傭兵ギルドの日常譚   作:烊々

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『狂信』のルキナ/ゼエル宗教戦争・上

 

 

「今日は別件があるから付き添えない。代わりの人に声をかけておいたから、その人の仕事に同行してくれ」

 

 バリオン商会極秘パーティから何日か経ったある日の朝、ファリスの顔を見るなりアレンが言った。

 

「え……」

 

 ファリスは絶望に満ちた表情で、獣耳を萎れさせながら声を漏らす。

 

「いやショック受け過ぎだろ」

「だって、私……アレンさんがいないと何もできないポンコツな新人ですよ? そんな私が他の人と組むなんて……」

「その自己評価の低さは君の課題だな。後は俺以外の人と仕事をするのにもそろそろ慣れた方が良い」

「うっ……ですよね、はい、すみません」

 

 並の新人よりも遥かに優秀なファリスの自己肯定感の低さは何故なのだろうか、とアレンは訝しむ。

 その不安を取り払う為に一人でも活躍できる機会を作ってあげたいが、戦争屋の存在から新人を独り立ちさせるのはまだ危険だし、そもそも先日ラルフがパーティ後に傭兵ギルド全体に通達した内容は『余程実力に自信がない限りは二人以上で仕事を受けることを推奨する』というものだ。色々とタイミングが悪い。

 

「まぁ、俺と同じぐらい強い人と組むことになるから安全面は大丈夫だろう」

「アレンさんと同じぐらい強い人ってことは、もしかしてジークさんですか?」

 

 ファリスの表情が少し明るくなる。

 どうやら、『防竜』ジークへの好感度は結構高いらしい。

 

「いや、残念だがハズレだ。ていうか、あの人基本ソロ専だからなぁ……でも君のことは評価高いから自分から誘ってみれば良いんじゃないか?」

「えぇっ⁉︎ 畏れ多いですぅ〜!」

「まぁ自分から誘うの勇気がいるよな。じゃあ機会があったら話してみるよ。ファリスを任務に連れてってくれって」

「良いんですか? ありがとうございますっ!」

「じゃあ、俺はもう行くよ。代わりの人は後から来るだろうから、ここで待っといてくれ。じゃあな」

「はい! お気をつけて!」

 

 アレンを見送ったファリスは、ここが傭兵ギルドのカフェということもあり、朝食を注文することにした。

 バリオン商会極秘パーティ任務の報酬は多かったこともあり、しばらくは好きなものを好きなだけ食べられるほどファリスの懐は潤っていた。

 

「こんなに食べられるなんて、ラルフ代表のおかげです〜っ、はむっもぐもぐっ」

 

 ファリスが朝食のサンドイッチセットを貪り食べているところに、一人の女性がやってきた。

 

「失礼、あなたがアレン君の言っていたファリスちゃんですか?」

「ふぇっ?」

 

 食べることに夢中でその女性に気づかなかったこともあるが、何よりその女性の容姿に圧倒されたからか、ファリスは変な声で返事をした。

 他人の容姿に無頓着なファリスですら見惚れるほどの美貌と、その身体の出るところは出て締まるところは締まる完成されたプロポーション、傭兵ではなくそれこそ先日のパーティでドレスを着ているのが似合うような美女が、ファリスの前に立っていたのだ。

 また、目を引くのは耳の上辺りから生えている悪魔のようなツノ。それこそが人類三大種族『魔人(デモン)』の特徴であり、その美女が魔人であることを示していた。

 ただ、それよりも気になることは────

 

(……修道服?)

 

 その服装が、神に仕える修道士(シスター)そのものであることだ。

 

「……あっ、ええと、はいっ、私がファリスですっ。よろしくお願いします!」

 

 その奇妙な姿の美女に気圧されしばらく無言だったファリスだが、ハッと正気に戻り、焦りながら挨拶をする。

 

「ふふ、わたくしは『ルキナ』と申します。よろしくお願いしますね。それでは早速お仕事のお話をいたしましょう」

「はい! わかりました!」

「そんなに畏まらなくても良いんですよ。そう言われても、初対面ですし緊張してしまいますよね」

「いえ、そんな……」

「でも、ファリスちゃんだけじゃなくてわたくしも緊張してるんですよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。アレン君に頼まれた子ですし、あのジークさんも褒めていた新人ですもの。どんな豪傑そうな子かと少し緊張していたのですが、まさかこんな可愛い子だとは思いませんでした」

「可愛いだなんて……えへへぇ」

 

 包容力に溢れるルキナの調子に、ファリスはすっかり緊張が和らいでいた。

 しかし、そんな和らぎも束の間であった。

 

「そうだ。ファリスちゃんにひとつお聞きしたいことがあるのですけど……」

「はい」

「人殺しは好きですか?」

「え?」

 

 驚くほど自然に訊かれたその問いに、ファリスの思考は一瞬固まる。

 

(……いや、待て)

 

 しかし、ファリスは学はないが頭は回る。

 ルキナの問いは、人殺しという行為の好き嫌いではなく傭兵としての心構えに繋がる話なのだろうと推測した。

 

(そっか、ルキナさんは……私に考えさせようとしてくれてるんだ……傭兵として、命を奪い続けることの覚悟を……)

 

 ファリスは、人殺しの経験が全くないわけではない。この凄惨な戦争時代を生き残る為に、他人の命に手をかけたことはある。そもそも今は傭兵だ。戦場で命のやり取りをすることなど当たり前のことだ。

 ならばどう答えるのが正しいか、とファリスは考えていたのだが……

 

「ちなみに、わたくしは大好きですわ!」

 

 ファリスの推測は、何もかもが違った。というより、ルキナの問いとは、言葉通りの意味だった。

 ルキナはただ己の趣味の話をしていて、それが人殺しだっただけなのだ。

 

「命が尽きる瞬間というのは、いつ見ても儚くそして美しいものです……! また、肉を斬り骨を断つあの感触……何事にも代え難い快感です……っ!」

 

 恍惚とした表情で物騒な内容を語るルキナ。その姿からは、まるで恋する乙女のような純情さと、また色を知る大人の女のような妖艶さも感じられる。

 それはまるで、彼女が『人殺し』というものをひたすらに愛していることを意味しているようだった。

 

(や、ヤバい人だーーーーーーッ⁉︎)

 

 ファリスは脳内で叫んだ。

 そう、ルキナという女は、ヤバいのである。

 生まれながらの殺人衝動で人殺しそのものを楽しむ、自らの命に手をかけられている状況なら尚更と、戦争時代に最も適した精神性を持ち合わせているといっても過言ではない。

 そうやって殺し殺されが渦巻く戦場という彼女にとっての天国とも言える場で実力を磨き続け、気づけば傭兵ギルド三傑『狂信』と称されたのだ。

 

「そんなに怯えなくてもいいんですよ。わたくし、見境なく殺しはいたしませんので。ファリスちゃんのことはわたくしがちゃんと守って差し上げますわ」

「え、えええ、あ、ああありがとうございますぅ……」

「うふふ。それに、ファリスちゃんとは仲良くなれそうな気がします。どことなく、わたくしと同じ匂いがしますもの」

「そんなことないですぅ……」

 

 そんなルキナから今にも逃げだしたいファリスであったが、ルキナがアレンから頼まれて自分を同行させにきた人物である為、ルキナと共に仕事をするという選択肢しか存在しない。

 また、仮に自分がどう逃げようにも、目の前のルキナからは逃れられないだろうことを本能的に悟っていた。正に、蛇に睨まれた蛙のように。

 

「では向かいましょうファリスちゃん。私が奪う為の命が沢山用意されている、愛しき戦場へ!」

 

 

 ◇

 

 

 『ゼエル宗教戦争』とは、フォルティス大陸で現在起こっている戦争紛争の中で最も歴史の長いものである。

 『ゼエル教』というフォルティス大陸で最も歴史が長く信者の数が多い宗教がある。ゼエル教は太古から唯一神『ゼエル』からの神託を啓蒙することで信者を増やしてきたのだが、信者が増え過ぎたことで神託の解釈の違いなどから教内に二つの派閥が生まれてしまい、対立の果てに互いが互いを破門してしまった。これにより、宗教でありながら国家でもあった『ゼエル聖教国』は分裂、それぞれ『東ゼエル』と『西ゼエル』と呼ばれるようになった。それが、今から約八百年以上前のことだ。

 東西ゼエルでの領土分配は概ね上手くいっていたのだが、一つ重大な問題があった。それは、かつてのゼエル聖教国の真ん中に位置していた、人類史以前の太古の時代に唯一神ゼエルが地上に降り立ったとされるゼエル教の聖地『ゼエルバレス』の領有権である。勿論、両国共に領有権を主張し一歩も譲らず、聖地を奪い合う戦争が始まり、それを八百年間続けているのだ。

 

「────というのが、今回のわたくしたちが参戦する戦争です。八百年前から続き、今回で二十三回目の武力衝突らしいですよ?」

「た、楽しそうですね……」

「楽しいですよ? だってこれからお仕事ですもの。ふふっ」

 

 今回の依頼主、ゼエル真教軍隊の駐屯地に向かうべく、東ゼエルの街中を歩く。

 歴史が長い国ということで、先日ファリスが訪れたシュターク中心街ネグロとは真逆で、街には古びた建物が並んでいた。

 歴史的価値の高い建造物が多い為、四列強のフォルテシュターク並びにマイティス連合が批准している国際条約で、ゼエルの市街地への攻撃は禁止されている。

 

「あの、そういえばルキナさんって、ゼエル教の人なんですか?」

 

 無言で歩くのもなんだからと、ファリスはルキナに雑談を振ってみることにした。

 

「違いますよ。わたくしは、別の神を信仰しています。リース様というわたくしにとって唯一絶対の神を」

「リース様……ですか?」

「はい。そのリース様を崇め奉り、リース様の為に命を捧げるようわたくしが立ち上げたのが『リース教』というものです。まごうことなき、ゼエル教と並ぶ世界二大宗教ですわ!」

「えぇっ⁉︎ すごいですっ! じゃあルキナさんって教祖様なんですねっ!」

「えっへん」

「あの、そんなに大きな宗教ってなると、どれくらい信者の方がいるんですか?」

「わたくし一人です」

「え?」

「わたくし一人です」

「え、でも、世界二大宗教って……」

「はい! 世界二大宗教ですよ!」

「で、でも信者は……」

「わたくし一人です」

「?????」

「……あら、到着したようですね。もっとファリスちゃんとおしゃべりしていたかったのに」

 

 会話なのかどうか怪しいものをしながらしばらく歩いていた二人は、ゼエル真教軍隊の駐屯地『ゼエル真教第二教会』の前まで辿り着いていた。

 その正門に足を踏み入れる直前、ルキナは立ち止まってファリスに振り向き、耳打ちをする。

 

「あ、分かっているとは思いますが、この建物に入ったら、『東ゼエル』と『西ゼエル』って呼び名はダメですよ?」

「そうなんですか?」

「あれは呼び易いから国際社会で勝手にそう呼ばれているだけで、実際に住んでる人にそう言ったら嫌な顔をされます。東ゼエルが『ゼエル真国』、西ゼエルが『ゼエル正国』とそれぞれ名乗っている国名がありますからね。ですからわたくしたちもそう呼ぶのが賢明でしょう」

「わ、分かりましたっ!」

 

 東ゼエルは、自らがゼエル教の真なる宗派だと言い『ゼエル真教』を名乗っている。

 西ゼエルは、自らがゼエル教の正しい宗派だと言い『ゼエル正教』を名乗っている。

 国際社会は、ゼエル教そのものは歴史や文化の為に後世へ残すべきだと考えているが、どちらが真でどちらが正しいかにはあまり興味や関心がない。

 

「現在、聖地ゼエルパレスを占拠しているのは西……いえゼエル正国で、それを再征服する為に攻撃を仕掛けるのが東……いえゼエル真国です。こういうのは基本攻める側が不利なので、多く人を殺せるのは攻める側なのですわ。ふふふ」

「そ、そうですか……」

「では、入りましょうか」

 

 二人はゼエル真教第二教会に入り、依頼主の代表たるゼエル真教司祭に話を伺う。

 司祭は『ゾアジ』という名の老年男性。ゼエル真教ほどの大宗教の司祭となるともっと厳格で厳しい人物像が思い描かれがちだが、ゾアジという老人はそれとは程遠い朗らかな好々爺といった雰囲気だ。

 

「あなた方が傭兵ギルドから派遣されてきた方々ですか」

「えぇ、ルキナと申します。こちらはファリスちゃん。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。本当はもっと多くの傭兵を頼りたかったのですが、予算がないもので……」

「それでいいのですわ。だからこそわたくしがたくさん殺せますもの」

「えっ?」

「お気になさらず、こちらの話ですわ」

「そ、そうですか……傭兵用の宿場を用意してありますので、そこでお過ごしください。では」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 ゾアジもファリス同様ルキナの異常さを感じ取り、最低限の会話しかしたくないようで、すぐに話を切り上げた。

 ルキナとファリスは、宿場に向かう前にゼエル真教軍隊も顔を合わせ、作戦会議に参加する。といっても、ルキナが「わたくしが最前線で沢山殺しますのでお構いなく」と恍惚した表情で言い放ち、ドン引きした真教軍隊がやむなくその作戦を受け入れた。真教軍隊は『狂信のルキナ』という通り名とその恐ろしさを知っている者が多く、誰も彼女に逆らうことができなかったのだ。

 その夜、宿場から提供された食事を摂るルキナとファリス。

 

「……与えられたものに不満を言うのは失礼だとは思うんですけど」

「はい?」

「これだけ、ですか?」

 

 その食事とは、少しのパンと味の薄いスープで、大喰らいのファリスにはとてもじゃないが足りない量だった。

 あまり食事に関心のないルキナは違和感を持つことなかったようで、ファリスの疑問に首を傾げる。

 

「私、食べることが好きなんです。だからもうちょっと、これの十倍……いえ、五倍程度でいいので欲しいんですよね」

「ふふ、五倍はちょっととは言いませんよ。心許ないですが、わたくしのを分けてあげます」

「えぇ〜そんなの悪いですよ〜! いただきますっ!」

 

(遠慮せずに普通にいただかれるのですね。そういうとこ好きですわ)

 

「まぁ、贅沢をせずに質素であることがゼエル真教の教えでありますからね。食事にも反映されているのでしょう」

「そうなんですね……」

「むしろゼエル正教だと、神託に選ばれし者である我々はこの世の栄華を享受すべき、という考えがあるのでして、こちらはとは真逆なのです。食事も豪華だと思われます」

「え……私あっち行きたいなぁ……」

「わたくしに殺されたいならご自由にどうぞ」

「冗談ですゥ‼︎」

 

 初めはルキナを恐れていたファリスだったが、すぐに慣れたようで平然と接していた。

 確かにルキナは人殺しが大好きな異常者だが、その殺人衝動を無闇に振り回さない社会性は持っている。その美貌に加え、所作一つ一つに気品があり、たまに発言が過激なことにさえ目を瞑れば、ファリスにとってはルキナは憧れてしまえるほどのお姉さんなのだ。

 食事と入浴を済ませ、翌日の作戦開始に備えて睡眠を取る二人。

 

「……なんで、人殺しが好きなんですか?」

 

 その直前、ファリスはルキナに訊ねた。

 初対面では恐ろしくて聞けなかったことだが、ルキナに慣れてきたファリスはもっとルキナのことを知りたいと思っていた。

 

「何故でしょう? わたくしにも分からないのです。物心ついた時から、人や生き物が死んだり殺したり殺されたりするのが好きでした」

 

 ルキナは、先程のような至福に満ちたような語り方ではなく、まるで自嘲のように語る。

 

「……きっとわたくしは間違った存在として生まれてきたのでしょう。けれど、この戦争時代という間違った世の中で生きていくには都合が良かったと思います。ラルフ代表の理念は、戦争時代を終わらせること。わたくしもそれに賛同しています。ですが、世の中が正しく変わった時、わたくしのような間違った人間には生きる場所も資格もありません」

 

 ルキナの言葉を聞き、ファリスはすっかり恐怖心が薄れていた。この人は自身が異常者であることを自覚し異常者としての力を世界の為に使おうとしているのだ、と。

 

「ですので、その時はわたくしを殺してくださいね、ファリスちゃん」

「え……」

「代表、アレン君、ジークさんにも頼んでありますけれど、ファリスちゃんにも頼んでおこうと思います」

「そ、そんなこと……頼まないでくださいよ……」

「ふふふ。では、もう寝ましょう。おやすみなさい、ファリスちゃん」

「……はい、おやすみなさい」

 

 

 





 年末に向けて色々忙しくなるのでしばらく更新が途切れるかもしれません。

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