ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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二五話記念にちょっと未来のお話をひとつまみ。


回想① 1950年・1951年の走り方

戦争が終わって長い時期が経った。

その間、日本はGHQ管轄の下で大きく生まれ変わり、新しい時代を歩み始めていた。

無論、その間に競娘に関するルールも大きく刷新されることとなった。

 

ーー調教師はトレーナーに。

ーー競場はレース場に。

ーー競はレースに。

ーー娘はウマ娘に。

 

時代が変わって、呼び方も変わりつつあった頃。

 

だがまだ府中のトレセン学園ができていない頃の話。

 

「はっ!はっ!はっ!はっ!」

 

芝の上を一人の少女が走る。

鹿毛のウマ娘の少女は朝の調教…いや、トレーニングで近くの川の土手を走っていた。

 

「お〜い、パーちゃ〜ん!」

「っ!」

 

朝から土手を走っていると、そこで彼女は声をかけられる。

 

「あっ!セントライト先輩!」

「よっ、元気にやっていることだねえ」

 

土手をゆっくりと歩いて上がってきたのは、日本初のクラシック三冠のセントライトだった。

今は卒業をして、今度創設される新しい日本競會の創設に尽力をしていた。

前の日本競會はGHQの規則により解体がなされ、国営競と言う形で残存していた。

 

「おはようございます!」

 

早朝からトレーニングを行なったウマ娘、パーフェクトはセントライトに軽く会釈をする。

 

「今日は単走か?」

「はい!」

 

彼女は頷くと、そこでセントライトは軽く彼女の着ているえんじ色のブルマの制服を見る。

 

「どうだね?新しい体操着は」

「そうですね…とても良いと思いますよ?」

「そうか…」

 

イメージ刷新のために、全国で統一されることとなった新しい体操着。ただ制服は、伝統ある紫と白のセーラー服を維持していた。

 

「なら良かった…」

 

満足げな表情の彼女にセントライトは安堵した様子で見ていると、

 

「お前さんが来るとはな…」

「やぁやぁ、テキ」

 

そこで土手を上がってきたのは、かつて彼女を三冠まで導いた名調教師、田中()一郎だった。

 

「おいおい、今はトレヰナアと言うんじゃないのか?」

「トレーナー、だろ?」

「言いにくい。英語に直されるとどうもな…」

「仕方あるまい。ヰメージ刷新というものだ。特に今、私たちは素寒貧だ。どこかで金を調達せねばならん」

 

まだ言い慣れない新しい呼び方に田中とセントライトは軽く苦笑しあった。

 

「仕事は大丈夫なのか?」

「ああ、粗方必要なことはやった」

「そうか…」

 

今のセントライトの仕事をかじり聞きしている彼は、どこか哀愁のある様子でセントライトを一瞥した後にパーフェクトを見た。

 

「どうだ、足見せてみろ?」

「はい」

 

パーフェクトは軽く頷いて自分の足を見せると、そこで軽く触れて温度を測る。

 

「…よしっ、問題ないな」

 

軽く頷くと、そこで彼はセントライトを見た。

 

「セントライト、どうだ。今日は併走をやってくれんか?」

 

彼は聞くと、そこでセントライトは軽く首を横に振った。

 

「私は良いさ。もうとっくの昔に全盛期は過ぎている」

「そうか…」

 

そこで少し残念そうにする彼に、セントライトは続けて言った。

 

「だが、パーちゃんの併走に合いそうな人間なら紹介できる」

「誰だ?」

「私の可愛い後輩」

 

軽く笑って彼女は田中を見た。

 

「…クリフジか?」

 

そこで彼は誰を呼ぶのかと予想を立てたが、彼女は首を横に振った。

 

「いや、もっと足が硬いやつ」

「…」

 

時折セントライトの謎かけに田中は考える。

 

「下手をしなくても、私よりも頑丈な脚を持っているだろうね」

「ふむ…」

 

軽くヒントが出され、田中は選択肢を消していく。

 

「京都で、中一周、もしくは週一で東京優駿まで走ったやつ」

「…あぁ、」

 

即座に彼は答えに至った。そして同時に驚いた。

 

「…生きているのか?」

「まあ会えばわかるさ」

 

セントライトは取り残されて首を傾げたパーフェクトを見ると、彼女の頭を軽くわしゃわしゃと撫でた。

 

「パーフェクト、とびきり強いやつと併せさせてやるぞ」

「本当ですか!」

「ああ、同時にお前さんの走り方も教えてくれるだろうさ」

 

セントライトはほんの一瞬だけ、悲しげな表情を浮かべていたのに、彼女は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

数日後、東京競学校にある人が呼び出しを受けていた。

 

「ふう…やれやれ、」

 

彼女は切れたウマ耳に切り傷の入った右目、欠けた耳。それでいて整った容姿と、着ている洋服の隙間から覗き見えた火傷痕は、明らかに異様な空気を作っていた。

 

「っ!!」

 

その姿を前にパーフェクトは思わず耳をピンと立ててしまった。

学校に黒塗り運転手付き高級車(ロールス・ロイス シルヴァーレイス)で乗り付ける様は、当時としては破格の生活をしていることを表していたが、降りてきた人物を前にパーフェクトは警戒をした。

 

「そう警戒しなさんな。パーフェクトさん」

「…」

 

そう言われると逆に怪しくなるのが性というもの。彼女のヤクザの如き鋭い視線は他のウマ娘も一瞬驚いて見てしまうほどだった。

 

「はははっ。まあ事情は聞いていますよ」

 

彼女はそこで軽く笑った後にパーフェクトを見る。

 

「今日からしばらくは併せをしろと聞いています。まずは走って見ませんか?」

「…よろしくお願いします」

 

パーフェクトはそこで感じたただならぬ雰囲気を前に頷くと、そこでカイソウも頷いてから並走を行う場所まで移動をする。

 

 

 

「じゃあ、まずは私の後を追ってきてください」

 

体操着に着替え、場で軽く屈伸をする彼女。

 

「っ…!!」

 

黒いナイロンストッキングで両腕と両足を隠したカイソウ。だがそこからはみ出ている火傷痕を見て一瞬驚いてしまった。

そして驚いたパーフェクトにカイソウは聞いた。

 

「驚きました?」

「あっ、い、いえ…」

 

パーフェクトは慌てて首を横に振ったが、彼女はそんなパーフェクトを見た。

 

「お気になさらず。私が異常というものですからね」

 

カイソウは軽く笑っていうと、優駿の走りを間近で見ててください、とだけ言うと軽く走り始めた。

 

「っ!」

 

だが、一瞬のうちに爆発したかのような勢いで飛び出した彼女を前にパーフェクトは驚愕しながら後を追いかける。

 

「あーあー…」

 

そんな飛び出して行ったカイソウとパーフェクトを見て、田中は呆れたようにそれを見た。

 

「初手からぶっ飛ばしよったわ。潰したら容赦せんぞ…」

 

まあ、仮にも相手は優駿。目利きはできるだろう。そう思って田中は二人の併せを双眼鏡で見ていた。

 

 

 

「(この人、早い!!)」

 

併せをしてパーフェクトがすぐに思い至った事実。

今背中を追いかけているはダービーウマ娘。あの地獄を勝ち抜いた彼女は、今でもその切れ味を残したままだった。

おかしい、もう彼女は何年も前に引退したはずだ…何故!?

 

「(なるほど…)」

 

そして前を走るカイソウは事前に依頼を受けた時にセントライトに言われたことを思い出す。

 

『全力で走って来い。情け無用でな』

 

セントライトの注文は端的だった。そして新米にすることかと思うものだった。

 

『本格化前の子ですよ?一気に千切ったら心折れませんか?』

『大丈夫だ。彼女は強い。それに、彼女には是非とも新しい()()()の顔になってもらいたいんだ』

『…なるほど』

 

今年の初め、彼女の設立した建築会社は新しく作られる事となった中京競場の入札を勝ち取るための工作に動いていた。

だから呼ばれた時はそのことかと期待した自分が少々アレだったかもしれない。

 

『そして、彼女は左足に若干の不安がある。それを克服できる技を、あいつに教えてくれないか?』

『…』

 

セントライトの懇願する目線を見て、カイソウは軽くため息を吐いた。

 

『はぁ…分かりましたよ。どうせ私は現役を引退した身ですからね』

『ありがとう…。恩に切るよ』

 

セントライトは少し安堵してカイソウに頭を下げた。

()()()さえあれば、パーフェクトは『最強』を、『三冠』を頂くことが出来るかもしれない。

いや、出来るに違いない。そう思った。

 

()()()、彼女が編み出したその技は未完成だった。

未完成のまま臨んだその技で、それでも彼女は六著まで食い込んだ。

あれは今でも虫唾が走り、セントライトはぐっと握り込んだ拳を抑える。

 

『代わりに実家との契約。それと今度できる新しい競場の建設を頼みますね?』

『おいおい、そりゃボリすぎだ。前者しかできないぞ』

『あらあら、天下の三冠様でも難しいですか…』

『当たり前だ。国家事業だぞ?口出ししたらそれこそ大問題だ。今更チョッパられたくない』

 

そんなセントライトとの話を思い出しながら、カイソウはパーフェクトを見る。

 

「っーーー!」

 

彼女の走りはどこか不安定なのが拭えない、危険な走り方。

聞くところによると彼女は左膝をよく痛める上に裂蹄、つまり足の爪が割れやすい欠点を抱えていた。

 

足の指というのは、踏み込む際に最も圧力のかかる場所。そこの爪が割れやすいということは、時速六〇〜七〇キロで走る競走においては致命的な欠点であった。

それ故か、彼女のトレーナーの田中氏からは『七分ほどの調教で』という注文を受けていた。それ以上で走らせると左脚をやってしまうからと。

 

「はぁ…はぁ…」

 

一マイル、一六〇〇メートルを走った後、パーフェクトは軽く肩から息をすると、そこでカイソウは話しかける。

 

「もう一周行けますか?」

「っ!はいっ!」

 

パーフェクトはカイソウを追いかける途中で、コーナーに差し掛かった時の彼女の足回りを見て驚愕をしていた。

そして二周目はパーフェクトを前に、カイソウは後ろからその走りを観察する。

 

「…」

 

そして裂蹄を彼女は恐れてか、走るたびに若干左脚が圧力を逃すように、若干外に向いていた。

 

「分かりました」

 

再度場を一周した後、カイソウはパーフェクトを見た。

 

「カイソウさん…」

「?」

 

一マイル二周、三二〇〇メートルを走って地面に倒れるように

 

「カーブを曲がる時の()()()…あれは、なんですか?」

「…」

 

パーフェクトの言葉にカイソウはやや驚いた目線を向けると、同時に納得する。

 

()()に気付きましたか…。なるほど、先輩の言った通りですね…」

 

そこで一考した彼女はパーフェクトに問う。

 

「パーフェクトさん。正直にいうと、貴女の足は不安定です」

「はい…」

 

パーフェクトはカイソウとの併せで、彼女の強さは十分に理解した。確かに、彼女はセントライトが勧めるだけの価値のある人だった。

 

「ですが、貴女の実力は折り紙付きです。私が保証しましょう」

 

少なくとも、本格化前のウマ娘が()()()()()()()()()()()時点で彼女は強い。普通なら千切られておしまいの配分で走っていた。

 

「そしてその走りを、さらに深める方法があります。その『弱点』ですら『利点』に出来る技です」

「っ!!」

 

そこで駆け寄ってきた田中を一瞥する。

 

「ですがこの()をものにするのは過酷です。貴女の脚も保つか分かりません。それでもやりますか?」

 

カイソウの問いかけは、その顔と相まって脅迫もいいとことのような雰囲気だった。

田中は()()に気がついており、どういうことだと聞く前にこれであった。

 

「…やります。やらせてください」

 

その時、パーフェクトはじっとカイソウの目を見上げて返した。

その目は確固たる、石のように不動の決意であった。

 

「…分かりました」

 

その顔を前に、カイソウは頷いた。そして彼女のトレーナーに頼む。

 

「田中調教師、暫くパーフェクトとの併せをお願いします」

「…お前さんはコイツを殺す気か?」

「いいえ?殺す気なんてさらさらありません」

 

その時のカイソウの不適な笑みは、田中の目にはやや不気味に見えた。

だが同時に、勝ちに確信を持っている様子でもあった。だから許可した。

 

そして彼女は暫くの間、パーフェクトを見る。

 

 

その名にふさわしい、『完璧』を求めて。

 

 

 

彼女は新戦で圧倒的な走りを見せて以降、名前を変えて走る事となる。

 

 

 

 

ーーートキノミノルと、名を変えて。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…今年も、この季節が来ましたね」

 

その時、ある墓石の前で緑の帽子と制服を被る彼女は言った。

季節は冬、今日は雪が降る予定だった。

 

「まあ、先輩には世話になったよ。私も、君もね」

「ええ…」

 

その横でカイソウが懐かしむようにその墓石の前で線香をあげる。

 

「あの後のことも含めて、私はカイソウ先輩にお世話になりました」

「ふっ、そうだねえ…あの時は肝を冷やしたものさミノちゃん。おかげで先んじてアメリカに飛んだのが無駄になっちまったよ」

「そんな事はないでしょう?あの後も残って、()()()を育てたのでしょう?」

「…そうだな」

 

そこで彼女は世話になった人の墓石に掘られた名前に軽く触れる。その墓には『セントライト』の文字があった。

 

「全く、君はいつまでそのナリで行くつもりだね」

 

そして呆れたように彼女はその女性を見る。

 

「あら、先輩も同じことをしているじゃあありませんか。有松さん?」

「はぁ、全く…」

 

今はトレセン学園理事長の秘書を務める彼女はくすくすと笑い、カイソウは大きくため息を吐く。

 

「この後付き合え」

「奢りですか?」

「ああ、ついでにイツセイやミツハタ達も呼びな。久しぶりにパァってやりたい気分だ」

 

彼女は言うと、その人は目を少し輝かせる。

 

「わあ、かっこいいですよ。先輩」

「ふふふっ、もっと褒めるといいさ。老人はかまってちゃんだからねえ」

「ええ、よく分かっていますよ」

 

カイソウに、たづなは少し嬉しそうに墓地を離れる彼女のあとを追った。

 

 

その空では、わずかに雪が降り始めていた。




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