「―――さて、今回の一件……言い訳のひとつくらいは聞いてやるぞ。フランチェスカ・ルッキーニ少尉」
「ありません…………グスッ…………」
夜、基地の格納庫では腕を組んで仁王立ちする結城と格納庫の冷たい床に正座しているルッキーニの姿があった。
彼女の頭には見事なタンコブが出来ており、実に痛々しい。
「まったく……ユニット破損による報告義務違反ならびに証拠隠滅。本来なら軍法会議モンだぞ。」
「うぅ……ごめんなさい……。」
こればっかりはルッキーニもぐうの音が出ず、ただただ謝るしかなかった。
「まぁ……普通なら許されるハナシじゃないけど、ネウロイは撃墜出来たし、イェーガー大尉も無事だったから今回の事は不問にしておく。次からは気を付けるようにな」
「うん……分かった。」
「話は以上だ。中佐には俺から言っておくから部屋に戻っていいぞ。」
説教を終えて、ルッキーニは部屋に戻って行った。格納庫で1人残った結城は夜の滑走路を見つめながら煙草を吸っていた。
「なんというか……らしくないな……俺」
先ほどのルッキーニの説教を思い出しながら結城はそう呟く。煙草を吸い終わって結城は格納庫を後にする。
「―――以上で報告を終わります。」
執務室に訪れた結城は、今回の戦闘についての報告をミーナに伝える。
「ご苦労さま。もう部屋に戻って大丈夫よ。」
「失礼します。」
敬礼をして、結城は部屋を出ようとドアへ向かう。
「そういえば、今回のルッキーニさんに関しての処分は無しのようね。」
ドアノブに手をかけようとしたところで結城の動きが止まる。
「…………何か不満でも?」
「いいえ、貴方にしては珍しく寛大だなと思っただけよ」
とミーナが答える。普段の結城なら何かしらの処分を下すと思っていたからだ。
「そうですか。…………バルクホルンに前の部隊の事を話したそうですね。」
「ええ、余計なお世話だったかしら?」
「いえ、遅かれ早かれ話すつもりでしたから」
「………………。」
「失礼します。」
そう言って、結城は執務室を後にして自分の部屋に戻っていった。
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―――翌日
今日はネウロイの襲撃もなく、ブリタニアの空は平和そのものであった。
501基地のミーティングルームのソファーに腰掛けて結城は、いつものごとく絵を描いてた。
「よぉ、結城」
「……イェーガー大尉か。どうした?」
「……シャーリーで良いよ。昨日借りていたコートを返しに来たんだ。」
そう言ってシャーリーは、綺麗に畳んでいるコートを結城に渡した。
「それとな結城、ありがとな」
「……? 何か礼を言われる様な事したか?」
「ほら、あたしのストライカー回収してくれただろ?アレ高いからさ回収してくれて感謝してるんだ。」
航空歩兵が使用するストライカーユニットは小型かつ精密機械の塊である。シャーリーが使用するP-51は特注品で彼女が自分好みに独自に改造している事もあり量産型のユニットと比べて高価である。それに関しては結城のBf109改も言えるわけだが。
「それにあの後、ルッキーニに説教したんだってな。」
「まあ……今回の騒動の元凶だったからな。ルッキーニのやつ、文句の1つや2つでも言ってたのか?」
「その逆だよ。お前の事良い奴だって言ってたよ。」
予想とは正反対な返答に結城は「え?」と素の抜けた反応をする。
「昨日の件、お咎めなしにしてくれたんだろ。」
昨日の一件、本来ならミーナから何らかの処分が下ってもおかしくなかったのだが、結城の計らいで処分なしとなっていたのだ。
「まあ……結果的にネウロイは撃墜出来たしな。俺自身、過ぎた事をいちいち怒るのも好きじゃないからな……。」
「へぇ、お前って案外優しいとこあるんだな。」
「俺はそんな大層な人間じゃないよ。」
“優しいやつ”と言われて結城は複雑な心境になる。
「まあ、お前とは色々あったけどさ……ここらで手打ちにするよ。改めてよろしくな」
そう言ってシャーリーは手を差し出す。結城はその手を取り握手をする。配属初日のいざこざで距離を置いていた2人。和解の意味をこめての握手であった。
「それでさ、どうだった?」
「どうって何が?」
シャーリーの質問の意味が分からず結城は聞き返す。シャーリーは結城の肩に腕を乗せて―――
「とぼけるなよ〜見たんだろ?私のハ・ダ・カ♪」
結城にそう耳打ちした。
「!? な、ななな何を言い出すんだ突然!」(カールスラント語)
突然のシャーリーの爆弾発言に結城は顔を赤くして動揺を見せる。普段見せない結城の分かりやすい狼狽えようが面白かったのかシャーリーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「おやおや?顔を赤くしてるあたりホントに見たのか〜?」
「み……見てない!」
「ホントに?」
「……………………。」
シャーリーは結城の横顔をじっと見つめる。最初こそ結城は顔を赤くしながらも否定していたが―――
「…………み……見た………………。」
最終的に結城が折れた。
「……けど誤解するなよ!昨日のあれは不可抗力だから!見たといっても一瞬だから―――!」
「―――プッ、ハハハハハッ!」
普段の結城には見せない仕草が面白くシャーリーは笑い始める。
「……いやぁ悪い悪い!あまりに必死すぎるから笑いが堪えきれなくてな。」
「くっ……調子が狂う……!」
「あ〜でも年上の男子に裸を見られるなんてちょっと傷ついたな〜」
もちろんシャーリーはその程度なら何も気にしないのでこれは彼女のちょっとした冗談である。
「悪かったよ……。どうしたら許してくれるんだ?」
「じゃあさ、一つだけ頼みを聞いてくれるか?」
「―――で、頼みというのは自分の絵を描いてくれという事か。」
シャーリーの頼み事、それは結城に自分の似顔絵を描いて欲しいという事であった。てっきり無理難題な要求をしてくるのかと思っていたのでシャーリーのこの要求に結城は拍子抜けする。
「何だ不満か?なんならヌードデッサンでも良いんだぜ?」
煽るように自身の胸を持ち上げてシャーリーは冗談を口にする。
「バカ、そういうのは冗談でも口にするんじゃない。」
「お堅いな〜もうちょっと気楽に行けよ」
「分かったから、そこに座りな。」
結城に促されて、シャーリーは向かいのソファーに座る。結城は、スケッチブックの白紙のページをめくって絵を描き始める。
「………………。」
「………………。」
2人の間に沈黙が走る。部屋にはシャッシャッと鉛筆が走る音しか聞こえず、ただただ時間が過ぎていった。
「…………なあ」
「何だ?」
ふとシャーリーが話しかける。結城は視線を外さず聞き返す。
「結城はさ、どうして軍に入隊したんだ?」
とシャーリーが質問する。シャーリー自身も特に話す程でも無かった訳で何気ない話題作りでもあった。
「なんだ突然?」
「ほら、結城ってあまり自分のこと話したがらないし、この際だから聞いてみたくてな」
結城自身、過去の事は話したがらないとかそのつもりはない。ただ聞かれなかったので話す機会がなかっただけである。
「…………良くある話さ、俺の母親は扶桑人の元ウィッチで俺が5歳の時に魔法力が発動してな。魔法力が使える貴重な人材としてそのまま軍に入隊する形となった。」
結城は続けて話す。
「カールスラント撤退戦の時に両親が死んで、それからは自分が生きる事しか考えなかった……。俺自身、国の為に命を捧げるつもりもないし航空歩兵そのものも金を稼ぐ手段としか考えてないからな」
「そ、そうか……。」
結城の話を聞いて、シャーリーはそう答えるしか無かった。“故郷のため”や“誰かを守りたい”という感情が彼から全く感じられなかった。良くも悪くもドライな考え、それが結城・ヴェルナーという人間なのだとシャーリーはそう感じた。
「……描けたぞ。」
「ホントか?アタシに見せてくれよ」
結城が絵を描き終えたのを聞いてシャーリーはソファーから立ち上がり、結城の隣に立つ。
「この間もそうだったけど、結城は絵を描くのが上手いな。」
「大袈裟だな。」
「いや、本当だから。アタシお世辞は言わないからさ」
シャーリーが言うように彼女自身、お世辞とかそういうのは言わない。シャーリーの言葉に結城は少し照れ臭そうな表情をする。
「それとさ、この絵アタシが貰っても良いか?」
「別に良いが、どうするんだ?」
「せっかくだし記念に貰っておこうと思ってな。それに、この絵がもしかしたら価値ある物になるかもしれないだろ?」
「素人が描いた絵なんか、大した価値にもならないだろうに……。」
結城は、やれやれと呆れた表情を見せる。ちなみにこの絵が後年になって1人のとあるコレクターによって高値で売買されるのだがそれは別の話である……。
「……………………。」
結城とシャーリーとのやり取りをバルクホルンは部屋の入り口から見ていた。
2人が話しているところを見てから胸の動悸が収まらない。
彼女は逃げるようにその場を後にする。
(何なんだ?これは……?)
早歩きで廊下を歩くバルクホルン。今の彼女の心中はモヤモヤとした気持ちが渦巻いていた。それがどういう感情なのか全く検討がつかなかった。
自身の部屋に戻ったバルクホルンはドアにもたれかかる。
(何故だ……?何故なんだ……?)
あのロンドンでの戦闘以降、結城・ヴェルナーというウィザードに意識している自分がいる。最初こそ同じカールスラント軍人としての興味であったが、今回に至ってはそういうのとは全く違う。このモヤモヤの正体がなんなのか答えを見つけようと思考を働かせるが、バルクホルンは最後まで分からなかった。
「〜♪」
結城と別れた後、シャーリーは格納庫で自身の愛機であるP-51の整備をしていた。やけに機嫌が良く、彼女は鼻歌を口ずさんでいた。
「シャーリー、今日機嫌良いね?」
と隣に座るルッキーニが尋ねる。
「へへっ……実は、さっき結城に頼んでこれ描いてもらったんだ、」
シャーリーは、結城に描いて貰った自身の似顔絵をルッキーニに見せる。
「これシャーリー!?いいなー!あたしも描いてほしいなー!」
「結城に頼んでもらえば、描かせてくれるぜ」
「う……今度、機会あったら聞いてみる……。」
結城が悪い人ではないとはいえ、着任した頃の第一印象もあってか結城に対して未だ苦手意識があるルッキーニなのであった。
結城とシャーリーの和解を書きたかったので後日談にまとめました。個人的にシャーリーは、過去の事とか気にしないタイプだと思います。