僕が、地球外からやってくるお客様が泊まる旅館に生まれ、家業を手伝いながら、いろんな星からいらっしゃる方を目にしてきたのは、既にお話ししましたね。
僕がまだ、初等義務教育を受けていたころ、12歳の頃に、こういう「事件」が起こりました。地球の「蝉」に似た顔と、二本の腕が蟹のように大きなハサミとなっている方が、当旅館に宿泊してくださったのです。トーキョー宇宙空港に着陸した宇宙船から出たその方は、「つづれ屋」という旗を掲げて立つ僕と父の下にやってきました。つづれ屋についてからは、僕が部屋まで案内しました。地球の観光を楽しみにしていて、とても上機嫌でした。しかし、お泊りになった次の日の朝、その方は、ロビーにいる私と父を見かけるや否や、「地球人は、なんて残虐な種族なのだ!」と怒りをあらわにして、叫んできました。お話を伺ってみると、その方は、宿泊した部屋のホログラム・メディアを使って、過去に地球で制作された映像作品を視聴して、怒ったそうです。その映像作品は、20世紀に日本で制作された「ウルトラマン」というSFドラマでした。銀色の宇宙人ウルトラマンが、人類を守るために巨大なモンスターや悪い宇宙人と戦うという物語で、歴史上地球外生命体が初めて地球人類と接触したあの「アウタースペース・インパクト」以前に制作されたものです。その「ウルトラマン」の第2話で、まさにお客様の種族とそっくりな外見を持つバルタン星人という宇宙人が、地球人類とウルトラマンの手によって大量虐殺されたことが、お客様がお怒りになった理由でした。実際に映像を見てみると、私はその時初めて、ウルトラマンというこの古い映像を見たのですが、バルタン星人の外見は、目の前にいる宇宙からのお客様のそれとまさにそっくりでした。
偶然の不幸、というやつです。
そのお客様は、ちゃんと説明をしたら、自分が見た映像が、ただのフィクション、それも実際に地球に別の星の方々、お客様の種族が訪れるはるか前に制作されたものに過ぎないことに納得していただき、お怒りを鎮められました。この小さな、喜劇的でもあり悲劇的でもある、まさに僕たちの生きるこの宇宙時代の一側面を象徴する事件に遭遇した時、12歳の僕の脳裏に、こんな考えが浮かびました。
「宇宙には、いろんな外見の種族の方がいらっしゃる。例えば、僕たち地球人がヒーローにやっつけられる悪者としてデザインしたキャラクターにそっくりな方もいる。ではもしかしたら、僕たちが日常的に食べている豚や牛に似た外見の種族もいるかもしれない。もしも、牛に似た宇宙人が地球に来て、僕たちが牛を家畜として飼い、食べている光景を目にしたら、やっぱり怒るかもしれない」
牛に似た宇宙人が、もしも地球に来たら、「私たち牛を食べるなんて、地球人はなんて残虐なんだ!」と怒るかもしれない。そして、「私たちの仲間を食べるのをやめろ!」と、僕たちに向かって、抗議するかもしれない。
他愛もない、子どもの空想です。幸運なことに、こういう事件は、今だに起きていません。でも記者さん、もしそういう事件が、実際に起きたら、僕たち地球人は「牛のような宇宙人」の主張に同意して、牛食をやめると思われますか?
やめないと思う、ですか。
僕もそう思います。
世界には、牛を食べることを、宗教的な理由から禁止している文化圏もあります。また、人類の歴史には、古より、肉食即ち他の生物の命を奪って自らの栄養とすることを、許されざる悪と考える思想がありました。また、現在においても、肉食をやめよう、野菜や果物だけを食べて生きようと主張する人たちはいます。しかし、そのような主張は、人類の大多数の同意するものには、未だになっていません。僕たち地球人の多数派、今でも牛や豚の肉を食べています。例え牛の姿の宇宙人が牛を食べることを残虐だと主張して非難しても、僕たちがその主張に同意することは、ないでしょう。何故なら、僕たち人類の多数にとって、牛の肉を食べることは空気のように当たり前の習慣であり、それをやめることなど考えられない、面倒なことだからです。
もう、お分かりだと思いますが、イノックス星に来た僕は、「地球にやってきた、牛のような宇宙人」と同じ境遇に置かれていたのです。
ミノアを救うために、ウスを食べる彼らの習慣をやめてもらうために、僕は多くのズン類たちと会い、話しました。しかし、僕の主張に同意してくれるズン類は、ただの一人も現れなかったのです。
医師に連れられて、僕は、ズン類たちの多く住む都市、彼らが「都」と呼ぶ街にやってきました。大きな町でした。街路には、顔だけが牛のようになったズン類たちがあふれていました。少数ですが、ウスの姿も見かけました。僕と医師が向かった場所は、宮廷でした。そこで僕は、外務大臣だと名乗ったり、貴族だと名乗る牛頭人たちに、紹介されたのです。一人残らず、僕に興味を示したし、僕を異星からの賓客として、丁寧に接してくれました。僕は彼らの好意と厚意に甘え、主張を繰り広げました。
僕は、外務大臣と名乗るズン類に、入浴中の訪問を許可されました。数人の侍女に奉仕されながら、地球のプールくらいの大きさの浴槽にたった一人で、巨体を浸かりながら、そのズン類は、僕の主張を、ウスたちを食べるズン類の習慣が残虐であり、数日後に予定されているミノタウロスの大祭は中止すべきであり、僕自身も命を助けてくれたミノアの命が失われることに反対であるという主張を、沈黙を保ちながら、根気強く、聞いてくれました。
一通り、僕が言いたいことを言い終えた後、「一つお尋ねしたい」と、外務大臣は言いました。
「あなたが頻繁に繰り返されておられる『残虐』という単語の意味についてですが、それは、自らの意思に反して命を奪われることを意味していると解釈してもよろしいですかな」
僕はちょっと考えてから
「まあ、そうです」
と、答えました。
「ミノアが『死にたくない』と言ったのですか?」
言いながら、大臣は、浴槽からその巨体を引き上げ、床へと昇りました。床にいくつも、水滴が落ちました。侍女たちがすかさず歩み寄り、彼の体をタオルで拭き始めます。
「いえ、むしろ、大祭の日を、心待ちにしています」
渋々、僕は認めざるを得ませんでした。ミノアは自分が食べられることを嫌がってないどころか、むしろ望んでいるのです。
「安心しました。ミノアの気が狂ったわけではないことがわかりましたからね」
外務大臣は、ベッドの上に横になりました。侍女たちが、寝そべる彼の体を丁寧に拭き続けます」
僕は、何も言うことが出、出来ませんでした。
「広い視点から、物事を見ていただきたい、私たちズン類は、ウスを食べる。そして私たちは死ねば、土に埋められ、その土から育った作物をウスが食べる。これは自然の美しい調和であり、秩序です。うらみっこなしでしょうが?」
彼の浴室を後にしながら、もしかしたら、ズン類といえど女性ならば、僕の主張に同意してくれるかもしれないという、はかない希望を抱きました。
僕は、宮廷のさる有力な貴族の夫人と、話し合う機会をいただきました。しかし彼女もまた、「ウスを食べることは残虐である」という僕の主張に対して、一片の理解も示してはくれませんでした。
「おっしゃることがわかりませんわ。何が残虐なんですの? ズン類とウスは、固い絆で結ばれているのです」
幼いズン類の赤ん坊を胸に抱きながら、その夫人は不思議そうに言いました。
「私たちは皆、ウスの健康に、万全の配慮をしています。毎年、愛護週間があり、自分の所有するウスに対して虐待を行ったズン類に対しては、厳罰が課せられ、他のズン類から軽蔑されます。私たちは、私たちの生活に奉仕してくれるウスたちに対して、最大限の感謝を日々捧げておりますわ」
地球では、そんなことはしないのだと、僕は丁寧に説明しました。
「ではあなたの星には、家畜と呼ばれる生物はいませんの?」
いる、しかしそれらは皆、僕たち人類と違って知能が劣った生物ばかりだといって、僕は牛や豚について、細かく説明しました。
彼女は、怒りました。
「知能が低く、同意の意思を示す能力さえ無い生物を、一方的に監禁し、食べているですって!? あなた方はそんな野蛮で神の教えに背くことをしていて、恥ずかしいとお思いにならないのですか!?」
次に僕は、ズン類たちの信仰しているという宗教の指導者に面会し、僕がこの星に来て感じたこと、考えたことを話しました。宗教指導者は黙って頷き、答えました。
「異星からの客人よ。あなたの言うとおり、ウスは哀れな生き物です」
僕はやっと、自分の気持ちを理解してくれる存在が現れたことを、喜びました。
「だからこそ私たちは、彼らの命をいただくことに感謝し、食べることで彼らの魂を、神の御許に送り届けるのです。我らが生きるための糧となったウスは、例え生前にどんな罪を犯したとしても、他者のためにその尊い命を捧げるという気高き行いをしたことによって、その罪を許され、死後、楽園に住まう権利を神から与えられるのです」
彼らには、相手の立場にたってものを考える能力が、根本的に欠如している。
その時の僕は、傲慢にも、そんな感想を抱きました。しかし今にして思えば、それは僕の方に、むしろ当てはまる言葉であったかもしれません。地球にいたころ、肉食文化の廃止を訴える人たちのことを、僕は他人の楽しみに文句をつける無粋で無礼な連中であるとの偏見を向け、ろくに話を聞きもしませんでした。僕と対面し、少なくともその主張を聞いてくれるという点で、イノックス星のズン類たちは、かつての僕と比べて、はるか理知的な人々であったと、今では感じています。
誰と話しても、全く理解してもらえないことに疲れ果てた僕に対して、医師が、「陛下が面談を希望しておられる」と告げました。
僕は、国王を説得することに、全てを賭けようと、決意しました。