僕の実家が、日本のトーキョーにある、200年続くおんぼろ旅館の跡取りだったことは、既にお話ししましたね。
僕の実家の旅館「つづれや」は、宇宙時代を迎え、地球人類の文明圏が太陽系外にまで拡大する頃には、顧客を地球人だけでなく、宇宙から来たお客様にまで、広げるようになりました。地球へ観光にやってくる宇宙人が、宿泊するようになったのです。といっても、弱小旅館の悲しさで、隣の近辺の大型ホテルと比較して、その数は悲しくなるほど少なかったですが。そんな旅館に生まれた私は、子どもの頃から、父親の命令で家業の手伝いもさせられ、宇宙人のお客様は見慣れていました。
実に多くの姿かたちをした宇宙人たちを、僕は見てきました。その中には、貨幣という概念を持たないために、宿賃代わりに異星の生物を置いていく宇宙人もいました。そのペットはずいぶん長く付き合う相棒となって、僕が宇宙船乗組員となると決めた時には、泣いて止めてくるほど仲良くなったのですけどね。
そういった経験を経てきた僕は、本来、宇宙の見知らぬ星で、どんなに奇怪な外見をした生物と遭遇したとしても、驚くはずなどないのです。イノックス星は、僕の見てきた限り、動物も植物も、地球に似ていましたが、だからといって、僕の想像を超えた生物が全くいないという保証にはなりません。
そう。僕がドアを開けた時、立っていたのが、例えば単に地球の牛が二足歩行していただけの生物であったならば、僕はそれほど驚かなかったかもしれません。
僕が驚いたのは、ドアを開けた時に立っていたのが、極めて地球人類に似た生物でありながら、顔面だけに、これまで僕が見知っていた姿とは、決定的に異なる違和感があったことにです。端的に言って、その男性と思しき人物は、牛の仮面にしか見えないものを、被っていたのです。
その仮面の色は、黒でした。頭部に生えた二本の角と、鼻と口の形状が、私の知っている「牛」という生物のそれに酷似していたのです。僕はその姿に、意外なほどに困惑しました。全く見知らぬものよりも、見慣れた姿に違和感のあるものの方が、より驚きを与えるものかもしれません。なぜ今この場に、牛の仮面をつけた男が現れるのか、すぐに理解しがたかったのです。
「あ、先生!」
ミノアの父の叫びが、聞こえました。私の前に立つ、その牛の仮面をつけた男は、私を押しのけるようにして家に入ってきました。彼はまっすぐミノアの横たわるベッドのそばに行き、周りの人たちのぎゃあぎゃあ説明する言葉に耳を傾けながら、ミノアの腕を手に取り、子細に見た上で2,3の質問をして、「安心してよろしい。たいした怪我ではありません」と、低い、落ち着いた声で告げると、周りの人たちがわ、と歓声を上げました。
その様子を見て、僕はやっと得心が行きました。彼は医者なのだと。どういった理由かはわからないが、この星では、医者は牛の仮面をつける風習でもあるのだろうと僕は考えました。結果的に、この推測は間違っていたわけですが。
ミノアと「医者」の会話が、僕の耳にも聞こえてきました。
「ありがとうございます。先生」
「ミノア。お前が傷ついたと聞いた時、私は胸が張り裂けそうになったよ。もう決して、危険なふるまいはしないでおくれ」
「ごめんなさい」
「お前が生まれた時の姿を、私は今でも思い出すことができる。小さな、かわいらしいウスだった。私は、この子は必ず出世すると思ったよ。私の目に、狂いはなかった。これほどまでに美しく育ち、ついにはミノタウロス大祭の主役にまでなったのだからね。お前は、私の宝だ」
「はい。ありがとうございます。先生」
医師もミノアも、泣きながら、お互いの頬をすり合わせていました。その姿は、まるで仲睦まじい父と娘のようにも見えました。
「あの、ミノタウロス大祭って、何ですか?」
思わず、僕は、声をかけてしまいました。「医師」は、僕の姿を、じろりと見ると、ミノアに聞きました。
「あのウスは見慣れぬ顔だが、一体、どこの厩舎に飼われているウスなのかね?」
「どこの厩舎のウスでもありませんわ。先生」
「先生、かわいそうなことに、あのウスは、頭がおかしいらしいのです」
ミノアの父親が、口を挟んできました。僕よりも前に、ミノアが反論してくれました。
「お父様。彼は、頭がおかしくなんかありませんわ」
「だってお前、天から落ちてきたなんて、言うんだよ」
「だから、それはきっと、本当のことよ。私、彼を森で見つけた日に、確かに見たもの。空から大きなものが下りてくるのを。きっと彼が乗ってきたの船っていうのは、あれのことなのよ」
「天から降りてきた船?」
「医師」は、ますます不思議そうな表情になって、僕をまじまじと見ました。
「僕は、このイノックス星が属する星系よりはるかXX光年離れた太陽系第三惑星から、恒星間宇宙船に乗ってやってきたのです。事故が起きて、この星に不時着しましたけど。あなた方から見れば、僕は別の星の知的生命体です」
我慢ができなくなった僕は、まくしたてるように、自分のことを語りました。最も、理解してくれるだろうとは、期待していませんでした。この星に初めて来た日の食事の時に話して、全く理解してくれなかったことなのですから。実際今、改めて僕の説明を聞いた、ミノアの父親は「ね?」と医師に向かっていい、指先を自分の頭上でくるくる回すという仕草をしています(この星でも、精神の異常を表現するジェスチャーは地球と共通のようでした)。
しかし医師は、僕を一層まじまじと見つめ、言いました。
「君、その『宇宙船』とやらが落ちた場所へ、案内してくれないかね」