傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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その戦場に合った装備を/バリオン商会極秘パーティ警備任務・上

 

 

「そろそろ、俺の任務に同伴しなくても良いぞ」

 

 傭兵ギルドのカフェの朝食の美味しさを知ったファリスは、仕事がない日も朝食をそこで摂るようになっていた。

 そして、同じようにほぼ毎朝カフェで寛ぐアレンと顔を合わせることも少なくなかった。

 そんなある日、アレンがふと口にした言葉を聞いたファリスは、手に持っていたサンドイッチを皿に落としてしまうほどの衝撃を受けた。

 

「え、ええっ⁉︎ わ、私、クビですかっ⁉︎」

「あー……違う違う。そろそろ一人で仕事を受けてみたらどうだ、って」

「良かったぁ……! てっきりアレンさんに役立たずだと思われたかと……」

「役立たず? 誰が?」

「だって……今までだってアレンさんがいたから生きて帰れたようなものなのに、一人だとすぐ死んじゃうかも……」

「そんなことは……」

 

 むしろ、アレンはファリスの実力を誰よりも理解し、評価している。

 獣人であることを活かした探知能力、魔法矢による的確な戦闘サポート、そんなことをやってのける新人が他にいたかと聞かれたらまずいない。先日あの『防竜』ジークの守りを崩す突破口を見出したのも、ファリスの助力があってこそだ。

 

(ファリス、そこらの新人どころか普通の傭兵よりも優秀なんだけどなぁ……)

 

 しかし、アレンはそれらの賞賛を口に出すことはしない。そういう男なのだ。

 

「……一人で行けっつっても、今すぐ最初から最後まで全部やれっていうつもりはないさ。不安なら、最初のうちはファリス一人でもなんとかなりそうな依頼を俺が見繕ってやる」

「そ、それならできるかも……」

 

 へなへなと萎れていたファリスの獣耳が元気にピンと立つ。

 

「アレンさーんっ」

 

 すると、二人の元に傭兵ギルドの受付嬢が何やら要件がある様子で近づいてきた。

 

「仕事の依頼が来ています。これ、依頼の手紙です」

「その様子だと、依頼主から直々のご指名ってことですよね?」

「はい」

「……じゃあラルフだな」

 

 アレンは受付嬢から依頼の封書を受け取り、内容を確認する。

 依頼者は、思ったとおり傭兵ギルド代表ラルフ。そして、アレンだけではなくファリス同伴も指定されていた。

 内容を細かく確認する前に、アレンはファリスと目を見合わせて言った。

 

「……独り立ちは次回からだな」

「わかりましたっ!」

「なんで嬉しそうなんだ?」

「いやぁ……あははっ」

「まぁいっか。仕事内容は、どれどれ……?」

 

 アレンは依頼書の文章を読み進むと、面倒そうながらも納得したような態度を見せる。

 

「なるほどな」

 

 そして一通り内容に目を通し、ファリスにも手紙を渡した。

 

「えっと……『バリオン商会極秘パーティ警備任務』……? バリオン商会って……何ですか?」

 

 『バリオン商会』、そんな聞き慣れない言葉に、ファリスは首を傾げながら訊ねる。

 

「バリオン商会、大陸中の金持ちが戦争時代のせいで自分たちの財産が脅かされないように作った、国を越えたコミュニティー、ってとこかな」

「お金持ちが集まって作った大きなお店ってことですか?」

「いや、名前に商会って付いてるけど表立って商売をしてるわけじゃない。それっぽい名前を付けて、関係者以外に詮索された時に煙に巻けるようにしてるのさ」

 

 国を越えたコミュニティーであるということは、自国の内情を他国に流していることでもある。それは国によっては重罪となる為、バリオン商会はその存在を公にはしていないのだ。

 

「例えば、一人の金持ちがいるとする。でもその金持ちの住んでる国が戦争で滅んだら、その金持ちは財産を失うことになってしまう。けど、バリオン商会に名を連ねていれば、国が滅びる前に財産を他国に逃せるんだ。そして亡命先の国で、他の国のバリオン商会員が別荘を用意してくれたり、先に逃しておいた財産を使って新しい国で商売を始める(つて)を紹介してくれたり、簡単に言うと金持ちたちの狡い助け合いってことさ」

「こ、狡い……って」

「狡いだろ。貧乏人は戦争で国や故郷が滅んだら全てを失うのに、金持ちは金持ち同士で助け合ってすぐに再起できるんだぜ? ま、そんな狡い助け合いから生まれたのがこの傭兵ギルドなんだけど」

「傭兵ギルドが……」

「聞いててなんとなく気づいたんじゃないか? 傭兵ギルド代表のラルフは、そのバリオン商会の一員だってことに」

 

 アレンの言うとおり、ファリスは特に驚くことはなかった。むしろ、ラルフが直接アレンを指名したことが腑に落ちた。何故アレンだけでなく自分が、という疑問は膨らむばかりだが。

 

「んで、その金持ち連中が定期的に開いている秘密のパーティの警備に、俺たちが駆り出されるってわけ。ラルフがお得意の口八丁でバリオン商会の連中から金を引き出して傭兵ギルドの運営費の一部にしてるから、その見返りとして俺たちはあの胡散臭いコミュニティーの連中を守る義務があるのさ」

「な、なるほど……! え、じゃあもしかして、そこに行けば代表に会えるってことですか?」

「まぁアイツが君を呼んだようなものだから会えるとは思うけど……会いたいか? あんなヤツに?」

「自分の所属しているギルドの代表ですし……ひと目見るぐらいはしたいですよ。で、でも……アレンさんがそこまで言うってことは、代表的ってその……ヤバい人なんですか?」

「容姿や態度、言動、性格、それら全てが胡散臭い」

「え……えぇ……」

「……まぁでも、アイツが君を指名したんなら、それには意味があるってことなんだろう」

 

 傭兵ギルド代表という肩書きに加え、アレンの散々な物言いに、会う前から不安でいっぱいのファリスだったが、アレンの最後の一言で二人の関係性を察した。

 アレンの物言いはある意味仲の良さから来ていて、二人は信頼し合っているのだろう、と。

 そう思えば自ずと不安は薄れたファリスは、自分もラルフと会って話してみたくなってきていた。

 

「……その前に、ファリス。君はパーティ用の衣装は持っているか?」

「衣装……ですか?」

「大陸中の金持ちの一部が集まるパーティだぞ? まさか、今着てるそれで行くつもりじゃないだろ?」

「え……?」

 

 ファリスが着ている服は、戦場にも着ていけるような少し丈夫な革布のものだ。仕事後は勿論綺麗に洗っているようだが、仕事上どうしても傷や布の解れが少し目立ってしまう。

 当然、どこをどう見てもパーティに似つかわしくない格好だ。

 

「まさか、それで行くつもりだったのか……?」

「ま、まぁ……はい」

 

 アレンは、ファリスの傭兵としての能力は高さに気を取られ、彼女が世間知らずの田舎娘であることを失念していた。

 

「ドレスコード、っつーものがあってだな。簡単に言うと高い服じゃないと追い出されるんだよ。俺たちは参加者じゃなくて警備員だが、それでもそれなりのもんを着ることを要求される」

「そんなぁ〜! 私高い服なんて持ってないですよ〜!」

「じゃあ買いにくぞ、今から」

「今からですかっ⁉︎」

 

 アレンはファリスを連れ、傭兵ギルドの扉をある所に繋げる。

 二人が足を運んだ地は、シュターク中心街『シュヴァル』。フォルテ中心街『ネグロ』と並んで世界最高の二大都市と呼ばれる世界の文化と産業の最先端の地だ。

 

「わ……ぁ……」

 

 城のような建物が並ぶ華やかな街並みや活気はありつつもどこか品のある人々の流れに圧倒されるファリスをよそに、アレンは目的の場所へと歩いて向かう。

 

「何ボーッと突っ立ってんだ? 置いてくぞ?」

「あっ、待ってくださいっ!」

「都会は初めてか?」

「は、はい……」

「死なずに傭兵やってりゃ金は貯まるから、暇があったらこういうとこで豪遊するのもアリだと思うぞ。俺はやらないけど」

「いえ、私も……すごいとは思いますけど、この街の勢いにはとてもついていけません……」

「ははっ、そうか。さて、ここだ」

 

 しばらく歩くと、見るからに店構えから高級そうな服屋の前に着いた。

 

「……これ? 偉い人のお城とかですか?」

「ただの服屋だよ。普通金持ちはドレスなんかはオーダーメイドするんだが、時間がないから店でいい感じのを適当に買おう」

「ひぇぇ……」

 

 オドオドと物怖じするファリスを面白がるように小さく笑いながら、アレンはその店に入って行った。

 ファリスは、アレンの背に隠れるように付いて行く。

 

「……いらっしゃいませ。アレン様でございますね? ラルフ様からの紹介でお待ちしておりました」

 

 店に入った瞬間、高貴な佇まいの店員がアレンに話しかける。

 

「あ、そうですか? なら話は早いです。俺の後ろに隠れてるこの子のドレスを用意して欲しいんですけど」

「ふぇっ⁉︎」

「なんで驚いてんだよその為に来たんだろうが」

「かしこまりました。女性用の係を呼んで参りますので、しばらくお待ちください」

「はい、お願いします」

 

 高貴な店員が一旦店の奥に下がると、同じように高貴な女店員がやってきた。

 アレンは、自分に隠れようとするファリスの服の首根っこを引っ張り前に出す。

 

「お待たせしました。まず、お名前を伺っても?」

「ふぁ、ファリス……です……」

「ファリス様ですね。よろしくお願い致します。つきましては、まずは採寸をさせていただきますので……」

「あぁ、男はついていかない方がいいですよね。とりあえず予算は二百万フォルツぐらいでお願いします」

 

 『フォルツ』とは、フォルデ帝国発祥の通貨で、かつてフォルテ帝国がその全盛期に植民地や属国とした大陸中の国々に浸透させたものである。戦争時代が始まりフォルテから独立した国が多いながらも、自国の通貨を未だにフォルツに設定している国は多い。それだけ便利な通貨なのだ。

 フォルテに直接支配されたことのない同じ列強のシュタークですら、その利便性を高めるために流通通貨にフォルツを採用しているほどだ。

 

「二百万っ⁉︎」

「かしこまりました。では、ファリス様、専用の採寸と試着室に向かいましょう」

「はいぃ……」

 

 高貴な女店員に連れられ、ファリスは店の奥に消えていった。

 

「ファリス様、こちらはいかがですか?」

「は、肌が出過ぎて恥ずかしいですっ!」

「そうでしょうか? パーティ用のものですとこれくらいは普通ですよ。それに、せっかく綺麗なお身体をしているのですから、少しぐらい見せても……」

「そ、そうですか……? こんな綺麗なの、私には似合いませんよ……」

「そんなことはありませんよ! ファリス様はとても可愛らしいお顔をしていらっしゃいます! 似合わない筈などありません!」

「ちょ、圧が強いんですけど……どうしたんですか急に……?」

「こんな可愛い子を美しく仕上げられねば私たちの恥ッ! 全女性スタッフに告ぎます! 今すぐ集まってください! この子は原石です! 私たち全員で磨き上げますよぉっ!」

 

 あまり注目されていなかったが、ファリスは相当な美少女である。しかしファリスは、自分の容姿など気にしたこともなければ、自分の魅力を磨くことなど考えたこともない。そんな田舎娘のいじらしさが、容姿と相まって店中の女店員たちの心を鷲掴みにしたのだった。

 それにより、試着だけでなく、店に常駐しているスタイリストや、化粧品の販売員なども加わり、ヘアセットやメイクなども行った。

 

「お、お待たせしました〜……」

 

 暫くして、ファリスはドレス姿でアレンの前に出る。

 そこにいたのは、傭兵ギルド新人の田舎娘ではなく、高級なパーティドレスに身を包んだ一国の姫のような高貴で可憐な美少女だった。

 

「……やりすぎだろ。警備の癖にパーティの主役でも掻っ攫うつもりか?」

「私が頼んだんじゃないですよぉっ! 皆さんがあれもこれも……って」

「ていうか、そのドレス二百どころじゃ済まないぐらい高そうなんだが」

「えっ……」

「いえ、二百万フォルツで結構です」

 

 アレンとファリスの会話に、女店員が割って入る。

 女店員の言葉から、確実に二百万フォルツでは済まない値段なことを察したアレンは、ドレスの背中から紐で垂れている値札をチラッと見た。

 

「あの、値札には四百万……って」

「二百万フォルツで結構です」

「いや、流石に悪いですって」

「二百万フォルツで結構です」

「まじかこの人」

 

 女店員は、何がなんでもこのドレスをファリスに着てもらいようだ。たとえ割引にして店側が損をすることになったとしても。

 商売人としてそれでいいのか、と思いつつアレンは折れることにした。安くなるなら買う側としては都合は良い。

 

「いえ、その……二百万でも高すぎて着れないですよ私には……」

「んなこと言ったって、今回のパーティのドレスコードは最低百万だぞ? まぁいちいち値段をチェックされるわけじゃないが」

「でも私そんなお金ありませんし……」

「金出すのはラルフだから良いんだよ。それに、また同じような任務を受ける機会があるかもしれない。だから一着ぐらいは高いやつ持ってた方がいいと思うぞ」

「そ、そういうものなんですね。じゃあ……」

「店員さーんこれ買いまーす!」

「かしこまりましたァッ!」

「あ、領収書くださいね。全部ラルフ宛に」

 

 こうして戦場に合った装備を手に入れたファリスと共に、アレンは『バリオン商会極秘パーティ』の当日、警備員として一足早く会場入りをするのだった。

 

「さて、行くか」

「はいっ!」

 

 

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