海軍不活性艦艇保管施設 ブレマートン ワシントン州
一九九四年八月一五日 午後零時(合衆国西部標準時)
合衆国西海岸。カナダ国境のほど近い場所に存在する大都市シアトル。その対岸の小都市ブレマートンにピュージェット・サウンド海軍造船所がある。
そこはかつてエセックス級空母〈アンティータム〉のアングルド・デッキ化工事がおこなわれたりするなど、合衆国海軍造船界において常に貴重な役割を果たしてきた。
その一角に設けられている埠頭に一隻の軍艦が佇んでいた。そこにはまだ何隻もの艦船が収容できるほど広大なものだったが、今のところ眠りについているのは彼女一人であった。
彼女は長年海軍に仕えていたが、新型艦の配備と自身の老朽化のため、先ごろ予備艦に指定され、この地を安息の地と定めた……はずだった。
現役復帰の命令はかつてないほど急なものだった。もし彼女に人格があるのとしたら、解体処分されてしまうのか、記念艦に納まる事ができるのか、はたまた標的艦にされてしまうのか、いずれにしても将来が決まるまではのんびり休暇をとれるであろうと考えていたかもしれないが、今回の件はさすがに戸惑うだろう。
艦体の劣化を防ぐため、艦内は純粋窒素で満たされていたものの、万が一平和が破られないかぎり復帰はないと考えられていたので、特別扱いなどされるはずもなく、甲板や船体は錆に覆われ、船底は海生生物に侵略されていた。
しかし現実は彼女を「可及的速やか」に艦隊へ戻せと命じている。それはさすがの合衆国海軍の持つ卓越したマネジメント能力を持ってしても骨が折れる仕事だった。
だが、彼らはこの眠り姫を起こさねばならない。
既に艦内には多数の技術士官や技術兵が乗り込んでおり、電装系や機関をはじめとする艦内システムのチェックが行われていた。
電気はつくか、古臭い蒸気タービンに破損はないか、隔壁を開放し、排出されていた純粋窒素がまだ残っていないか、または舵は動くか等々。
本来ならまず彼女をドックに移動させるための作業をとらねばならないが、今回に限ってはドック入りしてから行う作業も同時に行われている。
傍から見ると「マニュアルが全て」のアメリカ人らしからぬ混乱ぶりだった。
事故を招きかねないこれらの危険な作業を進めているのには理由があった。この日をさかのぼること二十日前、合衆国海軍史上空前の悲劇が訪れたからだ。
改めてこの船を眺めてみる。
艦首と上部甲板は一体化され、船体上部は平らに作られている。言うなれば飛行甲板だ。全長は320メートル、全幅は張り出し部で76メートルもあり、この事実は彼女が合衆国海軍の誇るスーパーキャリアの一員であることを如実に示している。
船体右舷中央には船体には航海機能と航空機管制のためのアイランドがある。その脇に掲げられているいささか古ぼけた電飾看板には「61」と形づけられていた。
彼女の名は「CV‐61 USSレンジャー」。彼女の復活劇は、同時に合衆国海軍再建の歴史の始まりでもあった。