傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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天上の饗宴/バリオン商会極秘パーティ警備任務・下

 

 

 大陸中の資産家が集まるパーティとなると、それはもう華やかなものだ。

 煌びやかな装飾が大部屋の至る所に配置され、天井には光魔法の灯が幾つもぶら下げられている。

 豪華に着飾った人々が談笑しており、各々が嗜んでいる酒はどれもこれも世界最高級のものだ。

 会場の中心にある長テーブルに色取り取りの料理が並べられ、手軽につまめる軽食から本格的なコース料理まで幅広いラインナップが揃っていた。

 

「すごい……」

 

 そんなこの世の贅沢を集めたようなパーティ会場で、アレンとファリスは警備の任務に就いていた。

 

「飯は食い放題だ。金持ちは見栄えの為にあんなに用意させるくせに殆ど手をつけないからな。俺たちが貪っても誰も何も気にしない」

「ほんとですかっ⁉︎」

「警備はちゃんとした上で、な。まぁそれなりに気楽にやればいいさ。警備といっても、会場内を適当に歩き回ってるだけでいいんだから」

「そ、そんなことでいいんですか?」

「あぁでも、なるべく商会の連中の世間話は耳に入れない方がいい」

「え……?」

「耳が腐る」

 

 心底嫌悪した表情で、パーティを楽しむバリオン商会の会員たちを見ながらアレンが言った。

 

「今この時間だけは、自分の中の善性や正義感は捨てた方がいい。そうしないとしんどいのは自分だからな。ま、傭兵なんかやってる俺らが言えた義理でもないか」

「……」

「それじゃ、警備が固まってたら効率が悪いから別れよう。また後で」

「は、はい……」

 

 言いながらアレンはファリスに手を振ってから離れ、会場内をノロノロと練り歩く。

 ファリスもまた、アレンとは真逆の方向へ、緊張で硬い動きながらも巡廻を始めた。

 

(アレンさん……)

 

 ファリスは、先程アレンが見せた嫌悪の表情が忘れられなかった。常に飄々とした態度で、戦場という死地へも陽気で突っ込むような男のあの表情が。

 

(不思議な人だよね。いつも私に勇気をくれるけど……なんか底知れないものを感じるっていうか……)

 

 アレンという男は、ファリスより八つも歳であるが、それでもまだ二十五と若いことに変わりはない。

 にも関わらず、戦争に対する知識や経験、それらから放たれる貫禄は老兵のそれだ。あまりにも成熟しすぎている。

 

(もっと知りたいな……アレンさんのこと……)

 

 そんなことを思いながらファリスが歩いていると、すぐ側で酒の入ったグラスを手に談笑しているバリオン商会員たちの会話が耳に入った。

  

「先日、滅びた某国から奴隷を沢山仕入れることができましてねぇ」

「ならば、是非今度買わせていただきましょう」

 

 ファリスは彼らの会話を聞くつもりは一切なかったのだが、猿人より優れた獣人の耳は、無意識にその会話を拾ってしまったのだ。

 

「亡国の奴隷とあれば、いくら働かせても良いですし、身体や精神に不具合が生じればすぐに"処分"できることが便利ですからねぇ」

「全く、戦争時代のおかげですな」

「「はっはっは」」

 

 身の毛のよだつ会話の内容を少しでも耳に入れないよう、ファリスは早足でその場を去る。

 

「……ッ!」

 

『今この時間だけは、自分の中の善性や正義感は捨てた方がいい。そうしないとしんどいのは自分だからな』

 

 先程はあまり理解していなかったアレンの言葉の意味を、ファリスはたった今思い知った。

 バリオン商会とはあのような人間たちの集まりなのだと。

 

(耳が良いのも……考えものだなぁ……)

 

 とはいえ仕事は仕事。

 いくら嫌悪する対象であっても、警備任務は遂行しなければならない。

 それに、アレンの言うとおり、自分も人殺しを生業とする傭兵であり、彼らに善悪を問う資格などないことを、ファリスは自覚していた。

 

「失礼、そこのお嬢さん」

 

 その時、ファリスに一人の長髪の青年が話しかけてきた。

 

「私……ですか?」

「そう、きみきみ。さっきから見てたんだけど、多分君って傭兵ギルドが遣わした警備の人、だよね?」

「え……あ、はい」

「そうだよね〜。佇まいが他の人たちと違ったからさ。戦士、っていうのかな? 君はそういう雰囲気があってね。けどそのドレス、とても似合っているよ」

「あ……ありがとうございます」

「少し、外の風を浴びに行きたいんだ。護衛としてついてきてくれないかい?」

「わ、わかりました……」

 

 ファリスは青年に連れられ、会場の外にあるテラスに出る。

 

「……息が詰まるよね、あんな奴らと同じ空間にいたら」

 

 青年は、魔法灯やランプ灯が点々と光る夜景を見下ろしながら言う。

 

「……」

 

 ファリスは何も応えられなかった。というのも、自分の心を見透かしたような、そして同じ商会員でありながら商会を貶す青年の物言いに驚いていたからだ。

 

「あんな奴らがのさばっているのも、戦争時代が理由さ。そして、これが今の世界の現状なんだよ」

 

 テラスの柵に寄りかかりながら青年は語る。

 

「戦争というものに慣れた人間たちは、争いという手段が目的にすり替わりつつある。外交の果てに起こるのが戦争だった筈なのに、今の世界はまずは戦争から外交が始まっているんだ。側から見れば、無意味な争いの数々さ」

 

 ファリスは黙って青年の話を聞いていた。

 何故目の前の青年は初対面の筈の自分にそんな話をするのかという疑問はあったが、それ以上に青年の言葉にはファリスを惹きつける何かがあった。

 

「この世から戦争をゼロにすることなんてできやしない。けれど、無意味な戦争は一つでも減るべきだと僕は思うんだよ」

「あなたは────」

 

 ファリスが口を開いた瞬間、その場にファリスと青年のものではない足音が鳴った。

 

「……ッ⁉︎」

 

 その方向に振り返ったファリスは、即座に身構え臨戦態勢に入った。そして腰に仕込んでいた短剣に手をつけ、警備対象の青年を守るように前に出る。

 足音の主は、パーティに似つかわしくない黒ずくめの服を着ており、その手には剣が握られていたからだ。

 

「……バリオン商会の者だな?」

 

 黒ずくめの男は、ファリスと青年を指差しながら言う。

 

「彼女は違うよ? 僕はそうだけど」

 

 青年は驚くことも怯えることもせず、飄々とした態度で応えた。

 

「上から貴様たちバリオン商会員への抹殺命令が出ている」

「だろうね。僕たちのことを消したい奴なんていくらでもいる」

「ならば、死ね」

 

 黒ずくめの男は、青年に向かって剣を突き出す。

 しかし、ファリスが腰から引き抜いた短剣に弾かれた。

 

「下がってください! ここは私が!」

「邪魔だ女。なら貴様から死ね」

 

 男は青年から狙いをファリスに移し、心臓を狙い剣を突き出すが、ファリスは素早い動きでひらりと躱す。

 次に振るわれた剣も、最小限の動きで避ける。

 ファリスは動きづらい筈のドレス姿にも関わらず、男の斬撃や刺突を全て捌いていた。

 

「……ふ〜ん」

 

 青年はまるで余興のようにファリスと黒ずくめの男との戦いを眺め、会場内に逃げこむことすらしなかった。

 

(なんだのこの女……っ! 速い……っ!)

 

 青年から見ても、黒ずくめの男がファリスに勝てるとは思えないほど、ファリスの動きは男を翻弄していたのだ。

 

「……あまり強くはありませんね、あなた。足音を立てるぐらいに暗殺も下手なようですし」

「貴様……っ!」

「ほら、動揺した」

 

 男の動きの隙を突き、ファリスは短剣で男の剣を握る手を斬りつけた。

 

「……ぐっ」

 

 そして即座に足にも短剣を数回刺す。

 そのまま態勢が崩れた男のもう片方の足を蹴り飛ばし、地面に横転させると、その喉元に短剣を突きつけた。

 

「こ……この……っ」

「動いたら殺します」

 

 一分にも満たない時間で、ファリスは黒ずくめの男を制圧した。

 彼女は傭兵としては新人だが、対人戦闘の心得は十二分にあるのだ。

 

「おぉ〜」

 

 すると、青年がわざとらしい歓声をあげながら拍手した。

 

「流石だね。傭兵ギルドには優秀な人材が揃っているようだ」

「……あ、ありがとうございます」

「さて、そのままその男を抑えておいてくれないか? 色々と聞きたいことがあるんだ」

「わかりました」

 

 青年が男の元に近づくにつれ、男は震え始める。

 

「ぐ、ぐぐ……」

「……?」

 

 ファリスから見て、男は明らかに様子がおかしかった。

 ひたすら何かに怯えているように見えたのだ。それも、短剣を突きつける自分に対してでなければ、近づいてくる青年に対してでもない。

 

「しくじった。しくじったしくじった……! あああああっ!」

 

 そして、叫び声を上げながらジタバタと暴れ始める。

 

「動くなと言った筈ですっ!」

「あああああっー! 嫌だーっ!」

 

 男の叫び声は、突然男の首元からドン、という音が鳴ったと同時に止まった。

 

「あ…………」

 

 そして、男は絶命していた。

 

「……え?」

「ふむ」

 

 突然死した男にたじろぐファリスをよそに、青年は死体の衣服を引っ張り首元を見る。

 するとそこには、謎の紋章が焼き焦げて浮かび上がっていた。その紋章の下にある首の内部がどうなっているのかなど考えたくもない。

 

「これは、自害用の魔法呪印だね。任務が失敗したら発動するように設定されていたんだろう。質が悪かったのも頷ける。何せ使い捨てなんだから」

「酷い……」

「となると、本気で僕たちを殺しにきたってよりは、挑発か何かのつもりなんだろう。それか……宣戦布告か」

「……」

 

 目の前の死体にではなく、その裏にある何かを探るような青年の物言いに、ファリスはこの青年が襲われることを事前に分かっていたのではないかと思った。

 

「あの────」

「ファリス!」

 

 ファリスが青年に訊ねようとした時、アレンがパーティ会場から飛び出してきた。

 

「こんなとこにいたのか! なんか変な奴らが襲ってきて倒したらみんな自殺したんだが、そっちは何か…………」

 

 どうやら、先ほどの黒ずくめの男の仲間と思われる集団がパーティ会場を襲ったようだが、ファリスでも簡単に制圧できる者たちがアレンに勝てるはずもなかったようだ。

 

「……お前なぁっ!」

 

 すると、アレンは見るからに苛立った表情でファリスの方に詰め寄ってくる。

 ファリスは、勝手に持ち場を離れたことを叱られると思い、ビビり散らかしていた。

 

「あ、アレンさん! すみません! この人が外の風を浴びたいって言うから……いえっ、言い訳してごめんなさいっ!」

 

 しかし、アレンはファリスを素通りし、後ろにいた青年に詰め寄った。

 

「え……?」

「素性を隠して新人に絡むなんて意地の悪いことしてんじゃねーよ!」

「隠していたつもりはないよ。ただ自己紹介する前に襲われて、するタイミングがなかったってだけさ」

「相変わらず詭弁まみれだなお前は」

「君は元気そうで何よりだね。久々に会えて嬉しいよ、アレン」

「けっ」

 

 青年は、アレンに詰め寄られても動じることなく笑顔で返す。

 そんな二人の様子から、ファリスは自ずと青年の正体を悟った。というより、なんとなく察していたのが、確信へと変わったというのが正しいだろう。

 

「やっぱり……あなたが……ラルフ代表、ですか?」

「ふふ、如何にも、僕がバリオン商会の一員、そして傭兵ギルド代表のラルフさ。よろしく、ファリス君」

 

 得意げな顔で自己紹介をするラルフと、その横でため息を吐くアレン。

 

「先程の君の戦いっぷり、やはり君を傭兵ギルドに入れた僕の目に狂いはなかったようだ」

「あの、ラルフ代表」

「どうしたんだい?」

「代表って、襲撃が来ること分かってましたよね?」

 

 ファリスの質問に、ラルフはニヤリと笑う。

 

「勿論、分かっていたさ。だから君たちを呼んだ。ファリス君も呼んだのは僕が個人的に会いたかったからっていうのもあるけどね」

「だったら最初からそれを依頼書に書いとけよ」

「それでもし襲撃が来なかったら恥ずかしいじゃないか」

 

 そんな理由で? とファリスは思ってしまった。勿論口には出さないが。

 

「お前さぁ……まぁいいや」

「じゃあ、そろそろ真面目な話をしようかな。アレンからはともかく、ファリス君に変人扱いされたくないからね」

「もうされてるだろとっくに」

「そ、そんなことないですよ……?」

「ほら、されてない」

「気を遣われてんだろうが。遣わせんなよ」

 

 揶揄うような物言いのラルフに呆れるアレン。

 

『容姿や態度、言動、性格、それら全てが胡散臭い』

 

 ファリスは、以前アレンがラルフの印象について語っていたことの意味がなんとなくわかった。

 

「僕たちバリオン商会は秘密組織。普通の人間は存在すらも知らない。当然、今回ここでパーティが行われることなんて、僕ら商会員と君たちしか知らないんだよ。けれど、奴らはここを突き止めた。つまり、商会員の中から奴らに情報を流した者がいるってことさ。今回のパーティは、その確認の為に開いたと言ってもいい。奴らの狙いは僕、そして傭兵ギルドに出資している商会員たちの抹殺だろう」

「その『奴ら』ってのは?」

「僕が『戦争屋』と呼んでいる組織のことかな」

「『戦争屋』……?」

 

 『戦争屋』、その言葉は、ファリスだけでなくアレンも聞いたことがないようだった。

 

「ファリス君は、傭兵ギルドの理念って知ってるかな?」

「え……っと……その……」

「そんなもん知ってる奴の方が少ないんだから新人に聞くなって」

「じゃあ話しておこう。ファリス君には知っていてほしい。君は近い将来、僕や三傑に加えて傭兵ギルドで大きな影響を持つようになる人物だと思っているからね」

「私が……ですか?」

「まぁ、いきなりそんなこと言われても無駄に気負うだけだろうから、記憶の片隅にでも置いておいてくれ、昔ラルフ代表にこんなこと言われたなぁ〜、ぐらいで」

 

 ラルフの言動にツッコミを入れるアレンだったが、ラルフのファリスへの印象に対してだけは同意するように頷いていた。

 

「強い傭兵たちで世界中の戦場を滅茶苦茶にして戦争そのものの価値を下げて戦争時代を終わらせよう、っていうのが僕たち傭兵ギルドの理念さ。もちろん、ギルドのみんなが同じ考えなわけじゃないけど。後はまぁ、真面目に傭兵やりたい人たちにそういう場を用意してあげるってこともかな。昔は酷かったんだよ〜?」

「アレンさんから聞きました。無法地帯だったとか」

「そうそう。で、話を戻すけど、『戦争屋』は僕たちの逆。世界中に戦争の火種を撒き散らして戦争時代を続けさせよう、っていう思想の集団さ。奴らが先導して引き起こした戦争や紛争は少なくない」

「そんな奴らがいるのか……」

「全貌は掴めてないよ。ただ、僕たち傭兵ギルドのように『戦争屋』にもバリオン商会にスポンサーがいて、今回のように分かりやすく僕たちに仕掛けてきた……ってことは、これから先奴らとやり合う機会が増えるかもしれない。ギルドのみんなには追って通達するよ。まずは長い付き合いの君に知って欲しかったのさ」

「警戒しとけってことか」

「そういうこと。じゃ、僕は襲撃で混乱してるであろうパーティを締めなきゃいけないからこの辺で。君たちは商会員が全員帰るまで適当に警備していてくれ」

 

 そう言ってラルフは、テラスから会場内に戻ろうとしたが、途中で足を止める。

 

「そうだファリス君。傭兵ギルドはどうだい? 上手くやれているかな?」

「……はい! アレンさんのおかげで!」

「だってさ、よかったねアレン」

「そろそろ俺無しで仕事に行ってもらうけどな」

「この際もうペアで仕事しなよ。彼女がいると何かと便利だと思うよ」

「それはまぁ……否定はしないが、お前が押し付けてくる『雑業』を全部処理するにはまだ経験不足だ」

「うぅ……精進します」

「ふふ、期待してるよ、ファリス君」

「はいっ!」

 

 ラルフは会場内に戻ろうとして、再び足を止める。

 

「あ、雑業で思い出した」

「まだなんかあんのかよ」

「アレンに頼みたい雑業が一つあったんだった。この自害用の魔法呪印を知り合いに頼んで解析してもらうから、解析結果をその相手の国まで受け取りに行ってくれないかい?」

「郵送で送ってもらえばいいだろそんなもん」

「彼女が、そんな手間をかけてくれると思うかい? 解析まではしてくれると思うけど」

「……はぁ、やだなぁ、あの悪辣傲慢魔皇様に会いに行くの」

「僕もやだ。だから君に任せるね、アレン」

「てめー!」

「ははは」

 

 ラルフは今度こそ逃げるように早足で会場内に戻っていった。

 

「……あれが、ウチの代表だ」

「不思議な人ですね。代表とかバリオン商会員っていう肩書きにしては気安い人だなって思ったんですけど、その言葉には人を惹きつける何かがあるような……そんな人でした。会えて良かったです」

「そう思ったんなら良かった。にしても、戦争屋か。自分たちの利益の為の戦争を誘発する奴は珍しくもないが、国を超えた組織となると厄介だな。さっき俺なしで仕事に行ってもらうって言ったばかりだけど、奴らが俺たち傭兵ギルドを狙ってくるのなら、君だけに限らず単独で仕事するのは危険かもしれない」

「まだアレンさんとお仕事できるんですか?」

「俺だけじゃなくて、他の奴ともな。まぁそこらへんはラルフがギルド全体に通達してから考えよう」

 

 アレンとファリスは、戦争屋という存在から新たな動乱の予兆を感じ取り、気を引き締める。

 

「そんなことより、商会員が帰ったら、俺たちのお楽しみの時間だ」

「お楽しみの……時間?」

「アイツらが殆ど手をつけてないであろう会場の飯……当然食うだろ! 全て!」

「……はいっ! 食べ尽くしますっ!」

 

 いや、引き締めていないのかもしれない。

 何はともあれ、その新たな動乱ですら戦争時代を取り巻く陰謀の一部に過ぎないことを、まだ二人は知らない。

 

 

 

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