ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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#11

初めてセントライトとの並走をしてもらってから数週間後、カイソウの姿は京都競場の立見所を訪れていた。

 

「かつては東洋一のスタンドと言われた此処もこんな有様か……」

 

そう言いながら鉄筋コンクリートで作られたスタンドの真ん中で歩くセントライト。その後ろをクリフジとカイソウは歩く。

今の時期は夏、日本において夏競馬と言うものはほぼほぼ行われておらず。開催地も新潟や札幌といった涼しい地域での開催が多い。そして本来であればこの時期には遠征と呼ばれる遠い場所にテキのいる娘などは移動してそこで調教を行ったりしていたと言う。

 

「残っているのはゴンドラを吊るしている部分だけですね」

 

ちょうど反対に見える無柱で吊るされているゴンドラを見ながらクリフジが答える。

 

京都競場の空を覆っていた大鉄傘は去年の金属回収の為に取り払われてしまっており、夏の強い日差しが立見所に降りそそいでいた。金属回収には仏具やお寺の鐘まで持って行かれたと言うのだからなんて罰当たりなと思ってしまった。

 

因みにこの取り払われた京都競場の大鉄傘が戻ってくるのは戦後十年以上経過した後の話だった。

 

ついこの前の新聞には二度目のソロモン海海戦で空母龍驤が大破し、その前の一度目ソロモン海海戦の新聞では米軍の重巡洋艦を九隻沈め、輸送艦は十隻沈めていた。

また南方への戦線拡大に伴い占領地を統括する大東亜省の設置も行われていた。

 

「このゴンドラも、いずれは外されるかもな」

「いや、流石にそこまでは……」

 

セントライトの呟きにカイソウはやや苦笑気味に残っている天井を見上げていた。

中国との戦争が始まって数年が経ち、今では米・英・蘭と言った他の国々ともいつの間にか戦端を開いている。

物資不足が顕著化し、去年より始まった配給制度は今ではすっかり生活必需品全てを網羅する羽目になってしまった。おまけに配給品目は一月経つと必ず増える始末。

 

「この靴下も何度穴が開くかな?」

「靴もなるべく長く使わないといけませんね」

 

セントライトがやや苦笑しながら履いていた靴を脱ぐと、そこには何度か縫われた様子の靴下があった。

正直、上流階級であるセントライトにはこんな穴を縫う必要が無いほど物資には恵まれているが、いわゆる外面を気にしている彼女は余人の目があるところでは敢えてこう言う格好をしていた。

 

「私も、すぐに靴底が取れるのは勘弁して欲しいです」

 

今の競学校の生徒が履いている靴はお国様より指定された靴だ。蹄鉄を嵌めるために薄く頑丈に作られていたこの靴も、年々靴底が分厚くなっていた。

 

「正直、そろそろ靴底に木材でも突っ込むんじゃ無いかって気がしてきます」

「いやぁ、流石にやらないだろう。そこまでは」

 

カイソウの溢した言葉にセントライトも苦言を呈すと三人は立見所で座り込んでいた。

 

「此処も後一ヶ月もすれば秋の競が始まるな」

「十月には鳴尾で阪神優駿ですからね」

「もうそんな時期か……」

 

三人が此処に集まった理由は、偶には三人で飯が食いたいと言ったセントライトの鶴の一声だった。生徒会室でもよかったのだが、どうせなら外で食べようと言うこれまたセントライトの一言でわざわざ此処まで移動していたのだ。

そして三人はそれぞれ食堂から渡された握り飯を食べながらセントライトが言った。

 

「この前特高から通達があったよ。『なるべく国語を使用し、米英語は使用しないこと』とね」

「……」

「それはまた無茶を……」

 

知らされた通達にクリフジやカイソウは憤りを感じた。自分たち娘にとっては一生に一度の名誉であるクラシック三冠、それの名称を改めろとは烏滸がましいにも程がある。

 

「まぁ、無理だろうとほぼ無視しているわけだが……」

「え?大丈夫なんですか?それ」

 

セントライトの強気な姿勢に不安を覚えるカイソウだったが、彼女はあっけらかんとした様子で一言。

 

「私を特高が殴れると思うかい?」

「……」

「はぁ、あなたと言う人は……」

 

そんなセントライトの姿勢にクリフジはいつか死にますよ貴方と言って呆れていた。

相変わらずセントライトの豪胆さには驚き呆れてしまうカイソウだが、セントライトは少し表情をキツくして言った。

 

「すでに阪神と横浜を閉鎖するんだ。恐らく、これからもっと競場は閉鎖されていく」

「「……」」

 

そんなセントライトの話にカイソウは食べるのを止めて耳を傾け、クリフジは淡々と昼食を摂っていた。

 

「少なくとも今、競は国の戦費回収の為に行われているに過ぎない。私たちが走れているのは、軍によっていい金儲けになると思われているからだ」

 

そこでセントライトは恐らく、直接そう言った人と対峙してきたのだろう。憤りを隠さないで言った。

 

「はっきり言って今の競会は軍の犬だ。その気になれば私たちを徴兵することも厭わない」

「っ!!」

 

徴兵と聞き、カイソウは一瞬驚いてしまう。それもその筈、カイソウが競学校に編入したのもその徴兵を逃れる為だった。

 

「少なくとも私は徴兵されないだろうが、今まで勝てずに退学していった生徒の中には赤紙が届いた娘がいるのを聞いている」

「……」

「流石に私のような実績のある娘は対象外になるだろうが、()()()()()()があるかも知れん。こうならない為にも他校と協力して対抗策を打つ必要がある」

 

自分の身を守るため、学校を守るため。そのような正義を掲げるセントライトはすでに行動に移し初めていた。

 

「まずは阪神競学校との連携だ。すでに向こうの生徒会とは接触しているから、あとは協力を得られるかどうかだな」

「それは先輩がいれば問題ないのでは?」

 

クラシック三冠を取ったセントライトの発言力は計り知れないものがある。故にその点の問題は皆無と言っていいだろう。

 

「まぁ、そうかもしれんが。小倉とかの遠い場所だとどうしても連絡に時間がかかる上に手紙を見られるかも知れんからな」

「それは……」

 

無きにしも非ずなのがなんとも痛いところだった。今の状況で特高が反戦的な事を書いていないかなどと言った手紙を検閲しており、国体に反抗するような内容はすぐに破棄される事になっている。

今でも重要な()()として扱われることの多い娘の徴兵妨害なんて画策した時点で非国民認定で集団暴行されても致し方無しとなってしまう。

 

「とまぁ、私としては。これ以上競の尊厳を奪われたくないのだよ」

 

長々と話していた要約をさっくり行うと、セントライトはカイソウを見ながら言った。

 

「少なくとも私は君が走ってくれる時期まで、この場所を守りたいと考えている」

「先輩……」

 

目の前に広がる芝の馬場を眺めながら彼女はそんな事を言った。

 

「まぁ、その前に戦争が無事に終わってくれるかも知れないがな」

 

そして最後に希望的な言葉を付け加えると彼女は食べていた握り飯を食べ終えて立ち上がった。

そこでカイソウも自分が途中から話に聞くのに夢中で握り飯を食べていないことに気づいて慌てて口に入れる。

クリフジはいつの間にか居なくなっており、恐らく今日の調教に向かったのだと推察できた。

 

「さて、午後から私はまた仕事だ」

「お手伝いします」

「おお、ありがとう」

 

口元がやや膨らみながら答えたカイソウにセントライトは少し微笑みながらも、彼女の何処か不安を誤魔化している表情に少しだけ曇った感情を持ってしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

四月にあのドーリットル空襲を受けた影響で当時競を行っていた阪神と中山は空襲警報が鳴り響く中で行われていた。

そして空襲を受けた東京にいたクモハタから直接手紙で『京都は静かで何より』と言われてしまった。逆に言うと東京ではかなり大騒ぎになったと言うことだ、まぁ大阪にも同様の爆撃があったので知らない訳ではなかったのだが……。

 

セントライトは先輩であり、クリフジの姉であるクレオパトラトマスからこの京都競学校の生徒会長の座をもらっていた。因みに言っておくとクモハタとセントライトは遠い親戚同士で一応二人は幼い頃からの知り合いであった。

 

故に、そんな人から託された学校の権限を残すと言う意味でも今の体制から所属している娘を守ると言う事は生徒会長としての立派な仕事だった。

 

「さて、まずは阪神の第一陣の受け入れからかな」

 

来月の十一日に行われる阪神優駿、それが終わる前と後にそれぞれ一回ずつ阪神所属の娘が移籍してくる。

新たに移転されるまでの短期間だが、うちで預かることになっている生徒名簿を確認していた。

 

「まだまだ、甘く見られるわけには行かないな……」

 

かく言うセントライトも色々と国にはケチを付けたい事があった。

 

まず彼女は東京優駿の賞金の内、二七〇〇円分*1は支那事変から太平洋戦争への移行と言った情勢の変化に伴い現金ではなく十年の国債が支払われた事。

東京優駿と並んで最高競走と言われている帝室御賞典にカンカン(斤量)で阿保重いのを背負わされる*2と知ってセントライトは『そんな重い物を背負うくらいなら辞めてやる』と言って速攻引退を決めていた。

 

正直、セントライトとしては京都農林省賞典を終えて史上初のクラシック三冠を達成した際に、まだ整備が整ったばかりで広く浸透しておらず。

クラシック三冠を取ったと言うのに優駿を取った時の方がチヤホヤされた事実に拍子抜けと感情的になんだか燃え尽きてしまっていた。

 

「はぁ、いかんな」

 

カイソウもクリフジも居ない一人きりの生徒会室でセントライトは天を仰ぐ。

ここの生徒会長に就任してから半年以上経つが、世の情勢は刻々と変化していた。

 

「まさかミッドウェイで大敗するとは……」

 

実家が良家で、尚且つ軍需産業に手を出していたが故に知ったその情報に彼女は一人で頭を抱えていた。

実家からの密電で知った我が軍大敗の情報。ミッドウェイにて我が軍の航空機動艦隊は空母四隻と重巡一隻を失い、多くの乗員やパイロットを失っていた。それに対し米国は空母一隻と駆逐艦一隻を失ったのみ。そしてこの前の第二次ソロモン海海戦において空母龍驤も失った。

 

すでに帝国海軍の戦力の中核であった空母を五隻も失っている今、これから戦況はまずいことになるだろうと彼女は考えていた。

 

 

 

故に焦っていた。

 

 

 

これから本格的に競が軽視され、多くの娘が徴兵されるかも知れない。

せっかく徴兵を逃れるために入った競学校が真っ先に徴兵の対象となる、そうすれば今まで聖域に近かった場所が最も危険な場所として認知されてしまう。

そうなると学校の独自性が保たれなくなる、それだけはどうしても避けたかった。

 

そんな強迫観念に近い思考が今のセントライトの脳を支配していた。

*1
現在の価格でおよそ1021万円程

*2
72キロの斤量




クモハタとセントライトの親戚設定はどちらも同じ馬主さんと言うことで設定しました。

皆さん良いお年を!!

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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)

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