目が覚めても、僕は、ベッドから動くことが、出来ませんでした。
王は、僕に対して、ミノタウロスの大祭に出席し、ミノアの肉を食す賓客の席まで用意してくれましたが、そんな席に座る気など、僕には全く起きませんでした。
ベッドの上にいる僕の脳内には、今も行われているであろう、大祭の様子が、鮮明なイメージとなって、浮かんできました。僕はその祭典を、これまで一度も見たことはないのにも、関わらずです。人の想像力というものの強さを、僕は激しく憎みました。僕は昨夜、ミノアの美しい裸身を、この目に焼き付けました。その裸身を、天辺に置いた巨大な山車が、歓声を上げる群衆に見守られながら、あの都の大路を、大勢のズン類に引かれ、押されながら進む景色が、僕には思い浮かぶのです。祭りのクライマックス、王をはじめとするズン類の貴族たちの見守る中、大剣を構えた冷酷な牛頭の処刑人の前に、ミノアは従順に、首を差し出します。剣が振り下ろされ、ミノアの首が一瞬、宙に浮かび、大地へと落ちます。鮮血が飛散します。ミノアの体は、料理人たちの手によって切り刻まれます。心臓も、乳房も、胃も、腸も、あのつぶらな瞳も、美しい金色の髪も、白い肌も……。元の姿を思い浮かべることができない程に、バラバラにされたミノアの肉が、口の中を涎で満たした、あのズン類たちの前に恭しく出されていきます。もしかしたら、彼らは涎だけではなく、涙も流しているかもしれません。王はあの巨体を、彼の民たちの前に見せつけ、演説をするでしょう。ミノアの犠牲の尊さと、日々、彼らズン類たちのために命を捧げる、ウスたちへの感謝を、格調高く、語るでしょう。民は、彼らの王の弁舌に酔いしれ、涙を流しているかもしれません。そして王と、高貴なズンたちは、食卓の上のミノアの肉に、手を伸ばすのです。彼らのフォークとナイフが、ミノアの肉を引き裂きます。フォークに刺された彼女の肉が、王の口へと運ばれます。王の歯が、彼女の肉を、嚙み始めます。一回。二回。三回。咀嚼が繰り返されるたびに、彼女の肉は細切れになっていき、もはや原形をとどめぬ肉片と変質し、舌に運ばれて、胃へと運ばれてゆくのです。胃液に、溶かされるために……。
僕の想像を中断したのは、ドアをノックする音でした。
僕の返事を待たずして、ドアを開けたのは医師でした。僕がこの星で、初めてみたズン類です。
「王が、君をお召しだ」
医師は、厳かに、言いました。何の感情も、込められていないようでした。
「行きたくありません」
「恐れ多くも、王のお召しを断るなど、いくら君が国賓と言えど、許される無礼ではない」
「だったら僕を罰してくださいよ。そうだ、この無礼者を、どうか処刑してください。そしてミノアのように、王様の食卓に出してください。地球とイノックス星のこれからの友好のための、贈り物です」
「そうやって、まるで自分だけが悲しみの中にいるような態度は、およそ知的生物らしくないと、私は思うね」
沈黙する僕に向かって、医師は、語り続けました。
「君は、私が、ミノアの命が失われることを、なんとも感じていないとでも思っているのかね。彼女は私が、生まれた時から見てきたウスなのだよ。もはや彼女のあの花のような笑顔を見ることができないことを、私が悲しく感じていないとでも思っているのかね。私はミノアの前にも、こんな悲しみを幾度も味わってきた。子どもの頃、私に初めてできた友達は、食用種のウスの少年だったのだ。彼が出荷され、肉となることが分かった時、私は泣いたよ。でも彼は、慰めてくれた。一晩中、泣き続ける私の傍らで、慰めてくれたよ。次の週に、私が食べて美味しいと感じたあのウスの肉は、もしかしたら、あの少年の肉だったのかもしれないな。宇宙からの旅人よ。君は、我々ズン類の、他者を食べなければ生きることができない定めを、神に与えられた種族の気持ちを、少しでも考えたことがあるかね? 私たちは、肉を食べるたびに、私たちと同じように泣いて笑っているあのウスたちの姿を、私たちと語らうことができるあのウスたちの姿を思い浮かべる。君たちの種族は、君たちの家畜を食べる時に、我々のような気持になるのかね? 君自身は、今ミノアの死を悲しむような思いを、牛や豚という生物の肉を食べる時に、欠片でも感じたことが一度でもあるのかね」
「認めますよ!」
僕は、叫びました。
「僕は、偽善者です! そして僕の種族は、あなた方と比べれば、はるかに野蛮で、無慈悲な種族だ! 私たちはあなたたちのように、自分たちが食べる生物たちを、慈悲深くは扱ってこなかった! でもそれが、なんだっていうのです! 偽善だろうが、野蛮だろうが、僕はミノアの死が、悲しいのです!」
「ミノアは、大祭の犠牲としてその実を捧げること、拒絶した」
医師の口から出た言葉が、僕には、信じられませんでした。
「じゃあミノアは……生きて、いるのですか? 今」
「いや」
悲しそうに、医師は首を振りました。
「ミノアは、死んだ」
僕は、訳が分かりませんでした。
「答えを知りたければ、宮殿へときたまえ」
拒む理由は、僕にはありませんでした。