ソノ日ノ空ハ銀色デシタ   作:Aa_おにぎり

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非公開なだけあってやっぱり13回のダービーの映像って探してもないですね。


#8

娘における本格化とは、人で言うところの成長期に似ている。

骨格や筋肉が急激に成長し、より走りに特化した体付きに変わって行く。

 

ただ人と違うのは、その筋肉の付き方が人よりもずば抜けている事で。最高時速は車にも匹敵する時速六〇キロから七〇キロだ。少なくとも、最高速度で走ろうもんなら速攻警官が飛んできて怒られる事間違いなしだった。

 

そして本格化の最中は関節痛が兎に角酷く、時たま関節痛で目覚める娘もいるくらいだ。

ただ、本格化には個人差というものがあり。娘によってすぐに終わったり、長引いたりする者が多い。

 

基本的に競に出る娘の学年は一番早くても中等科二年。最も遅いと中等科四年だ。それ以降になると、未勝利戦も勝利できないという事で地方の競場に移籍することになるが。そもそも今の時代、いつ地方が閉鎖されるのかも秒読みの段階だった。

 

「はぁ……すごいなぁ」

 

朝の朝食、その時間に食堂に置かれている新聞には『東太平洋全域を制壓』と書かれた新聞を読んでいた。これは一週間ほど前の新聞であるが、生徒会の仕事で大忙しだった身からするとまぁ、戦況はいい具合なんだなと思うこの頃だった。

 

少なくともミッドウェイで空母二隻を沈めて代わりにこっちは一隻喪失、一隻大破と言う痛み分けのような結果なのだから。

 

「はぁ……また減っているよ」

「仕方ないわよ。それにまだ国策炊きなんだからマシよ」

 

周囲では盛り分けられた料理を見てある生徒がため息混じりにそうこぼす。

そしてそれを聞いたカイソウは前の盆の上に載せられた料理を思わず見てしまう。

 

今日の朝食、主食は国策炊きされた麦ご飯が茶碗一杯、茄子と蕪の入った味噌汁、南瓜の煮物に沢庵……まさに質素そのものだ。そもそも今は食料が配給制で、それでいて娘は食べる量がやはり普通の人よりは多いので食堂のおばちゃんも色々と苦労している。

そしてその苦労を知っている上に記憶にある頃から『欲しがりません、勝つまでは』の標語を見て育って来ていたので出て来た料理は無駄なく綺麗に食べていた。

 

「ご馳走さんでした〜」

 

なので、綺麗になった皿と盆を返却しながらカイソウは声をかけると、そのまま食堂を後にしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

予想以上にカイソウの本格化は早く始まってしまった。

 

「さて、どうしたものかね……」

 

職員室で鉛筆で記した彼女の体温をまとめた資料を見ながら窪田は考えていた。

現在中等科二年のカイソウはおそらくどの同級生の中でも、最も早く本格化に突入しており。その証拠に彼女の体温は上がっていた。それはこれまで毎日測ってきた数字が証明している。

しかし問題なのは時期と、本格化の兆候に関してだった。

 

「しかも長期になりそうだ……」

 

それはカイソウの体温の上昇が少し弱い事……つまり通常の本格化よりも本格化の速度は遅いと言う事になる。それ即ち、本格化の時期は長いと言うことだ。そうなると最長で一年くらいまで伸びる事があった。

 

しかし激しい成長を遂げる本格化の途中で調教を行うと、下手すれば故障を引き起こし。そのまま選手生命が絶たれることもある。

実際、本格化の最中に走ってしまい故障でそのまま引退した優駿のイエリユウと言う娘がいた。

 

「どうしたものか……」

 

その為、調教師の間では本格化の最中に調教はしないと言うのが当たり前だった。

しかし長期的な本格化の最中をほぼ調教なしというのも、本格化を終えた後のことを考えるとあまり褒められたものではない。

 

「……」

 

ここ数日はずっとその事を考えていた。なにせ独立して初めて持った娘だ。おまけに組分け競走で見せたあの走りから周りからの期待も高く、それらを振り切っての自分との契約。

 

「…師匠に判断を仰ぐべきか……」

 

しかし、彼の師匠の調教師は今は阪神競馬場で例の移転問題で大忙しと容易に推測できる。今聞いてもむしろ邪魔になるとしか思えなかった。

周りの目もあるが故にカイソウにかなり大きめの賭けを必要とする事になる。これは彼女のすでに頑丈な脚を見越しての賭けだった。

 

「……直接聞いてみるか」

 

本格化に入ってしまった今はカイソウには軽い運動しかさせておらず、彼女はそれを受け入れてはいるが。それでも走りたいと言う欲が渦巻いているのは見ていてもよくわかった。

 

 

 

 

 

「カイソウ」

「テキ、どうかしました?」

 

そして早朝の調教と朝食を終えたカイソウと合流すると、窪田は坂道調教のために近場の神社の石階段の前に移動する。

元々調教器具が揃っておらず、何もかもが自然頼りなことが多い京都競学校。戦前までは耐久力調教でタイヤを何個も繋げていたそうだが、ゴム供出で消滅。そのため丸太を何本も繋いで河原を走る事はザラだった。

なのでここは材木屋かよと言うほど何本もの切り倒されて鎖で纏められた丸太がここには置かれていた。

 

「ちょっとお前に聞きたいことがある」

「はい、何でしょうか?」

 

窪田の問いかけにカイソウは彼の顔を見返すと、窪田は彼女に本格化の話をした。

 

「カイソウ、正直に言うとお前の本格化は長期化する可能性が高い」

「……はい」

 

窪田から言われた事実に一瞬カイソウは理解するのに時を要した後に答えると、窪田は今後の戦略を伝える。

 

「その間、激しい調教をする事が出来ないのは後の事を考えても痛い。

 

 

そこで今からお前に夢を聞きたい」

 

 

 

「夢……?」

 

カイソウは窪田の問いに首を傾げると、彼は彼女の瞳を見ながら続ける。

 

「そうだ、ここにきた理由と。目指したい夢を聞きたい。

お前さんの目指す夢次第で俺も色々と戦略を練らにゃならんのでな」

「なるほど…」

 

そこで彼女は窪田に自分が目指す夢を考えると、意外とその答えはすぐに出た。

 

「……タービーを取りたいです」

 

それは、前まで同室だった娘との約束。今は東京で頑張っている、彼女と別れ際にした約束。

 

「タービーか……分かった。この際だ、クラシック三冠を目指さないか?」

「クラシックですか……それもいいですが、私は絶対ダービーに出たいです」

 

窪田の言葉にカイソウは強い意志を孕んだ瞳を彼に向けた。

 

「ヤマちゃんと約束したんです。一緒にダービーに出ると」

「そうか……」

 

彼女の目標はダービー……つまり優駿娘になりたいと言う事だ。

 

「それは……横浜農林省賞典を捨ててもいいのか?」

「最悪、間に合わないのであれば捨てても構いません」

 

即答だった。それはつまり、自ら三冠になる事を捨てても良いと言い切ったのだ。すると彼女はその理由を告げた。

 

「正直、私はセントライト先輩のような脚を持っているとは思えません」

「なぜだ?」

「私には頑丈な足がありますが、速度がありませんので」

「……」

 

基本的に横浜農林省賞典……後の皐月賞は『最も早い娘が勝つ』と言われている。その為、カイソウの得意点はその圧倒的な耐久力と頑丈な脚だ。正直、横浜農林省賞典は苦手の分野だ。

 

「代わりに私は東京優駿と京都農林省賞典を取りたいです」

 

基本的に五大競走である事国防献金競走 中山特別*1、横濱農林省賞典*2、阪神優駿*3、東京優駿大競走*4、京都農林省賞典*5と言ったクラシック級が所謂券がよく売れる人気な競走だ。

七大競走になるとここに春・秋の帝室御賞典*6が加わる。当時、有記念はまだ存在していなかった。

 

この当時、国の方針として良い軍を探すための競は戦費を国民から回収するために券と言う誰がどの順番でゴール板を横切るかを予想して当てるという所業が行われていた。

 

要は国が年端もいかぬ女学生達を餌に国民から金を巻き上げて金儲けをしていたと言う事になる。まぁ、勝てば近場の工場の一生分の給料に匹敵する額の賞金を手に入れられるのだが……。

 

後の時代では考えられない事だが、当時は重要な戦費回収のための有効な方法で、世界的にもメジャーな物だった。おまけに今年は控除率が大幅に上昇したことも相まって私的に着順予想を行って金を稼ぐ、所謂ノミ屋が大量にしょっ引かれていた。

当時の馬券は一着を決める単勝と、三着以上を決める複勝の二つがあった。

 

「分かった。東京優駿と、京都農林省賞典を目標に定めよう。横浜農林省賞典はついで程度に考えるでいいな?」

「はい、よろしくお願いします」

 

カイソウと窪田は今後の路線を確定させた二人は次に選択を迫った。

 

「少なくとも再来年の本格化を見越したとして、カイソウ。今後の調教の方針は主に二つある」

 

そう言い彼は指を二つ出す。

 

「一つは本格化の最中だから、無理をせず堅実に基礎調教を繰り返し続けて体力の低下を抑える事。

二つ目は長期化が予想される本格化を前提に、再来年の新戦に備えて本格化後の調教を行う事。この二つだ」

 

前者は本格化後の調教が激しくなるが、故障する可能性はゼロに等しい。但し、本格化がどれだけ続くかわからない中ずっと基礎のみを訓練し続けるのでそう言う競走に関する筋肉は伸びにくくなる。

 

後者は故障の可能性が高く、その代わり本格化の最中も調教をするので新戦に向けて準備万端の状態で行ける。

 

安全策を取るか、故障の可能性を秘めていても競走を取るか。

 

「今後のお前の人生にも関わってくる重要な話だ。だが、なるべく答えは早めに欲しい」

 

窪田はそう話すと、カイソウは少し考える仕草をとった後に顔をあげた。

 

「前者でお願いします」

 

予想よりも早い回答に窪田はこれまでの付き合いでなんとなく分かってはいたが、それでも今後の彼女の人生を大きく左右する可能性のある決断故に再度聞いた。

 

「本当に良いんだな?お前が故障する可能性もあるんだぞ?」

「万全の体制で優駿に出れるのであれば、そのくらいの危険は犯すつもりです」

 

カイソウは断言すると、むしろ驚いた様子で窪田に返す。

 

「むしろ私としては、テキが安全策で勝手に進めるものだと思ってました」

「阿呆、俺は教え子の意思を優先する人間だよ。保守派の野郎とは訳が違うんでな」

 

そんなカイソウの言葉に少し笑みを浮かべながら答えると、カイソウは少し口角が上がりながら石階段を登り始めていた。

*1
後の桜花賞

*2
後の皐月賞

*3
後のオークス

*4
後の日本ダービー

*5
後の菊花賞

*6
後の天皇賞(春・秋)




ちなみに日本で児童労働が問題にならなかったのは子供でも給料が良かったからだそうですぞ。あと環境が悪いとすぐに逃げ出したからだそうです。

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IFストーリーは入りますか?(主にカイソウが三冠目指した世界線とか)

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