小説 ミノタウロスの皿   作:市民エックス

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第2話

 僕が初めて彼女を見たのは、ベッドの上で目覚めた時でした。窓から差し込む光を感じながら目を開き、土で作られた天井を見た時、真っ先に頭に浮かんだのは、滑稽なことに、「朝ごはんは何だろう」っていう言葉でした。

 そう。あの時自分は、トーキョーにある、実家の旅館の自室で目覚めたような気分だったのですね。ベッドや体にかけられた毛布の感触のなつかしさが、継ぐのが嫌で飛び出してきた、あの古臭い旅館のそれを思い出させたのです。早く起きなきゃ母に叱られる、今日も旅館の手伝いでお客様へのもてなしか、いやだなあと思いました。でもだんだんと、意識がはっきりしくるにつれて、自分が今までどうして来たのか、今どういう状況にいるのかを、はっきりと思い出してきたのです。

 乗っている宇宙船が航行中に事故に遭遇、漂流状態に突入し、自分以外の仲間が全て死んだことも。

 最寄りの宇宙基地に対して必死に連絡を取ったのだけれど「救助が来るのは20日後だ。それまで健闘を祈る」という返事しか返ってこなくて「水も食料もないんだぞ!どうやって生き抜けっていうんだよ!」と泣きながら叫んだことも。

 宇宙船があの星……「イノックス星」に不時着し、大気が地球型の構成であることに、地球と同じように植物があることに、疲れた頭脳でかすかな安堵を感じ、宇宙船から外に出たことも。

 衰退しきった体力では、外に出て歩くのがやっとで、だんだんと力尽きて、ついには這うように進むようになったことも。

 意識を失う寸前、自分のそばに立つ、誰かの影を見たことも……。

 それまで自分が経験したことを、一気に思い出して、僕は跳ね起きるようにして体を起こし、自分が、僕の実家であるトーキョーの旅館よりもさらに古びている、中世ヨーロッパの庶民の住宅のような、古びた家のベッドに寝ていることを知ったのです。

 その時、部屋のドアが開きました。

 あの美しい少女が、ミノアが、ドアを開き、室内に入ってきました。彼女の姿を見たその時、ああ、僕は死んで、天国にいるのだという思いに襲われました。天国にいて、そこで女神か天使にあっているのだと。そう思ってしまうほどに、ミノアという少女の美しさは、人間離れしていたのです。

「よかった。目が覚めたのね」

 僕が初めて聞いた彼女の言葉は、それでした。

 ああ。「なぜ言葉の意味が分かったのか?」ですね。普通の人には無理もない。僕たち宇宙船乗組員は、僕が経験したような状況、すなわち、異星に不時着して非地球人類の種族と遭遇するという事態に備えて、あの万能翻訳食品「翻訳コンニャク」を食べているのです。存在くらいは知られていると思いますが、あのコンニャクを食べると、自分がそれまで一度も学習していない言語であっても、意味を理解することや、その言語で話すことができるのです。コンニャクの効果持続期間は非常に長く、一年間にも及びます。

 話を元に戻しましょう。僕はミノアと会話を交わすことで、自分が死んだわけではなく、イノックス星の現住生物である彼女たちに助けられたことを、ロケットから脱出したのちに気を失った僕を見つけ、この住居まで運んでくれたのが目の前にいるこの美しい少女であること、長い間ベッドに寝かされていたことを知りました。そこまで知ったところで、僕のお腹が「ぐう」、と、室内に響く大きな音を立てました。僕は赤面し、ミノアは口を隠して「くすくす」と笑いました。

「エサを用意してあるわ。こっちにいらっしゃい」

 正直なことを言うと、僕はその瞬間に、イノックス星においてはじめて違和感を抱きました。もちろん、「エサ」という表現に、です。食べ物にありつける喜びの方が大きかったので、(空腹というのは、それに気づくと余計に大きくなります)そこまで深くは考えませんでしたが……。

 食事をとる部屋には、ミノアと同じような服を着た、たくさんの地球人類型生物がいました。みんな、見知らぬよそものである私が目覚めたこと、立って歩けるほど元気であることを、自分のことのように喜んでくれました。テーブルに置かれた食べ物は、初めて見るものばかりだったけれど、どれも美味しかったです。周りの彼らが、「これも食べなさい」といって、本来は彼らのために用意されたであろう物を、進んで僕にくれたことを、今でもの句は感謝しています。

 食事をしながら、僕は彼らと話し、彼らの質問に答えていきました。僕はすべて、正直に話しました。地球のこと。宇宙船のこと。事故のこと。しかし、彼らは、全く理解してくれた様子ではありませんでした。

 住居や服装から、ある程度予測はついていましたが、この星の文明程度や住民の知的水準は、地球のそれに比較して非常に遅れており、恒星間航行や宇宙船という単語は、概念として理解するのも難しい水準にあったのです。どうやら彼らは、僕を精神に異常をきたして「天から来た」と主張している哀れな存在だと理解したらしいことが、わかりました。

 僕は、少し失望しました。この星での生活には、苦労するだろうなということがわかったからです。しかしすぐに、20日後に到来する救助船のことを思い出し、気分を上げました。不便な暮らしは、20日の我慢に過ぎない。救助船が来れば、また文明社会の水準の生活に戻れるし、僕の大好物である、特大のステーキだって食べることができる。そう、僕はステーキが好きなのです。イノックス星で初めて供された食事は、美味しかったけれど、野菜と穀物ばかりで、肉が一つもありませんでした。それだけが、物足りなかったのです。

 食事を終えた後、僕は彼らにお礼を言いました。彼らは寛大にも、僕がこの住居に住み続けることを、許してくれました。

 僕に与えられた寝室に戻る前に、ミノアに挨拶をしました。

「美味しい料理だったよ。ありがとう」

 というお礼も兼ねて。しかし僕の発言を聞くと、ミノアは「料理?」と口にして、一瞬首を傾げた後、言ったのです。

「ああ。エサのことね!」

 その、なんの不自然さも伴わずに再び出た「エサ」という単語に対して、僕は一層の違和感を抱きながら、ベッドで眠りにつきました。そういえば、食事をしながら、会話をしていた時も、ちょっと引っ掛かる質問を受けたなと、思い出しました。

「君は一体、どこの厩舎で飼われているのだい?」

 と、彼らは僕に、聞いたのです。

 

 

 

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