ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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#20

あの快進撃を見せつけたクリフジの東京優駿。

来年はあそこに立つのだと意気込んだカイソウは夏休みに入った。

 

「おはようございます!」

 

しかし夏休みとはいえ戦時中、国家総動員によって兵隊さん達のために、お国の為に身を粉にして働く事は私達の義務である。

その為、私達には勤労奉仕というものがあり、今日は近くの森で開墾作業を手伝う必要があった。

戦時下の夏休みに休む事は『国民として申し訳ない』行為であり、特に力のある娘は積極的に国に奉仕をする必要があった。戦地に向かう兵隊さんの為に、私たちが汗を流す必要があるのだ。

 

「よしっ」

 

寮で着替えてから学舎に向かった彼女は、そこで影を落として教室の席で俯いている同級生を見た。

 

「?」

 

彼女は両手に紙を持っており、カイソウは少し首を傾げて近づいた。すると近くにいた別の同級生が教えてくれた。

 

「あの子のお父さんが…アッツ島で戦死したそうよ」

「…」

 

電報の紙には彼女の父親がアッツ島で玉砕をしたと書かれていた。文字数が少ないのでよほど慌てていたのだろう。

電話が一般的ではなかったこの時代、電報と言うのは文字数によって値段が決まっていた。

 

「お父さん…」

「…」

 

その同級生を前に、周りにいた同級生達はどうすれば良いのか困っていた。

 

「大丈夫ですよ」

 

そんな中、カイソウは彼女の手にそっと触れて話しかける。

 

「何か困った事はありますか?」

「カイソウさん…」

「お父様の事は、お悔やみ申し上げます」

 

彼女はただひたすらに優しくありたいと思った。

アッツ島守備隊の戦死は『玉砕』と言う言葉を使っているが、それは程の良い言い訳である事は薄々感じていた。日に日に社会全体が暗くなっていっているのも感じており、カイソウは口に出すことすら憚れるが、よく無い事を考えてしまった事もあった。

 

しかしアッツ島で亡くなった兵士達の家族が目の前にいるのにそれを言うのは憚られる。ましてや自分の家族は徴兵をされていないので、そんな状態でどうこう言う身分でも無いと考えていた。

 

私の居る教室は、多くの同級生達は親が兵隊として取られる中級から下級階級の出自の子が多い。自分は家が地主で、本来であればこの教室では無い場所なのだが、彼女は編入でこの学校に来ていたのでこの教室だった。

 

「私から先生に伝えておきます。今日はゆっくり寮に戻って、できれば今日中に帰宅をしてあげて下さい。きっとお母様も、一度戻ってきて欲しい事でしょう」

「…わ、分かりました…すみません」

「いえいえ、あとの事は任せて下さい」

 

カイソウの提案に彼女は少しゆっくりと、軽く頷くと鞄を持って頭を下げてから教室を後にする。

 

「すみません、あの子の同室の子は誰かわかりますか?」

「あっ、私知ってます」

「ではその人を呼んでください。私は今から職員室に向かいます」

 

そこでカイソウはテキパキと同級生に指示を出して教師に事情の説明を行い、休む事に難色を示した教師には自ら赴いた。

 

「彼女のお父様は軍人として、アッツ島で玉砕をなされました。先生はこの名誉ある行動に敬意を表せないとおっしゃいますか?」

「そ、それは…」

 

この学校は優れた軍馬を発見するために創設された学校。故に何かと軍部との結びつきが強く、故に教師達も軍と言うものに敏感に反応を示した。

その点をカイソウは見抜いており、そこを突いて彼女が家に帰るための準備をさせる。

 

そして教師達を説得して、彼女は無事にその日の昼には京都駅に向かった。

 

「すみません全てお任せをしてしまって…」

「いえいえ、ーーーさんは強いお方です。きっとお父様も靖国で喜んでいる事でしょう」

「ありがとうございます。…じゃあ、私は一旦失礼します」

 

淀駅で彼女を見送ったあと、カイソウはそこで話しかけられた。

 

「やれやれ、私に一言言ってくれれば良かったものを」

「あっ、会長」

 

セントライトはそこで朝のカイソウの迅速な行動を前に一言、

 

「軍を盾に教師を脅すとはね…」

「その方が手っ取り早いと思ったからですよ。私たちは所詮軍属のような身ですから」

「…そうだな」

 

基本的に自分達娘は普通の人よりも体力があり、走れば自動車よりも早く走れる。

それ故に迫撃砲と軽機関銃を背中に背負ったまま、山道を走れると言うのは戦術上の強みであり、故に私達は軍において重宝され、徴兵も優先して行われてしまう。

 

「ただまあ…」

 

カイソウはそこでセントライトを見ながら言う。

 

「今度、同じようなことがあれば宜しくお願いします」

「…はははっ、人使いの荒い後輩だ」

「でも先輩ならできるでしょう?」

「当たり前だ。家族が死んで葬式に参加できなかったなんて末代までの恥だぞ?」

 

セントライトはそこで、生徒会の仕事の中にまた新しい仕事が入ったなと思った。

戦時下なので仕方のない話だが、戦死者の家族というのはどうしても出てしまう。私達は基本的に繊細な心を持った生き物だ。家族が死んだとなれば駆けつけたいことだろう。

 

「校長に掛け合ってそういう制度を作るとするかね」

「細かい事は宜しくお願いしますね」

「あぁ、任せておきなさい」

 

セントライトは胸を張るようにカイソウに返すと、そこで聞いた。

 

「さて、今日の勤労奉仕は?」

「開墾作業ですね。近くの河辺に畑を作るとか」

 

カイソウから伝えられた勤労奉仕を前にセントライトは軽く溜息を漏らす。

 

「やれやれ…夏休みだと言うのにね」

「昔は夏合宿なるものがあったそうですね」

「あぁ、懐かしい話になってしまったよ」

 

セントライトはそこで少し懐かしむように学舎を見る。

カイソウは体操服に着替えており、これからすぐに勤労奉仕に出る必要があった。

 

「怪我には気をつけろよ」

「大丈夫です!私達はまだ競争に出ていませんから!」

「阿呆、だから怪我に気をつけろって言ってんのさ」

 

そこでセントライトは軽くカイソウの肩を叩く。

 

「『無事是名馬』、来年の優駿になりたいなら尚更だぞ」

「無論です。では、行って参ります!」

 

彼女はそう言うとそのまま駆け足で校庭を後にした。

当時、ある場所では学生が印刷所などで働いており、もはや彼等も一人の労働者として見られていた。

 

当時の新聞にはこう書かれている。

 

『朝は七時半から夕方四時まで働くのだが、あまり苦しいとは思はない。苦しい時には南方の兵隊さんのことを思ふ。さうすると、何糞といふ頑張りの心が生まれて来る。』

 

既に欧州の戦況は決まったも同然であり、もう間も無く、本格的に米軍は反抗作戦に出るだろうと予測もされていた。

 

 

 


 

 

 

九月三〇日

日本政府は絶対国防圏を設定。

 

十月一日

アメリカ軍はナポリを占領。

 

 

 


 

 

 

十月三日

京都競

 

その日は立見所に多くの観客が詰め掛ける。

 

「去年は阪神で、クリフジがここに居たな…」

「はい!そうでしたね」

 

その一角にカイソウと窪田は訪れていた。

今日は最後の阪神優駿が行われる日である。この阪神優駿は、唯一京都で開催されたオークスであり、その後は東京で行われることとなった競である。

 

当時、競先進国の娘と比較して成長度に半年ほどの差があるとされていた為、秋に行われていた阪神優駿。

戦後すぐの昭和二一年に開催場を東京競場に変更。その際に名を『オークス』に改め、二八年には春に施行時期を変更して現在まで至っている。

 

「もうかあれから一年か…」

「早いですね〜」

「あぁ、まったくだ…」

 

窪田はそこでカイソウを見る。相変わらず彼女はこの歓声を前に楽しみにしており、クリフジが出走するのを今か今かと待っていた。

この時代、東京優駿(日本ダービー)は春、阪神優駿(オークス)は秋に行われていた。

 

クリフジはここで勝利し、来月の京都農林省賞典で優勝する事で初の変則三冠となる事を目指していた。

正直、彼女の実力は超一級というべきだ。今回も何頭かが前もって出走回避をしてしまう程に彼女は仕上がっている。

 

実際、下見所で見せた彼女を前に観客達は勝ちを確認していた。最早勝利は確実であり、去年の記録更新をするかどうかが話されるほどだった。

 

「今回は十頭立てで、クリフジは八番か…」

 

芝二四〇〇、良場、天候は曇。

表に出てそれぞれが勝負服を着ており、準備万端だった。

 

『今始まりました』

 

今回は前回の優駿ほど大きな出遅れもなく始まった阪神優駿。クリフジは先頭三番手に付き、第一角を曲がる。

 

「「…」」

 

窪田は計時機を片手に競走の推移を眺める。

三番手に張り付くクリフジは先頭のミスセフトに圧を掛けながら走る。ミスセフトは前回の東京優駿では二一着であったが、春の中山特別を取っただ。

重賞である彼女はクリフジの圧を受けて掛かりそうになる興奮を抑え込んで走る。

 

「(不味い不味い不味い!!)」

 

後ろから襲われるような恐怖。第二角を曲がった所で三番手にいたクリフジは動いた。

 

『クリフジ、ここで上がる。第二角に差し切り上がってくるクリフジ』

 

そしてあっという間に一番手に躍り出ると、そこからは彼女の独壇場。そのまま直線でさらに加速を開始すると、グングンと二番手に落ちたミスセフトや他のを後方の群に落としていく。

 

『クリフジ、どんどん引き離す。二番手ミスセフト食いしばるが追いつかず』

 

実況もこの殺戮をしているような状況に唖然となっている。

その間もグングンと距離を引き伸ばしていき、最後の直線に入った時にはもう十身の差がついてしまっていた。

 

『クリフジ一著、二番手はミスセフト。その差は十身』

 

時間は2.34.0とてもじゃ無いが並の娘では影を踏むことすら許されないだろう。

 

「まるで虐殺だ…」

 

他の追随すら許さぬ王者として君臨する娘。中山特別の輩であっても関係なしと言わんばかりの圧倒的実力。

周りが歓声で湧き立ち、クリフジは堂々と立って勝利を誇らしげに掲げる。

 

「やはり、京都は私にあっているようですね…」

 

彼女はそこで足で京都の場を軽く踏み込んで感触を確認していた。

 

 

 


 

 

 

十月三日

日本占領下のインドネシアにて郷土防衛義勇軍を創設。

 

十月六日

第二次ベララベラ海戦勃発。日本側の勝利に終わる。

 

十月十一日

北海道にて米潜水艦ワフー撃沈。

 

十月十三日

イタリア政府はドイツに宣戦布告。

 

十月十四日

フィリピン第二共和国成立。

 

十月十七日

泰緬鉄道全線開通。




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