんだアイツ⁉︎」
「オイどうした! 何か見えたのか?」
「いや、敵の一人がこっちに向かって来ている。お前が見たものは気のせいではなかったということだ」
「マジか。まぁ一人だろ? 前衛隊の目を盗んで本陣に急襲でもしに来たんだろうよ。片付けやろうぜ」
「あぁ」
団員たちは立ち上がり、武器と装備を整える。
その瞬間、前衛と後衛を繋ぐ役割の伝達員が、焦燥し切った様子で後衛隊の元へ駆けつけ、叫んだ。
「伝達班から後衛隊へ! 前衛隊は壊滅! 繰り返します! 前衛隊壊滅ッ!」
「「何ィー⁉︎」」
信じられない情報が伝えられ、後衛隊たちに動揺が走る。
その間にも、一人の男は後衛隊の元に少しずつ近づいている。
「……オイ待て、待て待て待てっ! アイツは……っ!」
距離が近くなったことで、その男の顔がチラッと見えた団員の一人は、衝撃のあまりその場に尻餅をついた。
「『雑業』のアレンだーーーーーーッ‼︎」
そして、悲鳴に近い叫び声で言った。
「はっはっはーっ!」
その男『雑業』のアレンは、後衛隊の簡易拠点のテントに向けて、高らかに笑い声を上げながら思い切り剣を振るう。
「『
まだ剣が届く距離ではなくその剣筋は空を切るが、そこから発生した剣圧の衝撃波が、周囲の建物や地面を後衛隊のテントごと薙ぎ払い、傭兵団員たちを吹き飛ばした。
「うわぁーっ!」
「ひぇぇっ!」
傭兵ギルドがその名を轟かせた理由は、依頼主と傭兵間を取り持つシステムをいち早く作り傭兵の利便性を高めたから、だけではない。
「傭兵ギルドの『雑業』……! こんなとこにまで現れんのかよっ」
「敵は一人だ! 囲んで潰せー!」
傭兵ギルドに所属する傭兵の中に、戦況を一人で動かせる程の絶大な力を持った者たちが存在するから、という理由の方が大きいだろう。
いつしか、傭兵ギルドの中で最も強い実力を誇る三人の傭兵は三傑と称され二つ名で呼ばれるようになった。
その一人は、『防竜』のジーク。
また一人は、『狂信』のルキナ。
「ダメだ……! 奴は……強すぎる……っ!」
そしてもう一人が、『雑業』のアレン。
「俺の殺したいならこの倍……いや、十倍の戦力を持ってくるんだなァーーッ‼︎」
また、傭兵ギルド三傑の中で最も恐れられているのは仰々しい二つ名の『防竜』と『狂信』ではなく、今まさに傭兵団員たちを次々と薙ぎ倒している『雑業』である。
他二人は仕事を選ぶタイプの傭兵であり、ある程度の知識があればその二人と遭遇する戦場を避けることができる。
しかし、『雑業』は仕事を選ばない。つまり、いついかなる戦場で敵として遭遇してもおかしくないのだ。
「無理だぁっ、あんなヤツに正面から勝てるわけない……!」
「距離を取るんだ! 飛び道具で削り殺せっ!」
絶大な力で戦場を支配するアレンに恐れ慄く傭兵団員たちだが、後衛隊の長らしき団員が号令をかけると、一旦距離を取り隊列を整えて、一斉に弓を構えた。
「放てー!」
しかし、傭兵団員たちが矢を放つ直前に、上空から光の矢の雨が降り注ぐ。
「な、なんだっ⁉︎」
光の矢は威力が乏しく、防具を着た団員たちに傷をつけることはできないが、彼らが持つ弓を破損させ、使い物にならなくした。
「やるじゃん、ファリス」
「えへっ、ありがとうございますっ!」
光の矢を放ったのはファリス。彼女は、様々な魔法を矢に乗せて打ち出す『魔法矢』の使い手である。
また、
「さて、傭兵団諸君! これでも続けるか! それとも俺たちに殺されるまで戦うか! どうする!」
白兵戦はアレンに敵うはずはなく、飛び道具はファリスに潰される、ほぼ決着に近い状況となった。
その為、アレンは傭兵団員たちに降伏も撤退を呼びかける。
「あ、そうだ! もし逃げるなら、前線で無力化してあるお前らの仲間も回収してってくれよな! 一応殺してはないから! でもこっちのヴィオレ憲兵に見つかったら殺されるから早めで頼む!」
降伏か抗戦で迷っていた様子の傭兵団に、アレンは敵でありながら相手を気遣った発言をする。
「……恩に着る。できれば……もう敵として出会いたくはないな」
すると、傭兵団員たちは武器を下ろし、後衛隊長が降伏を意味する白旗を上げ、撤退作業に入った。
「……という風に、敵を制圧した時、ある程度余裕があれば相手に降伏を呼びかけると良い。特に同業相手は、今は敵だけどまた別の仕事では仲間になるかもしれないからな」
「なるほど、分かりました!」
アレンは敵傭兵団の撤収作業を監視しつつ、『研修』らしく一連の流れをファリスに解説する。
「徹底抗戦されたり、自分の身が危ない時とか、一々降伏するか聞けないぐらい忙しい激戦中とかは普通に殺せ。戦場だからな。後は依頼主に敵は皆殺しにしろって言われてる場合もだな。自分の身と依頼が第一! それ以外は二の次! 覚えておくように!」
「はいっ!」
敵傭兵団の撤収を見届けたアレンは、ヴィオレ国治安隊憲兵と合流し戦況を報告すると、とりあえず依頼は完了となった。
アレンとファリスは仕事自体は終わっているものの、憲兵たちがヴァイス国の本陣まで攻め込み制圧するところまで同行し見届けることにした。
「それで、このままヴァイス側まで攻めれば私たちの勝ち……になるんですよね?」
このままヴィオレが勝てば、紛争地帯の領土は全てヴィオレのものとなる。その場合、その地域に住んでいたヴァイスの民はヴィオレ政府により追い出され難民となるだろう。紛争地帯は両国の国民が入り混じって暮らしており、そうなった場合に家族が引き離される者たちも少なくない為、地域住民たちは領土問題の解決を望んでいないのだ。
ならば、この領土問題の解決で誰が得するのかというと、獲得した領土の裁定を新たな既得権益にしたいヴィオレ政府の役人たちと、その下で甘い汁を吸える政府直属組織の治安隊憲兵たちなのだ。
「そうなるけど……そうはならないだろうな」
「どういうことですか?」
アレンとファリスは、もう敵と呼べる者たちがいない戦場をゆっくりと前進しながら、後方の憲兵たちには聞こえない声量で話す。
「ヴィオレ国は、元々良くない政府と軍隊の仲が今回の件で最悪になっている。そして、ヴィオレ政府側の戦力である治安隊憲兵は今俺らと戦場に出ていて、国内の防衛はもぬけの殻だ。さて、そんな状況の国内では一体何が起こると思う?」
アレンの問いにファリスは数秒考え、獣耳をピンと立てて言った。
「クーデターとかですか?」
「正解。ま、起こると決まったわけじゃないけど」
「隊長! 大変です!」
その時、情報伝達役の憲兵が慌てた様子で隊長の元へ駆け寄ってきた。
「どうした⁉︎」
「活動を凍結されていた軍が勝手に動き出し、ヴィオレ政府と議会を武力制圧した、とのことです!」
「何……っ⁉︎」
アレンの言葉どおり、ヴィオレではクーデターが発生した。
軍部が政府との敵対姿勢を明らかにし、国民の志願兵も集めて『ヴィオレ反乱軍』となり、政府の打倒を図ったのだ。
「軍部の奴らめ……! 急いで政府棟まで戻る! 傭兵諸君も付いてきてくれ!」
「それはできません」
「何……?」
「ワタシらが依頼されていたのはあくまでヴェモニカ紛争。クーデターの制圧は仕事内容じゃありません。依頼の契約と異なります」
アレンは、憲兵隊長の命令を尤もな理屈で拒否した。
「契約期間内での指揮権は我々にあるのだぞ」
「先程『依頼は完了』であると合意した筈です。ですので、今はもう契約期間外でございます。これは傭兵ギルドの規定に記されているものでして、こちらの契約書にも記載が……」
「ちぃっ……もう良い。我々はこれより反乱軍の鎮圧へ向かう!」
「頑張ってくださいねー」
「黙れっ!」
憲兵たちが急いでヴィオレ中心街に戻っていく様子を、アレンは笑顔で手を振りながら見送った。
「本当に起こりましたね……クーデター」
「とはいえなぁ……今ヴィオレ政府が倒れたら、まだ受け取ってない報酬金が貰えなくなるんだよなぁ……ま、依頼金はキャンセルした奴らの分も総取りしたから、その時点で稼ぎは相当だから良いけどな」
「これから……あの国はどうなるんでしょう……?」
「さぁな。俺たちは傭兵だ。正規兵でも政治家でもない。仕事に関係ない国の内政のことなんか考えたってしょうがないさ。さて、俺たちも飯食ってから集会所に報告しに帰ろう」
「はい!」
アレンとファリスも、戦場から撤収し、ヴィオレ中心街まで戻ることにした。
契約金の一部を使い昨日の店でまた豪遊しようという気持ちは、アレンもファリスも同じだった。
「あ、そうだ」
歩き始めてからすぐ、ファリスの前を歩くアレンは立ち止まり、振り返らずに口を開いた。
「初仕事、おつかれ。俺が見てきた新人の中でトップクラスに良かったよ、君」
勝負を決したのは『雑業』アレンの絶大な力だが、その側で新人ながらも的確なサポートを成し遂げたファリスのことを、アレンは認め既に一目置いていた。
「あ……ありがとうございますっ!」
また、アレンが『研修』を苦手とするのは、新人に合わせて依頼の難易度を下げる必要があるからだけではない。
もっと大きな理由は、自分が他人を褒めたり、また他人に慕われたりすることがアレンにとって照れ臭いからである。
「……まぁこれ皆に言ってんだけどな」
「事実だとしてもそれは言わないでくださいよー!」
それを表すかのように、余計なひと言を付け足すのだった。
その後、ヴィオレはクーデターが成功し現政府は解体された。また、ヴィオレ軍部はヴァイス軍部と共謀しており、ヴァイス側でもクーデターが発生しそのまま成功、その後政権を担った両軍部が元ヴィオレとヴァイスの合併を行い、新国家『ライラ』へと生まれ変わることになった。
そして、かつて『ヴェモニカ紛争』と呼ばれていたものは『ライラ平和祭典』へと名前と性質を変え、数年おきに旧紛争地帯で大規模な祭りを行い新国家ライラの平和と安寧を祈ろうというものになったとか。
◇
「お待たせしました〜! こちらが鮮魚盛り合わせでございます!」
卓に運ばれてきた獲れたての生魚が一口大に切り分けられた料理を見て、ファリスは顔を顰め獣耳をぺろんと垂らす。
「生魚……」
「そりゃ鮮魚盛り合わせなんだから生だろ」
「私……山育ちだから生魚食べたことないんですよね……」
「気が乗らないなら全部俺が食うからいいよ」
「だ、ダメですっ! これは私のお魚です!」
「ははっ、分かった分かった、とりあえず食べてみな」
ファリスは懐疑的な表情で生魚をフォークで刺して持ち上げ、恐る恐る口に運ぶ。
「はむっ……んんっ! おいひいぃーっ!」
直後、目を輝かせ獣耳をピンと立てながら言った。
「店員さんっ! これもう一つください! あと骨付き肉とスープとパンも!」
「あ、あと葡萄酒酒抜きも」
「葡萄ジュースですね。かしこまりました」
こうして、無事に仕事を終えた二人は、ひとたびの休息を終え、また別の戦地へと赴くのだろう。
彼らの日常に平穏はない。それが傭兵という生き方なのだ。
その激動の日常譚に終わりが訪れる日が来るのかは、今はまだ誰にも分からない。