小説 ミノタウロスの皿   作:市民エックス

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第8話

 国王もまた、僕の言葉に、同意しませんでした。

「我らズン類は食べるもの。ウスは食べられるもの。これは、天地創造の時から定まっている、神の定めた掟なのだ」

 彼は、僕の見てきたズン類たちの中で、最も大きな体の持ち主でした。天井に突き刺さらんばかりの二本の立派な角も相まって、僕はその姿に、地球の伝説に出てくる牛頭の怪人「ミノタウロス」を、もしくは僕の故郷日本で古くから悪の象徴とされてきた怪物「鬼」を連想しました。

「はるかな昔、創造主にして偉大なる父ミノタウロスは、地上に二人の兄弟を遣わした。兄であるズンは二本の角と黒い顔を有し、弟のウスは有しなかった。その頃の地上には食べ物が足りなかったので、ズンは飢えて死にそうになった。兄の命を救うために、ウスは自らの肉体をズンに食べさせた。我々の神話だ。それ以来、ズンの子孫である我らは食べる者。ウスの子孫は食べられるものであると、神は定められた。ズンとウスは兄弟なのだ。命さえ犠牲にするほどの絆で結ばれた、尊き兄弟だ」

「兄弟でありながら、殺して、食べるなんて、理不尽ではないですか……」

「宇宙の旅人よ。では、君の故郷の世界では、自己犠牲は美徳ではないのかね? 他者の命を救うために自らの命を投げうつ者は、尊敬されないのかね?」

「……されます」

 僕は、僕たちの星の文明が、その生誕したとされる年を暦の起点としている、ある宗教家の話をしました。中東のパレスチナの地に生まれ、唯一絶対の存在である造物主についての、当時は斬新であった宗教を創始し、「人類すべての罪を贖うために」磔にかかってその生涯を終えた、大工の息子についての物語です。

「全てのウスは、その男のようなものだ。旅人よ」

 話を聞いた王は、深くうなずきました。

「その男が、神の遣わした子だと崇拝されているように、私もウスを神の遣わした天使、汚れ無き魂を持つ高貴な存在だと見なしているよ。ミノタウロスの大祭の日、余をはじめとする列席者に食べられる栄誉に浴したウスは、皆その名を記念碑に刻まれ、その魂を慰霊する祭りも、大祭と同じ規模で毎年行われている。聞くところによれば、旅人よ。君の種族も、他の生物の肉を食べるらしいが、君たちは食べてきたその生物について、その名を顕彰しているのかね。種を挙げて、その犠牲に感謝しているのかね」

 救助船が来た時、特大のステーキを食べることを楽しみにしていた僕は、首を振りました。

 のちに地球に帰ってから、僕は、僕たちの星の肉食の文化について調べ始め、アイヌの宗教について知りました。アイヌとは、僕の生まれたニッポンの、ホッカイドーという島に住んでいる民族の名前です。アイヌの人々は、しばしば森の熊を食べていました。そして食べながら、その熊を神として祭ったのだと、僕が読んだ本には書いてありました。天にいる神が、熊の毛皮をまとって、人間(アイヌ)に食べてもらうために、森に出現するのだと、アイヌは信じているのだと。僕はその記述を読んで、恥ずかしくなりました。これまで牛や豚や鳥の肉を食べながら、その命について、感謝も敬意も一欠片も感じていなかったことに思い至ったからです。アイヌと比較して、僕はなんと野蛮だったことか! 僕たち人類は、イノックス星のズン類と比べて、なんと野蛮だったことか!

 僕を見つめる王の目には、軽蔑の色があることに、僕は気づきました。

「君たちは、あのはるかな宇宙を旅するという、我々よりはるかに優れた技術を有している。しかし、それとは逆に、君たちの倫理、知的生命体が当たり前に有してしかるべき倫理は、我々のそれと比べて、なんと劣っていることか!」

 僕は、沈黙をするしか、ありませんでした。

 僕の脳裏に、ミノアの笑顔が浮かびました。野原を駆けるミノアの姿が、目に浮かびました。夜空の星を、草村の上に転がりながら、僕と共に見上げるミノアの姿が、目に浮かびました。宇宙船に、共に乗るミノアの姿が目に浮かびました。地球に着陸した宇宙船から出て、トーキョーの高層ビルディングを見て、驚きに目を見張るミノアの姿が目に浮かびました。僕はミノアの手を取って、「ホテルつづれや」というのぼり旗を蚊がける、父の姿を探します。僕と父は再会し、僕は旅館を継ぐことを拒んだことを、父に詫びます。父は僕を許してくれ、ミノアに‐‐、僕が連れてきた、僕の妻となる女性に挨拶をします。僕とミノアを、父はつづれ屋へと案内します。つづれやのロビーでは、昔お客様が代金代わりに置いて以来、ずっと働いてくれているモンガーが、涙を流して「モンガー!」と叫びながら、僕に抱き着いてくるのを、ミノアはクスクスと笑います。芋ほりロボットのゴンスケが、僕たちの荷物を運んでくれます。母は僕の姿を見て、泣いてくれます。宇宙から、僕が無事に帰ってくれたことを喜ぶ母を見て、心配をかけてしまってことに対する罪悪感が、僕の胸に浮かびます。これから、両親に対しての不義理の埋め合わせをするために、僕は頑張って働くでしょう。僕の新しい家族である、ミノアと共に。

「陛下。僕は、ミノアを愛しています」

 僕はその時初めて、僕が本当に叫びたいことを、言葉にして伝えた気がします。

「僕は、ミノアを失いたくない。彼女と共に、地球に帰りたいのです。陛下、もし今後、この星と、僕の故郷である地球との間に、友好関係が樹立されることを、お望みになるのでしたら、どうか友好の証として、僕に、ミノアを譲っていただけないでしょうか?」

「ミノアには、大祭の犠牲となり、その魂を天の楽園に差し出すための高貴な行いをする権利がある。その権利を取り上げることは、我々には許されていない」

「では、ミノア自身が、僕と共に旅立つことを望むのであれば、それをお許しになっていただけますか?」

「言うまでもない」

 王の言葉は、僕たちが向かい合って話している宮殿の大広間に響き渡るほど、大きなものでした。

「彼女が、もしも大祭の栄誉に浴することを辞退するならば、私はその意思を認めよう。我々ズン類は、ウスが自らの意思で差し出した命を食らって、生きているのだ。もしも全てのウスが、我らの肉となること拒む日が来れば、我々ズン類は、飢えて死ぬ定めを、受け入れるであろう」

 こうして、王との会見は終わりました。

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