傭兵ギルドの集会所は、ギルドの一員ならば世界のどこからでも扉を開くだけで入ることができる。その為、ギルドの一員は世界の至るところに好きなように暮らしている。
「ふわぁ……」
傭兵ギルドの新人ファリスは、自身が生活拠点としている山村地域の小屋にて今日も目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら獣耳をぴょこぴょこと動かし、寝床から起き上がって活動を開始する。
旧ヴィオレで買った雑穀パンの上に森で取れた木の実で作ったジャムを乗せたものを朝食とし……
「……足んない」
見た目に寄らぬ大喰らいであるファリスにとって、そんなものが朝食になるはずはなかった。
「備蓄まで食べちゃうのも良くないし、ご飯増やすのはもうちょっとお金稼いだらにしなきゃ。あ、そうだお仕事……っ!」
ファリスは時計を見る。
時刻は午前七時を過ぎたばかり。今日もアレンの仕事に同行することが決まっており、約束の時間まで約一時間ほどはある。
「ふぅ、まだ平気か……あれ?」
安堵したのも束の間、ファリスの目には隣に置いてあるもう一つの時計が映った。
その時計とは『国際標準時計』で、ファリスの住んでいる国の時計とは時差の都合上ズレた時間が表示される。
そして、その時刻は八時を過ぎていた。
「ひぎゃあああっ⁉︎ もう過ぎてるぅううっ!」
つまり、ファリスは既に遅刻していた。
「そうだよぉ! お仕事はこっちの時間なんだったよぉ!」
ドタバタと小屋中を忙しなく動き回りながら急いで準備を済ませたファリスは、小屋のドアを勢いよく開け、傭兵ギルド集会所に転がり込んだ。
「すみません遅れましたッ‼︎」
ファリスは集会所のカフェで寛ぐアレンを見つけるとすぐさま駆け寄って頭を下げながら言う。
ちなみに傭兵ギルドのカフェは朝から夕方にかけてであり、夕方からは酒場になる。
「あー、時差ボケだろ? 慣れるまで時間かかるよね」
アレンは特に気にする様子もなく、コーヒー片手に新聞を読んでいた。
「どこにでもすぐ行けるせいで逆に体内時計がおかしくなるんだよ傭兵ギルドの新人は。気をつけな。俺には良いけど、依頼主との待ち合わせ時間には絶対遅れないように」
「はいっ! アレンさんにも今後絶対遅れません!」
「そんなに畏まらなくていいって。ラルフとか平気で人のこと数時間待たせやがるし」
「ま、まぁ……代表は多忙でしょうから……」
「それに、適当に集合八時って言っただけでまだ何の仕事受けるか決めてないからゆっくりしてていいよ。てかなんか食べる? 無駄に急いだせいで朝飯も碌に食えなかっただろ?」
「ありがとうございます! いただきます!」
ファリスは一切遠慮せず、サンドイッチのドリンクセットをアレンに奢ってもらい、アレンの向かいの椅子に座ってモリモリと頬張る。
「あの……そういえば、アレンさんはラルフ代表とどういう関係なんですか? その……かなり親しい感じですけど」
新人にとって、尤もな疑問ではある。
『ラルフ』という人物の詳細は、傭兵ギルドの代表という肩書き以外ギルドの一員にすらあまり知られていない。
「関係って聞かれてもなぁ……」
「だって、明らかに知り合いじゃないですか。それも気安い仲ですし。私は会ったことすらないですもん」
ファリスだけでなく、ここ数年以内に加入したギルドメンバーたちはラルフに直接会ったことはなく、ギルド加入の際に数回手紙でやり取りするだけである。
「そもそも実在する人なんですか? なんというか……ギルドの合言葉みたいな……そういうアレとかだったりしません?」
「ははっ、なんだよ合言葉って。昔、一緒に傭兵やってた仲ってだけだよ」
「あ、実在はするんですね」
「するよ。八年前、俺とラルフと……いや、俺とラルフはチームを組んで傭兵をやってたんだよ。そしてそんぐらいの時期から傭兵稼業が世界的に流行り出したもんでな。その頃はまぁ……今より色々酷くてさ。ルールなんて特にないから、依頼主と傭兵の騙し合いみたいなことが起こるのも多くて、とにかく無法地帯だったわけよ。それで……あ、悪い、なんかいきなり昔話を始めちまった。忘れてくれ」
年寄りの長話ほど聞いていて面倒なものはないと思っているアレンは、ファリスもそんな気にさせたかもしれないと察し、話を止めようとするが。
「え〜やめないでくださいよ〜。もっと聞かせてくださいっ」
ファリスがあまりにも目を輝かせながら聴こうとしていたものだから、アレンは少し嬉しくなって話の続きをしたくなってしまった。
「あ、そう? じゃあ続けよう。どこまで話してたっけ?」
「昔は傭兵のルールが無法地帯だったって感じのとこまでですね」
「そうそう。まぁ、当時の俺は特に気にしてなかったんだけど、ラルフがその状態に嫌気が差したらしくてな。まぁ他に……色々あって俺もアイツの考えに乗ることにしたんだ。そして俺と、傭兵稼業にちゃんとしたルールが欲しいって思ってた奴らを何人か集めて、依頼主と傭兵の契約に明確なルールを定めた傭兵ギルドの前身となる組織を作ったのさ。で、誰がトップに立つのってなったら、そこはやっぱり言い出しっぺのラルフしかいないわけだ」
過去を懐かしむような穏やかな表情で語るアレンだが、ファリスはその裏に何か影のようなものを感じ取った。とはいえ気のせいかもしれないので、気にしないことにした。
「でも、組織の代表になっちまったもんだから色々と忙しくなって、肝心の傭兵稼業の前線には出てこれなくなったんだよ。それがまさか、新人に実在しない人物だと思われてたとはな……はははっ、今度バカにしてやろ」
「わ、私が言ってたって言わないでくださいね!」
「冗談だよ。そもそも俺でも次いつ直接会えるかなんてわからないし」
言い終わると同時に、アレンが喋りながら啜っていたカップの中のコーヒーが尽きる。
「さてと、そろそろ仕事に行こう」
また、ファリスが今食べた一口でサンドイッチが入っていた皿が空になったことも確認していた。
「すみません、お代わり頼んで良いですか?」
「……一回だけな」
二回のおかわりの後、アレンとファリスは仕事へ向かった。
◇
『バルフォス山岳地帯』と呼ばれる鋭い傾斜の山々が聳え立つ地域がある。その山々に囲まれるように位置している『バルハ』という国に対し、その豊富な鉱山資源を狙った近隣の四列強『フォルテ帝国』が侵略戦争を仕掛けようとしていた。
アレンとファリスの今回の仕事は、そのバルハとフォルテ帝国の戦争である。
「……あの、すみません。四列強ってなんですか?」
「四列強ってのは、簡単に言うとその名の通り世界の国力トップ四だよ。フォルテ帝国、シュターク、マイティス連合、ツァンドゥの四つ」
「あ、国名だけなら聞いたことありますね」
「軍事のフォルテ、国際調和のシュターク、規模のマイティスって覚えておくといい」
「えっと、最後の一つは? ツァ……ツァなんとかってやつですけど」
「ツァンドゥに関しては覚えなくていい。ギルドの扉すら繋がらない別大陸のすんげえ遠い国だから、基本あの国と関わることはないだろう。てか俺も詳細は知らない。列強に入ってるのは国土面積や規模感の推定さ」
世界には二つの大陸がある。戦争時代最中の『フォルティス大陸』と、前人未到の『ツァンドゥ大陸』。
四列強の一つフォルテ帝国は、数百年前から数十年にかけてこの大陸を支配してたといっても過言ではない、大陸名を国名にするほどの覇権国家だったのだ。
「フォルテは、世界の至る国々と戦争してその支配権を拡大していた正に世界最強の軍事国家……
「今は……違うんですか?」
「戦争時代と傭兵の流行りのせいで、今や全盛期ほどの影響力はなくなっている」
フォルテは、最も戦争時代と傭兵稼業の流行りの被害を受けている国である。
以前までは少し武力を見せつけるだけで降伏した国々が、戦争時代の最中である今ではきちんと戦争で勝たねば降伏しないようになった。勝つにせよ被害が出ることは避けられなく、軍事費が著しく増加してしまいフォルテの財政負担も増した。
また、傭兵という不透明な戦力をあらゆる国が運用してくるようになり、侵略戦争の難易度も高くなった。単純な戦力差では大きく優っていても、敵国が用意した傭兵の質によっては敗退することも珍しくなくなってしまった。
「まぁ、未だに強いことに変わりないけどな。世界の軍同士が戦ったら一番強いのは今でもフォルテだし」
「そんな国に攻められてバルハは大丈夫なんでしょうか。地図を見ましたけど、バルハって結構小さい国じゃないですか」
「……何の心配してんだ?」
「そりゃしますよ。そんな強大なフォルテからバルハを守るのが仕事なら、心配も緊張もしますって」
「逆だぞ?」
「え?」
ファリスが首を傾げ、獣耳をぴょこぴょこと動かす。
その様子に、アレンはファリスが勘違いしていることを察した。
「……依頼書はちゃんと読んだか? 今回俺たちの仕事は、フォルテ側に付いてバルハ侵略戦争に加担することだ」
アレンたちの仕事は、バルハではなくフォルテ側の依頼だったのだ。
「あ……そっちだったんですね。じゃあ、私たちが来たのここはバルハじゃなくて……」
「あぁ、ここはフォルテ帝国北西部、バルハに最も近い街さ」
「確かに……言われてみれば……」
ファリスは周囲を見渡して気づく。
バルハは山々に囲まれた国のはずなのに、今自分がいる場所は山に囲まれていない。つまりここがバルハではないことは周りを見ればすぐに分かったはずなのだ。
そして、北方向に聳え立つ山脈が目に入り、あれがバルフォス山岳地帯でその麓にあるのがおそらくバルハなのだろうと悟った。
「侵略戦争……ですか」
「侵略戦争は嫌いかい? ま、好きな奴なんていないか」
「いえ、好き嫌いではなく、どうしてフォルテなんていう強い国が傭兵に依頼するのかな、と」
「強い国だからこそだ。さっきも言ったろ? フォルテは世界の至る国々と戦争してるって、だからバルハだけに人員を割くわけにもいかないのさ」
また、傭兵を使われるだけではなく使う側になるのはどうか、というフォルテ軍部の方針の転換でもあった。
「さて、俺たちの仕事仲間は、フォルテ帝国第八攻撃部隊の人らだ。早速合流しよう」
アレンとファリスはしばらく歩き『フォルテ帝国北西部戦略防衛拠点』という堅苦しい名前の建物に到着した。
「気をつけな、依頼してきたとはいえフォルテ軍は傭兵嫌いが沢山いるだろうからな」
「うぅ……緊張します……」
「たのもー!」
「わわっ、そんないきなりずかずかと入っちゃダメですって! 気をつけろって言ったのはアレンさんじゃないですかー!」
アレンが拠点のドアをバァンと開け中に入っていくと、既に待機していたフォルテ軍の将校に迎え入れられた。
「お待ちしておりました! 私、フォルテ帝国第八攻撃部隊隊長『スゥエ』と申します! 傭兵部隊の指揮も私が務めることになります!」
「傭兵のアレンです。こっちはファリス」
「よっ、よろしくお願いしますっ!」
「おぉあなたがあのアレン殿でございますか! 傭兵ギルドの! そしてかの『雑業』の! 我が軍が辛酸を舐めさせられ続けたあの『雑業』殿が味方とは! 心強いでありますなぁ! はっはっは!」
(よかったじゃないですか、歓迎されてますよ)
(皮肉だよ。どの面下げてフォルテに来やがったって言うな。俺がフォルテ相手の仕事で戦果を上げまくったし、俺だけじゃなくて傭兵ギルドそのものも嫌われてんのさ)
(え……じゃあ私たちここで誅殺とかされませんかね?)
(流石にそんな恥知らずな国じゃないさ)
「我らの作戦目標はバルハへの侵攻であります! しかし知ってのとおりバルハは険しい山岳に囲まれた天然の堅守要塞! たとえ戦力で大きく勝ろうが、簡単に堕とせる相手てはございません!」
「でしょうね」
「だが、我々フォルテ第八攻撃部隊の力と、我々が集めた選りすぐりの傭兵部隊の力が合わされば、正面からかの要塞も攻め堕とせるでしょう!」
「正面突破スね。分かりました」
詳細な作戦会議はまた後でということで、アレンたちは他の傭兵たちと顔を合わせることにした。
「む? 君たちは……」
「おっと、いつぞやの」
傭兵の待機部屋には、第三次ヴェモニカ紛争で相対した傭兵団がいた。
彼らもまた、フォルテが依頼し招集した傭兵戦力だった。
「アレン殿ではないか!」
「こんなにすぐまた会うことになるとは、世界は狭いですねえ」
「それはそうだが、あの力が今度は我々の味方とは大いに心強い。よろしく頼む」
「あぁ、よろしく」
「名を名乗っていなかったな。私の名は『ゼント』、この傭兵団『パンテーラ』の前線部隊隊長を務めている」
『戦場での禍根を外に持ち出さない』という傭兵ギルドの鉄則だが、ギルド以外の傭兵たちの中でも暗黙のルールとして機能している。
「君の弓捌きも見事だった。時間があればご教授願いたい。我が団にも取り入れたいからな」
「あ、ありがとうございますぅ!」
「そうだ、君の名も教えてほしい」
「ファリスと申します! よろしくお願いしますっ!」
その為、パンテーラの団員たちの態度から敵意などは全く感じられず、アレンたちとの共闘を喜んでいた。
また、第三次ヴェモニカ紛争の際にアレンが彼ら見逃し撤退の時間まで与えたことも、彼らからの印象が良い理由でもあった。
「そういやゼント隊長、もう作戦聞きました? なんか正面突発らしいスよ?」
「バルハの堅守要塞に正面からか……フォルテらしい大胆な作戦だな。そうだ、この作戦においては我らパンテーラの指揮権を私だけでなく君にも渡そう。是非役立ててくれ」
「それは助かりますね」
その後、アレンはパンテーラの団員たちとすぐに打ち解け、談笑を交わした。
「よしっ、皆でバルハ侵略するぞー!」
「「「「おー!」」」」
「お、おー……!」
一度刃を向けあった者たち同士とは思えないほどの和気藹々とした雰囲気から発せられた物騒な掛け声やそのテンションに、新人ゆえにまだ傭兵業界に慣れていないファリスは付いていくのに精一杯だった。
◇
「この戦いは『バルフォス山岳地帯攻略戦』と名付ける! かの堅守の要塞を、今日我らの手で堕とすのだッ!」
数日後、フォルテ帝国第八攻撃部隊傭兵団連合と名付けられた小隊は、バルハに対して侵攻を開始した。
小隊は、バルフォス山岳地帯唯一の侵攻経路である『バルハ渓谷』の麓を進む。
「我々は後衛か」
ゼント隊長率いる傭兵団パンテーラとアレンたちは、先導する第八攻撃部隊の後方を歩く。
「前はフォルテの兵隊ばっかですね。私たち、傭兵だから期待されてないんでしょうか?」
「期待されてないってよりは、前線で何かあった時の補充戦力扱いなんだろうな。強い軍持ってるほどそういう傭兵の使い方することが多い。その場合、前衛の正規軍が全部終わらせて傭兵は出番ないまま仕事が終わって報酬だけもらえるってことも多いから、そういう簡単な依頼は割と人気がある」
また、フォルテ帝国は軍事大国だがそれゆえに傭兵の最適な使い方をまだよく分かっていないこともあった。
「いくら堅守要塞のバルハであっても、こっちは戦争のプロのフォルテ帝国軍だし。戦力も兵隊の練度も違う。元々傭兵なんて雇わなくても勝てる戦力差だよこんなの。まぁ、負け筋を少しでも潰すっていうのはフォルテらしいやり方だがな」
「でも、バルハ側も傭兵を雇ってくる可能性は高いですよね?」
「それもそうだが、バルハは小国だし、用意できる傭兵の質や量にも限界が……」
その時、小隊の足が止まる。
「バルハの防衛前線に敵確認!」
最前線の兵士が、敵を発見したようだ。
「数は…………え、一人?」
前線のフォルテ兵に困惑が走る。
バルハは小国だから大した兵力はなく、そもそも防衛戦なので正面から迎え討ちに来ることはないと考えていた。
それが、真正面から迎え討ちに来たのだ。それも一人の兵士が。
「一人だと?」
フォルテ兵だけでなく後方の傭兵団にも困惑が波及する中、アレンだけには心当たりがあった。
「だったら……あの人しかいないよな……」
迫り来るフォルテ帝国第八攻撃部隊傭兵団連合の前に、たった一人で立ち塞がるその男は、漆黒の鎧を身に纏い、その背丈よりも遥かに大きく、その身体よりも遥かに重い大剣を背負っていた。
その男は、傭兵ギルド三傑の一人。
『防竜』のジーク。
「……こりゃ"簡単な仕事"じゃなくなっちまったようだな」