ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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#31

四月二三日

京都競

 

その日はやや曇りの日だった。

京都の空は悪い時は悪いもので、今日は曇り日だった。

 

「ふぅ…」

 

いよいよ訪れた新戦を前にカイソウは息を整える。

 

「行けるか?」

「はい、問題ないです。窪田調教師」

 

窪田が聞いてきたので、彼女は静かに頷く。

着ている真新しい体操服にはゼッケンがピンで刺されていた。

 

「なんだ、やけに硬い言い方じゃないか」

「そうですか?気を入れるために使ってみたんですけど…」

 

今までのテキ呼びから一転して少し硬めの言い方を前にやや苦笑し、カイソウは少し緊張を隠しきれない様子で答えた。

 

「何、普段通りにやるのが一番よ」

 

窪田はそんな彼女に肩を軽く叩きながら言うと、足を見る。

 

「で、状態は?」

「上々です」

 

今履いている靴は特注の蹄鉄を付けた靴であり、数回履いて走った慣れたものであった。

 

「ん。よし、頑張ってこい」

「はい」

 

そこで背中を軽く叩かれ、カイソウを見送る。ここまで十分な対策を行い、自身も付けたカイソウは元気よく出て行った。

 

「…ふぅ、緊張すんなぁ」

 

そして彼女を見送り、その後に自分の手が僅かに震えていることを感じる。

彼にとっても独立して初めての教え子が走る日だ。何なら本人よりも緊張しているかもしれない。

 

彼女の才能は、彼女が北海道から出てきた頃から知られている。あの選抜競走の時の走りは多くの同業者達の目を引いていた。

 

「…全員がライバルだもんな」

 

彼女の目指す東京優駿競走、それはその年のすべての娘の頂点に立つ事を意味している。

 

「…まあ、何とでもやってやるさ」

 

せっかく捕ませてもらった縁である。世間様は厳しい眼差しを向けているが、カイソウを走り切らせることもまた自分の任務であった。

 

「…」

 

下見所でカイソウは仁王立ちで現れると、静かな立見所には軍人のほか数名の生徒達が来ていた。

 

「カイソウ〜!」

「先輩!」

 

この場所では目立つセーター服を纏った女子達。しかしカイソウは彼女達のも手を振ると、これからの新戦に期待が上がっていく。今日は火曜日で、この後に授業も控えているので彼女達は直接競走を見に来ることはなかった。

 

「ふぅ…」

 

そして大きく深呼吸をした後に一礼をしてから下見所を後にする。

 

「しかし、あれほどの体とは…」

「今年の期待は彼女ですな」

 

後ろでカイソウを見た軍人達が言っていたのを聞き、少しだけ彼女は耳を絞る。

 

「どう?」

「十分だ。これならお偉いさんも手を出さないだろうよ」

 

下見を終えて戻ってきたカイソウに窪田は言うと、そこで彼は最後に忠告をする。

 

「いいか?お前さんはすでに期待の新人だ。周りの妨害…特に発機で待っている間は気をつけておけよ」

「分かっています」

 

事前に窪田に教えられ、カイソウは頷くとその後に馬場に上がっていく。

 

 

 

 

 

「すぅ…ふぅぅ…」

 

下見を終え、その後に場に上がるカイソウ達。

 

「今日はよろしく頼むで」

「ええ、よろしく」

 

そこでカイソウは目の前に立つ娘、ヤマトマスラヲに挨拶を済ませる。

二人の他には七頭が登録されており、計九頭立てで競走が行われる。

 

「(今日の距離は一六〇〇。一般的な新戦だ)」

 

彼女はそこで脳内で今日走るコースを思い出す。

 

「ふぅ…」

 

目指すは東京優駿大競走、そしてその後の菊花賞。

 

「(短距離は私の苦手分野だから…)」

 

そこで彼女は事前に窪田から得た情報と自分の経験を参考に今日の競走の作戦を立てる。

 

『僅かに雲の掛かる京都競場、芝一六〇〇米。場は良であります』

 

実況席から男性の低めの声が響くと、足元の芝の状況を踏んで確認する。

本来であればここで出する全員の名前が読み上げられるが、一日に十競走をする関係で省略をされていた。

 

「…」

 

そして地面の線に沿って並ぶ九人だが、そこでカイソウの両脇の娘達がやけに接近をしてきたので、彼女は先に動く。

 

「痛っ」

「あら失礼」

 

少し肘鉄を加えて自分の場所を確保すると、

 

ガコン

 

重石の音と一気に迫り上がった白帯の垂れ幕の音と共に一斉に全員が場に駆け出す。ここに呼駈4年三級が始まった。

 

「よしっ!」

 

カイソウが無事に出遅れることなく走り出したのを見てまず声を上げる窪田。双眼鏡でカイソウの両脇の娘の動きや、彼女の肘鉄も見ていたので無事に発したのを安堵していた。

 

「(出だしは好調!)」

 

カイソウもうまく飛び出せた事に安堵すると、実況が言う。

 

『最初にハナに出たのはカイソウ。しかしすぐに二番手に落ちていく』

 

出だしで先頭に出たカイソウは直ぐに先頭を明け渡す。

 

「(カイソウが譲るか)」

「(逃げではないでしょうけど…)」

「(王道の先行か)」

 

そこですぐに彼女達はカイソウの得意分野を探ると、全員がお互いの監視をしており、ややゆっくりのペースで進んでいく。

 

「少し遅めだな…」

「やっぱり、始めてだから全員が警戒しているな」

 

計測を行う他の調教師達が走る自分の教え子達を前に口々に言う。

 

「…」

 

無論、それは窪田も感じており、全員がカイソウに警戒をしていた。

 

「(やっぱり、警戒されますか…)」

 

内心でカイソウは今いる場所を中心に周りの状況を確認する。

現在、三番手。いつもに比べて速度が遅いのでかなり団子になって走っていた。

 

「(カイソウはどう動く!?)」

「(早く仕掛けろ!)」

 

一六〇〇米という短い距離であるがために、仕掛ける場所で大きく結果が変わってくる。

 

「…遅いわね」

 

そこで少し囁くと、それをしっかりと敏感な聴力を持った娘は聞き取り。カイソウの呟きに慌てて加速を始める。

 

「っ!」

 

ここで仕掛けなければ勝てない。距離が短い分仕掛ける場所は早い方がいい。

彼女達はカイソウに構っていては負けるとハロン棒を見て思うと、加速を始める。

 

「(来たっ!)」

 

そこをすかさずカイソウは刺すように走り出す。

 

「なっ!」

「くそっ…!!」

 

ドンドンと重々しい足音を立て、一歩一歩を踏み込んで歩幅を大きく取って走るとカイソウは次々と抜いていく。

 

「っーー!」

 

そして先頭に躍り出る。

短い距離であるが故にこのままカイソウは引き離しに掛かる。

 

「待てやぁぁぁああっ!!!」

 

その瞬間、カイソウの耳に怒声が響いた。

 

「っ!?」

 

引き離しにかかったカイソウの真隣に一人の影、ヤマトマスラヲが猛烈な勢いで追従をしてくる。

 

「よぅ、主席さんよ!まだ遊ぼうや!」

「…ちっ」

 

たっぷりを汗をかきつつも追従してきた彼女に軽く舌打ちをしながらカイソウは走る。

 

「(短距離は苦手なんやろ?)」

「(不味い…ここで距離を取らないと後がない…!!)」

 

すでにラストスパート。カイソウはヤマトマスラヲとほぼ並走する形で最後の直線を走る。

 

「不味い…!!」

 

窪田は冷や汗をかいて直線を走るカイソウとヤマトマスラヲの二人を見る。

 

「踏ん張れ!」

「行け行け!」

 

すると他にも観戦していた生徒達が二人の接戦を見て声を上げると、次第にゴール板が近づいてほぼ同時に二人は通過した。

 

「…くそっ」

 

そして通過した直後、窪田は毒吐いた。

 

『一着、ヤマトマスラヲ。ハナ差二着でカイソウーーー』

 

実況席に座っていた男性は今の結果を淡々と発表する。

 

「すげぇ」

「一着はヤマトマスラヲか…」

「カイソウと接戦だったな」

 

二人の接戦は他の生徒達も見るところであり、ハナ差の決着は早速話題になっていた。

窪田は走り終えたカイソウを迎えに行く。

 

「カイソウ」

「テキ…」

 

走り終えたカイソウはどっと息を吐いていた。

 

「すみません…」

「なぜ謝る?」

 

最初に謝罪をしてきたカイソウに窪田は首を傾げた。

 

「新戦で…負けてしまいましたので」

「…あぁ」

 

窪田はそこでカイソウが新戦でここまで気落ちした理由を察した。すでに多くの生徒から彼女は期待されていた。

 

「新戦で勝って無敗で東京優駿まで行くつもりだったか」

「…はい」

「そうか…」

 

窪田はそこで頭が痛くなった。

カイソウは相談もなく、最初から勝つつもりで行ったらしい。確かに去年のクリフジの闘いぶりを直接見ていれば、彼女に憧れることも何らおかしいことではない。

 

「(しかし、カイソウはクリフジとは違う)」

 

去年、大旋風を巻き起こした娘であるクリフジ。今の所『無敗の変則三冠』の称号を持った娘は日本で彼女ただ一人である。

 

「なら次に生かすぞ」

 

窪田はそこでカイソウに言う。励まし方としてはとても褒められたものではないが、今後の六月の二週目に行われる東京優駿大競走までの日程をおさらいする。

 

「次は五日後の二八日、今日と同じ条件で走るんだ。泣く暇は無いぞ」

「…はい」

 

窪田に言われ、気持ちを切り替えて彼女も前を見る。

 

「いやぁ、お疲れやで」

 

するとそこで今回一着をとったヤマトマスラヲが近寄って話しかけてきた。

 

「お疲れ様でした。ヤマトマスラヲさん」

 

カイソウも走り切った彼女に一礼をして頭を下げると、彼女は少し嬉しげに話す。

 

「嬉しいわぁ。私でもカイソウに勝てるんやって思って」

「あら、そうですか?」

 

ヤマトマスラヲは汗をたっぷりとかきながら満足げな表情で頷く。

 

「あぁ、前々からカイソウは強かったやろ?」

「…」

「だからさ、まぁ…」

 

そこで彼女は一瞬、足首を確認するように視線を移した後にカイソウを見る。

 

「勝てて嬉しいかったわ」

「…」

 

彼女はそれだけを言うと軽く手を振って場を後にした。それを見送るカイソウと窪田。

 

「…無茶をしたんですね」

「ああ、後で俺から言っておくさ」

 

窪田はそう言うと彼女は頷く。

 

「次の未勝利戦…」

「ん?」

「経験はできました。次は必ず勝ちに行きます」

 

カイソウは少し鋭くなった視線を見せると、窪田も少し笑って頷いた。

 

「あぁ、その気概だ。ぶっちぎる成績を残してやろう」

「ええ、ハナ差で負けた分、次こそは」

 

彼女の意気込みにうまく転化できたなと窪田は安堵すると、次の競走の対策を行う。

距離、場所ともに全く同じの競走は、一度経験をした彼女からすれば容易く攻略が可能となるだろうと言う推察をした。

 

「次も京都一六〇〇米だ。叩き上げていくぞ、作戦はほぼ変えずにいく」

「はい」

 

カイソウは頷くと、ヤマトマスラヲの消えていった方を静かに見つめていた。




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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)

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