ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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#23

秋川やよい理事長から二つ返事で外泊許可をもらい、カイソウの家で一泊することになったシンボリルドルフ。

あの激動の時代を生きてきた彼女の話は、とても現代では考えられないようなものばかり。

 

「(私たちは、戦争を知らない世代だ…)」

 

カイソウから必要なもの諸々を借りて、彼女の家の風呂場でシャワーを浴びているシンボリルドルフは思う。

当時、こういったシャワーですら贅沢の一つだったのだ。燃料を少しでも節約するために、彼女達は頭を一週間に一度しか洗っていけなかったそうだ。

あとは川辺で石鹸を持ち込んで直接洗うしか方法がなかったのだ。

 

「(きっとこれは、幸せというものなのだろう…)」

 

その幸せが当たり前となっているこの時代。シンボリルドルフはカイソウの話を噛み締めていた。

 

戦後、競はレースとなり、娘はウマ娘に、調教師はトレーナーとなった。

 

その戦後の体制を作り上げたのがセントライトだ。

もはや学校の教科書にしか乗らない人物となってしまったその女傑は、今は霊園の中で静かに眠っている。

 

軍と密接に癒着していた戦前の日本競を生まれ変わらせ、競を賭博から完全に断ち切らせ、世界中で競の賭博文化を終わらせた偉人としても有名な彼女は、戦争で父親を亡くしていた。

 

「(戦争か…)」

 

歴史の教科書でしか習わない私たちにとっては無縁のような存在だ。

戦争の話を小学生の時にされていた時、横の男子生徒はうたた寝をしてしまっていた。

所詮、私達にとって戦争とはその程度の認識でしかなかったのだ。

 

「お風呂お借りしました」

 

浴槽から上がり、借りたパジャマを着るシンボリルドフル。

その視線の先では何やら準備を終えた様子のカイソウが振り返った。

 

「あら、ちょうど良いタイミングね」

 

どうやら夕飯の準備ができたらしい。

彼女曰く、初めはたづなさんに引きずられてここに来たシンザン会長が食べてみたいと言う事で始めたものらしい。

 

「これが、私たちが食べていた食堂の料理よ」

「えっ…?!」

 

その食事を盆に乗せられて出された時、失礼だと思っているが、思わず私は声に出して驚いてしまった。

 

「ふふふっ、今じゃあ考えられない量でしょう?」

「あっ、いや、これは…」

 

まず白米が明らかに膨らんでいる上に量が少ない。それでいて茶碗の三分の一程度しか盛られていない。むしろ白米を探す方が苦労するほどの量であり、おかずは醤油と砂糖で煮込まれたかぼちゃとたくあん、ほぼ具なし味噌汁のすいとんである。

エネルギー消費の激しい私たちからすれば明らかに足りない量だった。

少食で、現役時代はトレーナーの気を揉ませるほどだった自分でもこれでは保たないと思うほどの量だった。

 

「国策炊きにかて飯…私たちは常にこれでした」

 

戦争中、戦前より食糧不足に喘いでいた日本ではあっという間に全ての食料が配給制になった。

なにせ軍人を引っ張る言葉で『頑張ればたらふく白米が食えるぞ』と言われていたような時代だ。最初に配給制になったのはマッチと砂糖であったと言う。

 

「シンザンもこれを見た後、泣きながらこれを食べていたわね」

「えぇ…これはあまりにも…」

 

節米料理と呼ばれるこの食事、シンボリルドルフは衝撃を受けながらその節米料理を一口口にすると、

 

「…」

 

なんとも言えない、水のない粥にさつまいもとじゃがいもを混ぜた食感。正直、おいしくはない。

ただこれが三食毎日続いていたと思うと心に来るものがある。

戦時中はこれの他にも大豆、カボチャ、麦、大根などを混ぜ込んで炊き込みにして嵩増しをしていたと言う。

麦飯の日はあたりだといってみんなで大騒ぎになったそうだ。

 

「実際、シンザンには一週間泊まらせてこいつを食わせたものさ」

 

カイソウは懐かしむようにその時の状況を思い返す。

あの人のことだ、きっと何かやらかした罰でここに入れられたに違いない。

 

そう思いながら次にすいとんを頂く。中には大根の葉やかぼちゃの葉や茎と言った普段は食べないような部位まで刻んで入れてあり、味噌汁がなければとても口に合わないと思うものだった。

 

「不味いでしょう?」

「…はい」

 

お茶を濁すことすらできないその味を前に、シンボリルドルフは頷く。

 

「はははっ、実際私も同じことを思って。こっそり部屋に戻って口直しをしていたわ」

「口直しですか?」

「えぇ、本来は火気厳禁だったんだけと、寮を抜け出して夜中に川辺で地面に穴を掘って米を炊いたこともあったわ」

 

彼女の実家は北海道の地主。大規模農場を営んでおり、畜産も行っていた。

 

「あの時、両親が実家から取れたお米や乾燥野菜、干し肉なんかを送ってくれててね…」

 

故に彼女は戦時中でも満足に食事ができたと言う。

京都の生徒会室でこっそり白米だけの握り飯を作って食べて楽しんでいた事もあったと彼女は告白した。

 

「(白米が贅沢品なのか…)」

 

正直、今じゃあ考えられないような食生活だ。

白米だけの茶碗は、当時の人たちにしてみればとてつもない贅沢品に見えたのだろう。

 

「あの時、たとえ家が裕福な子でも周りからの目があってどうしても贅沢品は没収対象になってしましたからね」

「…『ぜいたくは敵だ』ですか?」

「そうそう、砂糖なんて見つかろうものなら部屋に憲兵が突撃してくる有様だったわ」

 

だから巧妙に隠す必要があったと言う。

 

「…大変ですね」

「そりゃあもうね。両親から荷物が来た日なんて、届いた瞬間に授業中でもほっぽり出して姉と回収して隠していたわ」

 

そうでもしないと、自分たちは食料を奪われてしまうから。

 

「…」

 

壮絶な話だ。この時期、軍に近い組織であった競学校では、率先して『兵隊さんにために食事を我慢しよう』という運動を行っていたという。

 

「だから…こんな事が行われたのですか?」

「そうよ…ようは私たちが軍の広告塔に使われたってわけ」

「…」

 

酷い話だ。まだ成長期の少女たちにこんな無理強いを強いてくるとは。

シンボリルドルフはその時の状況に震えそうだった。だが当時はそれが常識だったのだ。

 

行き過ぎた国粋主義や全体主義、当時の軍事政権が戦争を引き起こし、日本をボロボロにしたと教科書では言われている。

 

「当時、競も『何人立て』ではなく『何頭立て』でしたからね」

「っ…!!」

 

つまり娘は人として数えられることのない存在であったという事だ。

そう言った意識改革が本格的に行われたのは戦後になってからだった。

 

「私たち娘は、戦前には選挙権はありました。まぁ私たちは軍人になることも多かったですからね」

「えぇ…」

 

女性参政権がまだ認められていなかった時代、娘というのは戦争にて多大な戦功をあげていた事もあり、普通選挙法施行とともに娘には選挙権が与えられ、当時は世界に先駆けて行われた事もあって話題を呼んだという。

 

「まぁ不味かったら残してちょうだい。あとでまた何か食べましょう」

「いえ、いただきます」

 

出されたものは全て食べる。シンボリルドルフはせっかく作ってもらった料理を余す事なく食べていた。

 

 

 

 

 

そして食事を終え、カイソウが風呂に入っている間に彼女は客間でお茶を飲んでいた。

部屋には多くの写真や賞状、トロフィーが置かれており、その中には…。

 

「これが…」

 

日本ダービー、それを制した者だけに贈られる日本刀があった。

 

目釘を抜かれた銘には『昭和十九年春季東京競東京優駿競走 日本競會賞』と彫られていた。

かつて、日本ダービーを優勝した者にはこのように毎年作られた一本物の日本刀が贈られ、セントライトの持っていた日本刀は現在博物館に寄贈されていた。

シンボリルドルフも存在は知っていたが、こんな距離で見るのは初めてだった。

 

側には日本刀と同様に丁寧に管理のされている拳銃(二式拳銃)も置かれ、それがすぐにカイソウの写真の中に映っていたものだと理解する。勝負服の腰から下げていたものだろう。

 

「…」

 

そして客間に飾られたトロフィーを見ていると、あるものに目が止まった。

 

「これは…!!」

 

そのトロフィーに打ち込まれた銘板を見て彼女は驚いた。

 

 

『京都農商省賞典四年呼 優勝』

 

 

あの幻の、日本競で唯一、G1レースで競走不成立となった競走の優勝トロフィーがそこには置かれていた。

 

ーーあのカイソウがクラシックの最後に走った無念の競走だ。

 

「…」

 

戦争の混乱によって失われたとされる多くの競に関連する品の一つである。

 

これの他にはセントライトやクリフジ、クモハタと言った歴史に名を残す名達の勝負服などがごっそりと無くなっていた。いずれも戦火に焼かれて焼失したものと推定され、博物館に飾られたそれらは全てレプリカであった。

 

「ふぅ〜…」

 

すると客間に風呂から上がったカイソウが現れ、シンボリルドルフは振り返った。

 

「え…?」

 

そして振り返った時、彼女は化粧を落としたカイソウを見て何度目かわからない驚きをする。

 

「あっ、有松さん…」

「おぉ、流石ですね。私の顔を覚えていましたか」

 

シンボリルドルフの特技の一つに、一度見た顔は忘れないと言うものがある。

そして自分はシンボリ家の娘だ、戦後の家系とはいえそれなりに実績のある由緒正しい家であるのでそう言った社交会などにも出席していた。

 

「…」

 

そしてその社交界でもその顔は有名であった。

 

有松あぶみ

 

少なくともこの世界において彼女の名を知らない事はないだろう。

日本最大級の建設会社を営んでいた女傑、右目の切り傷や身体中の火傷痕。その過激な行動から『名古屋の暴力賢者』と言う通り名があった。今は引退して隠居をしていると言う話だったが…。

 

彼女が手綱を握っていた有松建設は日本競における最大の支援団体であり、サポート科に進んだウマ娘達の就職先として有名であった。

 

思えば普段から彼女は、どこに行っても帽子を被っていた。

 

「カイソウさんだったんですか…」

「まぁ普段は厚化粧をして傷を隠していますからね。あの顔がすっぴんですよ」

 

彼女はすんなりと正体を明かし、その顔を前に軽く唖然となってしまった。

 

「戦後に色々とやってね。まぁ今はこうして優雅な老後生活ですよ」

 

客間のソファに座って答える彼女の首元は大火傷の痕が見える。話では、かつて建設現場の事故で負ったと言う話だ。だが彼女がカイソウだったのなら…。

 

「っ…!!」

 

事前に調べた彼女の経歴からシンボリルドルフは震えた。とするとあの火傷痕は…

 

「まぁゆっくり話しましょう。これからが私の現役時代の話です」

 

眼鏡を取り、身体中に刻まれた傷痕を客人に見せながら彼女はゆっくりと講談を始めた。




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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)

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