あの圧倒的な実力を見せたクリフジの東京優駿競走を終え、その後は一晩クリフジの部屋で過ごしたカイソウ。
「また会おうね」
「うん、またね」
カイソウとミネタカ、窪田を見送るために東京駅まで来たヤマイワイ。クリフジはちょっとした有名人となってしまったので学校の校門までで終わった。
余人の目もあり、あまり大きく抱きつく事はできないが、気持ちとしては派手にやりたかった。
しかしこの時期に紫色の水兵服を着ている二人というのは目立つ。
周りが着物やら国民服やらを着ているので、一部羨望一部疑問一部嫉妬といった目線が送られていたが、カイソウは無視していた。
こう言う人たちに構って大惨事となるのは、大都市に来てから学んだ大事な教訓の一つだった。
「おーい、そろそろ行くぞ」
「分かりました〜」
そこで窪田の呼びかけに応じるように京都行きの急行に乗り込む。
所用時間は大体十時間、京都に帰ったらまた調教が始まる。私は来年あの場所に立つのだ。そう意気込んで私は列車に乗り込んだ。
「じゃあね、ヤマちゃん」
「うん、カイちゃん」
軽く手を振って二人は別れると、汽笛が鳴って駅員が笛を鳴らす。
ッーーー!!
蒸気機関車が汽笛をあげてゆっくりと走り出す。
今は戦時下、とは言えまだ本土に戦火が降っていないので機関車も煙を上げて走っている。
ゆっくりとのりばから列車は走り出していき、座席車の窓を開けてカイソウは見えなくなるまでヤマイワイに手を振り、彼女もまたのりばでカイソウが見えなくなるまで見送った。
しばらくした後に、カイソウは窓を開けたまま座席車に座って窪田を見る。
「さて、これから忙しくなるぞ」
「はい!」
そこで彼女は隣に座る姉を見る。
この優駿に呼ばれてついてきた彼女だったが、カイソウ達と共にいたのはほんの僅かだった。
「姉さん?」
「…なに?」
ミネタカは少々驚きも混じった様子で聞き返すと、カイソウはちょっとビビった様子で顔を見ていた。
「い、いやぁ…般若顔だったからさ…何か悩んでいるのかなって…」
「…そう」
ミネタカはそこで軽くため息を吐いた後に返した。
「なら大丈夫だから」
「そ、そう?…何かあったら言ってね?」
そんなカイソウとミネタカの会話を前に窪田は少し目尻を窄めて見ていた。
「(厄介な事になったな…)」
目の前の姉妹の関係が垣間見える関係に少し考える。
「(どうしたものか…)」
彼の視線は少し難しい表情で考えているカイソウと、何か苛立った様子で考え事をしているミネタカの姿があった。
ミネタカは一昨日の優駿を見なかった。
あれほどの人が集まり、歓声が沸き立っている場所にいるのが居た堪れなくなったから。
地元では速い足を持っていると散々言われ、あの苫小牧の農道で走っていた時のことは今もよく覚えている。
錦多峰の地主の長女として私は、妹と共に子供の頃は農場で取った牛乳缶を馬車に乗せた後に妹と共に走る生活をしていた。
妹が成長して一人で引けるようになった後は駅まで競走をしたこともあった。ほんの小遣い稼ぎだったが、学校に行く前のささやかな楽しみで、地主の姉妹は小作人の人々とそれなりに良い暮らしをしていた。
そして私はそのまま競馬学校に進学する時に実家を後にした。場所は阪神競馬学校、意気揚々と本州に渡って進学した私はそこで現実を知った。
北海道の地主程度、本州の人からすればそこら辺にどこでもいるような連中でしかなかった。
そこはまだ良かった。流石は大阪、かつて天下の台所と呼ばれただけあってお金持ちなんてごまんといた。特に競馬学校は余裕のある家庭が集まる場所だから尚更だ。
そこに入学した私はそこであるテキに勧誘を受け、そこで教えてもらった。
それからは全力で走った。今まで知らなかった知識や技を駆使して、私は走り続けた。
その勢いで出た東京優駿競走、全力で走った。
『はぁ!はぁっ!!』
全力で走った。初めは逃げたが、第二角で二番手に落ちた。そして後ろに追いつかれた。
『くそっ!』
馬群に呑まれ、どんどんと遠のいて行く先頭。結果は十著だった。
その結果を前に最初のテキは離れた。優駿まで出てくれたのだから。と言ってくれたが、テキの事情で一旦別の人がテキになった。
ちょうどその時、自分の進んだ
『くそっ!くそっ!』
そして万全の状態だ望んだ阪神優駿。なんとか先頭集団には食い付いた、だがそこから伸びなかった。縮まらない先頭との距離、近づいてくるゴール板。結果は四著だった。完全な才能の問題だった。
どうしてもあの壁だけは、超えることができなかった。
『畜生…!!』
ゴール板を通過し、初めての阪神優駿馬となったアステリモアを睨むように見ていた。こうして私のクラシックは終わった。
『畜生がぁっ!!』
翌年の古馬級では、春の帝室御賞典に出た。
結果は四著、当時五頭立ての競争での四著。
その後も細々とした競走で一著を取る事はあっても、私の本格化は終わりを迎えて、そこで引退をした。
最終成績は一三勝、重賞は一回。歴史に残るような華々しいものでは無かった。
今は勉学に励んで穏やかな学校生活を送ろうと思っていた時に、妹が京都に来た。
時期的に走るのは来年となるだろう、自分もそうだった。
いつも自由人気質があり、私が始めた小遣い稼ぎにもいつからか付き合っていた。そしてある時から、私は妹の走りについていけなくなった。
『よしっ!駅まで競走しよう!』
『良いよ!』
まだ妹が十歳くらいの時だ。いつもと同じように牛乳缶を牧場から軽便鉄道の駅まで運ぶ事をしていた時に私が提案した。
牧場から駅までの距離はおよそ一二〇〇、荷物を壊さないように、短い距離だし負けないだろうと思っていた。
だが負けた。
『やったぁ!!』
その時の妹の無邪気な笑みとは反対に、私は軽く唖然となった。
あぁ、きっと妹は才能があるんだ。私はすぐにそう感じた。自由人気質で、心の優しい子だからきっと私の存在は邪魔にいずれなる。
だから妹の重荷にならないように、私は実家を離れた。
「(なのに…)」
ミネタカはそれ以降、ほぼ実家とはやり取りをしていない。行く以前は優駿すらとって帰ってくると言って豪語して、合格した時は笑って送り出してくれた父さん達にどう言えば良いか分からなかった。
「(…いや、)」
そこでミネタカは、横で肩を預けて寝ている
「(来る事は確実だったわね…)」
カイソウの実力なら競馬学校にも入学を許されるはずだ。しかしなぜ距離も近い京都に来てしまったのか…。
あの学校と阪神は一時合併が既に確定しており、私達阪神の学生は一時的に京都に移動する事となっていた。
「…」
そして誰の仕業か、寮室で妹と同じになってしまった。
この部屋割りを決めた奴には一発かましたいと思っていたが、これをやったのはこの妹。何と彼女は京都の生徒会に入っていたと言う。
流石は私の妹、と褒めたいがいまいちどうすれば良いのか、私には分からなかった。
そして彼女は京都の生徒会の関係で今話題のクリフジと仲がとても良く、その説もあってか私は帰り際にクリフジと話す気概があった。
「失礼、貴女がカイソウのお姉様でしょうか?」
「あぁ、どうもクリフジさん。いつも妹がお世話になっています」
定型的な挨拶をした後、クリフジと軽くカイソウの話をした。
彼女も随分カイソウの事を気に入っており、話は弾んでいた。
「カイソウは貴女のことも随分案じていました。連絡が無いと不安になっていました」
彼女はそう言い、私に少し鋭い目線で言った。
「そのついでですが…貴女の走り方、そして成績を見ました」
「…」
そして彼女はズバリと言った。
「貴女は驕っている。きっと弱さはそこでしょう」
噂の優駿馬に言われ、私は憤慨した。驕っているだと?ふざけるな!貴様らのような才能の塊のような奴らが言える立場か。
「…はぁ」
軽くため息を漏らし、ミネタカは隣を見る。
移動中の列車に飛び乗って、昨日の今日で疲れ切って眠ってしまったカイソウは何も着ていない状態で寝ており、ミネタカは彼女が寒くならないように、上から来ていた薄い上着を被せると自分もそのまま眠りに入った。
「(…やっと寝たか)」
その様子を窪田は見た後に、目の前の席で寝る二人の姿を見て本当に姉妹なんだなと思いながら、彼はミネタカを見た。
六月八日
戦艦『陸奥』柱島泊地に停泊中、第四砲塔爆発により爆沈。
七月五日
ドイツ国防軍とソ連地上軍の『クルスクの戦い』勃発。
アメリカ軍は幌筵島に空襲。
七月十日
米英連合軍 シチリア島に上陸開始。
七月十二日
コロンバカラ島沖海戦勃発、日本側の勝利に終わる。
七月二一日
国民徴兵令改正公布。
七月二四日
イギリス軍によるハンブルク空襲開始。
七月二五日
イタリアにてムッソリーニ失脚。
七月二九日
日本軍はキスカ島からの撤退作戦を実施す。
八月一日
アメリカ軍はタイダルウェーブ作戦開始。ルーマニアの油田への爆撃を開始。
八月五日
ソ連軍がオリョールを奪還する。
八月十一日
アメリカ軍が占守島の焼爆撃を敢行。
八月十七日
アメリカ軍がメッシーナを占領。
八月二三日
ソ連軍がハリコフ奪還。
八月二七日
史上最大の戦車戦であるクルスクの戦いが終結。ソ連軍が勝利し、戦局はソ連優位となる。
九月一日
アメリカ軍が南鳥島を空襲。
九月三日
アメリカ軍がイタリア半島に上陸。
九月八日
イタリアが連合国に無条件降伏。イタリア戦線開設。
九月十一日
アメリカ軍による幌筵島空襲。
九月二一日
日本政府は徴兵猶予取消・法文系大学教育停止を発表。
九月二四日
ソ連軍がスモレンスク奪還。
九月二五日 阪神競馬場
『クリフジ!クリフジ先頭!』
二四〇〇米 良馬場 時間二:三四
『三馬身の差をつけた圧倒的な実力。クリフジ、十月の阪神優駿への出馬確定』
競馬新聞の見出しにはそう記されている。
「いよいよクリフジ先輩が来るんだ…!」
その記事にカイソウは尻尾をブンブンと振り回して嬉しそうに興奮していた。
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