五月二一日
山本五十六連合艦隊司令長官の戦死が発表。国民は深き衝撃を受ける。
五月二九日
アッツ島にて山崎保代陸軍大佐以下日本軍守備隊は玉砕せり。
初めて報道で玉砕の報を受け、山本五十六元帥戦死の報と共に国民の意思団結は高まりつつあり。
五月三〇日
『クリフジ!クリフジ先頭!クリフジ先頭だ!!』
東京競馬場で実況が興奮している。
『二着と大差を付けて今ゴール!!』
「「「「「っーーーーー!!」」」」」
ゴール板を見るまでもなく圧勝がわかるほどの距離、二着のミスセフトと大差を付けてゴールしたクリフジ。
稍重の馬場、距離一六〇〇米。タイムは一.四二.二。
『圧倒的な強さです!新馬戦の頃からますます成長しています!』
『まだまだ成長していると言う事でしょう。次回の東京優駿に期待が持てますね』
ラジオで実況をしていた放送局は次回の東京優駿への出場権を獲得したクリフジに期待を寄せていた。
「お疲れ様」
一線を終え、水筒と濡れた手拭いを渡されたクリフジは前山に少し微笑んで受け取る。
「君はやはり素晴らしいよ」
「ありがとうございます」
そう言い休憩室で椅子に座り込むと、彼は言う。
「これで次は東京優駿だ」
「えぇ」
楽勝と言わんばかりの雰囲気で返すクリフジに前山は少々不適な笑みを見せた。
「東京優駿も、君にとっては通過点なんだろう?」
「えぇ…」
言われクリフジは良き笑顔を見せる。王者の風格とでも言うべきだろう。
走る前と変わらない勝利に対する執念を彼女はまざまざと見せつける。
「必ず勝ちますよ。その為にはなんでも行います」
「うん、その息だ」
走ることに対する彼女の意気込みに前山も調教師としてこれほど燃える事はないと確信していた。
そして一戦を終え、そのまま今所属している東京競馬学校にその足で戻ると、
「やぁ…お疲れさん」
自分の寮の入り口で待っていた栗毛の馬娘、ここの生徒会長をしているクモハタがクリフジを待っていた。
「生徒会長がわざわざ出てくるとは珍しいですね」
そんな彼女にクリフジは少し鼻で笑うように返すと、彼女は言う。
「何、今年の優駿に出る子に激励しに来ているだけだよ」
「そうですか…」
クモハタは新馬戦からわずか九日で優駿を勝った馬娘である。
その後の規則改訂などで二度と行えない記録を打ち立てた歴史に名を残した馬娘であった。
「わざわざ有り難う御座います」
「いや、君の連戦連勝は誰もが期待している。当然のことじゃないか」
「…」
クモハタが言ったそれにクリフジは言葉に一瞬詰まった。
「さっき、軍人さんから感謝の言葉を受け取ったよ」
今日、競馬で掛けられ、勝って返金されていっている還元率は低い。なぜならその分の資金はほぼ全て軍事費に回されている。
戦時国債以外で国が資金調達の一環として行なっているのが競馬だ。
「分かっていますよ。元々競走馬になった時点でこうなる事は」
「国に食い物にされる…か。まぁ私たちは実家が守ってくれるさ」
そう言いながら彼女は校庭で遊んでいる他の生徒達を見る。
彼女達の中には新宿などの田舎から出てきた者もいる。そう言った家の娘は徴兵を逃れる手段はない。
クモハタはクリフジなら問題ないと踏んでこの話題を振っていた。
「じゃあ、記者問答は私の方で済ませておくよ」
そう言うと彼女は消えていった。
「ただいま戻りました」
その後、寮の部屋のバルコニーを歩き、洋風の扉を開けるとそこでは一人の馬娘が少し震えた声で出迎えた。
「おっ、お帰りなさい。クリフジ先輩っ!」
黒鹿毛の少し身長が小さめのその馬娘は帰ってきたクリフジに頭を下げた。
「今日の競走、すごく格好良かったです」
「それは良かったです」
彼女の名はヤマイワイ。かつて京都におり、そしてカイソウの同室だった娘である。
東京に帰ってきた時に元々一人部屋だった所に同じ調教師の娘と言う事でクモハタの手で入れられた馬娘であった。
「私の走り方はよく覚えていますか?」
「は、はいっ!」
カイソウと同室で、尚且つ京都にいた事はよく覚えており、おまけに調教師も同じ人だったので可愛がっていた。
「前山さんが先ほど呼んでいました。何かお話があるようですよ?」
「わ、わかりました!」
ヤマイワイは敬礼をしてかえすとそのままピュ〜っと走って部屋を出て行った。
カイソウと違って接していた時間が短かったのでまだ緊張されているが、初めて会った時よりは断然良かった。
「私もあまり慣れませんね…」
クリフジは共に並走をよくして貰っているヤマイワイに少し悩んでいた。
『二着と大差を付けて今ゴール!!』
そのラジオは遠く離れた京都にも届いており、生徒会室でそれを聞いていたカイソウは尻尾をブンブン回していた。
「勝った!勝ちましたよ会長!!」
「はははっ、そうらしいな」
セントライトもそう言い笑って答える。
クリフジの二戦目。本当は授業なのだが、カイソウは授業をサボってまで生徒会室のラジオでクリフジの実況を聞いていた。
「すっかりあいつのファンだな」
「ファン…?」
聞き慣れない言葉にカイソウは首を傾げると、セントライトは言う。
「英語で熱烈な観客のことを指す言葉だ」
「へぇ〜」
ちょっとした、今では禁止された英語の教鞭をしながらセントライトはカイソウに言う。
「来年には君も優駿に出たいのだろう?」
「はいっ」
来年の優駿に出る意気込みを口にするカイソウ。彼女はクリフジの新馬戦以降は調教の熱も上がっていると聞いている。
「そろそろ授業の時間じゃないか?」
「あっ、そうですね」
時計を見てカイソウは休憩時間の終わり頃だと把握すると、急いで生徒会室から出て行く。
「有り難う御座いました」
「良いさ良いさ。私しか今の時間はいない」
セントライトは出て行くカイソウに微笑みながら見送った。
「ほれ!もう一本行くぞ!」
「はいっ!」
放課後、彼女は河原で木材を引っ張って特訓をする。
「くぅ…!」
数本の切り出した丸太をそのまま紐で繋げているので腹が切れそうになる。
もうすっかり慣れた調教ではあるが、カイソウは汗を大量にかいてズルズルと丸太を引きずる。
「ほらぁっ!もっと腰下げろ!」
丸太の上に乗って叫ぶは窪田。来年の新馬戦の為に、未だ収まりを見せない本格化による走りたい欲望を理性と調教で押さえつける。
「姿勢が崩れて来ているぞ!」
「っ!はい!」
走る時、子供の頃から荷車を引いていた時の癖で走る時に腰が浮いてしまうカイソウの癖を直すための調教。
走りに必要なスタミナや筋力は北の試される大地で鍛え上げられており、実践でも十分いける。
残酷な話ではあるが、彼女の姉は遺伝的な才能がなかった。故に勝ち切れなかった。
ミネタカは阪神競馬場所属の馬娘で、一着をとってはいるが、重賞で取った事は一度もなかった。
「(あまり彼女の姉の情報がないのが盲点だな…)」
窪田は内心、彼女の癖のある走りの矯正に苦労しながらミネタカと一度話をしたいと思っていた。
「ただいま〜」
調教を終えて部屋に戻ると、そこには誰もいなかった。
部屋は二人部屋で、前までは一人で使っていたのだが、反対の押し入れに荷物が置かれて人がいる気配があった。
「…はぁ」
相変わらず居ないかと軽くため息を吐くと、汗を拭ってそのまま寮の側にある銭湯に向かう。
最近は燃料統制も相待って入浴時間が限られているので、生徒達は調教を行なっているクラシック級の馬娘を優先して使わせるようにお達しがされていた。
カポーン
蛇口を捻って出てくるお湯を桶に溜めてから肩から流し、次に石鹸を使って髪と尻尾を洗う。
「ふぅ…」
小さな紙のように薄い石鹸を使って体を洗い、その後に湯船に浸かる。
銭湯には他にも数名の生徒が使っており、お湯で体の汗を流していた。
「…」
そして自分の足を湯船の中で軽く按摩した後にサッと銭湯を後にする。
週に一回の洗髪で石鹸の節約を行う必要があるが、馬娘は汗の中に石鹸に似た成分が分泌されるので実を言うと殆ど洗わなくていい。
「あっ!」
そして銭湯を出て帰ろうとした時、寮に向かう一人の馬娘を見つけて声をかけた。
「姉さん〜!」
「っ!?」
声をかけて近寄ると、猫のように驚いた姉のミネタカはカイソウを見て固まっていた。
「これから戻るところ?」
「えっ、えぇ…」
阪神競馬場から移動してきた馬娘の一人となったミネタカはカイソウに連れられるように片手を握られて歩く。
「丁度良かったや。さっき姉さん探してたの」
「そ、そう…」
そしてそのまま二人は寮のカイソウの部屋の扉を開けると、ミネタカを部屋に連れ込んだ。
そう、カイソウの新たな同室の相手はミネタカであった。
生徒会室で仕事をしていた時にセントライトに言われて彼女を自分の同室にしていたのだ。
初めての環境で緊張してしまうかの知れないので、姉妹がいた方が安心するだろうと言うセントライトの計らいから来るものだった。
「いやぁ、姉さんと一緒に過ごすのも久しぶりだな〜」
部屋に入り、ミネタカは持っていた本を自分の物入れに片付けながらカイソウの呟きを聞く。
「何年ぶりかな〜。最後に寝たのは姉さんが阪神に行く前だよね〜」
カイソウは懐かしげに語ると、ミネタカは少し頷いたり短く返すだけで会話は広がらなかった。
「…」
そんなミネタカにカイソウは少し頬を膨らませながらも、すぐに理由は分かっていたので彼女の背中を見ながら少し思い付いた。
「ドーンッ」
「ひっ?!」
カイソウは片付けをしていたミネタカの背中から抱きつくと、彼女はまだも変な声を出しながら驚いた。
「こーらー、逃げないで〜」
驚いて逃げようとしたミネタカを改装は少し遊ぶように彼女の顔を出て隠す。
「ひゃぁぁああっ!!」
変な声を出しながら慌てるミネタカはズレた丸眼鏡を探しながら手を慌てさせると、カイソウは笑う。
「んふっ、メガネは預かったぞ〜」
そう言いカイソウは立って片手にミネタカの黒縁丸眼鏡をクルクル回すと、
「このっ!」
「ほいっ」
取り返そうと腕を伸ばしたミネタカを軽々と避け、その後も姉妹の攻防は下の階の馬娘から窓越しに怒鳴られるまで続いていた。
北海道弁は分からないので、ミネタカ達の会話は許して。
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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)
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