傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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『防竜』のジーク/バルフォス山岳地帯攻略戦・下

 

 

 バルハへの唯一の侵攻経路バルハ渓谷をたった一人の男が守る。

 その名はジーク。傭兵ギルド三傑の一人。

 その全身に纏う鉄壁の鎧は巨竜の鱗のような防御力を持ち、その背に備えた大剣は巨竜の凶爪のような破壊力を持つ。

 それらの装備は常人には到底扱い切れないほどの重量だが、ジークはそれらを容易く持ち歩ける程の怪力を誇る。

 一人の人間でありながら地上最強の生物『竜』を彷彿とさせる圧倒的な力を持つことに加え、本人が防衛戦争の依頼しか受けないことから、付いた二つ名は『防竜』。

 彼の守りを侵すことは、人が竜の棲家に挑むことに等しい愚行として正規兵傭兵問わず恐れられている。

 

「ジークさんが相手とは……この依頼、満額貰えるか怪しいなこりゃ……」

 

 アレンは頭を抱えて嘆く。

 

「『雑業』に痛い目を見た次の依頼で『防竜』に遭遇することになるとは……つくづく我々は運がないな」

 

 隣のゼントもアレン同様頭を抱えて嘆いていた。

 

「で、でもっ、相手は一人ですよ? こんなに広い渓谷を一人で守り切れるわけない思います! ほら、横とかから抜けていけば……」

 

 新人のファリスだけは、その状況をイマイチ飲み込めないでいた。

 

「……そんな常識が通用する人じゃないんだよあの人は」

 

 アレンたちは前衛のフォルテ兵とその先に佇むジークを見やる。

 

「名のある傭兵らしいが敵は一人! だが油断せず捻り潰せ! 前進ー!」

 

 フォルテ帝国第八攻撃部隊隊長のスゥエは、戦場に響き渡るような声で勇ましく号令を上げ、前衛のフォルテ兵たちを率いて進軍を開始する。その『フォルテ攻陣』と呼ばれる統率の取れた隙のない隊列は、正面戦闘では無類の強さを誇る。

 その強さは、かつてあらゆる戦場であらゆる国の兵や隊を捻り潰し、フォルテ軍が世界最強と呼ばれるに至ったほどだ。

 

「進めーッ!」

「おおおおおおっ!」

 

 だが、それはもう過去の話。

 戦争時代という大陸中を戦地にした魔の現代は、一騎当千の才を持つ人外の才を持つ者たちを叩き起こし、平和であれば目覚める筈のなかったその才を開花させてしまった。

 その一人、『防竜』ジークは一度閉じた目をカッと見開き、背中の大剣を手に取り構える。

 

「おおおおお……おお……おぉ……?」

 

 それと同時に、『フォルテ攻陣』の最前線が綻び始めた。

 

「なんだっ⁉︎ なんで前が崩れた⁉︎」

「まだ奴とは接触してない筈だぞ!」

 

 一定の距離までジークに接近した最前線の兵士たちは、脚をガクガクと揺らし、腰を抜かしたりその場に転倒したりなどして、それ以上前に進めなくなっていたのだ。中には既に気絶している者もいた。

 

「何をしている! 進めっ、進めー!」

「ダメです!」

「何がダメだというのだ!」

「分かりません……! けど、これ以上進めないんです! これ以上奴に近づこうとすると、身体が動かなくなるのです!」

「バカな……っ! 奴は一体何をしたのだ⁉︎」

 

 フォルテ軍全体に困惑が波及する中、その様子を後方で眺めていたアレンが口を開いた。

 

「何もしてないんだよ」

「……え?」

「ジークさんが放つ戦意、敵意、殺気、そこから来る威圧感は、並の人間じゃ感じただけで気を失うほどだ。あの人がただ立っているだけで、並の兵は気を失うか、失わなくても兵としては機能停止する。戦いにすらならない」

「そんな……」

「あの人の前じゃ、どれだけ数を揃えても同じさ」

 

 そのまるで他の生命全てを服従させる竜のような威圧感も、彼の二つ名の要因なのだ。

 

「フォルテ兵たちよ! 偉大なるフォルテ帝国は我々を臆病者に育てたつもりなどない筈だ! 私が行こう!」

 

 最前線の兵を叱りつけたスゥエは、自らの足で最前線まで赴く。

 

「兵士たちよ、見ていろ!」

 

 スゥエは、ジークの威圧感を乗り越え、接近し剣を振るう。

 その姿に勇気を得た何人かのフォルテ兵もまたジークの圧を振り払い、スゥエに続いて前進した。

 ジークはその姿に感心するような笑みを一瞬だけ見せると、すぐに精悍な顔付きに戻り、大剣を強く握りしめた。

 

「ジークさんの威圧を乗り越えるとは流石フォルテの分隊長だ。けど……だからこそヤバいな。ファリス、ゼント隊長、後は頼む」

「アレンさん……?」

「アレン殿?」

「ちょっと行ってくる。この戦場で、あの人と戦いになるのは俺だけだろうから」

 

 アレンは前衛の兵士たちの間を掻き分け、最前線へと駆けて行った。

 

「覚悟ォーッ!」

 

 叫び声と共にスゥエがジークに斬りかかると、ジークもまた大剣を振りかぶった。

 

「────え」

 

 瞬間、スゥエの脳内に浮かんだのは、今よりも相当若い両親が笑顔で自分を覗き込むような見ている姿だった。

 

(これは……なんだ……?)

 

 その次に浮かぶは、幼い自分が士官学校児童部の制服を着て敬礼している姿。その次は、少年期の自分が学友たちと笑い合う姿、士官学校を卒業し兵士となって苦難が続きながらも出世していく耀かしき青年期の自分の姿、それらが続き最後に浮かんだのは第八攻撃部隊隊長に任命された時の姿だった。

 

(そうか……これが……死ぬ間際に生涯を振り返る、というものか)

 

 スゥエはそれを走馬灯だと気づき意識が現実に戻ると、振り下ろされるジークの大剣がやけにゆっくりに感じた。しかし、スゥエの身体が早く動くことはない。

 

(つまり……あの剣が振り下ろされた時が……)

 

 死の直前の光景を、意識がゆっくりと感じているだけにすぎない。

 逃れられない死を前にした時、人は冷静になるものだ。

 

(私の……死)

 

 そして、スゥエが自身の死を悟った瞬間、全ての感覚は元に戻る。

 その瞬間、ジークの大剣が振り下ろされた。

 

「スゥエ隊長ー!」

「うわぁあああっ!」

 

 後方の兵士たちが悲鳴を上げる。

 しかし、大剣がスゥエを捉えることはなかった。

 

「やぁ、ジークさん」

 

 ジークとスゥエの間に割って入ったアレンが、ジークの大剣を剣で受け止めていたからだ。

 

「……!」

 

 自身の大剣が受け止められていることに驚くジークだったが、アレンの顔を見た途端に納得したような表情を見せる。

 

「戦場で敵として会うのは久しぶりっスね」

「……」

「相変わらず無口だな……あんたは!」

 

 アレンはジークの大剣を弾き、即座に剣を振るう。

 大剣と片手剣ではパワーが違う為、単純な押し合いでは不利。たった今受け止められたのは、前進の勢いを付けられたからに過ぎない。

 アレンは目にも留まらぬ速度の剣技で、力不足を手数で補いながらジークに攻撃を仕掛ける。

 

「……」

 

 しかし、『防竜』ジークにそんな定石は通用しない。

 ジークは重いはずの大剣を軽々しく振り回し、アレンの速度に対応する。

 

「ま、あんたならそうするよな」

 

 剣の速度が足りないのなら、身体の速度を上げるまでと、アレンはジークの周囲を駆け回り、あらゆる方向から攻撃を仕掛ける。

 

「……っ」

 

 剣技だけになら対応できていたジークだが、アレン本人の速度には対応しきれなくなっていた。

 すると、ジークは大剣を振り回し、自身を中心として円を描くように斬撃を繰り出す。当然そんな大振りな斬撃はアレンを捉えることないが、斬撃から発生する衝撃波で辺り一面が薙ぎ払われる。地面は抉れ、旋風が舞い、遠くに離れていたフォルテ兵たちをも吹き飛ばす。

 

「うぉっ!」

 

 アレンも吹き飛ばされていたが、身体へのダメージはなく、受け身を取ってから体勢を立て直す。

 

「『空絶斬(テンペストソード)』」

 

 牽制とアレンは遠距離から斬撃を飛ばす。

 

「……!」

 

 ジークは大剣を盾のように前面に構えてガード。

 その間、アレンは前進し再び距離を詰める。

 ジークがカウンターで大剣を振り回すのに対し、アレンは跳躍して回避。

 降下してくるタイミングに合わせ、再び大剣を振り抜いたジークだが……

 

「……っ⁉︎」

 

 なんと、アレンは振るわれた大剣に着地した。

 絶大な破壊力で近接戦では無類の強さを誇るジークの大剣だが、その大きさが仇となった。

 ジークが大剣を振り回してアレンを放り投げようにも、アレンはその脅威的な身体能力と体幹で大剣の上に乗り続ける。

 そしてアレンが狙うのは、ジークの大剣を握る手。そこに剣を振り下ろし、まず武器を奪おうとするが。

 

「……ッ!」

「は?」

 

 ジークは口を大きく開け、魔法の火炎弾を吐き出した。

 

「マジで竜かよあんたっ⁉︎」

 

 アレンが回避の為に身体を捻り大剣の上でバランスを崩したその一種を狙い、ジークは大剣を握っていない方の腕でアレンを殴り飛ばし、大剣の上から退かす。

 

「く……っ!」

 

 そして、口から吐き出した炎の息吹を大剣に纏わせ、炎を斬撃を繰り出す。

 

「ちぃ……っ」

 

 斬撃は回避、その先の火炎も剣を振った風圧で消し飛ばずアレン。

 しかし、ジークの繰り出した炎が彼の周囲を守るように燃え盛り続け、接近が困難となる。

 

(あの人は俺を倒そうとはしてない。あの人の任務は防衛、要は俺たちを諦めさせればいいんだから。だが、俺はあの人を倒さなきゃいけない。その差だな……)

 

 アレンとジークの実力に殆ど差異はない。だが、戦いにおいては基本攻める側より守る側が有利で、守りに入った相手を崩すには、大きな実力差が必要なのである。最強の防御力を持つ『防竜』相手から尚更だ。

 つまるところ、理論上ジークの守りを崩す為には傭兵ギルド三傑級の実力者が二人以上は必要なのだ。

 

(スゥエ隊長もゼントさんも、一人の兵としては悪くない実力だが、ジークさんの守りを崩すには足りないんだよな。せめて、あの火だけでもなんとかできれば……)

 

 その時、アレンの後方から飛んできた魔法矢が、ジークに向かって降り注いた。

 

「……!」

 

 何本かの矢はジークに直撃するも、鎧に弾かれ傷の一つも負わせることはできない。

 しかし、魔法矢に込められていた水の魔力が、ジークの炎魔法と反発し、ジークの周囲の火の勢いが弱まった。

 

「魔法矢……ファリスか!」

 

 自分の思考から抜けていた『打開策(ファリス)』に、アレンは心の中で感謝した。

 

「よしっ!」

 

 アレンは剣を振り回し、勢いが弱まった火を消しながら前進する。

 

「……」

 

 ジークは再び大剣を構え、アレンを迎撃しようとするが……

 

「合わせろ傭兵っ!」

「了解した!」

 

 スゥエとゼントが、二人がかりでジークの大剣を受けて抑えつけ、アレンの突破口を切り開く。

 

「長くは持たんぞ!」

「行けっ、アレン殿!」

 

 ジークは口から火炎弾を吐き出すも、先程と異なり来るとわかっている攻撃故にアレンは最低限の動きで回避する。

 雑兵相手なら大剣が使えずとも火炎と身体能力で軽く捻ることができるジークだが、目の前の相手は自身と同格の『雑業』である。

 

「……っ」

 

 ジークは始めて焦りの表情を見せた。

 

「はぁっ!」

 

 アレンの剣が、ジークを捉えた。

 鉄壁の鎧にヒビが入り、遂にジークが傷を負う。

 

「……」

 

 しかし、それでもなお軽傷。

 ようやく一撃を入れただけであり、ジークを戦闘不能にするには大きく至らない。

 

「……ッ」

「うおおっ⁉︎」

「ぐわぁっ!」

 

 ジークの怪力を抑えつけていたスゥエとゼントだが、限界を迎えて力が緩まってしまい、そのまま吹っ飛ばされ地面に転がる。

 

「……‼︎」

 

 そして、ジークは溢れんばかりの殺気などを含む己の重圧を一点にまとめ、後方のファリスを睨みつけた。

 

「ひゃうっ⁉︎」

 

 並の兵士が気絶するほどの圧が一点に集まったものを突然向けられたファリスは、悲鳴を上げてその場に蹲る。

 

「はぁ……はぁ……うぅ……ひぇぇ……っ」

 

 ファリスは恐怖から来る寒気が止まらず、目尻に涙を浮かべながら震えており、身体に傷は全く負っていないものの、戦闘不能になる。

 

「新人にマジの殺気を向けないでほしいんですけど」

「……」

「ま、あんたにそこまでさせるほどの相手ってことだな。新人なのにやるでしょ? アイツ」

 

 ジークは小さく笑い、頷いた。

 再び、アレンとジークの一騎打ちとなる。

 スゥエとゼントが倒れた以上、自分たちではこの戦いの場に立つことすらできないと悟ったフォルテ兵やパンテーラの傭兵たちは、ただアレンとジークの戦いを眺めることしかできなかった。

 

「……素晴らしいね」

 

 戦場のバルハ渓谷から遠く離れたある国の一室で、魔法によって水晶に映し出されたアレンとジークの戦いを見守る男がいた。

 

「戦争の常識を覆す絶対的な個の力を持つ傭兵たち。彼らの存在は、既存の兵力、武力、軍事力の価値を下げ……そしていずれは戦争そのものの価値も下げるだろう。現に、あのフォルテすらも傭兵を頼った」

 

 その男は、水晶に映る戦いの様子を見ながら得意げに笑い、独白を続ける。

 

「無意味な戦争時代を終わらせる為の力、それが僕たち『傭兵ギルド』だ」

 

 穏やかな声色だが、その意志は野心に満ちていた。

 

「……おっと、つい見入ってしまった。仕事が山積みだというのにね。ふふっ」

 

 男は水晶の魔法を切り、机どころか部屋中に溢れるほどに溜まった書類仕事を再開するのだった。

 

「……くっ、ははっ!」

「……!」

 

 アレンとジークは長引く戦いに疲弊しながらも表情は緩んでいた。

 その強大な力から戦場にて本気で戦う機会がない二人は、同格の相手との戦いが少し楽しくなっていたのだ。

 

「まずいな……」

 

 いつ決着がつくかもわからない闘争に、スゥエは焦りを見せた。

 

「何か不都合でもあるのか? アレン殿と『防竜』の戦いは長引いていて、どちらかに大きく傾いてもいない。あのまま続けていたら……おそらくお互い倒れるだろう。ならば、我々はそれまで待てばいいだけではないか? 防竜さえ突破すれば、後方のバルハの正規兵など我々の敵ではないだろう」

「長引くのがいかんのだ。我々が優勢ならまだしも、かの『防竜』のせいで未だにバルハ本国へ進攻ができていない。本来の戦力差ならば、バルハの制圧が完遂していてもおかしくないというのに……! このままでは、我々にとって傭兵よりも厄介な連中がやってくる……」

「厄介な連中……?」

 

 その瞬間、アレンとジークの間に、一本の杭が落下してきた。

 

「……?」

「あ?」

 

 そして、杭に込められていた魔法が発動し、アレンとジークの間に半透明な魔法壁が展開され、その壁面に文字が浮かび上がった。

 

『こちらは、シュターク平和維持部隊。フォルテ帝国軍並びにバルハ軍またはそれに属する全兵士たちに告ぐ。今すぐ武力衝突を止め、停戦もしくは終戦せよ。我々の勧告が聞き入れられない場合は、我らシュターク平和維持部隊の名をもって、武力介入を開始する』

 

 アレンが空を見上げると、巨大な怪鳥が大きな風音を立てて羽ばたいていた。

 その怪鳥の背には、数名の兵士が臨戦状態で武器を手に待機している。

 

「出たな、シュタ鳥」

「……」

 

 アレンもジークも、怪鳥とその上の兵たちを鬱陶しそうな表情で見上げるが、彼らの勧告通り武器は下げていた。

 

「シュタークのハイエナ共め……っ!」

 

 この場で最も苛立っていたのは、スゥエを含むフォルテ軍の兵士たちだった。

 

「しゅ、シュタークって、この前言ってたフォルテと同じ四列強の……?」

 

 寒気が落ち着いて動けるようになったファリスは、アレンの元に駆け寄って訊ねる。

 

「あぁ、『シュターク平和維持部隊』とは、言うまでもなく四列強の一国シュタークの兵隊だ。だが、シュタークはフォルテと違って侵略戦争はしない。これがアイツらのやり口なんだよ」

 

 シュタークは、フォルテ帝国と同じ四列強に属していながら、その方針は大きく異なる。シュタークという国は、戦争時代以前まではフォルテほどではないにせよ帝国主義派の強国だったが、戦争時代におけるフォルテの苦戦を目の当たりにし、国際社会における立ち回りの方向性を変更、支配しようとするのでなく列強としての立場を活かし各国家の戦争の仲裁や条約の裁定を買って出るようになった。

 その活動の一つが『シュターク平和維持部隊』という戦争や紛争に介入しその終結を強引に求める武装組織である。

 

「名目はその名のとおり平和維持だが、実際は奴らが動くのは他の四列強の戦争への茶々入れだ。四列強……特にフォルテ関連の案件を受けると、度々アイツらに介入されて邪魔されるのさ。近年のフォルテ軍の失敗続きは、俺ら傭兵だけじゃなくてアイツらのせいって方が多い」

 

 強引に魔法壁を壊して戦闘を再開することもできるアレンだが、その前に依頼主に判断を仰ぐ必要がある。

 

「どうするスゥエ隊長?」

「どうもこうもない……防竜のせいで大打撃を受けた我が隊が更に奴らと戦えば壊滅だ。撤退を選ばざるを得ない……!」

「だろうな。今の疲れ具合の俺とジークさんでも、アイツらの相手するのは骨が折れる」

 

 シュターク平和維持部隊は、シュターク軍の中でも精鋭が揃う実力派の部隊。傭兵ギルド三傑ですら、正面から戦えば苦戦は必至。

 また、アレンが『シュタ鳥』と呼ぶシュターク平和維持部隊の移動を担う怪鳥も、竜に匹敵する強さを持つ超生物である。

 

「撤退だ! クソッ!」

 

 スゥエの号令にて、フォルテ軍第八攻撃部隊傭兵団連合はバルハ渓谷から撤退した。

 つまりは、シュタークの介入によりフォルテはバルハへの侵略を断念したことになる。

 その後、シュターク仲介の下、フォルテとバルハの間には停戦条約が結ばれることになった。

 これによりどちらの国も戦勝扱いではない為、傭兵への報酬は満額出ることはなかった。

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……防衛戦最強の男が防衛戦争の依頼しか受けないのズルいだろ……マスターもそう思わない? 葡萄酒酒抜きお代わり」

「葡萄ジュースですね。はい、ただいま」

 

 ギルド集会所の酒場で、ぼやきながら葡萄ジュースを啜るアレン。

 仕事先の料理を食べるのが趣味のアレンだが、依頼が失敗した時の食事は、傭兵ギルド集会所の酒場で質素に済ませることに決めている。

 

「あっ、アレンさん! お疲れ様でーす!」

「ファリスか。今日は奢れないぞ。何せ報酬が半額だからな」

「奢ってもらうつもりで話しかけたわけじゃないですよっ! あ、マスターさん! 葡萄と林檎とオレンジのジュースください! あと芋と魚を揚げたやつも!」

「かしこまりました」

 

 依頼失敗で気を落とすアレンとは対照的に、新人だからまず生きて帰れたことに喜ぶファリス。

 その隣の席に、ある一人の男が腰掛けた。

 

「……」

「はい、いつものですね」

 

 その男『防竜』のジークは、マスターに目配せだけで注文を済ませた。

 

「あっ、ジークさん!」

「……」

「え? もう戦場じゃないから怖がってませんよ?」

「……」

「いえいえ、お互い仕事ですから、気にしないでください」

「……?」

「あははっ、よく言われます」

「……! ……?」

「ありがとうございますっ! 機会があれば是非!」

「……」

「は〜い! じゃあまたどこかでお会いしましょう!」

 

 ジークは穏やかな笑顔でファリスとの会話(?)を済ませ、マスターから出されたアルコール度数の非常に高い酒を一気に飲み干し、ギルド集会所を後にした。

 

「え……? なにあれ?」

 

 アレンはその様子に呆気に取られ、ファリスに耳打ちする。

 

「え、なに、ジークさんって喋んの?」

「普通に喋ってますよ? 少し声が小さいだけだと思います」

「いや俺には全く聞き取れないわ。良いなぁ獣人、俺もジークさんと喋りてえ〜」

 

 今回、依頼が失敗となったアレンとファリスだが、傭兵というものは常に勝利できるわけではない。

 一つの戦場で仕事を終えれば、結果がどうであれまた次の戦場へ仕事へ行く、それが傭兵なのだ。

 

 

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