カイソウの編入より二週間、新入生の入学式が厳かに行われた。
本当の新入生の馬娘の数は例年と比べると圧倒的に少なかった。
理由は軍に徴兵されたから。
快進撃の裏で南方への急激な戦線の拡大により、とにかく補給線が貧弱になりつつあった軍としてはどんな手を使っても伸び切った補給線を維持する必要があり、元々輜重科*1を軽視する傾向にあった我が軍はこの伸び切った補給線をどうにか維持するために全国から慌てて馬娘を招集しては輜重兵科に配備させていた。
その為、競馬学校に入学してくる生徒数は大きく減っていた。いつもは一組分は数人のいるはずの編入生も今年は一人のみであった。
「仕方ないとはいえ、数は少ないな……」
「何せこれほどの快進撃ですから、仕方ないものかと……」
生徒会室にて、セントライトは資料を読んで不満げに呟くと同じ部屋にいた栗毛の馬娘が答えると、セントライトはやや呆れた目を彼女に向けた。
「クリフジ、来年には新馬戦だろう。そろそろ練習に戻ったらどうだい?」
「ええ、適当に戻りますよ。下手に新馬戦で負けたくないので」
見てもわかる鍛え上げられた馬体はその強さを固辞していた。今は東京競馬学校の生徒会長をして貰っているクモハタと同室だったという事もあって新設されたばかりだったこの京都競馬学校の副生徒会長に任命していた。
「というか、私としては初の三冠馬娘が東京ではなく
心を読んだ様に彼女はややジト目でセントライトを見る。最後に京都競馬場で初のクラシック三冠馬娘となった彼女はその後に京都に残って京都競馬学校の生徒会長をすると言い出したのだ。
おかげで東京競馬学校は慌てて彼女が推薦したクモハタが生徒会長となり、かなりバタバタしたのだが。初の三冠馬相手に協会もあまり強く言えなかったのだ。まさに職権濫用である。
「だが、せっかくの新校に生徒会長がいないのもおかしな話だろう?」
「その時は適当に新入生から引っ張りますよ。大体、会長は……」
そこからグチグチと姑の様に愚痴をこぼし始める彼女にセントライトはやや苦笑気味にその言葉を流していると、ふとセントライトは閃いた。
「そうだ」
「は?」
セントライトは頭にピコンと言う擬音が聞こえてきそうな勢いで耳を立てると、彼女は口を開いた。
それを聞いたクリフジは呆れた目を向けていた。
その頃、カイソウは河川敷をヤマイワイと共に走っていた。
宇治川を遡上するように河川敷を走っていると、ふとそこで気づく。
「おっ」
「ん?どうしたカイちゃん?」
「伏見まで来たよ」
「おっ、そっか〜」
河川敷から見えた中書島駅を見ると、二人はゆっくりと速度を落として後ろを振り向く。
体操服を見に纏い、京都競馬場から始まって自分なりの練習をしていた。目的は……
「いよいよ選抜競争だね」
「ええ、いい調教師が見つかるといいけど……」
そう、自分の競馬の相棒探しであった。選抜とは言うものの、その実態は調教師探しの競走だ。だが、選抜と言われる理由はあった。
ここで良い結果を残せれば調教師からお声がかかる可能性がある。もしくは、自分から声をかけに行くかのどちらかだ。
「カイちゃんはいい人がすぐに見つかるよ」
「そうかな、ヤマちゃん」
編入して二週間、同室のヤマイワイとも良い関係を結ぶことができ、お互いに渾名で呼び合う仲になっていた。
元々、京都競馬学校は比較的新しく新設された學園故に調教師の数も圧倒的に足りなく、他から来ている場合が多いという噂を聞いている。
まあ、その分馬娘の数も急激な戦線拡大に伴い大量に徴兵されたせいで少なくなっているから意外と良い塩梅なのかもしれないが……。
「私より足が速いからね。きっと良い調教師が見つかるよ」
ヤマイワイとそんな事を話しながら二人は河川敷を駆ける。
戦時中、軍によって徴兵された馬娘の人数は五十万〜七十万と言われており、戦後は中国に十二万人の馬娘が残され、戦後処理の際に大混乱を引き起こす事となっていた。
戦争の熾烈化と長期化により金属回収もより激しさを増していた。
「うぉりゃぁあああっ!!」
「ぎぃぃぃぃえぁぁぁぁっ!!」
腰に紐を括り付けてその後ろには大量に積み重ねられた大木が繋がっていた。
場所は京都競馬場から少し離れた山間の道。今日は生徒会長の命令で生徒全員が動員されてこの山で切り倒された木々を材木屋に運ぶ仕事を任されていた。
「私達……!!」
「まだ、組分け前なんですけど……」
そんな中、カイソウやヤマイワイの二人がかりで後ろにある大木を引っ張る。とても乙女が出してはいけないような声を上げながら他の馬娘達も切り落とされた材木を引っ張る。
今まで行われてきた金属回収のせいで、まともな練習器具が残っていないと言う事で全くと言っていいほど練習器具の無い自分達からするといい練習ではあるのだが……。
「ほれほれ、頑張ってくれた前」
そんな彼女達の横を余裕の残す顔で走り抜けていく一人の馬娘。自分たちの京都競馬学校の生徒会長であり、初の三冠馬娘のセントライトその人だった。
「凄い……」
「よくもまぁ、あんな涼しい顔で運べるよ」
少なくとも自分たちとほぼ同じ量の材木を自分達より早く引っ張って消えていくのだ。
いくら引退したとはいえ、その力はまだまだ健在だというのを誇示していた。
「はぁ…はぁ……」
「やっと終わった……」
肩で息をしながらカイソウ達は練習場に戻ってくる。
「あの木って何に使うんだろう」
「さぁ?」
数日後に組分け競争を行うと言うのにも関わらず全校生徒が駆り出されていた。
現在、馬娘中央競馬會が管理している競馬場は札幌、函館、福島、新潟、東京、中山、横浜、京都、阪神、小倉、宮崎である。
この時はまだ中京競馬場は存在しておらず、開設は戦後になっての事であった。おまけに阪神競馬場はこの春を持って閉鎖し、海軍基地になることがすでに決まっていた。
なんでも飛行場にするとか聞いており、阪神に所属していた馬娘達が一時的に距離の近い京都に移動してくると言うことで、カイソウは姉に会えるかもしれないと少し胸を高鳴らせていた。
「お疲れ様。今日はよく働いてくれた」
切り倒した木々を材木屋に運び終えた生徒達を見ながら率先して材木を引っ張っていたセントライトが手を叩いて注目させた後に目配せをすると食堂のおばちゃん達が出てくる。
「今回のはその褒美だとでも思ってくれ」
そう言うとおばちゃん達の持っていた物を見て馬娘やカイソウ達も思わず声が漏れる。
「すごい、全部銀シャリだぁ!!」
「よく働いてくてたからな。銀シャリの握り飯だ」
それは全てが銀シャリで出来たおむすびだった。『欲しがりません勝つまでは』の標語の元、かて飯などの節米料理ばかり食べて来ていた自分達にとっては十分すぎる褒美だった。
「一番うまい方法で炊いたものだ。こんな物ですまんがな」
「いえ、十分すぎるくらいです」
煌びやかに輝く銀シャリのみの握り飯を頬張りながらある馬娘が満足げに答えると、セントライト自身。軽くため息が漏れた後に周りを見回す。
「こんな節米料理に慣れてしまった自分達がいるのが……何ともな」
慣れと言うのは恐ろしいと感じざるを得なかった。
その日の天候は晴れ、馬場は良。
この日、京都競馬場の芝の上で八名の馬娘が横一列に並んで白いテープの前に立つ。
この時代、まだ現代の様なウッド式発馬機が発明される前であり。バリヤー式と呼ばれる可動式の網の前で横一列に並んで、スタートのタイミングで前方上方に撥ね上げるものだった。
ただまぁ、見てわかる程貧弱な網故に下手に馬娘に当たって千切れたり、フライングは当たり前。先に行こうと出走前から馬娘が暴れ出すこともあり、一番人気が沈むことも良くあった。
まぁこれの前はスターターの旗の合図でよーいドンと言う、目も当てられないような悲惨さだったのでそれよりは幾らかはマシになったのだろう。
距離は一六〇〇米、今日は組分け競走当日。
多くの馬娘は自らの脚を魅せようと一念発起していた。
そしてそんな新入生やら編入生やらの脚を一目見ようと多くの調教師がその光景を見ていた。
「ふぅ……」
待機室で体操服にゼッケンを付けたカイソウは大きく息を吸って気持ちを整える。
「大丈夫?カイちゃん」
そんな彼女にヤマイワイが声をかける。彼女も違う競走だが、今日走るので同じ体操服を着ていた。
部屋には他にも同じ格好の待機中の馬娘がおり、彼女がいても特段違和感はなかった。
こんな状況でも彼女の動じない雰囲気にカイソウは少し有り難かった。
「ええ、大丈夫。ヤマちゃん、おかげで安心できたよ」
「それなら良かった」
ヤマイワイはカイソウを応援する様に顔を見せると、カイソウは座っていたベンチから立ち上がる。
「よし、行くとしますか」
「頑張って」
「ええ」
ヤマイワイにそう答えるとカイソウは馬場に向かって歩き出した。
こうして外に出ると良くわかる。いつも練習でこの馬場を走っているが、それとはまた違う。圧倒的な緊張感と高揚感が体を駆け巡る。思わず走りたいと思いたくなるほどに、気分は上がる。
「(なるほど、レース前に先輩やみんながうっかり飛び出してしまうのが良くわかる)」
走りたい本能を常に内に秘めている馬娘はなんでも異世界からの名前を引き継いでいるのだとか。正直、そんなのは迷信だと自分は思っているが。
ただ、走りたいと願う自分の気持ちは嘘ではなかった。
ゼッケン番号は四番。場所は集団中央部、可もなく不可もなくと言った具合だ。
『間も無く組分け、第五競走が始まります』
そんなアナウンスと共に一斉に自分達含めた八人の視線と集中が前に向かう。
風に揺れる網をしかと目に収めながらそれが動くのを待つ。
「……」
その瞬間、目の前の自分達の行手を阻んでいた網が前上方に跳ね上がり、一気に駆け出した。
できれば二十話くらいで終わらせたい……。
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