早速寮から出たカイソウは手を引っ張られていた。
「向こうが食堂。それでこっちが図書館。あっちはーーー」
案内を担当するヤマイワイの後ろを体操服に着替えたカイソウは辺りをキョロキョロとしていた。他にも数人の馬娘の姿もあり。案内を受けている彼女を見て噂の編入生かとなってちょくちょく話しかけられていた。
「それで、最後に練習場がここ」
目的地に到着した場所を見てカイソウは一瞬唖然となる。
「え?ここですか?」
「うん、そうだよ〜」
しかし到着した場所は、
「ただの馬場じゃないですか……?!」
そこは京都競馬場の、それも本物の馬場だ。淀の坂とか真ん中の池や、コンクリート製の大きな観客席やらがある、本物の競馬場だ。
「場所がないからね〜、いつもここで練習だよ」
「……」
予想外の練習場に驚いていると、ヤマイワイはそんな彼女に話しかける。
「それにほら、淀の坂を生で練習できるから。すっごいお得だよ?」
昔あるあるの所々大雑把な……で言いくるめられないような、なんと言うか……ぶっ飛んだ練習場だなぁ。
「ほ、本物の場所で練習できるなんて……」
「ちなみに組み分け競争もここでやるんだよ」
「へぇ〜……」
彼女の説明に納得していると、ヤマイワイはそうなった訳を言う。
「前までは別のところでやってらしいんだけどね。まぁ、今は滑走路か軍人さんの訓練場にでもなってんじゃないかなぁ」
「あ、なるほど……」
納得した様子でカイソウも微妙な表情を浮かべる。
戦争が始まり、良い年をした馬娘は軍に徴用される。理由として人よりも力持ちで足が速いから。
かつて、銃火器のまだ発展していない時代。戦場における最強の兵科は馬娘に武器や鎧を纏わせた騎兵であった。その歴史は第一次世界大戦初期まで続いていた。
それ以降、馬娘のする主な仕事と言えば夢の競馬や馬車業か、こう言った戦時下であれば後方での物資輸送などに従事する事が多い。きっと今日もどこかで馬娘に招集命令書が届いている事だろう。
そしてこの競馬の世界はいわばこのご時世において少しでも長生きできる可能性を求めるための道だった。
いくら後方任務が多いとは言え、向かう先は戦場。少しでも娘の安全を願うのであれば国によって良い馬を見出すための競馬場は言わば最後の道であった。徴兵を回避する手段はいくらかあるが、その殆どは体に負担があることに違いなかった。
「よし、んじゃあ行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
今日の練習コースは芝のコース。昔はよく近場の畑道を走った物だが、ここでは自分の足はどうだろうか。
「もう、同い年なんだからマイで良いよ」
「えっ、しかし……」
「堅苦しいこと言わない」
「……」
彼女に言われて押し黙ったカイソウにヤマイワイは満足げに表情を見せると、彼女の愛称を勝手に名付けた。
「カイソウちゃんだから……これからカイちゃんって呼んでいい?」
「え?あ、ま、まぁ……お好きに」
そんな自由奔放気味な彼女にカイソウはやや苦笑していると、ヤマイワイは嬉しげにカイソウに抱きついた。
「んじゃあ、早速走ろうかカイちゃん」
「も、もうですか?!」
「うん、習うより慣れろだよ。選抜競走も近いしさ」
そんな彼女にすこ愛振り回されているカイソウはそこでヤマイワイは続けて彼女に最も重要な課題を告げた。
「それに、いずれは
「あっ……」
そう、自分の持つ能力を最大限生かすために必要な人材、それが調教師。今度の選抜競争の結果によってお声がかかるか、自分から向かいに行くかで専属の調教師が決まる。
「さて、行ってみよう!!」
「……はぁ、分かりました」
軽くため息をついた後に彼女は走る体勢を取っていた。
「ーーーん?」
その時、馬場を見ていた一人の馬娘がある景色に目が向かった。
「あの馬娘……」
それは馬場を走る一人の馬娘。並走をしている友人と思わしき娘と走り出した瞬間に直ぐに半馬身程引き離していた。見るからにこの馬場に慣れていないとわかる走り方だが、筋は良い。
すると彼女の元に先ほどカイソウを案内していたクモハタが近づく。
「どうした、セントライト」
「いやぁ、ちょっとね」
一瞬クモハタに視線がいくも、すぐに馬場に目線が戻っていた。
「なんだ、気になった馬でもいたか?」
「ああ、そんなところだな」
黒鹿毛の彼女、史上初のクラシック三冠馬であるセントライトはその馬娘を見ており。クモハタはその視線を追うと軽く相槌を打っていた。
「ああ、あの子……もう走れるんだ」
「なんだ。知り合い?」
「いや、さっき駅で見た。新入生らしい」
「新入生?編入生の間違いだろ。入学式はまだ数日後だぞ」
「そうか……ああそっか」
セントライトは記憶を手繰り寄せて違和感を口にするとクモハタも納得した表情を浮かべた。
「名前は確かカイソウと言ってたな」
「ああ、見る感じ。期待の新人だな」
そう言いながら並走の練習をしているカイソウとヤマイワイを見ていた。
「北海道から来たそうだ」
「ああ、らしいな。遠い所から珍しい」
セントライトは頷くとクモハタが違和感を感じて待ったをかけた。
「……待て、知っているのか?」
「もちろん、私はここの生徒会長だぞ?生徒の情報くらい知っておかなければ」
当然の如く返した彼女にクモハタは軽くため息を吐いた。
「全く、君がこっちに残ると言い出してから私は振り回されてばかりだな」
「そうかい?私としては君が東京をおさえてくれて嬉しいと思うよ」
「傍迷惑な話だ……」
クモハタは軽くセントライトを睨むと、彼女は毅然とした様子で馬場を走る馬娘達を見ていた。
「でも、おかげで私には新しい使命が生まれた」
「……」
「そんな私に付き合ってくれた君は本当に感謝しかできないよ」
彼女はそう答えると、クモハタは短く吐息して目を閉じた後に前を向いて答える。
「幸いにも私と君の願いは同じだった……それだけだ」
「素直じゃないねぇ」
「はっ!はっ!はっ!はっ!」
「ひぃぃ〜!!」
併走練習で本物のコースを走るカイソウとヤマイワイ、走り始めて数本だと言うのにカイソウは涼しい顔で。ヤマイワイは汗ダラダラでヒィヒィ言っていた。
「これ何本目?」
「まだ二本です」
「カイちゃんすごいよ。よくこんな早く走れるね」
「まぁ……実家ではよく走って遊んでいましたので」
そう言い、彼女は畑の畦道を姉と走っていたのを思い出す。北海道の、下手するとトラックや軽便鉄道ですら足止めを喰らうレベルの悪路を姉と共にリヤカーを引いて牧場で取れたミルク缶を駅まで走り届けて小遣いを貰っていた頃の記憶を。
あの頃は姉と共に走っていて、どこまでも広がる平原を後ろでミルク缶の当たる金属音を響かせていた。
「いやぁ、これならカイちゃん。優駿も夢じゃないね」
「いやはや、道産馬は今まで優駿は一回も無いんですよ?」
そう、今まで行われてきた優駿に道産馬は居ない。しかしそんな彼女の言葉にヤマイワイは当然の要に答える。
「だったら、君がその結果を作って仕舞えばいい」
「?」
「前例ってのは、作っちゃえば良いじゃん」
「……」
ヤマイワイの言葉にカイソウは少しだけ言葉に詰まった。
「そもそも、こんな状況下でここに編入できる実力があるんかだら。もっと自信持ちなよ」
そう、カイソウは高校生からの編入生だ。この時代、編入生というのも中高一貫の調教場では制度としてはあるのだが、かなり珍しい部類に入る。
そして今は戦時下、軍靴の足音は徐々に自分達の足元の響きつつあった。
馬娘は基本的に開戦と同時に軍の招集対象となる。そして徴兵を逃れやすい競馬学校の倍率が信じられないくらい上がるのだ。そんな中での編入試験を、実家からかなり遠い場所とはいえ、合格できたのだからそこは十分褒められるべきなのだろう。
「少なくともこの学校にいる時点で私たちは戦地に行く事はほぼ無いんだからさ」
「……ええ、そうですね」
競馬学校の生徒は競馬に出るための特別な練習を積む必要があり、おまけに軍の上層部にはこう言う競馬が好きな上級将校もいる。その為、よほど逼迫した状況にでもならない限り競馬が中止される事はない。
元々『馬娘競馬会』と言う現在のURAの前身組織自体が優れた軍馬を選りすぐる為の組織だ。政策的な要望を合わせながらもここまで運営をなんとか続けてきていた。
「優れた軍馬を選りすぐる為の組織が馬娘の最後の砦とか……」
「これこれ、そんな事言わない」
なんて皮肉だと言いかけたところでヤマイワイに突っ込まれる。カイソウはヤマイワイと走り終えて休憩をしながらそんな事を話し合っていた。
次の更新いつか分からないです。
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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)
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