四月二三日
東京競馬場 呼駈五年姫馬二級
カイソウが新馬戦を走った日、この東京では実況者の興奮が聞こえる。
「クリフジ!クリフジ先頭!ただいま五馬身を付けて決着!!」
そこで目の前のゴール板を通過していく一人の馬娘。
「流石だな…」
「常勝無敗。昨年の京都農商省賞典は見ただろう」
その様子を観戦していたのは無数の観客ではなく、数十名の軍人。
あの歓声も、今は閑散とした競馬場の立ち見席だけが静かに佇んでいた。
「お疲れ、クリフジ」
「お疲れ様でした!先輩」
そこで走り終えた後にクリフジは前山とヤマイワイを見た。
「お疲れ様です。テキ」
隣にヤマイワイがいたので、クリフジは先輩として一仕事終えた様子で前山を見た後にヤマイワイに聞いた。
「どうですか?五日後にあなたもここで走ることとなります」
「大丈夫です!先輩の走りはしっかり見ましたので」
彼女はそう答えたので、クリフジも『ならよし』と言った様子で短く頷いた。
「当日は俺が担当調教師だ。中山四年特別は安心しろ」
「ええ、分かりました」
そこでヤマイワイを見ると、彼女の肉付きを一瞥してから競馬場を後にする。
「次は来週ですか…」
「そう、呼駈五年一級。横浜記念を取る前に、一度ここで叩き上げていこう」
「分かりました」
クリフジは頷くと、そこで出馬表を確認して苦笑する。
「とは言っても…現状、この競走に登録しているのは三頭しかいなんだけどね」
「「…」」
前山は苦笑気味にその事実を伝えると、クリフジとヤマイワイは閉口する。
「横浜記念も同様。今のところ三頭しか出走登録をしていない」
彼は少し渋い顔をしてクリフジに言う。
「だからって気は抜けない。締め切り直前で一気に増えることだってままあるからな」
「…分かりました」
彼女は頷くと、その後に競馬学校に戻る道を歩いて行った。
クリフジが快勝をしたという情報はセントライトにも届けられ、学内の新聞部に依頼をして全ての競走の結果を掲示するように伝達した。
「張り出しは一番見える玄関前で行ってくれ」
「分かりました」
そこで生徒会長室を後にする一人の生徒。彼女は阪神競馬場からやってきた生徒であった。先の選抜を乗り越えた数少ない生徒の一人でもある。
「…これで、少しは皆の気も晴れると良いのだが」
セントライトはそう呟き、次に同じ日に東京と京都で走った友人や後輩の競走結果を見つめる。
「ふむ、相変わらずクリフジは快調そうだな…」
そこで五馬身もの差をつけて圧勝したクリフジを見る。重い斤量を背負ったにも関わらず、九頭立てで東京の一六〇〇米を走り切っていた。
「カイソウは…」
そして次に元生徒会役員を務め上げたカイソウの結果を見つめた。結果はハナ差の二着。
「…ふむ、二着か。良い出だしだな」
彼女はそこで二着とはいえ、すぐに同じ条件で走ることとなるカイソウに確実な勝利を見ていた。
初めてのことには基本的に物怖じしない性格であることは可愛がって付き合っていたことからよくわかっているが、それでも新馬戦の緊張というのは、ただの競争と比べ物にならないことを知っていた。
「差し切ったのはヤマトマスラヲ…ふむ」
そこでこの学校を預かっている者として、生徒達の健康状態も大きいものであれば聞いていた彼女は、そこで靭帯炎症を起こした生徒であるとすぐに結びつく。
「…無茶をしたわけか」
彼女の足の性格からして、加速に時間をかけられない短距離には不向きな足。正直、彼女にとって一六〇〇米というのは最も最難関な道であることに違いない。彼女にとって最も最適な距離は二〇〇〇米〜三〇〇〇米と推察できる。この距離であれば、彼女は余程の不調がない限り同年代最強と自信を持って言えた。
そんな不利な状況にあって一着をとったヤマトマスラヲは負傷し、二着のカイソウは平然として今日も調教に出ていた。
「気は抜くなよ、カイソウ」
仕事に忙殺され、動けない生徒会室の中からセントライトは励ましの言葉を静かに贈った。
それから、私は再戦の為の調教を行う。
目標は東京優駿と京都農商省賞典、それ以外は必要ない。
芝や河原を丸太を引いて走り、鉛を縫い付けたチョッキを羽織って負荷をかける。
「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ…」
本格的に走ることとなり、新馬戦では惜しくもハナ差で敗北に喫することとなったが、次に彼女は二八日に行われる呼駈四年三級を走る。場所は京都、一六〇〇米。新馬戦と全く同じ環境で走る。
「二回目だ。そう気張るな」
「はい」
調教の途中、汗を手拭で汗を拭いながら頷くと彼女は頷いた。
次の二戦目まで日がないこともあり、その間私は新馬戦での感覚を忘れないようにするために彼女はあの時と同じ状況で走り込みを行なっていた。
「初め!」
パンッ!
赤旗を振った直後にカイソウは走り出すと、京都の田んぼの畦道を走っていく。その時、その踏み込みの音に思わず見ていた窪田は目を見張る。
「すげぇ…」
なんて踏み込みだ。
「地面に穴が開いちまいそうだ…」
思わず心の中で思った本音がこぼれてしまう。それほどの勢いと衝撃。地面を見ると、彼女の踏み込みの跡がくっきりと残っていた。
「…練習用の蹄鉄も申請しなきゃダメだな」
そこで確実に踏み砕いたであろうあの薄い蹄鉄に窪田はこれは頭をすり減らしてでも調達をしなければならないと確信する。
彼女の今にもはち切れんばかりに膨れ上がった両足の筋肉は彼女の骨すら砕いてしまいそうな力を秘めているが、道産子として幼年を過ごした自然に鍛えられた足は、そんな筋肉をしっかりと受け止めている。
姿勢を完全に試合用の前傾姿勢に持ち込ませ、すっかりその体に馴染めこませた彼女の肉体。これで走らないと言ったらそいつは余程の間抜けである。
新馬戦での敗因はやはり死ぬ気で追いかけられ、その追従に焦りを覚えてしまったからだろう。いくら練習をしたところで本番敵う経験など存在しない。
あの試合でカイソウの走りは完璧だった。姿勢も、位置取りも、競走中のテンポも、全てがうまくいっていた。…次は絶対に失敗しない。
「…」
そこで窪田は視線の先で大きく円形を描いて戻ってくるカイソウを確認する。
「テキ!」
「一.四八.〇三…上出来だ」
時間を確認して窪田は微笑みながら結果を見せてきた。その事にカイソウも嬉しそうにしていた。
「これで次の競走は勝てますかね?」
「勝てなかったら俺の責任さ」
窪田はカイソウにそう話すと、彼女も先の初戦で慣れたためか少し余裕のある様子で頷いていた。
四月二八日
東京競馬場 呼駈四年三級
その日はヤマイワイの新馬戦の日でもあった。
「スゥ…はぁ…」
出馬の前、彼女は大きく深呼吸をしながら自分のきた体操服と、縫い留められたゼッケンを確認する。
「…よし」
そしてヤマイワイは意気込んだ様子で他の出走する五頭を見る。今日は六頭がこの競走で走る事になる。
クリフジが注意してきたような出馬前の妨害は自分たちの緊張の方が大きいのか、今のところなかった。
親友であるカイソウは、朝に張り出されていた校内新聞でハナ差で二著で負けたことを知っていた。彼女のためにも、この後の
ガコン
その瞬間、目の前の網が上がって一勢に全員が呼び出して行った。
「よし、上手く行った」
その様子を見ていた前山は安堵した。そして走っていく彼女達を見ていく。
「(よし、取れた!先行の位置…!!)」
そこでヤマイワイは計画で予定していた位置取りができると、そのまま一六〇〇米を走っていく。他のことは何も考えない。
「っ!!」
しかし半ばを過ぎたあたりから彼女は足元の違和感に気が付く。
「(まずい…!!)」
最初に位置取りを行うために少々急足で走ったのがここで仇となった。
「…燃料が切れたか」
その様子を見ていた前山は目元を細めて悔しがった。だんだんと彼女は団子になって固まって走っていた中で後ろに追いやられていく。
その事に慌てて挽回しようとしてさらに彼女は順位を落としてしまった。
「決着!」
結局、彼女はこの新馬戦において五著で終わった。
同日、京都競馬場。
その場所で出馬したカイソウは、仁王立ちで下見所に立った。
「おぉ…」
「落ち着いているな…」
そこで彼女の肉体を前に素人の軍人達ですら、この競走の優勝を予想できる気がした。
「(な、何なの…!!?)」
すでに先に下見所に出ていた他の娘など、彼女の雰囲気にすでに気圧されつつあった。
そして彼女達は不安と恐怖、緊張に襲われながらその後馬場に出ると、新馬戦よりも少ない六頭が出馬機に立つ。
「あーあー、やっちまってる」
その様子を見て窪田は思わず苦笑してしまうと、仁王立ちで安定している様子のカイソウを見た。
「なんて奴だ…」
「あれで新馬戦を負けたのか…?」
周囲に居た調教師達も思わずそんな感想を呟いてしまう。それほどの仕上がり。如何なる予断も対処してみせるという気概がそこにはあった。
ガコン
そして準備を終えると、一斉に六頭は駆け出していく。
「(ヒィイ…!!)」
「(怖い怖い怖い!!)」
そこで走り出した彼女達はすっかりカイソウの場に支配されてしまっていた。半ば恐慌状態で走る彼女達は、カーブを曲がった段階でカイソウは二番手を維持していた。
「お先、失礼します」
「っ!!」
「くそぉ…!!」
その瞬間、話す余裕さえあったカイソウは他の馬娘達の悪態すら風に乗せるように一歩踏み出した。
パンッ!
まるで銃声でも響いたような音。それだけの瞬発力と、強い踏み込みは歩幅を長くして彼女達を抜き去っていく。
後にストライド走法に分類される走り方ではあるが、この近距離で彼女は最初からその走り方でぐんぐん速度をあげ、あっという間に他の娘達を置き去りにして戦闘を走る。
「(目指すは五馬身…!!)」
彼女はそう唱え、自分の中で決めた『絶対に優駿で勝つための最低条件』を通過するためにその足を緩めることはない。
すでに次の競走も、その次の競走も決まっており、それぞれ四月三〇日と五月六日に予定されていた。
「決着!決着!!」
そこで彼女はゴール板の前を通過した時に席に座っていた実況の声を合図にしてようやく足を止めた。
「カイソウ!」
「テキ…」
そこで足がようやく止まり、肩で息をした彼女はその窪田の表情を見て察した。
「…合格ですか?」
「一.四五.五…六馬身だ。…最高だよ、お前は」
窪田は今にも泣きそうな顔をしてカイソウを見ていた。
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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)
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