「では、行ってきます」
その日、北海道のとある家で一人の馬娘が履き慣れた下駄に足を入れながらもんぺを身に纏って振り向く。
「くれぐれも気をつけるのよ」
「分かっています。母さん」
同じく馬耳を持つ母に言われて答える彼女の名はカイソウ。後に道産初の優駿馬と目される少女であった。
これから家から後にする娘を健気に母は見送った。
「たまには帰ってらっしゃいね」
「はい」
馬耳用にカバーの付いた頭巾やら必要な物を持って彼女は玄関の戸に手をやった。
彼女はこれから京都に向かう。理由はこれからお世話になる場所は京都競馬場に併設されて居るためだ。何で京都かって?そこ以外受からなかったんだよ畜生。
この時代、北海道生まれの馬娘は大体近場の札幌か函館のどちらかを目指すんだが。生憎とご縁がなかったわけだ。
「楽しみだなぁ……」
函館に向かう汽車の中、一人カイソウはこれからの生活に少しだけ胸を躍らせる。
戦時下とは言え、これから向かうのは有数の競馬場だ。合格できた事実に今は喜ぶ他あるまい。
「(これで、母さん達にも少しはお金ができる)」
馬娘として勝ち続けられれば、いい生活をさせられる。元々貧乏というわけではなく、むしろ家はどっちかと言うと裕福な方だったがそれでもだ。姉のミネタカもほぼ同じ理由で阪神の方で頑張って居るはずだ。出てってからほぼ連絡無いけど……。
「(向こうに着いたらまず姉さんに連絡取らないと……)」
姉は隠して居るつもりなのかもしれないが、そんなの競馬新聞を買っている家族からすれば丸わかりの一言だ。本心としては帰ってきて欲しいと言う事もしっかりと伝えなければならない。それが両親の本音だったからだ。
「(そろそろ姉さんも現役引退だもんなぁ)」
そんなことを考えていると、新聞には『バタビア沖にて大勝利!』などと見出しで書かれた新聞が目に入った。この前はバリ島やスラバヤ沖でも大勝だったはずだ。南だとすごい勢いで勝ち進めており、毎日どこかで誰かが勝利に喜んでいた。この前の新聞にはシンガポールを占領したとか言ってたっけ?マレー沖では戦艦を撃沈したと言うし、本当にすごいと思う。
真珠湾での開戦以降、軍は勝ち続けており。亜細亜を解放する事ももう直ぐだった。
「(このまま早く戦争も終わって欲しいなぁ……)」
このまま永遠に勝ち続けて、戦争なんかすぐに終わるだろうなとこの時は考えていた。
数日後、北海道から遥々汽車を乗り換えてカイソウは淀駅に到着する。彼女は着替えてこれから通う学校の制服であるセーラー服を身に纏っていた。
こんなご時世だと言うのに、私はセーラー服を着て居るもんだから一瞬で何処生なのかバレバレだった。こうなるんなら着替えるんじゃ無かったとやや後悔。色は伝統だと言う白と紫。そして白い肩掛け鞄に馬耳のカバーのついた布巾を持っていた。
この当時、トレセン学園と言う中央集約型の競馬学校は無かった。その為、中央が管理する個々の競馬学校が併設されていた。立ち位置的には今の地方競馬のトレセンとほぼ同じである。
「疲れた……」
これ何時間の移動?おかげで腰バッキバキだよ。
函館から青函連絡船で青森、そこから急行で上野、東京。そこで一泊、そんで夢の超特急『燕』に乗ってやっと京都までやってきたぞぉ!!
「ここが京都競馬場……」
京阪電気鉄道に乗ってやっとこさ到着したはいい物の……。
「出迎え無し……?」
そこには人っこ一人見当たらない静かな空間が広がっていた。おかしい、話じゃあ待って居る人がいると聞いていたのだが……。
「何処に行けば良いの?」
荷物を持って越してきたと言うのにどこに行けば良いかもわからず、途方に暮れていると……
「何してんだ?」
「っ?!」
声をかけられ、一瞬体がびくりとなってしまう。咄嗟に背中を振り向いてしまうと、そこには一人の同じ馬娘が立っていた。
着て居るのは自分と同じセーラー服を身に纏っていた。色は白と紫。
「あ、あの……」
「?」
そこで知っていそうな雰囲気のその馬娘に恐る恐る聞いた。
「しょ、職員室って……何処にありますか?すみません」
「……えぇ?」
聞かれた本人は少し困惑した様子でカイソウを見ていた。
「その……私まだ新入生で」
「あぁ……なるほど」
事情を知り、納得した様子のその生徒はカイソウを案内する。正確には編入生なのだが、ここは初めての場所なので新入生とも言っても問題ないだろう。
「仕方ねえ、送ってってやるよ。名前は?」
「カ、カイソウと言います!」
少しだけ緊張して声が変になりながら答えると、その栗毛の馬娘は少し面白げに答えた。
「私はクモハタと言う。よろしく」
「よ、よろしくお願いします!!」
初々しいカイソウはそんなクモハタの手を握り返していた。
後に栗毛の貴公子と呼ばれる人物との初めての会合であった。
「北海道から来たんだって?」
「はい」
「大変だっただろ。ここまで来るのに」
「いえいえ」
今日から世話になる京都競馬学校。その中でカイソウは案内をしてもらっていた。
「北海道生まれなら札幌とか函館にしなかったのかよ」
「あぁ…はい、姉が阪神にいるので。近場のここにしました」
「ふーん」
とても言えない。函館競馬学校の面接で落ちたなんて……。
彼女はそう考えながら競馬学校にあった一つの施設に入る。
「ここだ」
「あ、ありがとうございます」
カイソウは頭を下げると、クモハタは手を軽くヒラヒラさせて答えた。
「いいよ、私も用事があってここにいるだけだし」
彼女はそう答えると、クモハタは声をかけられ何処かに消えていった。
「はい、これで書類は最後よ」
「わかりました」
その後、用務員のおばちゃんの案内で必要な書類を書き終えるとそのおばちゃんはカイソウを歓迎する。
「こんな時期で色々と大変だろうけど、頑張ってね」
「はい、大丈夫です」
元気よく返した彼女に用務員は見えない程度に眉を顰めた後に部屋の鍵を渡した。
「場所はわかるかい?」
「はい、地図は把握しています」
そう答えると、そのまま彼女は職員室を後にしていた。そして彼女が見えなくなった頃に、用務員は軽くため息をついた。
「はぁ、これからは本当に大変よ」
特に、馬娘と言う歴史に刻まれた重い因果を考えば……。
京都競馬学校、便宜上そう呼ばれているその場所には一応全国区での馬娘の召集があり、カイソウもそのうちの一人だった。彼女は寮の久保田寮の一室に向かうと、そこでは一人の馬娘が既にいるようだった。黒鹿毛のその馬娘は部屋に入ってきたカイソウを見て一言。
「えっと……誰?」
そんな彼女の反応にカイソウはハッとなって挨拶をした。
「ど、どうも。今日から同室になります、カイソウと言います。これからよろしくお願いします」
「……あぁ!!」
少し間を空けてホワホワとした様子の彼女はハッとなると、思い出したようにカイソウに挨拶をした。
「初めまして、カイソウ。私、同室のヤマイワイって言うの」
「初めまして、ヤマイワイさん」
どこか緩い印象の彼女にカイソウは少し安堵しながら彼女は空いていた場所に持ってきた荷物やらを置く。
部屋は畳の敷かれた和室、二人が生活をするには申し分ない広さだ。
「今日からよろしくね」
「はい、ヤマイワイさん」
荷解きをしていると、後ろから興味深そうにヤマイワイはカイソウの荷物を見ていた。
「ほぅほぅ、随分と君は荷物が少ないみたいだね〜」
「はい……何せ北海道から来ましたから。荷物は最小限にしたんです」
「北海道?!そりゃまた遠い所から……」
カイソウの出身を聞いて感心したような、驚いたような様子で彼女は反応するとカイソウはやや苦笑しながら彼女に言う。
「まぁ…本当は札幌とか函館を目指していたんですけど、編入試験で落ちちゃって……」
「え?そうなんだ、珍しいね」
ヤマイワイは納得した後にカイソウに話す。
「ねぇ、この後私練習なんだけどさ。よかったら来る?」
「え?良いんですか?」
「良いの良いの。それに君も編入したばかりだから色々と施設の場所とか見てまわりたいでしょう?」
見た目に反し、色々と察しの良い彼女はそう提案するとカイソウも頷きながら彼女の提案に乗ることにしていた。
何か情報があればリンクと共に送って欲しい……。
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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)
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