人生初の本格的な馬場での競走、一六〇〇米とは言っても途中にはあの『淀の坂』が存在する。最大高低差四.三米の急坂だ、しかしそれ以外はほぼ平坦だ。しかし今回はその坂が問題だった。
「(新米にはちときつ過ぎませんかね。バカみたいですよ)」
少なくとも、ろくな練習も受けていない新入生達に淀の坂を走らせるのは普通に考えて頭がおかしい。『建物の二階から一気に降ってくる』と言わしめるほどの急坂を登らせ、そのまま下っていけばコーナーを曲がり切れない奴も出てくるぞ。しかも今回は生憎と外の最も坂のきつい場所を走らされる。
『先頭はヤマトマスラヲ!その後ろをカイソウが追従していますその差は一馬身!』
放送で実況が説明を入れながらその景色を見ている。その足元では大勢の調教師達がその走りを見ていた。
「……(さて、どうする)」
二番手に上がったカイソウは思考をめぐらせる。
状況で言うならほぼ新馬戦と変わらない。現在八〇〇米、誰だよこんなルート設定した奴はと愚痴を溢したくなるのを抑えながら先行を維持する。
京都の直線距離は約四〇〇米、そこから先は淀の坂だ。一気に駆け上がるとそのまま速度を落としてコーナーに入る必要がある。
「きゃっ!」
「うわっ?!」
そして速度を殺し切れずにコーナーに入ると大きく外に回り込む結果となってしまう。やはり今の自分達には荷が重い。すでに数名の馬娘達が速度を殺し切れずに大きく外に回ってしまっている。
そりゃそうだ、現役でもここはアホほど頭を使わなければならないと言う難所だぞ。練習で何本か走ったとはいえ、慣れない物は慣れない。
「(……が、行くしかない)」
勝負を付ける上で、今の自分の脚質もあまり分かっていない現状。最も差が出やすいのは……
「ここっ!」
「なっ?!」
第四コーナーに入った途端、坂の下り坂の途中でカイソウは足を力強く踏み込んだ。
『おっと!ここでカイソウが前に出る!』
「動いたか」
「少し動くのが早くないか?」
「このままだと外に飛び出るぞ」
先頭を抜かして一番手に上がったカイソウを見てそんな反応を見せる調教師達。しかしカイソウは飛び出したにも関わらず落ち着いた様子で芝を駆け抜ける。
「おぉ……」
「あそこを保たせるか……」
「なんて健脚だ」
そして速度を上げてそのまま観客席の前をカイソウは通過し、最後のゴール板を通過した。
『ゴール!一番はカイソウ!時刻は一分五〇秒。二番手はーーー』
初めての競走にて、彼女は初勝利を挙げたのであった。
「はぁ…はぁ……」
一六〇〇米を走り終え、膝に手をついて息を吐く。
「勝った……」
そして息が整って顔を上げると、掲示板に確定の文字と共に番号の札が掲げられていく。一番上には四の数字が挙げられていた。
「勝ったんだ……」
そして気持ちの整理が追い付くと手を強く握って馬場を後にしていた。
「どうだ?」
「良い脚だったな」
「ああ、おまけに坂の攻略法まで知っているとは……」
「良い逸材だ」
先ほどの競走を見ていた調教師達は一番で通過したカイソウに高評価を押していた。既に勧誘に走る調教師の姿もあり、先ほどの競走の結果をまじまじと見ていた。
「……」
そしてそんな馬娘を見ていた一人の調教師が少しうねった後に観客席を後にしていた。
「どうだね、俺と一緒に三冠を目指さないか?」
「君の脚は素晴らしい。どうだい?僕と一緒に……」
「いや、俺なら君の足をもっと素晴らしいものにしてやれるぞ!」
馬場を後にし、その瞬間に大勢の調教師達が勧誘を試みようとカイソウに駆け寄っていた。
「えっと……すみません。また後で考えます」
そんな中、彼女は名刺だけを受け取ったあとに校舎に戻って行った。
「まさかあんなに勧誘されるとは……」
軽くため息が漏れながら図書室に滑り込むとそこで彼女は徐に読書に走る。
体操服から着替え、軽く水で汗を流したあとに走った疲れと、先ほどの走りの分析を始めていた。
正直に言うと、今まで自分に声をかけてきた人達はあまり興味が持てない人たちばかりだった。理由は自分の足しか見ていない様な人ばかりだったから。
「(さっきの淀の坂は……)」
組分けとはいえ、本物と同じ淀の坂を駆け上がった彼女はその問題点を洗い出そうとノートと鉛筆を持った時。
「最後の三ハロン。上がり秒数三九」
「……」
「一ハロン、コンマゼロの十三秒刻みの的確な秒数。君の体内時計は凄まじいね」
座っているのとは反対の席から男の声が聞こえ、顔を下ろしたままその呟きに耳を一応貸していた。
「勧誘ですか?」
「まぁ、それに近いな」
するとその男はそのままカイソウに話しかける。
「今から何を?」
「……歴史の勉強です」
「ほう、そのノートに書いてあるのは淀の坂の情報ばかりじゃないか」
しっかりとノートを見ていたのだろうその男は淀の坂や中山の直線などの記されたノートに目をやっていた。
「……変態」
「心外だよ。そんなこと言われるのは」
「そもそも、乙女のノートを覗き込むのはどうかと」
普通に考えてポリシーのない奴だと思っていると、その男は答える。
「そこは見えてしまったんだから仕方ないだろうな……まぁ。最初に言うと俺は新米だ。カイソウさん」
「…だったら他の子にしてくださいよ……」
基本的にベテランの調教師の方がより良い練習計画を組んでくれる上に持っている知識も多い。自然といい馬娘は良い調教師に向かうのもそれが理由だ。
「でも君が見て欲しいのは脚じゃなくて速度なんだろう?」
「……」
しかし直後の彼の一言にカイソウは一瞬手が止まった。
「確かに君の脚は強い。硝子の脚ともよく言われる馬娘の中では同世代最強だろう」
「……」
「しかし君の弱点はいまいち速度が伸びないことだ。スタミナはあるが、速度が伸びにくい。そうだろう?」
そんな彼の呟きを聞いていたカイソウはそこでようやく顔を上げると、試すようにその男を見返す。
「で?その理由は?」
そんな彼女の返しに内心生意気な奴だと思いながらも答えた。
「出走前の緊張もあるが、最も厄介なのは走り方が定まっていない事だな。それ以外はほぼ仕上がりは完璧だ。細々とした調整を施せばな」
「……」
そんな男を見返したカイソウは聞く。
「貴方、名前は何と言うんです?」
「窪田銀造と言う。新米調教師だ」
そう答えると、彼は名刺を渡しかけたところで答えられた。
「ああいえ、名刺は結構です」
「……そうかい」
名刺を突っぱねられて窪田は失敗したかなと思っていると、心を読んだようにカイソウが言った。
「あなたに教えを乞おうと思いましたので」
「……」
「今日からよろしく頼みます。窪田調教師」
彼女はそう答えると窪田に手を出した。
「そうか……こちらこそよろしく頼むよ」
そんな彼女に窪田はやや驚きながらも手を出して返していた。
後に窪田はURA通算1000勝を上げるトレーナーとして名を馳せる事となる男であった。
その後始まった窪田調教師との練習は確かに感じるものがあった。
「はっはっはっはっ!」
「……」
秒時計を持ちながら走る速度を見ている彼はカイソウの走りを見て声をかける。
「そろそろだな……おーい!戻ってこい!」
大声を出して呼びつけると、彼の声に反応したカイソウはそのまま近づく。基本的に馬耳はとても聴力がよく、五〇〇米離れていてもその声は聞こえている。もっと遠いと七〇〇米でも聞こえるとか何とか……。
「テキさん、どうですか?」
「まだまだだな」
この時、またトレーナーという言葉が無く。調教師の事はテキと呼ぶ事が多かった。その為カイソウも窪田の事はテキと呼んでいた。
「そうですか……」
窪田による練習が始まってまだ数日、カイソウはその癖を直し切れていなかった。
同室のヤマイワイはまだ見つかっておらず、しかし目星はあると言うことでカイソウも応援していた。
「しかし、速度が乗らない訳じゃないからな」
「はい、分かっています」
「お前の強みは一ハロンを正確に走れる体内時計とその硬い脚だ」
窪田は何本かカイソウを走らせて分かった特徴を口にする。
前者は実家でミルク缶運びのバイトをしていた時に定刻通りに列車が出る前に運んでいたから身についたそうで、後者は確実に遺伝的なそれで。これならセントライト以上の期間で走らせても問題なく行けそうなほどには頑丈だった。
「念の為、もう一本行こうか」
「はいっ!」
元気よく答えた彼女はそのままコースを走り去って行った。
『敵機直上!急降下ぁ!!』
無数の放火が飛び交い、航空機が炎に紛れて堕ちて行く。
ミッドウェー海戦
この戦いにおいて我が聯合艦隊は航空母艦赤城を含む空母四隻、重巡洋艦一隻を失い。同時に多くの熟練パイロットを失った。
対してアメリカ側の損害は空母一隻、駆逐艦一隻と微々たるものであった。
この戦いにおいて我が軍は大敗を喫し、これ以降の戦局の主導権はアメリカが握る事となった。
窪田銀造のモデル人物はもちろんカイソウの調教師だった久保田金造調教師です。
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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)
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