侍従武官長の手記   作:宇占海

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序章~第3章 戦争前

序章

 

 昔、といっても二十世紀の話だが、アジアの一角に小さな国があった。

 その国の正確な位置も、国名すらも伝わっていない。

 分かっているのは、その国は、天帝と呼ばれる君主が統治していたということと、その天帝のもとで侍従武官長を長く勤めたファルコという人がいた、ということだけである。

 そのファルコという人は、侍従武官長になる前から日記をつけていた。

 これは、その長大な記録の一部である。

 

第一章

 

 政府は、遂に核実験に成功した。

 我が国が核武装することにより、隣国に対する抑止力が高まり、そのことは国家の安全保障の確立と地域の平和に大いに資するであろう、と政府もマスコミも言っている。

 詭弁である。

 核武装が平和に資するわけがない。

 常識で考えれば、すぐに分かるではないか。

 政府やマスコミが平気でそんな嘘を言う理由も、世間の人は皆知っている。

 この国の政府は、軍事産業や軍部に牛耳られている。

 彼らにとって、軍事費はカネになる。

 そして彼らに媚びへつらってカネや利権のおこぼれを貰えれば、政治家やマスコミは満足なのだ。

 口では綺麗事を言っていても、それが彼らの実態である。

 

第二章

 

 本日、私は晴れて、侍従武官長に就任した。

 侍従武官長は天帝を守護する職のため、元斗皇拳という特殊な拳法を習得した者が就くのが、古くからの伝統である。

 私も、これで元斗皇拳の第一人者と認められたわけで、それは嬉しいことだが、しかし、我々侍従武官が、張子の虎と言われるようになって久しい。

 実際の戦争は近代兵器で行うものであって、我々のような拳法家の侍従武官は儀礼的、儀仗兵的な存在になっている。

 侍従武官の廃止論も公然と言われているぐらいだ。

 もっとも、廃止されたなら、それも良し。

 私も一介の拳法家に戻るだけ。

 その場合は、退職金でどこかに自分の道場を開いて、子どもや若者たちに拳法を教えよう。

 そして、その中から優秀な若者を選んで元斗皇拳の伝統を継いでもらえば良いのだ。

 

第三章

 

 隣国との緊張が異常に高まっているのに、政府は緊張緩和に動こうとしないばかりか、敵意をあおる発言ばかり繰り返している。

 その方が人気取りになると思っているらしい。

 国の行く末よりも己の人気取りを優先する愚劣な政府・・・と言っても、それを正すために私にできることは、ほとんど無い。

 かつての侍従武官長であれば、天帝の側近として、軍政にある程度の発言権を持っていた。

 しかし今の天帝は幼児なので、政治は内閣に一任されている。

 よって、かつてのように軍政について天帝に意見を言うこともなく、文字どおり、ただの栄誉職になっているのだ。

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