ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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史実なら、今は1942年くらいだと思っててください。


#7

「そちらの資料、回して貰えますか?」

「はいはい」

 

拝啓、お母さん。

 

「カイソウ、この仕事頼むわ」

「はいはいー!!」

 

私、とんでも無い場所に来てしまいました。目が回るほど忙しいです。助けて……。

 

 

 

セントライト先輩に勧誘されて生徒会に入った私、カイソウは早速生徒会の……主に阪神競場の移転作業に伴う生徒の一時的な受け入れに関する引き継ぎ作業で大忙しだった。

 

「向こうの生徒会と合流する予定なんですか?」

「ああ、今のところそう言う話になっている」

 

カイソウがセントライトに問いかけると、彼女はむしろ『向こうから生徒会長になってくれって頼まれてしまったよ』と言って向こうの生徒会の人員を確認していた。

 

ただ悲惨なのは、ここの京都の方の生徒会が自分含めてここにいる三人しかいないと言う事実だ。

しかも私が勧誘される前は二人で生徒会を動かしていたと言うのだから恐ろしい話だ。

 

「では、私はこれで一旦失礼致します」

 

そう答えるとある程度書類の片付いたクリフジ先輩は一礼すると生徒会室を後にする。

クリフジ先輩はこの前本格化が落ち着き、今年から本格的に調教に入る予定だ。新戦へ出るのは来年を予定していると言う。

年単位で予定を考えるのが当時のある意味で常識だった。何せ本格化がどのくらい続くかが分からないのでそれに合わせるしか方法がないのだ。

それを考えると、この時期に本格化が始まってしまった私は同級生の中では早めだった。

 

「カイソウ」

「はい!」

 

そして部屋を後にしたクリフジを見送ると、セントライトはカイソウに聞いた。

 

「カイソウ、お前っていつ出るとか決まっているか?」

「あっ、えっとですね……」

 

この前本格化の始まったカイソウはしばらく激しい運動を禁止され、その為生徒会室に残る時間も増えていた。

 

「本格化が終わってからですが、早くても再来年になってしまうそうです」

「そうか……」

 

カイソウの出走時期をしり、セントライトは少し顎に手を当てて考えると口にした。

 

「と言うことはクリフジの一年後か……」

「そう言うことになりますね」

 

現在、中等科二年生のカイソウ。対してセントライトは高等科、先ほど出ていったクリフジは中等科三年。

戦前は中学校が四年生まであり、対して高等科は三年しかない。そして娘が通う競学校は国の法律では特別高等女学校という位置付けとなっており、これがまあややこしいことになっているのだ。

因みに、いわゆる級は大体が中等科四年から高等科一年にかけてが多いと言われている。

 

「良かったな一年ずれて。クリフジ、姫冠路線で優駿行く予定だからな」

「……嘘ですよね?」

 

通常、姫冠路線を選んだ娘が四年級本線の優駿に出ることは少なくとも今までほぼなかった。まぁ、日本の競馬史がそもそも他の国に比べて圧倒的に浅いと言うのもあるが。

そもそも姫冠路線で東京優駿を取った娘は知っている限りではいない。

 

あと、これは眉唾物の噂に過ぎないが。どうやら姫冠路線に向かう娘はその全員が左耳に髪飾りをしていると言う噂がある。その点で言うと少し前にヒサトモと言う左耳に髪飾りをした娘が優駿を取っていた。ただその人はすぐに古級に路線変更したのでほぼ四年は経験してなかった。

 

「少なくとも、今のクリフジは強い。少なくとも姫冠路線に行ったら無双する程だな」

「先輩がそんな評価をするのですか……」

 

それは末恐ろしいと思いながら彼女は仕事に打ち込んでいた。

生徒会の仕事を始めて二週間ほど、だいぶこの空気にもなれ始めており。多分クリフジ先輩のせいだろう、セントライト先輩に少々注意を入れることもあった。あの日本初の三冠にだ。

そしてそれに影響されてか、会長呼びから先輩呼びへと少し言い方が柔らかくなっていた。

 

「先輩。ここの部分の修正お願いします」

「ん〜、そっちで勝手に直していてくれない?」

「ダメです。先輩の手で直してください。重要なものですので」

「えー、こっちだってまだ確認しなきゃいけないのがあるのに?」

 

セントライトはやや駄々をこねるように聞き返すと、カイソウもやや疲れた様子で言った。

 

「私にも仕事がありますので。……それに先輩の方が早いじゃありませんか」

 

そう答えると、机に残った紙束の量からややジト目でセントライトを見ると、彼女もやや苦笑気味にカイソウを見返した。

 

「わかったわかった、可愛い後輩のためにここは甘んじようじゃないか」

「はぁ……」

 

思わずため息が漏れてしまうと、セントライトはカイソウから出された紙を受け取ると確認をした後にササっと修正をしてカイソウに返していた。

 

「しかし、なぜ先輩は東京の方ではなくわざわざ京都に残ったのですか?」

 

しかし、そこである意味では当然にように思う疑問が浮かんでいた。何せ日本初のクラシック三冠娘だ。そう言う歴史的な偉業を成し遂げた娘ならば、普通は日本でも有数の競学校である東京に行くと思うのだが……。

 

そんなカイソウの感じが疑問にセントライトは分かっているように軽く頷くと、その疑問に答えた。

 

「まぁ、ここができてからまだ日が浅いのは知っているだろう?」

「はい」

 

だからこそ、生徒数を確保するために編入の枠も緩かったから入れたと言う裏事情がある。

 

「そして私が最後に一着で走り終わった京都農林省賞典は京都だった」

「はい」

 

初の三冠の引退は一着という華々しく終わったのは新聞で読んでいた。

そして、馬券による儲けを予測している記事も読んでおり、それを見て衝撃を受けたのはよく覚えている。

 

「だから京都に残ったんだ。ついでにここの生徒会長をやらないかと勧誘されたからね」

「なるほど……」

 

聞くと、ここの初代生徒会長はクレオパトラトマスと言う、春の帝室御賞典を取った娘から是非と言われたそうで。彼女はその提案を受けたそうだ。

 

「それで今は阪神との合併で大忙しだ」

「ははは……」

 

調教でクリフジ先輩がいなくなり、二人だけの生徒会室で書類に追われるカイソウは顔が引き攣ってしまっていた。

ちなみに阪神競場の閉鎖は来年の春までに行い、移転先は逆瀬川近くのゴルフ場だとか聞いている。

 

まあ、私としては姉と直接会ってお話がしたい方の気持ちが強いのだが……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

生徒会室での仕事を終え、今日は調教もないと言うことでそのまま寮に戻ったカイソウはヤマイワイの出迎えを受けた。

 

「おかえり〜!」

 

しかしその表情は明るく、今朝までの不安な表情が消えていた。

 

「うん、ただいま」

 

そんなヤマイワイに驚いていると、彼女は帰って来たカイソウに嬉しげに言った。

 

「カイちゃん、私。テキさんが決まったの!」

「本当!?」

「うん!さっき声をかけてくれてね!しかも聞いて!」

 

彼女は本当に嬉しそうにカイソウに話す。

 

「私、緒方さんに誘われちゃった!」

「え?!あの『東の緒方』の?」

「そうなの!」

 

『東の緒方』と呼ばれる緒方藤造と言えば日本の競界でも有名な調教師だ。緒方一門と呼ばれる腕の良い調教師の長を務めており、今の娘競会を率いるまさに名調教師だった。

『東の緒方、西の伊東』と言われるほど箔のある調教師だ。私の窪田なんかと比べると持っている知識も技も格段に違った。

 

「私ならティアラ路線で行けるだろうって」

「おめでとうヤマちゃん!」

 

思わず私も嬉しくなってヤマイワイに抱きしめてしまう。何せずっと調教師がつかなくって気を揉んでいた同室の友人だ。そんな彼女に調教師がついたと聞いただけでも、もう嬉しかったが。そこでふと違和感を感じた。

 

「あれ?でも緒方一門に行くってことは……」

 

それを口にした途端、ヤマイワイ自身は少しギョッとなった後に少しだけ目線が下になってしまった。そして言いにくそうにカイソウに告げた。

 

「その……だから私、今度東京に移動しなきゃ行けないの」

「……」

 

緒方調教師は東京競学校に所属している。基本的に勧誘された娘は規則によりその調教師が所属している学校に移籍することとなる。

 

「そっか…」

 

カイソウはそう端的に返すと、ヤマイワイはそんな彼女の目を見ながら言った。

 

「大丈夫だよ、カイちゃん。東京優駿に出たら、どちらにしろ会えるよ」

「……そうだね」

 

東京優駿は毎年東京競場で行われる。そして、競学校は必ず競場に併設されている。だから優駿に出ればもしかするとヤマイワイと会うことができるかもしれなかった。

 

「ヤマちゃんは、東京優駿に出るの?」

 

カイソウが問いかけると彼女はゆっくり頷いた。

 

「うん、出るつもり」

 

その返事を聞き、カイソウはヤマイワイを見つめると小指を出しながら聞く。

 

「だから約束、ね?」

「うん、約束」

 

ヤマイワイも頷くと、小指を出して指切りをした。

 

 

 

 

 

そこからはあっという間だった。三日後に彼女は荷物を簡単にまとめ終えるとおそらく緒方さんの門下生の人なのだろう。国民服に坊主頭の男性と共に京都駅にいた。

 

「気をつけて」

「うん」

 

ヤマイワイは急行に乗ってこれから東京に向かう。見送るのはカイソウのみ。他にも友人はいるが、全員が競走やら調教やらでここに来れることはなかった。

 

ここに編入した当時、ヤマイワイには本当に色々と世話になった。彼女と同質にならなければ私は京都でうまく馴染めなかっただろう。

もしかすると、今みたいにテキが付いていたかどうかも分からない。

 

「絶対、ダービーにね?」

「ええ、ダービーでまた会おうね」

 

今では敵性語として使うことを渋られるダービーという言葉を敢えて使って二人は駅舎に立つ。

 

「行こうか」

「はい」

 

そして案内役の男性に声をかけられ、停車していた東京行きの急行の客車に乗り込む。

 

「……」

 

そして客車に乗り込むと、窓の外からカイソウは彼女が移動するのを見ていた。

 

ーーーッ!!

 

そして扉が閉められ、駅員の旗振りと笛が鳴り。機関車の汽笛が鳴る。

ゆっくりと車輪が周り、シリンダーから真っ白なドレンを吐き出して発射していく。

 

 

カイソウはヤマイワイの乗った急行が見えなくなるまで寂しげに見送るのだった。

 

 




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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)

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